18 靴下をはいていなかっただけ
もう、うんざりなんだよ。俺に細かい用事を頼まないでくれ、そう言ってやることにした。
ねえ。
姉貴が色々用事を言いつけてくるせいで、近頃まともにハローワークにも顔を出していないんだ、会社の面接だって、行きたいと思っても予定も組めないじゃないか、頼まれれば家族だからタクミの迎えにも行ってやらなきゃ、と思う、しかしもし、俺がどこかに入社して、そのとたん寮になったり、職場が遠くてまた独り暮らしを始めたら一体、どうするつもりなんだ。
あまりにも俺に頼り過ぎるなよ、もちろんオヤジの介護も大変だろうし、我儘なオフクロの相手も忙しい中じゃあ苦痛になるだろう。でもさ、俺はオヤジを施設に入れるのは反対してないぜ、義兄さんが反対してるのは、家族に遠慮してるだけだよ。金のことは俺も早く就職して、何とか助けるから。前の会社でやってた財形も渡すからさ。
話したいことは、確かに頭の中にはまとまっていた。
庭でちょうど干しものを終えた姉に、ちょっと話がある、とカケルは呼び止めた。
「なに」
真顔でそう聞かれ、黙って答えを待つ恵の前に立った時、自分は相変わらずサンダルで素足だと気づいた。しかもおしゃれでも何でもないのだがズボン丈が微妙に短くて、くるぶしが剥き出しになっている。姉貴はちゃんと靴下を履いている。すごく詰まらないことだったが、そこからすでに負けてしまったような感覚だった。オレは敵の前に喉首をさらしている、そんな気がした。まずどこから話をしていいのか急に言葉が喉の奥にひっかかってしまい、カケルは
「う……あ」
幼い頃に感じたのと同じような焦りに頭から抑えつけられ、意味もなく両手を振り回す。
「大事な話?」
そう聞かれると、ますます話しにくい。
どこか遠くの方で、サイレンの音が響いた。かなり遠い。しかし、天気のせいかいつまでもしつこく聴こえてくる。う~う~う~う~う~ よくタイチがマネしているような、他人事として聞けば呑気な音だった。
二人はなんとなく、サイレンに耳を澄ますような格好になった。しばらく聴いてから
「あれさ……」カケルは仕方なく、声を出した。
「パトカーかなあ」
「消防だよ、火事かレスキューじゃないの」
あっさりと恵が断定。
「そうか……」とりあえずのように付け足す。「近頃、あまり聞かないからな、サイレン」
アンタの話って一体何? そう聞いて来るかと思ったら意外なことに、姉はカケルの顔をまともに目をやってこう言った。
「毎日、どこかで鳴ってるのよ、ああいうのは。アンタが気づいてないだけで」
返事を待たずに、そのまま彼女は空になったカゴを小脇に抱えて母屋へと帰っていった。
頭の中には、ちゃんと収まっていたのだ、カケルはすでに消えてしまったサイレンの音をいつまでも頭の中に響かせながら、何度も自らに言い訳していた。
確かに、言いたいことはちゃんとあったのだ。外に出なかっただけで。
ただ、靴下をはいていなかっただけなんだ。




