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心優しき狼よ、曠野を行け  作者: 柿ノ木コジロー
第一章 ― 1 ― 
16/148

15 貰い風呂 2

「遅かったね、もうみんな入ったけど」

 姉はつっけんどんにそう言って、洗濯機に向き合う。脱ぐのは見られたくないなあ、しかも今日に限って耳もみられたくない、と体をひねるように脱衣所に入ったが、姉は洗濯機のタイマーをセットして、こちらもロクに見ずにまた次の戦場へと立ち去った。


 姉は「みんな入った」と言ったが母親はまだに決まっている。母は決して、カケルより先に風呂には入らない。そう明言しているわけではないが、いつも態度で示している。母屋に行って、姉が「みんな」と言ったとしても、いつも母のことは数に入れていない。


 姉は母親に対して、いつも否定的な見方しかしていない。それが出来ない場合は、完全なる無視をきめこむ。

 自分が父親に感じるうすら寒いような隔絶感を、姉は母親に感じているらしい。


 父親と言えば、既に家族の数には含まれていない。

 認知症がひどくなるにつれ、進んで風呂に入ることもなくなった。時おり起きてくるにはくるが、時間もデタラメで、それがまた姉の負担になっている。しかし姉にとっては父親というのはどこか親愛なる存在らしく、彼に対して非道く声を荒げたり、あからさまな無視をしたりというのはカケルも見た事がなかった。

 

 その晩も、カケルはいつものように風呂に入った。

 これから出かけるには、少し飲み過ぎたかもしれない、今夜も文字列がみえるんだろうな、漠然とそんな予感を抱えながら彼は服を脱ぎ捨てていった。下着のシャツが耳の輪に引っかかり、一瞬だけ急に酔いが醒めた。

 なんだオレ、けっこうダイジョウブじゃん。風呂の戸を開ける時に取っ手をつかみ損ね、少しよろめく。


 今夜は飲み過ぎだな、そう感じながらどっぷりと垢だらけのぬるい湯につかった。


 このまま沈んでしまうかも知れない、それもいいかな、とどこかで感じている自分も上空15メートルくらいの場所にいたりする。


 いかがでしょうか、ムカイヤさん、ボス、チーフ、ご主人様。このワタクシ、もう戦線離脱してもよろしいでありますか? にっこりとした顔が一瞬ちらつく、口は「NO」と動いたに違いないが。


 その晩はツイッタ―をやり過ぎていた、風呂場の白みがかった壁に、ほの暗いツイッタ―の文字列がずらりと隙間なく並んで見えていた。


 最初にこれをみたのは少し前のことだ。初めての時は、さすがに強烈だった。飲み過ぎて風呂の中で寝てしまい、沈みかけてはっと気づいた時、壁に何か虫のようなグレイの影が並んでいた。目を近づけてみると「おやあり」「返信」などと、何となく文字に見える。目を凝らせば凝らすほど文字はあいまいになって何だか判らなくなる。しかしまた目を遠ざけると、全体的にはツイッタ―の文字列だと把握できる。初めてこの幻視を見た時には心底ぞっとした。とうとうオレも気が触れたか、と何度もなんどもその文字列を目で追いかけた。指で触れてみても、そのあり得ない文字列は消えなかった。2行ほどのラインらしいものがずっと繰り返し壁のパターンとなっているのがまた、狂気らしく思えた。幻影は風呂から上がり、心臓の鼓動がようやく落ちついた頃には自然に消えていた。


 それから飲み過ぎて風呂に入る時、必ず幻視が訪れることに気づいた。なんだ、これは単なる現象のひとつなんだ、サイモンとガーファンクルの世界だな、ハロー、ダークネスマイオールドフレンド、まさしくこの文字列のことだ。


 湯の中で、頭を預けている肩にひんやりと何かが触れる。姉には見られたくないと思った、ピアスだった。今夜は酔っぱらう前に、これをつけていた。

 数日前に、向谷からの電話を受けていたから。


 ねえヤマナシくん、今度の金曜日、真夜中でいいから出動できるかな? 資料はメールで送るね。あと、匂いのもとは速達で送るから、お願いします。

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