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心優しき狼よ、曠野を行け  作者: 柿ノ木コジロー
第三章 ― 2 ―
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30 ショートメールがひとつ

 意外なことに、竹中の車がまだ駐車場にあった。

 小声で呼ぶと、後ろの木立から照れたような笑いとかすかな紫煙とをひいて戻ってきた。

 医者(せんせい)に隠れて吸っているんでね、と言ってまた咳き込む。

 明日は大事な会合がある、いないと疑われるしね、と言っていたのでとっくに避難所に向かっていたかと思っていたが

「すっかり忘れていた、すまん、返さなきゃならないものがあった」

 そう言って、黒いスマートフォンを彼の右手に載せるように置き、左手で挟ませる。

「どこにこれが」

 目を見開いて電源を入れる。

 少しほこりがついてはいたが、正常に動作するようだった。

「避難所の裏手、山の斜面に落ちてたのを隊員が拾って届けてたんだ。ガワに見覚えあった、君のだよね」

「ああ……」

 不在着信がたまっていたが、すでにそれは過去の物語ばかりだった。

「狼で過ごすならば、もう必要ないかもしれないが」

「いや、」

 カケルは顔を上げて微笑んだ。

「圭吾さんの実家に連絡することがあって。ありがとう竹中さん」

 竹中はいつもの人の良い竹中らしい笑顔をみせる。「太一くんのことか」

「はい、母が気にしていて。引きとって貰えないか、って」

 それがいい、と竹中は何度もうなずいた。太一が入っているだろう児童養護施設の名前を挙げ、圭吾さんの御両親優しそうな方々だったな、披露宴で会ったきりだが、と遠い所をみる目になった。


 どこか離れた場所でサイレンが鳴りだして、ふたりは現実に引き戻される。


 山に入るんだぞ、人前には出るな、何度もそうふり返って、最後には「元気で」と言って彼は車で去っていった。


「元気で」はアンタの方に必要なことばじゃないのか? カケルは暗がりに遠ざかっていくテールランプが消えるまで見送った。


 夜更けの空はどことなくまがまがしいオレンジ色に染まり、うっすらと化学的な匂いの漂う大気は、常に鳴りやまないサイレンや重機の低周波に冒され震えを帯びて彼の頬に当たる。


 カケルには、世界自体が荒廃し、発狂しつつあるようにしか見えなかった。


 戻って来るとは思わなかった電話を取り上げ、駐車場の敷石端に座って、おぼつかない左手で操作する。圭吾の実家の固定電話が登録されていた。見直して思い出したが、この番号を語呂合わせして圭吾と笑ったことがあった、ついくすりと笑ってしまう。かなりスケベな内容で、夏実が「何?」と聞いてきた時に「なんでもない」と圭吾とカケルの声が揃って、それでまた大笑いしたことがあった。


 すぐ彼らのところに電話して窮状を訴えたいが、さすがに眠っている時間だろうか。夜が明けるまでどこかに隠れ、朝になったらすぐに電話してみよう、と、とりあえずジャージのポケットにスマホを突っ込もうとした。その時


 軽い振動がきてカケルはぴくりと手を痙攣させる。さんざん傷めつけられたせいか、ほんのわずかな刺激でも恐ろしい、電話を取り落としそうになってあわてて包帯だらけの手を出す。更に前に飛ばし、カケルはへっぴり腰になって草むらの電話を拾い上げた。


「不器用だな、お前は」父の声がしたような気がして、口をへの字にしながら画面を見る。


 ショートメールがひとつ。数字の羅列でしかない携帯番号からだった。

 こうあった。


 友人の借りた

 兄のことごめんね

 北海道に住めそうな所ある、一緒にどう?

 避難所通ります7時北門のすぐ外に行くよ。大好きあいたい

 すゞ


 はっと身を起こした。すゞが見つかったら大変だ、彼らは覚醒した狼を殺すと言っていた。


 カケルは迷わず、走り出した。走りながら包帯をむしるように取り去り、頭のネットも剥ぎ取って放り投げる、そして


 狼となった。

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