28 そうちゃん 1
―― カケル、こっちにおいで。
―― そう、いいよベッドに腰掛けてもいいよ、どうせ誰も寄りゃ、しないんだから。
見つかったの? メグミらは。……そうかい。
ケイゴさんの親ごさんに何て言ったらいいんだろう、こないだもわざわざ連絡をくれたしね、この病院に。
看護婦ったら最初は取りついでくれなくてさ、規則ですから、って……千円渡したらやっとさ、電話を貸してくれて、腹の立つ。オマエの所にも何度も電話したんだよ、聞こうと思って、電話を無くした? 何やってんだいオマエは、こんな大事な時に。ハルくんも乗ってたのかい? 本当に事故が?
晴樹も乗っていたことにして話してしまった。母親は、バイパスで事故があったらしい、とここのスタッフが話しているのを耳に入れてしまったのだ。
―― その前の晩に夢をみたよ、ハルくんが来てね、ばあちゃん風邪ひくなよ、じゃあな、って言ったんだけどもしかして何かあったのかい? 事故でおばあちゃんもお気の毒に、って廊下で話してたんだよ、カケル、聞いてるかい?
と、すがりついてきた。
昔から、初孫ということもあって晴樹はとりわけ可愛いらしく、何かあるたびにハルくんハルくん、と名前が出たものだった。
確かに事故だったらしい、オレも竹中さんから聞いた、と答え、誰が乗っていたんだい、と母親から重ねて訊かれたので四人の名前を告げた。
―― 看護婦は何にもちゃんと教えてくれないんだよ
すっかり小さくなった身体で母親はつぶやく。
本当は病院ではない、医療行為は行われていない、ただの施設だ。それでもカケルは否定もせずに黙って聴いている。
「それよりアンタ、その怪我はどうしたんだい? アタシより包帯だらけじゃないか。
ここに来てごらん、なんだいその右手の、グローブみたいな」
一番触れられたくない傷に触れられて、カケルは包帯を抱えるようにして顔をそむける。
イブに、というよりメス狼に咬まれた傷を。
竹中にこの施設まで送ってもらった時には、面会時間はもうとっくに過ぎていた。
収容されている人びとはどうなろうとあまりお構いなしなのか、部屋に行くまでスタッフの誰にも会うことはなかった。
少し落ちついた頃、母親が言った。
「これでうちの子で残ったのは、アンタだけになっちまったね」
「違うよ、俺だけじゃないよ、まだ」カケルは答えた。
「え? 太一のことかい? そうだね太一もいるし、そうだ、琢己もね。でも琢己は数に入れられないよ、何の助けにもならないだろ?」
「そんなことはないよ、タクミはすごく、助けになってる」本心からのことばだった。
琢己が亡くなったのはなぜか言えなかった。
「太一はね、でも……圭吾さんのご両親のところにお返ししようかと思ったんだ。それも相談したかったんだよ、実はね」
―― あの子ももう五歳になるだろう? アタシもこんなで面倒みられないし、アンタだっていくら身内と言っても独身でこの先どうなるか、分からないしね。
ケイゴさんち……桐島さんち、確かお孫さんは外にひとりいるだけだったよね。
あの辺りはまだ、それでも落ちついているらしいし、こないだね、電話を頂いた時も何となくナツミとかタイチのことを気にしてたしね、学校や幼稚園は行けてるんでしょうか、って。
きっとイヤとは言わないと思うよ。どうだろう、カケル?
「少し考えさせてほしい」
いつまで? と母の目が問う。一週間くらいで、どうだろう、おずおずとそう答えると、母はふうっと息を吐いて天井をみた。適当なことを言っているのがお見通しなのか、返答に満足していないのは何となく分かった。
「アンタがそう言うなら……いいよ、でもなるべく早くね。あの子が五歳になる前に、うちから遠くにやりたいんだ」
急におかしなことを言い出す。
なぜ? と問いかけようと母の顔を見ると、母はいつになく真剣な目をしてカケルを見て、こう言った。
「アンタも知ってるよね、まん中のお姉ちゃんのこと」
「ああ……」
自分と恵との間に、姉がもうひとりいたという話は幼い頃から聞いていた。
法事も間遠になって、ほとんど忘れかけていたのだが
「確か、小さい時に事故で、だろ。そのくらいしか」
事故で亡くなった、としか教えてもらえなかった。あまりしつこく聞くと父を怒らせ、母を嘆かせるということを、経験で学んでいたので、口に出すのもタブーだと感じていた。
仏壇には写真すらなかったし、アルバムも残されていない。恵に訊いたら、果たして教えてくれたのかどうか、試す気にもなれなかった。
カケルは初めて、母親にちゃんと聞いてみた、本当は聞きたいのかも分からなかったが。
「その姉さんと、何か関係があるの?」