27 思い返すたびにうずく傷を抱えて
「次はもう助けられないかもしれない、君を」
喘ぐような息の中から、竹中は何とか声を絞り出していた。
「竹中さんもヒトゴロシにしてしまったね」
カケルが言うと、顔をかすかにしかめて咳を押さえながら
「最後に誰か殺さねばならないのならば、ムカイヤかとは思っていたが」
竹中がやっとでそう言った。苦しげな息のまま続ける。
「見張りも銃を持っていた、どうしようもなかったんだ」
もうひとり、助手も撃ってしまったことを気にかけていたようだった。
しかし、すぐに目を鋭くさせてカケルを見た。
「本部から、狼をすべて駆除するよう命令が出た、人を襲う襲わないに関わらず」
竹中が放ってよこした黒いジャージはムカイヤの助手から剥いだものらしかった。
車のあちら側であおむけに寝ていた男に確かに見覚えがあった。この寒い季節には薄着だったし、撃たれたのは頭らしく、倒れた姿はぶかっこうで巨大なマッチ棒さながらだった。
不定形のてらてらと光る赤い炎の形が、頭から立ち上り、白く荒いコンクリート舗装に汚れた軌跡を描いていた。
服には目立った汚れがない、着たくはなかったが急げ、とせかされ仕方なく袖を通す。
「人間の姿でいれば、いいんだろう?」カケルの問いに既に車を発進させた竹中が
「一回でも覚醒した者は、見極めるツールが開発された……元々は私らが開発したんだがね」
そう言ってまた激しく咳き込む。カケルは横からハンドルを支える。
メス狼に噛まれた小指側半分、手の甲に深く刻まれた牙のあとがダッシュボードに当たり、「あつっ!」つい手をひっこめそうになったがその間に竹中はハンドルをしっかりとつかんで右路肩にかすりそうになった車をまた道のまん中に復帰させた。
「ありがとう……カケルくん、絶対に人里に出るな、傷の手当てをしてから、もっと奥で降ろしてやるから」
「いいや」
脇からブレーキに足を突っ込むと車は急停止した。カケルは竹中の目をみる。
「あぶ! 何だって」
「最後に逢いたい……おふくろに」
竹中が息をのむ。
しかし、カケルが言い出したらきかないことはもう、分かっているようだった。
道中で、竹中から恵たちのことを聞かされた。
恵たちの車は病院に行く途中、バイパスで排除に遭遇し、他の車数台と共に消滅してしまったと言う。車体はそのままで、彼らは地震かと思って車外に飛び出したようだ、他の車の人々もほぼ同様だったらしく、道路や車は無傷だったが、その周囲に黒い染みが点々と残されていたという話だった。
「圭吾くんの車の脇にも、染みが残っていた、圭吾くんも、恵さんも、なっちゃんもそれから行方不明だ」
もう涙は出ない、と思っていたのに、カケルは少し泣いた。
「夏実……なっちゃんだけでも、せめて助かっていないんだろうか」
「分からない。確かめようがないんだよ。あきらめた方がいい」
「苦しかったかな」
「一瞬だっただろう……どちらにせよ、過ぎてしまったことだ」
「そんな酷いことが、あっていいんだろうか」
「知らなかったのか?」
竹中は咳き込みたいのか、泣きたいのか判らない顔で荒れた路面に注意を向けるのに精いっぱいの風を装っていた。
「世の中は誰に対しても、いつもひどく厳しいものなんだよ」
「分かってましたよ」
カケルの声は消えんばかりだった。
「俺だって酷いことをした、数え切れないほど」
「そうだ。殺した人にも、その人を愛していた人たちに対しても」
竹中の言い方は穏やかだったが、容赦はない。
「今になって、後悔しているのか」
「後悔して彼らが帰ってくるのならば、いくらでも」
「だろうね。私もだ」
それきり、カケルは傷口を胸元に押さえるように抱え、竹中は口を閉ざしたまま、ただ前方を見据えて行く先に集中していた。