11 ずっと、好きだった
ピアスをつけて外を歩くと、どんな天気の時にでもなぜか風の音が聴こえてくる。左耳にだけ、なぜかかすかに風を切る寂しげな音がひゅうひゅうと響くのだ。歩く速度を落とすと、その音は大気に溶け込むように消えてしまう。
オレは生業になると、まずピアスをつける。もちろん、家族の前ではしない。「ねえそう兄、その耳の穴はなに?」と目ざとい子どもに指摘されたので耳に穴を開けたんだ、とは話をしたことはあったが、えっ、ピアスをするの? と姉から問われていいや、しようかと思ったけどオレ、金属アレルギーだったみたい、と言い訳したら、だよねえ、似合わないよ、と軽く笑い飛ばされた。母はその時、ぎょっとしたように目をむいて俺をみた。茶碗に目を落とした時には平静な顔に戻っていたが、「いやだねえ」と吐き捨てるようにそうつぶやくと、それ以上のことは言わなかった。
ピアスをつけただけでは、狼にはならない。あの言葉を言わない限りは。
だからいつでも好きな時に狼になりたいヤツは、ずっとピアスをしていればいいことになる。ことばさえ呟けば、いつでもあの姿になれるから。
でもオレはいやだ。
最初にキスしたのは、においを確かめるため、イブは涼しい顔でそう言い切った。
なぜ後ろ向きで? そんな……(彼女は少しだけ頬を染める)面と向かってなんて、どうやったらできるの? 私たち、狼なんだよ、そんな恥ずかしいことできないでしょ?
じゃあ本当は、オレのこと好きとか、そういうことじゃなくてただ単に狼だったから……
続けようとする言葉を優しく押しとどめ、イブは上目をつかってカケルの目を覗きこむ。
話さなくても通じあえた。心がきこえる。
最初に見たときから、ずっと好きだったんだよ、一年の入学式の時、落としたプリント拾ってくれたよね、体育館で。ほい、って。手が触ったんだよ、それも知らなかったの?
歩を進めるたびに、ピアスは耳に風のうたをきかせる。
聞こえない彼女の声のように。
ずっと、すきだったんだよ。