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心優しき狼よ、曠野を行け  作者: 柿ノ木コジロー
第一章 ― 1 ― 
12/148

11 ずっと、好きだった

 ピアスをつけて外を歩くと、どんな天気の時にでもなぜか風の音が聴こえてくる。左耳にだけ、なぜかかすかに風を切る寂しげな音がひゅうひゅうと響くのだ。歩く速度を落とすと、その音は大気に溶け込むように消えてしまう。


 オレは生業しごとになると、まずピアスをつける。もちろん、家族の前ではしない。「ねえそう兄、その耳の穴はなに?」と目ざとい子どもに指摘されたので耳に穴を開けたんだ、とは話をしたことはあったが、えっ、ピアスをするの? と姉から問われていいや、しようかと思ったけどオレ、金属アレルギーだったみたい、と言い訳したら、だよねえ、似合わないよ、と軽く笑い飛ばされた。母はその時、ぎょっとしたように目をむいて俺をみた。茶碗に目を落とした時には平静な顔に戻っていたが、「いやだねえ」と吐き捨てるようにそうつぶやくと、それ以上のことは言わなかった。


 ピアスをつけただけでは、狼にはならない。あの言葉を言わない限りは。

 だからいつでも好きな時に狼になりたいヤツは、ずっとピアスをしていればいいことになる。ことばさえ呟けば、いつでもあの姿になれるから。

 でもオレはいやだ。


 最初にキスしたのは、においを確かめるため、イブは涼しい顔でそう言い切った。


 なぜ後ろ向きで? そんな……(彼女は少しだけ頬を染める)面と向かってなんて、どうやったらできるの? 私たち、狼なんだよ、そんな恥ずかしいことできないでしょ?


 じゃあ本当は、オレのこと好きとか、そういうことじゃなくてただ単に狼だったから……


 続けようとする言葉を優しく押しとどめ、イブは上目をつかってカケルの目を覗きこむ。


 話さなくても通じあえた。心がきこえる。


 最初に見たときから、ずっと好きだったんだよ、一年の入学式の時、落としたプリント拾ってくれたよね、体育館で。ほい、って。手が触ったんだよ、それも知らなかったの?


 歩を進めるたびに、ピアスは耳に風のうたをきかせる。

 聞こえない彼女の声のように。


 ずっと、すきだったんだよ。


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