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心優しき狼よ、曠野を行け  作者: 柿ノ木コジロー
第三章 ― 1 ―
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12 混濁する記憶 2

 画面は縦横いくつかの升目に分れている。まん中には聖者の立ち姿が、そしてその周りにはコマ割りにはまる漫画のように、彼がどのような人生を経て幾多もの迫害を受け迷い、苦悩し、それでもなお最後には信仰に目覚めて至高の境地に達したかというひとつの人生の物語が刻まれていた。


 人はすべてこの絵の主人公だ。自らの立ち姿をそれぞれの苦難がぐるりと取り巻いている。


 水に浸されて石つぶてをぶつけられ、倒れたところに銃を向けられ、他にも俺の受難はコマ割りをはみ出すようにこまごまと描かれているだろう、どれが最初だったかどんな順番だったかは、覚えていない。痛みで辿るしかない。左手の人差し指と中指との間はずっとズキズキする赤黒い傷が見えて、これは舐めても治らない、治療は受けたがその後、医者に行く暇も無かった。溺れたのはその後だ、最近。肩の傷と頭の切り傷はその時のものだろう、ライトセーバーで打たれた傷はもっとずっと昔。たぶんもう痕も残っていない、心の中には今でも深い跡が残っているだろうが。目の下をシャープペンで刺されそうになったのは自分ではない、狼だった。狼?


 溺れているのは狼なのか? あれは夏の終わり、いや冬のはじめ、いつだったのか? 夏はプールに行く暇もなかった、なぜって俺はずっとラブの散歩をしていたから、蛙を獲らないように気をつけながら。でも冬に水に入ったりするのかな? 縛られていたから? そんなばかな。待てよ、


 俺は今、水の中ではないようだ。縛られてもいない。


 なのにどうして、倒れたまま起き上がれないのだろう。

 


 殺せ、ころせ、遠くで声が聞こえる。一人やふたりではない。もっと大勢の怒号。俺は地面に這いつくばってその嵐に晒されていた。胸がむかつく、呑み過ぎたときのようだ、口を大きく開けて少しの間を置いてから吐いた。血がかたまりとなって地面にこぼれ落ちた。何だよ、この血。急に氷水の中に落ちたような極端な寒さに襲われる。あの水は暖かかった、まだ。今は水の中ではない、地面の上だ。でもごつごつと尖り、しかもぬかるんでいた。硬い上に柔らかく、どちらも不快な感触だ。何故こんな所にうつ伏せに寝ているのかが全然思い出せない。

気持ち悪い、そして、寒い、ものすごく寒い。また気持ち悪くなって口を押さえようと手を出した。


 血にまみれ、泥に汚れたその手は「人間の手だ」。俺は安堵する。何だ、よかった。


 口を押さえようとした手を踏みつける足。そして


 目の前の銃口。


 いろんなことを急に思い出す。

 コマ割りの中の絵がひとつずつ目の前に展開されて


 俺はすゞに言った。二人きりの時、アパートの一室で。

「狼になって、たくさんの人をかみ殺したんだ」


 すゞは目を丸くして聞いていた。


 とっかかりが見えた、そこから時を辿れそうだ、俺が告白した時から。


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