溢れた雫の行く末は ―中―
駄目だ、とアメリアは思った。このまま終わりにしてはいけない、喧嘩して傷ついたまま別れては、この後ずっと悔やむだろう。彼女は、遅すぎるほどだが、自分で悟った。
しかし今さらどう声をかければいいのか。しかし、歩み寄らなければ始まるまい。
あの、と下を向いたままのマスターに、アメリアは口を開きかけた。
だが、それより先に、男の声が響いた。
「……どんなに振りほどかれようと、その手は二度と放さない」
それは囁くような声だった。そして淡々とした音だった。それなのに、アメリアの神経を切り裂いて、心の奥底に直接吹き込んだかのように、はっきりと耳についたのだった。
息が止まる程に硬直したのは本能ゆえだろう。全身の毛が逆立ち、心拍音がやたら大きく聞こえる。
寒々とした音色が残響する中に、次が襲い来た。
「いつだって、私は、失ってから後悔するのだ。いつだって、そうじゃないか」
くっくと男は肩を揺らす。どこか狂気じみた笑い声だ。
アメリアは反射的に後ずさっていた。嫌な汗が体から吹き出す。言葉を出そうにも、恐怖のあまり悲鳴しか出ないだろう。しかし、叫んでしまえばいよいよ修復しきれなくなる。そんな気がして、アメリアは口を押え小さくなっていた。
静かに息を吸ったのち、男は続けた。
「だから君だけは、この泡沫の幸せだけは、守ってみせると。そう決めたのだ。他の、何に代えても。だから……ここに居るんだ」
優しい音色だ、しかしどこか薄ら寒い。それと共に、ゆっくりと男が顔をもたげ、立ち上がった。
穏やかな微笑みを湛え、黒い燕尾を纏った、見覚えのある姿だ。しかし、今はただただ怖ろしかった。目の前に居るのは、葉揺亭の主サベオル=アルクスローザその人であるのに違いない。しかし「マスター」ではない。もっと怖ろしく畏れるべき、人智を越えた存在だ。
予め知っていたはずなのに、予め聞かされていたはずなのに。しかし、理解しがたいものを見た時に抱く、生理的な畏怖の念をアメリアは覚えていた。
「怖がらなくていい、だから、アメリア……そんな目で、私を見ないでくれ」
言いながらにじり寄る。たたずまいや顔色とは裏腹に、余裕は無かった。何ものをも凌駕する智謀は全く機能せず、本音を隠すための「店主」の武装が剥がれ落ちていることにも気づけず、ごまかし一つ無い心の声を上げている。
普通ならば、嘘偽りない腹の底を見せるのは、話し合いにおいて加点になる。だがこの男は、普通を遠くに逸しすぎてしまっていた。見せるべき底の前に、割った腹から溢れアメリアを飲み込んだのは、他者を慄かせる混沌の上澄みだった。
ただ恐怖であった。縋り付く様に伸ばされる手も、助けを求めるように歩み寄ってくる姿も、得体の知れない何かが自分を捉えようと迫ってくるようにしか見えない。アメリアは怯懦し足早に後ずさる。わなわなと震える口で、しゃくりあげるように息をして。
あっという間に背中が壁に触れた。幸いにも店の出口には近い方だ、このまま壁伝いに動けば外に逃げられる。一瞬だけ思ったが、アメリアはすぐにその考えを棄却した。もしもそうしようとすれば、目の前に居る永久の魔術師が何をしでかすかわからない。ここは彼の世界だ、ここでは彼が絶対の神なのだ、彼が力技に出ればそれまでだ。
眼前に迫る男から目を逸らせない、しかしアメリアの意識は、後ろ腰に携えた最後の切り札に向いていた。少しでも危ないと思ったら、命の危険を感じたら、その時に振るえ。その警告の時が、今であろう。
後ろ手にダガーの柄を握った。頭から氷水を被ったように、アメリアの体は震えていた。
ぎりと奥歯を噛みしめながら、アメリアは叫んだ。
「マスターなんて、嫌いです。……大嫌いです!」
嘘だ。嫌いになんかなれるはずない。言葉にしながら、アメリアは泣いていた。しかしそうとでも言い聞かせなければ、悪意の刃は抜けなかった。
しかし、アメリアがダガーを抜くことは無かった。その前に見えない剣に心臓を付かれた様に、男の時間が止まったのだ。
「マス、ター……?」
不意に動かなくなった獣に、恐る恐るアメリアは投げかける。あの拒絶がとどめの言葉だった。そう思って、アメリアは身を守るための唯一の武器から、手を離した。
違った。アメリアは破れかぶれの一撃で、越えるべきではない線を越えてしまったのだった。逆鱗に触れられたように、男は、意味の無い咆哮を上げた。
息を切らせ、剥いた目を泳がせながら、男は茫然としているアメリアに一気に迫り、両の肩をわしづかみにした。
「言うな! それだけは、言うな。僕が、僕であるためには……君が居なければっ……!」
「やだっ、や……離して、ください!」
「私のアメリア、どこにも行くな……ッ。それに泣くんじゃない、泣かないでくれ! 私は、ただ、君を……!」
「嫌、やめて、離して!」
強引に抱きすくめられる。逃れようと身じろぎするうちに、床にもつれ込んだ。渾身の力で這いずって脱出しようとするも、男の締め付ける腕はそれ以上に強力だった。
苦しい、重い、怖い、悲しい。アメリアはとめどなく溢れる涙を、固く冷たい床に垂れ流しにしていた。
その時だった。葉揺亭の玄関がゆっくりと開いた。流れ込んだ外気は床を伝いアメリアの頬を打ち、彼女の憔悴した顔を前に起こさせた。
葉揺亭に朝一番に来る客は決まっている、宿屋のオーベルだ。理由なき限り毎朝顔を出しては、店主とアメリアと他愛の無い雑談をして一日のはじめとする、それが年単位で続く日常だった。
が、その日常は今壊れた。惨状を目の当たりにして、まずオーベルはぎょっと目を見開いた。
男女が床にもつれている。こちらを見る少女は声も無く泣き続け、男は錯乱したように顔を歪ませ少女を抱きこむ。いきさつを一切知らぬオーベルには、店主が力に任せ狼藉を働いているようにしか見えなかった。
オーベルの髭面が鬼のごとき怒りの形相に吊りあがった。
「なあにやってんだあ! こんの、くそったれがあっ!」
怒号で空気を割りながら、オーベルは大股で二人のもとに駆け寄った。
そのなりマスターの黒髪をわしづかみにし、無理やり起こした横っ面を加減一切なく張り飛ばした。それでも束縛を離さなかったから、続けざまに鎖骨の間を殴打する。
息が詰まったように店主が咳き込む。拘束の手も緩んだから、アメリアは死に物狂いで這い出した。過呼吸で胸を上下させ、壁に寄り添い自らの体を抱いて小さくうずくまる。とんだ暴風に怯えながら、しかし目は離せない。
アメリアが解放されても、まだオーベルは怒髪天をついたままだ。マスターの胸倉をつかむと、そのまま奥の壁に縫いとめる。主が背中を強かに打ち付けたせいで、葉揺亭が揺れた。
オーベルが息を切らせながら、憤怒の心を言葉として現した。
「てめえ、とち狂ったか、あぁッ!?」
「……私とアメリアの問題だ、黙れ、横槍は引っ込んでいろ」
「横槍だぁ!? てめえ、自分が何したかわかってんのか!?」
「愚問だ。だから黙っていろ。私を、誰だと思っている」
店主は額に汗をにじませながら、凄絶な凶相を浮かべた。ぶら下がっていた腕が、静かに動き始める。
息を呑んだのはアメリアの方だった。店主の仮面をはぎ取られた時に出てくるのは、末恐ろしい古の魔術師だ。それが追い詰められた時には、一体何をするかわからない。
このままではオーベルが殺されてしまうかもしれない。そんな不穏な警鐘が頭の中に鳴り響き、アメリアは反動で立ち上がった。咄嗟に背後に手を伸ばし、辛うじてぶら下がっていたダガーを取る。
が、結局また抜かずじまいで終わった。アメリアが行動するより早く、宿屋の旦那は掴んだままのマスターの胸を再度壁に打ち付けて、ついでに野太い声を張り上げた。
「知るかあっ! 俺の知る店主様はよ、自分の大事な娘に乱暴するような糞野郎じゃねぇ! おまえは、何様だよっ、この野郎が!」
激情の赴くまま何度も何度も細身の男を揺さぶり、それでもまだ足りぬとばかりに、黒いベストを着たみぞおちに一撃入れる。
店主の顔が苦悶に歪んだ。自分の物より一回りも二回りもあるオーベルの腕を必死に払い退け、そのまま壁に背を預けてずるずると崩れ落ちる。
声にならない声をあげぐったりとしているマスターの前で、オーベルがしゃがみこんだ。険しい顔はそのままに、店主の頭を掴んで揺さぶる。
「痛ぇか!? アメリアちゃんは、もっとつらかったに決まってらあ! おまえさんのことあんだけ信頼していたのに、裏切られてよ! しかも力ずくで! 力ずくでだ! 神様でもお天道様でも何様でも呼んで来やがれ! てめえが悪いことには、変わりねえんだよ! この、人間以下の、ド畜生がよ!」
「……私、は……ッ」
「もうやめてください!」
アメリアが悲痛な叫びを上げながら、オーベルの太い腕に縋り付いた。もう見ていられなかった。どちらも、アメリアにはかけがえのない人なのだ。どちらもが、自分を想ってくれているのも、痛いほどわかるのだ。
「オーベルさん、もう、もうやめてください! マスター、死んじゃう! 私、大丈夫ですから、もう平気ですから……。マスターは、悪くないんです……!」
怒りに我を忘れているオーベルに、アメリアは涙しながら訴えかけた。葉揺亭一の常連は、店主と店員の顔を交互に見比べてから、畜生と舌打ちする。
「アメリアちゃん、俺んとここい! こんな頭のおかしい野郎んとこいたら、おまえさんも狂っちまう!」
「でも……」
「いいから来い! このまま置いとけるかってんだ!」
鼻息荒く、オーベルはアメリアの小さな手を取った。
アメリアは逆らわなかった。吹けば消えるようなかそけき声で、はい、と返事をして葉揺亭を去りゆく。
そして、マスターも何も言わず、かつ何もやらなかった。糸が切れた操り人形のようにうなだれ、着衣や髪の乱れを直すこともしない。
葉揺亭の玄関が閉まる。アメリアはもう一度だけ、涙にぬれた目で主の方を振り向いた。
俯いた黒い目は焦点を定めず虚空を見たまま、しかしマスターの口は声無きまま、アメリアの名を呼ぶように動いた。
その姿を最後に、蔦葉の彫刻が成された扉が二人の間を分かつ。こんなに重そうな扉だっただろうか、とアメリアはぼんやりと思った。
踏み出した外は暗かった。オーベルの一歩後ろを黙って歩きながら、アメリアは天を仰いだ。夜明けに見た空はどこへやら、どす黒い灰色の雲がノスカリアの上空を覆っていた。
「……大雨だなあ、こりゃ」
オーベルがぼそっと呟く。彼の宿屋に着く頃合いに降り始めるかどうか、というところだと見積もった。
しかしアメリアは、すでに嵐の中を彷徨って来た後のように頬を濡らし、両の眼から溢れる雫を地に降らせていた。
アメリアがオーベルの宿屋「緑風」に辿り着くと、見計らっていたかのように雨が降り始めた。ひどい豪雨だ、天空の主が癇癪を起こして水と言う水をひっくり返して回っているような。
それからオーベルや彼の妻、宿屋に籍を置く異能者ギルド「緑風の旅人」の面々と色々話したのだが、何を話したかはよく覚えていない。事情説明をしたのは、ぼんやりと覚えている。
そして今は談話室の片隅に居た。よく拭かれた四角いテーブルに向かって俯いていた。呆然自失といったアメリアを、遠巻きにギルドの面々が眺めているという状況がしばらく続いていた。一応顔を知ってはいる程度の間柄だから、今一つどう扱っていいのか迷っているのがありありと現れている。
どんよりとした膠着状態に一石を投じたのは、一人の女性の登場だった。ギルドの一員で、オーベルとも親しく、かつ葉揺亭でもなじみが深い、深緑の民の娘・ルルーだ。
「えー? なーんでアメリアちゃんがここにいるのー? しかも泣いてるし」
濡れそぼった赤毛をタオルでわしゃわしゃと拭いながら、ルルーは率直に疑問を口に出した。湿っぽい空気を乾かすようなあっけらかんとした物言いに、彼女の同僚たちは安堵の色を示す。
「今朝、旦那がさらって来たんだよ。んで、こっちに押し付けだ。何とかしてくれよ、姉御」
「なにそれ。どんな風の吹き回しかしらないけど、さっさと返してやんなよ。あそこのマスターの宝物だよ? それを泣かせちゃって」
「いや、何でもそのマスターと大喧嘩したらしい。泣いてるのもそれで……」
ルルーは顎が外れたかのようにぽかんと大口を開いた。
「嘘でしょ、あの二人が仲たがいなんて。この雨で世界が大洪水になるって言った方が、まだ信じられるよ。……で、その旦那は?」
「かかあにぎゅうぎゅうに絞られてる。旦那も旦那で、マスターのことぼこぼこに殴ってきたらしいから。しかも早とちりで」
「最悪じゃん、それ! 完全にこっちが悪者だよ! 馬ッ鹿じゃない、あの髭親父!」
大声で悪態をつきながら、ルルーはタオルを鞭のように振るった。びたんと重い音を立てて近くのテーブルにぶつかり、じわりと着地点を湿らせる。
不意にアメリアが反応して、泣きじゃくりながら抗議の声を上げた。
「オーベルさんもっ、悪くないんですっ……! だから、怒らないでください……!」
「あ……そうかい。アメリアちゃんがそういうなら、うん、やめるよ」
ルルーは神妙な顔をしながら、タオルを引っ込めた。湿っぽいため息が、「緑風」のギルド員たちから響く。
とはいえ、このまま放っておくわけにはいかない。ルルーは自分に立った白羽の矢を受け、アメリアの向かい側へと座った。空手ではない、酒瓶と二つの木のジョッキ、それと乾パンを持った皿を器用に持って、テーブルに置いた。
ジョッキになみなみと酒を注ぎ、一つは目を腫らす少女の前に、一つは自分で抱える。
「ま、とりあえず飲みな。それに食べな」
言うが早いか、ルルーは自分のジョッキを干した。ぷはっ、とわざとらしい息を上げてみるが、アメリアはぼんやりうつむいたまま、反応しない。目線はテーブルの上、いや、そこに置いた二つの物に向いている。ブローチと、ダガーと。
似つかわしくない武器の影に、ルルーは目を見開いた。
「まさかそいつであの細っこいマスターのこと、刺してきちゃったとか? 意外と強気だねえ、アメリアちゃん 」
「そんな! そんなこと……だけど、怖かったんです、本当に……ほんとに……」
「ああ、そりゃしょうがない。でも、結局何にもしてないんだろ? ならいいじゃないか。マスター生きてりゃ、仲直りだってできる。……生きてるんだよね? 旦那、やりすぎてないんだよね?」
ルルーが恐る恐る確認を取ったのは、アメリアではなくギルドの同僚にだ。しかし帰ってくる返事は、「たぶん」「きっと」とあいまいな物ばかり。挙句の果てには、二人の男が慌てて雨降る中へと走っていく始末だ。
アメリアは顔を青くする。長くを生きる人物がそう簡単に命を落とすはずはないだろうし、彼を良く知る男もちょっとやそっとじゃ死なないと評していた。それでも、アメリアが葉揺亭を離れる前に見た亭主は完全に壊れてしまって、死んでいるのと大差ない状態であった。
いや、むしろその前だ。自分が嫌いだと言ったとき、あるいはもっと先に、自分が彼を突き離したとき。その時にはもう、アメリアの敬愛した「葉揺亭のマスター」は帰らぬ人になってしまったのだ。そう考えると、またやるせなさに襲われる。
自責と後悔と少しばかりの怒りがアメリアの心に影を落とし、意識の外で目を潤ませる。
「ああ、もう、泣かないの! ごめんごめん、変なこと言ったね!」
ルルーがテーブル越しに身を乗り出して、アメリアの頭を撫でまわした。話を逸らすべく、目線を卓上に並んでいたブローチへとずらす。
「こっちは、なにさ。綺麗だね」
「前に、マスターに、もらったんです。おまもりだって、しるしだって、マスター……」
「ははあ、なるほどね。今回ばかりはむかついたから、こんなもん叩き割ってやろうって思ったんだ!」
その通りだったのだ。もう必要のないものだ、見ていると苦しくなってくる。それなのに。
「だけど、出来ないんです。私は葉揺亭のことも好きだし、マスターが私を大事にしてくれてるのもわかってて。でも、もう私は葉揺亭には帰れないし、これをつける資格もないんです」
こんなもの捨ててしまった方が、今までの縁をすっぱり切って晴れ晴れと前に進めるかもしれないが、これだけが最後の縁の糸でもある。突き放されるようなことを言われた、突き放すようなことを言った。それでも、大事な思い出には違いない。どうするのが良いのか、アメリアは堂々巡りし沼に沈んでいた。
するとルルーは小さくうなってから言う。
「そう難しいこと考えずにさあ。アメリアちゃんさ、マスターのこと嫌いなの?」
「好きです。でも、今は、大嫌いです。……おかしいですよね、そんなの」
「いいや、全然。ずーっと変わらないものなんてないんだもん、好きとか嫌いとかも同じさ。天気と一緒で、明日になったらまた全部大好きになるかもしれない、だったら大事にしておきなよ。失くしちゃったら、もう戻ってこないんだからさ」
そしてブローチをしなやかな指先で拾い上げると、身を乗り出してアメリアの左胸に留めた。葉揺亭の者たるを示す胸章、それは今なお淡く虹をたたえ、堂々と光輝いている。
「うん、いいじゃない!」
ルルーはアメリアの胸を叩きながら賞賛した。ただ元気づけるようにとの心が少々入りすぎて、少女の体は軽く後ろに揺れた。
彼女の優しさが、心にしみる。そして痛んで、涙があふれて来る。少し俯きながら、アメリアは声を絞り出した。
「ごめんなさい、迷惑かけて。こんなに色んな人に。だけど、もう、帰れなくって……、でも、みなさんの邪魔ですよね、私、行きます」
「気にすることないって。どうせこんな雨じゃ外にゃ出られないし、ま、雨宿りがてらここに居なよ。話くらいならあたしらでも聞けるし、一人でゆっくり考えたっていいしさ」
ルルーはアメリアに渡したはずのジョッキを拾い上げ、中身を一息に飲み干した。はあっ、と雨景色を吹き飛ばすような乾いた息を吐く。
「都合のいいことに、ここは宿屋だ。宿屋は旅人が休む場所、人生という名の旅路で疲れ迷ったら、ちょっとここらで休んでいきなせえ、ってね。ん、あたしったらうまいこといっちゃった! ……ちょっとお、笑ってないで誰か次持ってきてよ!」
失笑するギルドの者たちに向かってルルーは空の酒瓶を掲げ、開いている方の手で乾パンをつまむ。アメリアの苦悩など全く意に介さない、普段のはつらつとした顔つきだ。その様子が何となく嬉しくて、初めてアメリアは表情を緩めた。




