去りゆくあなたへ ―中―
無言のまま滑るように進む影に付いて行った先は裏通りだった。昼間だというのに何となく薄暗い感じに寒気をおぼえて、アメリアはヴィクターとの距離を詰めた。
その歩みが止まったのは、裏通りの終わり近く、馴染みの嗜好品販売店「陸の船」がある少し手前の小さな酒場の前だった。
一度だけ来たことがある。その時はここで偶然ヴィクターに会って驚いたものだ。そんな思い出があるとは言え、店名等々は記憶から抜け落ち、少女はただ、バーンの店、と覚えていた。
薄暗い酒場の入り口に先駆ける男を追って、アメリアも中へと進む。
ヴィクターは年増の女主人に向かって右手を上げ、ずけずけと入店する。そこへ店主たるバーンの視線が突き刺さった。ついでに、店の最奥の卓を囲んでいた、人相の悪い酔っ払いたちの四対の目も。
最初に上げられた声は、険とした女の声だった。
「おや、またおまえか。まだ生きてたかい、しぶとい奴だ」
「さすがに昨日の今日じゃ死なんよ」
からからと本人は笑い飛ばすが、彼の後ろに張り付くアメリアは気が気でなかった。死を望まれているかのような辛辣な物言い、おおよそ客商売をする者のそれではない。箱をかき抱く小さな手に、無意識に力がこもる。
そんなアメリアの動揺を察して、ヴィクターが振り向いた。葉揺亭でよく見せる、邪気の薄い笑顔だ。
「気にすんな、お決まりの挨拶みたいなものさ。レディ・バーンとは昔っからの付き合いだ、なあ?」
腕を組んで佇む主人が、男の軽口を鼻で笑い飛ばした。もとより険しかった目は、漆黒の背中の向こうにある華凛な少女の姿を認めてから、さらに一層釣りあがっている。
「おまえ、またそのお嬢さんたぶらかしてんのか」
「たぶらかしてはいない、真面目な話をするんだ。……だから、この子にゃ酒は止めてくれ。かといって茶も無しだ。とんだ大物の下に居て舌が肥えてるから、あんたの評判落とすだけだぜ」
「酒場に来といて結構なことだな。で、おまえはいつも通りか?」
「ああ。ちょいと酒入れた方が、堅苦しくもならないだろ。――じゃあ、こっちに座るか」
アメリアには人の好い顔を見せ、ヴィクターは手前側のテーブル席に歩み寄った。勝手に椅子の位置を変え、砂漠の花を守るように、奥に居る破落戸たちの胡乱な目線を背で受け止めるように座る。
着席してから一度だけ、彼は無頼の男たちに牽制するような目をやった。嫌らしい笑みで耳打ちし合っていた男たちは、急にどこ吹く風と言ったように目を逸らす。
ヴィクターは冷ややかに鼻を鳴らしてから、正面に向き直った。
「で。一体全体どうしてそんな話になったんだ」
間髪入れずに言われた言葉は、いたって真剣な音色だった。しかし咎めたり怒ったりしているわけではなく、純粋な疑問と驚嘆ゆえらしい。まなざしは、至って優しいものだった。
ちょうどそこにバーンがやってくる。無言のままに、卓上へ良く冷えたグラスが二つ置かれた。
アメリアのために用意されたのは、レモンのエードだった。透明の液体の底に、不均一な厚さのレモンの輪切りが沈んでいる。
だが手を付けない。結露していくグラスをじっと眺めしばらく、それからちらとヴィクターを見る。もらい受けたばかりの蒸留酒の水割りをちびりとあおる目と目が合った。
向こうは何も言わない。アメリアの返答を待っているのは自明だ。
これが最後かもしれないから――そう切り出したのは自分だった。アメリア自身の手で物語を動かし始めたのに、いまさら止めることはできようか。もちろん戻ることもできやしない。わかっている、その覚悟は決めていた。
アメリアは深く息を整えると、自分の本音を表に出し始めた。夜明けのような穏やかな心地であるのは、自分でも驚く所である。
「マスターのところを出て、自分の力で頑張ってみるのもいいなって思ったんです。葉揺亭は、マスターの場所ですから、私の店って感じでもないですし。そうやって考え始めたら、どんどん夢が広がっていって」
きっかけは、初めて一人で仕事をしたクロチェア家の茶会だった。葉揺亭から離れ見知らぬ人ばかりの中、それでも紆余曲折はあったと言え、最後までやり遂げたのである。その上、すこぶる良い評価もされたのだ、願望を抱くなと言う方が難しい。
そして確信したのはあの日見た夢のせい。あれが未来の情景そのままとは知れないが、美しいあの世界を求め行くこと、少女には十分すぎる目標になった。奇怪な店主の影の無い遥かなる幻想の家、そして誰とも知らない家族で取り開かれた茶会の場、そこに居たアメリアは、確かに満ち足りた気分を抱いていたのだから。
あの白花咲く場所はどこにあるのだろうか。少女アメリアが目指す夢郷は、慣れ親しんだノスカリアの周辺ではない。あるとしたら、この広大なイオニアンの、どこか。
「だから、ノスカリアの外の世界も、私はもっと知りたい。私の理想の場所が、きっとどこかにありますもの」
今のアメリアの世界はせいぜいノスカリアの市街で完結する。主の気まぐれでたまに部屋に放たれる、籠飼いの小鳥のようなものだ。生い茂る葉の影から垣間見る外の世界のことは、羨望の念を抱かせるに十分すぎる。
出て行く道筋が見えた、そこに進みたいと思う意志もある、だったら、もう行くしかない。
「このままじっとしていると、ずっと同じ日常が続いていくだけです。私がどこにも行こうとしなければ、何も変わらない。マスターはどこにも行かないし、私を追い出したりもしないでしょうから」
遠慮気味に笑って、アメリアは言葉を締めくくった。
やってくる沈黙に気恥ずかしさを覚えながら、アメリアは口を潤おすべく、放置されていたグラスを手に取った。以前マスターに作ってもらったレモン・エードよりずいぶん酸っぱい。肌が粟立つほどだ。しかし、これはこれですっきりしたでいいものだと、アメリアは思った。
ヴィクターはテーブルに肘をつき、口の前で両手を組んで、アメリアの独白に聞き入っていた。真正面から捉える真摯な眼は、数度またたきを見せてから、ようやくゆるみを見せた。
「なるほどね、そういうことだったか。つまり、君は前に進もうとしているんだな」
アメリアがゆっくりと大きく頷くのを見て、ヴィクターは目を細めた。
それから、長い長いため息を吐き出した。安堵の声も入り混じり、軽く首を揺らしながら、全身の力が抜けたようにうなだれる。
音が切れてから上げられた顔には、いつものような、どこか気だるそうな雰囲気が戻っていた。
「じゃあ、あの人のことを嫌いになったとか、何か嫌なことがあったとか、そういうわけじゃないんだな。……よかった。俺はてっきり、とうとうあの人に愛想つかせたんだとばかり」
まさか、とアメリアは目を丸くした。
「だって、マスターにはずっと大事にしてもらいましたもの。今だって、大好きですマスターのこと、葉揺亭のこと、それに、皆さん、もちろんヴィクターさんも!」
マスターが居なければ、葉揺亭が無ければ、皆に出会わなければ、今の自分は存在しなかった。感謝しこそすれ、嫌うことなどあろうか。それだけは胸を張って言い切れる。
アメリアに裏も表も無い。ヴィクターもそこは理解して、好意的な言葉に顔を溶けさせた。
ところが、晴れやかな心に水を差すざわめきが、酒場の隅より立ち上った。驚き顔の四人組がこちらを凝視している。
「ヴィクターだと!? あの、か!?」
「どの、かは知らんが、多分あんたらが思ってる通りだな」
はあ、と湿った息を吐き出しながら、ヴィクターは上体をひねって後ろを見た。
飲んだくれていた四人の男たちは、一転、恨めしい目でこちらを睨んでいる。明確な敵意と、いかでかはわからない怒気とが、視線と共に飛んできた。ひそひそと耳打ちし合う破落戸の懐には、鞘に収まってはいるものの、短刀が見え隠れして物騒極まりない。
アメリアは口元を押さえて身を縮めていた。失言だった。自分にとっては気の良い青年の名であるが、ヴィクター=ヘイルという名は、闇の世界に飛び回る男のそれでもあるのだ。
一体彼の名がどれほど広いものなのか、日向を歩くアメリアには知り様がない。しかし、好意的な感情を想起する音でないことくらい容易に想像がつく。ヴィクター当人からも、しばしば外で見ても近づいてはいけないと警告されていたこと、冗談では無かったらしい。
見るからに堅気ではない男たちに舌打ちしながら、ヴィクターは冷めた目を吊り上げた。
「ったく、失礼なもんだ、まるで化け物か何か見るように。『噂より弱そうだ』って? ああそうかい、そりゃ悪かったな。だからって今その刃抜いたら、あんたら死ぬぜ? 俺が何するより前に、ほら見ろ、レディ・バーンがカンカンだ」
顎で示すカウンターでは、傭兵並みにいかめしい顔の女店主が、凄絶な形相で客席のやり取りを睨んでいた。店内でのもめ事はご法度、不文律を破れば彼女は瞬間に下手人を制圧に来るだろう。背負った気迫が、それを物語っている。
ヴィクターは一つ鼻を鳴らしてから、アメリアの方へ向き直った。グラスをかき抱くように小さくなっている少女に、困ったような微笑みが投げかけられる。その右手はコートの左胸へ動き、ポケットから愛用の火打ち器を取り出していた。煙草をくゆらせる時なんかに便利な道具だが、炎を操る手にかかれば立派な凶器になる。
かちかちと爪で弾くようにいじりながら、彼はやれやれとばかりに言った。
「参ったねえ。絡まれちまったよ」
「ご、ごめんなさい。私、別にそんなつもりじゃなくて……」
「わかってるさ、気にすんな。俺はいいんだが、君が心配なんだよ」
仮にこの場で挑みかかって来るにしても、外に出てから奇襲してくるにしても、あの手合いがまず標的にするのは弱き者、この場合いたいけな少女だ。挑発のため、あるいは人質にする、喧嘩を有利にする方法は枚挙にいとまが無い。
いや、それだけなら良い方だ。アメリアに下劣な価値を見出して、彼女がさらわれるようなことがあれば。無いとは言い切れないどころか、現に、悪漢たちの粘っこい視線は、無垢な少女を値踏みするように向けられている。漏れ聞こえる会話からも、良からぬ企みをしているのは想像できた。
アメリアの柔らかい肌にも、寒々しいものが走る。
「私は……その、大丈夫、です」
「いやーそんなわけ……あ、そうか。確かに、君に手を出すなんて、相当の怖いもの知らずだ!」
突然ヴィクターは声を張り上げ、手でテーブルを打ちながら天井を仰いだ。高らかとあげられる笑い声は、店内の注目を一身に集める。
にやりと顔を歪めたまま、困惑しているアメリアにヴィクターは向き直った。
「君なあ、すっごく愛されてるからなあ。『緑風』に『銀燭』って中堅どこのギルドの奴と仲良しだって聞くし、何と言っても天下のラスバーナが付いてるんだろ? 会長つきの重役と、ご令嬢のお気に入りだって話じゃないか。下手にちょっかいかけて、その辺から一斉放火されるなんて、ああ恐ろしい、考えたくも無い!」
ヴィクターは芝居じみた風に言い放ち、肩を両手で抱きぶるぶると身を震わせる仕草をした。「緑風」、「銀燭」、ラスバーナ、と、固有名詞を、わざとらしい声で反復する。顔の向きとは逆に、背後で怯んでいる破落戸たちへの牽制だ。
異能者ギルドの「緑風の旅人」は常連・オーベルの宿屋に在するそれで、何人かのメンバーと顔馴染みだ。ギルドとしては比較的古くからある方で、ノスカリアでは名もよく知られている。
もう一方の「銀の灯燭」も、同じく常連のアーフェンが所属するギルドで、一度遊びに行ったこともあるからアメリアにも親しみはある。規模は小さいが実力が確か、その評判で最近名を上げてきているギルドだ。
そしてラスバーナ商会と言えば、もはや知らない人間はいないだろう。
怖い怖いと言いながら半ば楽しむように大物たちの威を借り、さらにヴィクターは付け加えた。
「ま、そんな連中より一番おっかねえのが君のご主人様だけどな。今すぐにだって、鬼の形相で飛んできそうだ。なあ、そうだろ? 俺なんかと違って、あの人は、本物だ。逆鱗に触れてみろ、文字通り、消されるぜ? ……おお、怖い、寿命もタマも縮んじまう! あの人にだけは、絶対喧嘩売りたくないね!」
と、ヴィクターは肩を抱いて身を縮めさせる。真に迫って恐怖するように。
名うての殺し屋よりも、異能者ギルドよりも、権力を握る大商会よりも、もっと恐ろしいなにか。悪の徒たちは、脳内に浮かんだ幻影の像に、心と牙を折られたらしい。最後は青ざめた顔で、逃げるように店を去った。
暗雲の消えた酒場には、主人のため息が響き渡った。テーブルに置き去られた代金を回収し、飲み食い散らかされた卓を片づけるべく、バーンはゆっくりとカウンターを出てくる。
そこにヴィクターが、眉を下げて陳謝した。
「悪ぃな、レディ・バーン、上客を追い出しちまった」
「構わんさ。あのままにしておいて、その子に何かあったって方が胸糞悪い。そうなったら、おまえのこと一生恨んでたよ」
「おっと。それなら、ちょっとは見直してもらえたかな」
「調子に乗るんじゃない。だいたい、そのお嬢ちゃんが良い人脈持ってたってだけじゃないか。むしろおまえが一緒じゃなきゃ、こんなことにならなかっただろう、この馬鹿が」
「まったく、手厳しい」
ヴィクターは肩をすくめて両手を上げた。
それから、アメリアに向き直った。火打ち器をポケットにしまい、開いた手を酒のグラスに伸ばす。
「まあ、あんだけびびってりゃもう心配ないだろ。ごめんなアメリアちゃん、怖い目に遭わせちまった」
「へ、平気です。これから一人になったら、こういう時にも自分でどうにかしなきゃいけないですものね」
こわばった顔をしかし笑顔に作りつつ、胸の前で拳を作ってみせるアメリアに、ヴィクターは感心するような顔を見せた。いい心意気だ、と呟いて、静かに酒を飲み干す。
元に話を戻そう、と前置きしながらヴィクターは口を開いた。今日の議題は、アメリアの旅立ちのことだ。それに対して、彼は己の見解を述べる。
「まあ、なんだ。俺は別に君のことを止めやしない。……いや、もったいないとは思うぜ? あんな平穏、他に無いと思う。が、アメリアちゃんが行きたいっていうなら、しょうがない。外を知って、初めて気づくことだって絶対ある。危ないだの怖いだのの前に、やってみないと何もわからんものさ」
甘い苦いも、まずは飲んでみないとわからない。酸いも辛いも、他を知らなければ比べようがない。飲み物一つ口に入れる時だってそうなのだ、まして人生などいわんや。
ヴィクターは酒気の回って滑らかになった舌で、つらつらと語り重ねる。
「踏み出す気になったのはめでたいことだ。いつまでも、小さな世界に閉じこもってちゃ腐るだけだもんな。堂々行って来いよ、アメリアちゃん。君は見た目以上にたくましいし、何より色んな奴に愛されてる。だから大丈夫だ、未来は明るい、どんどん進め。そう胸を張って言ってやりたいさ。……あの人が居なけりゃあなあ」
ふっとヴィクターの言葉が暗くなった。
結局のところそれなのだ。葉揺亭のマスターはアメリアを愛している、それは過剰で重く、ゆえに少々歪みすら見えるほどに。
なおかつ本人に悪意が無いのが、また殊更に厄介である。愛しているから、何があっても離さない。そんな無言の重圧が込められた、熱く固い抱擁の苦しさを思い出し、アメリアは口を真一文字に引いた。
悪いな、とヴィクターがぽつりとつぶやく。
「俺がもうちょい勇気がある男だったら、あの人ぶん殴ってでもアメリアちゃんを外に出してやるところだが……悪いねえ、俺にゃ無理だ。考えただけでぞっとする。俺はな、自分が絶対敵わない相手にゃ、手出さないんだ。死にたくないからね。さっきも言ったが、俺はあの人だけは敵に回したくない」
弱気な発言は、まごうことなき彼の本心であった。先ほど悪漢たちを差すように語られた言葉も、あながち演技や冗談でなかったらしい。
恐ろしい、怖い、ヴィクターは葉揺亭のマスターをそう評す。確かに、アメリアだって時々背筋が寒くなることはある。店主が少し怒りの色を見せ、あの黒い目が笑わなくなるようなとき。ほんのわずかな瞬間だが、普段の優しい姿を知っているから、余計に。
しかし、目の前の青年が含みを持たせるのは、それだけが理由ではないだろう。ヴィクターは、アメリアが知らないマスターの姿を、間違いなく知っている。
「マスターって……何者なんですか」
「聞いちゃうかい、それ。アメリアちゃん、本気で聞きたいか? やめといた方がいいかもしれないが――」
「聞きます」
「だが」
「聞きます。そこまでちらちら見せられて、今さら無しだなんてひどいです。怒りますよ、私だって」
きっと目を三角にしてアメリアは訴える。それを見たヴィクターはけらけらと笑いだした物だから、一層いらっとした衝動に駆られ、テーブルの下で大きく投げ出されていた足を思い切り蹴り上げた。
うめき声ひとつ、それから弱ったような顔でうっすらと笑った。
「悪かった、じゃあ、真面目に聞いてくれ」
息を吐き、ヴィクターは卓上に両手を組む。アメリアを真正面から捉える彼の瞳からは、一切の浮ついた色は消えた。
アメリアは無意識に手を引っ込め、膝に乗せた宝の箱の上に置く。カウンターの中でのぼる食器を洗う音が、無性に遠くにあるように感じられた。
ごくりと息を呑む少女の目の前で、静かに語りの紐が解かれる。
「あの人が、すげぇ魔法使いで、めちゃくちゃ長く生きてるってのは、もう知ってるんだよな? あの人が『大事故に遭った』ってぼやいてたから。ま、知らなかったんなら俺がばらしたってことでいいさ」
「それは……なんとなく。でも、やっぱり、本当なんですね」
「ああ、そうだ。嘘なんかじゃない、俺の命に誓う」
「だけど、それマスターの秘密で――」
「安心しろ、レディ・バーンは余計なこと吹聴したりせんよ。だからここに来たんだ」
その言葉すら聞こえていないように、バーンは顔色一つ変えなかった。もちろん、耳はしっかりとそばだてている。好奇心というよりは、店のことを全て把握し、守るべきを守る店主としての務めゆえに。
だからここに来た――つまるところ、ヴィクターは初めから打ち明けるつもりだったのだ。去りゆこうとするアメリアへ、己の知る真実と危惧とを。どうすれば彼女のためになるか、彼なりに考えた結果の最善策として。
葉揺亭のマスターは。そんな切り口で紡ぎ出された言葉の音色は、並々ならぬ畏敬の感情を纏っていた。
「あの人は、喫茶店の店主で、アメリアちゃんの保護者。だけど実は永遠の時を生きる魔法使い。そこについでにもう一つ付け加えて、俺のお師匠さんでもあるのさ」
だからよく知っている、あの人のもう一つの顔を。




