求めるならば本物を ―後編―
アメリアがお願いをしてから翌々日、ハンター老人が葉揺亭にやって来た。ぶっきらぼうな風に扉を開け、顔つきも険としているがそれはもともとのもの。白髭の生えた口元は確かに笑んでいる。彼の足取りと共に、背中に負った布袋ががさがさと音を奏でた。
カウンター席の前に立ち、背中の袋の底から小分けの袋を取り出す。アメリアが両手で一抱えほどあるそれを開くと、現れたのはマスターが描いていた通りの青い果実だった。
「ほれ、御所望のエフォクの実だ。南の奥池近くで群生しておるぞ。この時季ならまだ採って来られるが」
「いえいえ、とりあえず十分です。この後の行程が上手く行ったら、もう少しお願いすると思いますけど」
言いながら、マスターはあらかじめ用意してあった報酬の包みを取り出して、青い果実と交換した。
次いで店主は茶葉が保管されている缶に手をかけながら、柔和な声音で尋ねる。
「今日も飲んでいかれますよね?」
「うむ。だが、今日は一杯でいい。後も詰まっておるのでのう」
そう言ってハンターは布袋の口を開いて見せた。なるほど、他にも野草や果実が何種もある、今回の依頼人は葉揺亭だけではなかったらしい。
そんな荷物をアメリアが興味津々とばかりに覗きこみ、無邪気な声を上げる。
「わあっ、綺麗。ねえハンターさん、この金色の花は何ですか?」
「『月光星草』だ。満月の光で開花する。かわいいだろう?」
「とっても!」
アメリアが指でつんつんと触れるのは、星形の小さな黄色い花。頼んだ人物は室内装飾の工芸師、上手く使えば夜空を切り取ったような素敵な部屋ができあがる。本物の祖父のように、ハンターはゆっくりと語り聞かせてくれた。
和やかな会話を聞き流しながら、マスターは慣れた手つきで茶の準備をしていた。缶に入っていた紅茶の葉を小皿に広げ、そこに冷蔵庫から取り出したミントの生葉をちぎって混ぜる。それにつれ、すっとした香りが辺りに広がった。
細かくなったミントが半量近くになったら完成だ。あとは普通にティーポットで淹れるだけ。ただしここで使うのは三分の一ほどである。
仕上がりを見計らい、マスターがポットからカップに茶を濾し注ぐ。途端に鼻を通り抜ける爽快な匂いが店内に充満した。
刺激的な香りを放つ琥珀色の液体へ、仕上げに形の綺麗なミントの葉一枚を浮かべる。まるで池でぷかぷか揺れる小舟のように。
「おまたせしました。『ミンティア・ショット』、ハンターさんご希望の通りミント強めの仕上がりです。もちろん、いつも通りにお土産用も」
カップの隣に置いたのは紙を折り曲げて作った包みだ。先ほど配合した残りの茶葉が入っている。ずっと続くハンターの頼みだ、なんでも家で奥方と愉しむためらしい。
ハンターは軽く会釈すると、熱い茶をすすった。
「ふぅ。やっぱり仕事の後はこれだのう。生きかえるわい」
爽快感のある吐息と共に老練の狩人は顔を綻ばせた。歳老いれども、その顔まだまだ精悍で剛健である。生涯現役とは良いことだ、そうマスターも笑みを返した。
ハンターは一気に熱い茶を流し込むと、次の依頼人の元へ力強い足取りで向かった。歳を重ねた重みのある背中を恭しく見送ってから、マスターはくるりと色を変えてアメリアに声をかけた。
「さて、と。僕らも一仕事始めようか」
「はい! 『珈琲』づくりですね!」
きゃあとアメリアが歓喜の声を上げた。
作業台に用意したのは水を張った深い鉢を二つ。その中に例のエフォクの実を漬ける。腕まくりもして準備万端だ。
「まず、皮と果肉を綺麗に取り除く。中の種を珈琲の豆にするんだよ」
「きれいに取り除くって……これ全部ですか!?」
当然だとマスターは涼やかな顔をしているが。彼とは裏腹にアメリアは呆れ顔で目をぱちくりさせ、つい本音も漏らす。
「……気が遠くなりそうです」
「大丈夫、二人でやるんだもの。ま、頑張ろう」
仲良く並んで水の中に手を突っ込んで、ちまちまとした作業を始める。波一つない葉揺亭の静かな空間の中で、二人の神経だけが張り詰められていた。
全ての果実を処理する間、店で閑古鳥が鳴いていたのは幸運なのか不運なのか。ずっと気が張られっぱなしで、淡い色のエフォクの種子が山積みになる頃には、アメリアはすっかり疲労しきった顔をしていた。
だが、これで珈琲の豆が出来たのだ。一体どんな味の飲み物になるんだろうと期待を沸き起こせば、顔色も少しは良くなる。そのまま、輝かんばかりの青い目をマスターに向けた。
しかし見上げた主人は、またも平然とした顔で言ってのけたのだった。
「ご苦労さん。さあ、日に干そうか」
「え、えーっ!? そんな、まだ飲めないんですか!?」
「まあ、これで使えないことも無いとは思うけど……。やるからにはちゃんとやろうよ」
口をあんぐり開けたままアメリアはがっくりと肩を落とした。
が、落とした小さな方は、間髪入れずに励まされるように叩かれる。
「太陽の力で美味しくなるんだ。どうせ飲むなら、その方がいいだろう?」
「そうですけど……でも、どれだけ待てばいいんですか?」
「うーん、天気とかにもよるけど、三日か四日か」
「そんなにですか!?」
「たった三日じゃないか。急いでやる必要もないだろう? のんびり待ってその分美味しい珈琲が飲めるならそれでいい、そう思わないかい?」
マスターにそう言われてしまうと、アメリアは首を縦に振るしかない。
エフィクの種子はありあわせの四角い皿に入れて、二階にある小さなベランダに並べられていた。洗濯物を干すような日当り風通し共に良い場所だ、豆を乾かすにも具合がいい。
三度陽が昇り、月が沈む。その日毎夜毎にアメリアはもどかしさに溢れる熱視線を豆に浴びせていた。太陽の熱と少女の熱、その二つをたっぷり浴びた生豆は、少しずつ硬くなっていったのである。
そして朝。常連客のオーベルが帰った頃、アメリアは皿ごと乾燥の具合をマスターに見せた。そわそわと落ち着かない青い目が、主がつまんだ一粒とそれを凝視する黒い目とを交互に見守る。
「……うん。そろそろいいかな」
「じゃあ、じゃあ! これをお茶みたいにするんですね! とうとう、ついに!」
両手を胸の前で握りしめて、ぐうっと身を乗り出す。
しかしまたも希望は空振りの模様。マスターは微笑みながら首を横に振ったのだ。
「いやいや、まだだ。これに火を通さなきゃいけないんだ。ただ、僕もやるのが初めてだからね……上手くいくかどうかはわからない。とりあえずやってみよう」
「……はい」
さすがにそろそろ心がくじけてそうだ。それでもゴールは近いと信じて気を取り直す。
アビラストーンの焜炉から真鍮のポットを退けて、代わりに鉄の片手鍋を置く。それからマスターはかなり控えめに火を調節し、鍋の中に豆を一つかみ投げ込んだ。
「振り混ぜながらひたすら火を通す。すると、まず皮がむけて来るはずなんだ」
言うよりやるが易し。アメリアの見守る中で実演する。
やがて予想と寸分たがわぬ光景になる。火の入った豆の薄皮が剥がれ、振られ揺られるがまま辺りに散らかり始めた。掃除が大変、そんなアメリアの心の声が聞こえた気がしたが、マスターは気づかなかったことにした。
ひたすら根気よく鍋を振り、少し腕が疲れて来た頃。変化は一気に訪れた。
鉄鍋の中で踊っていた豆が、くすんだ淡緑色から褐色へと目に見えて色を濃くしている。そして耳にはぱちぱちと弾ける音が届き始めた。
マスターは無垢な少年のように目を光らせると、嬉しそうに隣の店員に語り掛けた。
「ほら、色が変わってきただろう? この加減で味も変わるそうなんだ。色々やってみたいけど、ああ、でもだめだ、まずは基本を押さえないと」
やいのやいのと一人で言いながら炎の力を豆に寄与すれば、比例して色合いは深まっていく。また同時に艶が現れてきた、正体は種子が含んでいる油分である。
程なくして、店主の記憶の中にある正式な珈琲豆の像と一致するものが鍋に現れたのだった。
「よし、こんなものかな?」
マスターは火を消して焙煎の終わった豆を大皿に拡げた。すかさずアメリアが食らいつく様に眺める。未だ熱気をはらむ魔法の種からは、既に香ばしい香りが漂ってくるのだから。
今にも皿にかじりつかん様子の少女の頭を優しく叩き、マスターが次の手順を示唆した。
「これを細かく挽くんだよ。専門の道具もあるらしいけど、今回はこれでやってみよう」
作業台の上に置いたのは、厚みのある深い鉢と、硬質の木を削って作った杵状の道具だ。鉢の中に豆を入れ、力任せに細かく砕く。滑ってしまいなかなか難儀だが、宝物を目の前にした冒険者は諦めるを知らない。二人は代わる代わる、豆を挽く。
大粒の豆が破砕されこげ茶色の砂になったところで、マスターが手を止めた。
「そろそろいいだろう。さて、淹れてみようか」
その言葉に、アメリアが待ってましたとばかりに手を叩いた。
珈琲を淹れるには濾過装置のようなものが必須だ。古くは煮出して飲用したともいうが、現代の主流は豆の粉にお湯を通して抽出する方法である。
ただし問題は、茶の専門店である葉揺亭には珈琲用の道具がないこと。こればかりは代用品を使うしかなく、紅茶用に用いる半球状の茶こしを転用することにした。比較的目は細かめであるが、さらにその上に布地を被せて万全を期す。簡易的に豆がらを受ける道具としては十分だろう。
その窪みに適当な量の粉を掬い、いよいよ抽出だ。
「ああ、緊張する」
言葉と裏腹に微笑みながら、マスターは豆の粉目がけて静かにお湯を注いだ。この湯の注ぎ方も重要だとは知っている。知っているだけで、どうすれば最適なのかは理解していない。理解していない物をできるはずもないから、ただただ湯を溢れさせないよう、立ち上る湯気の向こうに目を見張りながら量を調節するのみ。
緊迫した視線は、受け口となっているカップにも等しく注がれていた。やがて、ぽたりぽたりと白いカップに黒い雫が降ってくる。同時にアメリアの歓声が上がった。
珈琲抽出液でカップが満たされると、少女の拍手が沸き起こる。肩の力を抜いたマスターもご満悦の表情だ。
湯気立つカップからは苦々しい香りが漂っている。それは良く知る代用品の草の根珈琲に近い香りだったから、ある意味安心だ。
マスターがアメリアを促した。お先にどうぞ、手で示された言葉に少女は目を輝かせて、小さなカップを両手で持った。
そっと、壊れ物に触れるようなやさしさで口をつける。丹精込めて作り上げた葉揺亭の初めての珈琲、そのお味は。
「苦……酸っぱい!」
率直な感想を言い放ち、アメリアは微塵の遠慮もなく顔をしかめた。眉間に皺を刻んだまま勢いよくカップを置く。だん、という音とともに雫が跳ねて作業台に散った。
マスターが慌てて、愛しい少女を苦痛にゆがませたそれを味見する。が、結果はアメリアと同じ、眉の間に深い谷を刻んだ。
「う、あぁ……。何だろう、いまいち……」
率直に言おう、不味い。酸味と苦みが襲ってくるだけで、旨みも深みも欠けている。うう、とうなり声を上げながら、マスターは顔を伏せ独り反省会を開いた。
「かなり近縁の種だ、豆自体に難は無いはず。もう少し時間をかけて焙煎するか? いや、単にもっと細かくすればいいのか? やはりそもそも聞いた話が違っているか。だがそれを確かめるには現地へ行くしかないわけで、しかし中央諸島……。ああ、よし、アメリア。もう一度やろう。君は豆をうんと細かく挽いてみてくれ。僕はその間に焙煎からやり直すから」
顔を上げたマスターはぴしゃりとアメリアに告げた。そうして自分は真顔のまま、残りの豆を再び黒い鍋にぶちまけた。再び火に向かってがむしゃらに鍋を振り動かし、目は真剣そのものに据わっている。
ああ、とアメリアは珈琲を飲んだときに負けないくらいの苦い顔をした。火のついてしまったマスター、一度こうなったら満足するまで止まらないことを、一つ屋根の下で暮らすアメリアはよく知っている。
「……お客さん、来てくれないかなぁ」
そうすれば一旦休憩できるのに。そんな本音を漏らしながらも、気長にマスターの試行錯誤に付き合うのだった。
それから数日かけ何度も試行した結果、店主はようやく上手く淹れる要領をつかんだ。まず、焙煎したての熱い豆より、少し寝かせたものの方が味が良くなることに気づいた。なおかつ想像通り、焙煎自体の加減や挽き方で味わいがだいぶ変わってくる。例えば、深煎りにして挽きを細かくしたらきつかった酸味が穏やかになったし、上手くつり合いが取れれば酸味もまた良い風味になるのも知った。
そして重要なのが淹れ方だ。どうやら豆をまんべんなく蒸らすようにし、投入する湯量にも気を使わなければならないようだ。これがなかなか難しいが、そこは器用なマスター、一度掴めば完全にものに出来た。
ようやく納得の一杯に辿り着き、店主のぎらついた光は大人しくなったのである。アメリアも一心地ついた。
ちょうどその折だった、例の彼女が再びやってきたのは。毅然とした足どりで窓の向こうを横切るのは、大商会の秘書ジェニー。毅然とした足音が今にも響いてきそうである。
彼女が扉を開いた瞬間、マスターは仰々しく礼をした。
「お待ちしておりました。あなたのためにご用意したものがあります」
「え、ちょっと、何? 私何かしたかしら?」
その困惑は当然だ、回れ右して逃げられないだけましである。
マスターは一つのカップを手にカウンターを出てジェニーの隣へ向かった。中身は黒光りする珈琲の豆。それを黙ってみせると、ジェニーははっと息を呑んだ。
「珈琲豆!? すごい! どこで手に入れたの!?」
「それは秘密ですが……当店初めの一杯です、ぜひ、あなたにご賞味いただければと思うのですが、いかがいたしましょうか」
まるで貴婦人を相手するかのような言い方。ジェニーはくすくすと笑っていた。
「そこまで言われちゃ、頂かないわけにはいかないわね。お願いしますわ、マスター」
「かしこまりました。豆を挽くことより始めますので、少々お待ちください。アメリア、お客様を」
「はい! 今日もテーブル席でよろしいですか?」
「いえ、カウンターにするわ。どんな風にやるのか、見ていたいもの」
ジェニーはちょうどマスターの仕事位置の真正面に陣取った。
そうこうしている間にも、店主は慣れた動作で豆を砕き粉にしていた。いつもの穏やかな笑みを顔に張り付けているが、やや緊張した気配はにじんでいる。
粉をじっくり時間をかけ均一な状態に仕上げると、お手製の改造茶こしの抽出器に掬い取った。あとは、慌てず湯を加えていくのみである。黒い粉末に円を描くように手を動かす。焦らず、落ち着いて、じっくりと。
濾過された抽出液が、一滴、二滴。やがて細い線となり、カップの中を満たしていく。
出来上がったのは黒に等しい茶色の珈琲だ。この一杯に辿り着くまでの苦節を客人は知らないし、知らなくてもいい。だが果たして、報われるだろうか。
「お待たせしました。当店の新メニュー『珈琲』でございます」
いつになく凛々しいマスターの声が響いた。
静かに出されたカップを、ジェニーはまず目と鼻で吟味した。それからようやく口をつける。
緊張のひと時。葉揺亭の二人は静かに評価の瞬間を待っていた。
ジェニーはしばし真面目くさった顔をしていたが、ふっと表情を緩めた。
「うん。なかなかいいんじゃない? 葉揺亭ブレンドの誕生ね」
それはまるで女神の微笑みに見えて。マスターの安堵の息とアメリアの喜びの声が、同時に響き渡った。
「――よかったですよね、あの時、ちゃんと褒めてもらえたから」
「まあね。もしあそこで駄目だしされても、もっと頑張っただけだけど。ジェニーに首を縦に振らせるまでは退けなかったからさ」
そういってマスターも懐かし気に言って、カップ一杯の珈琲をすすっていた。あの頃よりもさらに味は良くなっている。深みのある特有の苦みは、これぞ嗜好の極みだ。
こだわり抜いて主が満足したからこそ、今メニューに載っている。その裏にある物語を含めて、葉揺亭の大事な一部だ。アメリアが書き進める新しいメニューにも、思い出と共に引き継がれていく。
その時、来客の気配があった。窓の向こうに見える人影の足取りは妙にきびきびとしていて、踵で地を鳴らす音が今にも聞こえてきそうだ。あの姿はジェニーだ。時は流れているはずなのに、まったく変わっていない。
ただ、すっかり上客となった今では、まるで自分の家のようにためらいなく入店するようになっていたが。空いた玄関から覗いた銀縁眼鏡の顔には、親しみ深い笑顔が浮かんでいた。
「こんにちは」
「ジェニーさん! あ、私、移動しますから!」
「いいわよ、相席で。あら、今日はメニューの書き換え?」
こくりと頷くアメリアを、歳の離れた妹に向けるような優しい目で見て、彼女の向かい側に座った。玄関から見て右側のテーブル席は、今となってはジェニーの定位置である。
彼女は鞄を開きながらマスターに視線を流す。と、驚いた顔を見せた。
「あら珍しいわね、マスターが珈琲飲んでるなんて。何か心境の変化でもあったのかしら」
「いいや。たまにはいいかなって」
マスターは小さく肩をゆらした。
「ねえ私にも」
「もちろんさ。君はまごうことなき珈琲の人だから」
「まっ、そうね。いつも珈琲飲んでるもの」
「それだけじゃない。そもそも君が居なければ、この味は生まれなかった。……感謝しております、ジェニー殿」
いつかのように身振りも交えた畏まってみせると、それがジェニーの失笑を買った。
冗談めかしたが、しかし感謝していることに嘘は無い。葉揺亭に珈琲が誕生してからも、ジェニーの存在は改良に一役も二役も買っているのだから。
最たるものが道具だ。ありあわせの物で作業しているのを見かねて、自ら本場で使う道具を手配してくれたのである。よって、今では小さいながらも専門の用具一式で仕事ができる。
このコーヒーミルだってそうだ。豆を入れてハンドルを回すだけで、がりがりという音をと共にみるみる豆が挽かれて粉になる。楽だし品質も安定するしで、もうすっかり手放せない。都度豆を挽くのが苦にならないから、いつでも挽きたてが用意できるのも高評価だ。
真鍮のポットから、専用のドリップ装置に入れられた珈琲粉末にお湯が注がれる。布を通過して濃色の液体が容器に集まると共に、葉揺亭には香ばしいかおりが漂った。本来なら海の向こうにしかなかった味わいがここにある。そしてノスカリアではここだけにある。なんと贅沢で幸せな話だろうか、マスターは破顔した。
さて、いつもなら出来上がった飲み物を運んでくれる少女は、向こうで客と楽しくやっている。となると、店主自ら動くしかない。
銀盤を片手に乗せ、静かかつ燕尾を軽くなびかせて窓辺の卓に向かった。バランスの取れた所作では、カップが波立つこともない。
「おまたせしました。葉揺亭の特製珈琲でございます」
テーブルに置かれたまごうことなき珈琲。黒々とした液面が窓から差し込む太陽の光を反射させ、白く眩しい光を宿し輝いて見えた。
葉揺亭 メニュー
「ミンティア・ショット」
この世界で最も普遍的に飲まれている紅茶「シネンス」にミントの生葉を細かくして混ぜ込んだブレンドティ。
疲れを吹き飛ばしてすっきりとした気分になりたい時に。ミントの強さはお好みで。
「珈琲」
天然豆を使用した、自家焙煎の葉揺亭オリジナル珈琲。
ほのかな酸味でマイルドな味わい。挽きたて香ばしい香りもしっかりと。