月なき夜の眠らない街 ―第一夜―
客の居ない葉揺亭に響くのは、ごぼごぼと液体が沸き立つ音と、ぶつぶつと繰り返される店主の独り言。
物置に眠っていたような古めかしい錫の両手鍋を火にかけて、茶とはまるで違う玉石混淆の材料を放り込む。ぐるぐると木べらでかき混ぜながら、水を足したり、火を細めたり。
はっきり言って不審だ、アメリアは辟易していた。「子供を食べる悪い魔女」、絵本で見たそんな存在に、今のマスターの姿はよく似ている。
彼の奇行には慣れたアメリアですらそれだ、もし何も知らない客が見たら、一体どう思われるだろう。どん引きして裸足で逃げ出すに違いない。喫茶店として、ゆゆしき事態だ。
しかも連日にわたってこの有様が続いている。アメリアとしては非常に面白くない。
真剣なまなざしで鍋と向き合うマスターを、少女はむすっとして見つめていた。何をしているのかと聞くようなことはもうしない、聞いても教えてくれなかったから。
「理論上は代わりになるはずだが……おかしいな。質も悪くないのに。増幅が弱いか?」
小声でつぶやく顔つきは、ひどいしかめ面だった。アメリアもつられて眉を寄せた。
と、その時。きらきらと水晶が煌めくかのような音がして、鍋の中身が飛沫を上げて弾けた。蛍光色の雫が跳ね上がり、遅れて、毒々しいピンク色の煙が天井へと昇る。
「ああもう! なんてざまだ!」
マスターはむしゃくしゃと黒髪をかき乱し、げんなりとした顔で天井を見上げた。お茶に向き合って試行錯誤している時とは、まるで別人のよう。
「マスター、大丈夫ですか?」
「問題ない。薬法は私の十八番だぞ。少し勘が鈍っているだけで、これくらい、たやすいこと」
マスターは不敵な笑みを浮かべて、鍋底にがりがりに張り付いている得体のしれない物体をごみ入れに捨てた。
――そういうことを聞いたのではないんだけれど。アメリアは心の中で言った。だいたい、何してるのかもわからないのだ、どうして結果の良し悪しを聞けようか。
焦げを取った鍋をすすいでもう一度。マスターはすっかり奇行にのぼせて、諦めるつもりはないらしい。再び目つきが変わり緊張感に満ち溢れる。
ああ、つまらない。アメリアはぷんとそっぽを向いた。
「マスター。私、やることないので出かけてきちゃいますよ」
「ああそう。いってらっしゃい」
アメリアは耳を疑った。いつもなら、危ないことをするなだ、すぐに帰って来いだ、あれこれ口うるさいのに。
だったらお望み通りだと、アメリアはエプロンを脱ぎ捨てて、頬を膨らませたまま葉揺亭の外へと飛び出したのだった。
出てきたはいいものの、目的はない。なんとなくの気持ちでアメリアは大通りを歩いていた。
ノスカリアの町を東西に横切る大通りは、そっくりそのまま大陸を横断する街道の一部でもある。今いる場所から東に向かえば、時計塔の広場、商店街を通って、飾り程度の門に至る。町の外へ進めば、すぐに大森林地帯だ。
逆に西へ向かえば、内門と外門の二つを越えて町の外に出られる。すると、道が二手に分かれるのだ。そのまま川を越えて西へ伸びるる道と、丘陵に向かって北上する道と。
そう、街道の十字路と称するが、町の中で綺麗な十字を描いている訳ではないのだ。アメリアも割と最近まで知らなかった。北の高台には用がないし、門を越えるなとマスターに固く言いつけられていたから。
ただし昔は、きちんと広場が交差点になっていたらしい。だが、戦乱が起こった際に、魔法的な力で大地が大きくずれたのだという。これはマスターではなく、常連のアーフェンが書物片手に得意気に話してくれたことだ。
眉唾な話だと、アメリアは思っているが。地形そのものを変えるだなんて、まるで神の所業だ。あっと驚くようなことをやってみせるのが魔法使いやらアビリスタやらでも、彼らだって人間である。何でも指一本の神様なんかじゃない。
それに。アメリアは腕を組んで一人頷いた。
「だって、簡単に地形を変えられる人が居るくらいなら、夜を明るくするのだって簡単にできるでしょうし」
例えばミニチュアの太陽をつくって、空に浮かべてしまえばいい。地盤を引きずり回すよりは、こちらの方が簡単そうだ。
しかし、自分でも突飛な発想だと、実際の光景を想像なりアメリアは吹き出した。
「でも、本当にそうなったら、明日からのお祭りもすっごく楽しいのに!」
時は無月季。天に輝く二つの月が揃って姿を隠し、世界の夜は漆黒に包まれる。
その闇を払う祭典が、ノスカリアでは執り行われる。「不夜祭」だ。明日から三日間、町から夜は失われる。
すでに浮ついたムードが漂う町並みは、何となしに眺め歩くだけでも楽しい。町角の随所に燭台が建造され、民家の玄関先にもカンテラや蝋燭台が顔を見せる。時折、意匠の凝ったものがあるから面白い。
小さな光源石を連ねて外壁を装飾している家もある。それを、どこかのいたずら小僧が一つちぎって走って行ったのを、アメリアは見てしまった。キャハハという楽しげな声が、尾を引くように残った。
そんな大通りであるが、普段よりも幅狭く感じられる。というのも、道沿いに机だの屋台だのが出張っているからだ。
多くの商売人にとって祭りの夜は絶好のかき入れ時なのだ。酒場は間口を開け放って屋外にまで席を拡大し、通りの真ん中にも島のように出店が建てられつつある。
毛並のいい馬が引く一等の馬車が、糸を通すようにゆっくりと狭い道を抜けていった。街道としては失格だが、この日ばかりは仕方ない。
年に一度の町を挙げたお祭りだ。心弾む景色を一通り楽しんで、およそ二つの時が経ち、アメリアは心晴れやかに踵を返した。そろそろ葉揺亭に戻ろう、きっとマスターも一仕事終えてお茶の時間にしているだろうから。
「まだやってたんですか」
帰り着くなりの第一声は呆れ声だった。出て行った時とほとんど変わらぬ光景の中、マスターは黙って首を縦に振った。
額に玉の汗を浮かべながら、大火にかかる小鍋を木べらで混ぜている。時折へらを持ち上げると、黄色の物体がねばっと糸を引いているの見えた。
アメリアは大きなため息を吐いた。外はあんなに楽しげなのに、内はどうしてこうなのか。我が道を行くマスターの姿勢は、時々こうして苛立たしい。
もう付き合っていられない、そう思ってアメリアが奥に引っ込もうとした時だった。不意に呼び止められる。顔も体もこちらに向けないまま、マスターは後ろ手にカップをつき出して来た。
「あげるよ。副産物だ」
またもぶっきらぼうな物言いだ。しかし、アメリアは少し気をよくする。
渡されたティーカップの中には液体は入っていない。代わりに、乳白色の小石たちが、満杯に掬い取ったかのように収められていた。
どうやって作ったのだろうか、指先ほどの一粒一粒が呼吸をするように明滅している。それぞれ周期が違うから、カップ全体はゆらめく光を湛えているようであった。
「光ってる、綺麗……あっ、これ、不夜祭に使います! そうします!」
「そんなに長くは持たないよ。精々今日の夕方までだ」
なんだ、とアメリアはしゅんとした。せめて祭りに使えるような物だったら、マスターのことも見直したのに。
ともあれカップの中の結晶体を一つつまんでみた。どうやら形はよろしくない、球形だと思って取り上げたら、反対側が尾を引いたように長くなっていた。
しかし、これは何だろう。まさかただの宝石を鍋で煮込むことはあるまいし。少し考え、アメリアが思い当ったのは飴玉だった。表面はつるっとしているし、色合い的に、ミルク味の菓子であっても不思議でない。
そっと口に入れてみた。舌でそろそろと転がすと、ひんやりとした感覚と共に、繊細な甘さが溶けだしてきた。やっぱり飴だ。ただし味は予想に反して、リンゴとブドウを足して割ったようなものだったが。
アメリアはからころと飴を口で転がしながら、にこやかに笑んで燕尾の裾を引っ張った。
「マスター、美味しいですよ。ありがとうございます」
「……は? おいしい? 食べたのか?」
「えっ、食べ物じゃなかったんですか!? 私、飴だと思って……」
みるみる顔を青ざめさせ、慌てて残っていた粒を手のひらに吐き出した。少しとろけているが、大きさはさほど変わっていない。
そのままアメリアはシンクに駆ける。思えば、光る飴なんて普通じゃない。すわ毒物か、そうでなくとも食べてはいけないものだ。慌てて口を洗って、ついでに胃をすすぐように水をがぶ飲みして。
慌てふためく様子を、マスターが目を丸くして見ていた。
「いや、その発想はなかったな……。まあ、確かに味的にはそうなる、か。ああ、毒にはならないから大丈夫だよ、そうむせ返るほど水を飲まなくてもね」
くくとマスターは肩を揺らした。今日初めて笑顔を見た気がする。
だがもう少し早く言ってほしかったと、アメリアは恨めしく彼を睨んだ。水で膨れた重い腹を抱えて。
マスターはまるで意に介さず、すまし顔のウインク一つ残して、またも鍋に向かってしまった。
おまけに、こんな一言を残して。
「使えるぞ、これは」
とうとうアメリアの愛想は尽きた。勝手にしてくれと思い捨てながら、奥の空間への扉をくぐった。
今日はさっさと片づけて、とっとと寝てしまおう。明日からはしばらく、静かな夜が消えるのだから。
そうして迎えた不夜祭の日。日没と共に、町には明かりが灯り始める。通りに並んだ燭台に火がくべられ、たいまつを持った人々が行き来し、祭りの開幕を知らせて回る。
時計塔からは、数珠つなぎにされた光源石がしだれていて、頂点では炎がこうこうと燃えている。まるで闇夜の旅人を導く灯台のように。この炎は、三日三晩燃やされ続けるしきたりだ。
ノスカリアの中央広場は、まばゆい光と数多の人に満たされていた。時計塔のたもとには広い舞台が設営され、派手な装いの踊り子たちが激しい動きの舞いを披露している。それを見る観客は、酒をのんだり食に勤しんだり。普段は見かけないような屋台も数多い。
居てもたってもいられず、アメリアも外に飛び出してきていた。今日は一人、レインと約束したのは三日目の夜だから。本命はその夜明けのパレードであるし、初日の今日は流す程度にするつもりで。
とはいえ浮つく雑踏にもまれていると、自然と気分が高揚する。いつの間にか、手には木の皮で作られたカップが握られていた。屋台で買った「セルキ」という食べ物、塩と酢につけられた味の濃い野菜で、かっこうの酒の肴になる。だから逆に、アメリアの日常では、あまりなじみがない。
物珍しさと好奇心で食べてみたが、予想よりずっとおいしかった。ただし、得も言われぬ芳しい匂いに鼻をつまみたくなるのも事実。お酒を飲むような大人たちには、これがおいしいのだろうか、アメリアは軽く首を傾げた。
通りかかりに屋台を見ると、知っている顔が店番をしていた。炎のゆらめきに照らされる、赤毛と尖った耳。深緑の民のルルーだ。
一緒に居る男たちはギルドの仲間だろう。三人で簡単に作った石のかまどに網を渡し、薪の炎で何かを串焼きにしている。
「ルルーさん」
「おっ、アメリアちゃん! なにさ、一人なの? 一緒にお店やるかい?」
けらけらとルルーは笑った。見てるこちらが楽しくなる上機嫌だが、喋るたびに酒臭い。顔が妙に赤いのは、炎に向かっているせいではなかったらしい。
ルルーは片方の手で透明の酒が入ったグラスを傾けて、もう一方で後ろの壺に漬けられた串を取り出しては、火の上に並べている。
近くでよく見ても、アメリアには何の焼き物なのかわからなかった。肉、いやふっくらとした感じは魚である気がする。はっきりしないのは、濃い色のソースがたっぷり搦めてあるせいだ。
「これ、何なんですか?」
「おっ、食べる? 食べる? そのセルキ一粒と交換はどう?」
「ええ!? それじゃあルルーさんが損しちゃう……」
「いーの、あたしは今それが無性に食べたいのだ。――もらいっ!」
と、ルルーは風のように軽い身動きで、カップの中から一粒のセルキを、串でさして奪い取った。
明らかに釣り合わないのはアメリアでもわかる。しかし、ルルー本人はごりごりと咀嚼音を立てながら、幸せそうに酒を煽っていた。後ろでは、男たちが慣れたことのように苦笑している。
気持ちのいい笑顔で息を吐くと、ルルーは眼の前の網の上から、しっかり焦げ目のついた一本を取った。
「ほら、これ食べな! 深緑の民のあたしが自ら焼いたんだ、食べごろ間違いなしだよ!」
「は、はあ。ありがとうございます」
口にする前に、謎の串焼きをもう一度眼前で観察する。
片面は皮だ、鱗をそぎ落とした魚のような。しかし身は、ふっくらしつつも、鶏のように筋肉質だった。
そして異質なのは匂いだ。焦げだけでなく、もっと食欲を刺激するようないい香りだが、今まで食べたことが無いもの。きっとたっぷりかけられたソースが、特別なものなのだろう。
アメリアはどきどきしながらも、勢いよくかぶりついた。ルルーがにんまりと笑った。
「どう? おいしいでしょ」
「はい、すごく! でも、何だかあんまり食べ慣れない味です、不思議」
「そりゃそうよ、あたしら深緑の民秘伝のソースだもの。平原じゃ、まず食べられないよ」
したり顔で胸を叩く。そんなルルーの言うには、森の果物や野草、果菜などを、ごちゃ混ぜにして壺に詰め、しばらく置いておくと自然にできるものだとか。
「神様が作ってくれるんですかね」
「まあね。あたしらは精霊様っていうけどねー」
ふふんと笑うルルーはどこか誇らしげだ。
甘辛い一串を平らげるのはあっという間だった。けふ、と胃の空気を抜きながら、手についたソースをぺろりと舐めて終わり。異文化の味もなかなかいいものだ。ただし、時折舌をしびれさせるような辛味を感じるのは、勘弁願いたかったが。
それにしても、結局何を食べたのか最後までわからなかった。いや、決して不味くは無い。ソースは濃厚だが、本体そのものは比較的淡泊な味で、身も案外もろく口の中でほどけた。皮の部分だけはしっかりして歯ごたえがあったため、食べやすいように入れてあった切れ込みが嬉しかった。
「ルルーさん、おいしかったんですけど、これ何なんですか? お肉? お魚?」
「イルルコルルよ」
「いる……?」
おそらく深緑の民の言葉だろうが、どうにも彼女たちの使う名詞はぐんにゃりして覚えにくいし、ぴんと来ない。アメリアは小首を傾げた。
空舞う疑問符を見かねて、後ろにいた男の片方が「これだよ」と言って、イルルコルルとやらを手にぶら下げて持ってきてくれた。
その瞬間、少女の悲鳴が喧噪の広場に響きわたった。
「へ、ヘビ……! おっきいヘビ!」
「いや、これどっちかっていうと足無しトカゲじゃないかい、腹が太いしさ。ねえ、ルルーの姐さん」
「だからイルルコルルだって。大丈夫、全然怖くないし、毒もないし」
と言われても。太くて長い胴と、小さな頭に不釣合いのぎょろ目。それと長い牙をもつ奇怪な生き物。野生に免疫のないアメリアでは、こんなものを食べていたと知ったらショックしかなかった。
大の男が胸の高さからぶら下げて、膝の下まである大きなヘビ。ぶらぶらと揺れているのを見れば見るほど、胃の中がぐるぐるしてくる。
一応おいしかったし、なにより貴重な体験だった。アメリアは引きつった笑顔で礼を言い、屋台を離れた。
そろそろ帰ろうと足を返しつつ、アメリアは出店を眺めて歩く。でも、もう食べ物はたくさんだ。
別に食べ物ばかりが祭りの売りではない。ここぞとばかりに出店を開く商人はたくさんいる、変わったものがたくさんだ。
アメリアの足がまた止まった。見る先の店、地面に大きな布を一枚広げた上に並べられているのは、木工細工だ。
売り手は二十歳そこそこの若い男だった。手製の細工を売るべく、遠い山合いの村からやってきたと話してくれた。
アメリアが惹かれたのはその奇抜な意匠だ。鳥と猪が融合したような生物の置物であったり、ゆがんだ形の皿であったり。
「あ……これ、下さい」
と、アメリアが手に取ったのは一つのマグカップであった。深い形だから、たくさんお茶を飲むのにちょうどいい。
問題はそのデザインだろうか。早い話、鶏の頭をそのままマグカップにしてある。持ち手はトサカの形だし、くちばしと肉だれのでっぱりがある。側面にはぎょろりとした目が彫られていて、お世辞にもかわいいとは言えない。
だから自分が気に入ったわけではない。マスターへのお土産にしようと思いついたのだ。変なものが好きな人だから、こういう物の方が気に入ってくれそうだ。それに、このマグカップならいつもの倍はお茶が入る。
嬉しそうな青年に代金を払うと、アメリアは意気揚々帰還の道を歩んだ。
今日は夜道が明るいから安心できる。それに加えて、松明を持った治安隊も、普段より盛んに巡回していて、頼もしいことこの上ない。そうでもなくば、アメリア一人での外出が許されることもなかっただろう。
住宅街に入り込み、いつもの十字路にやって来た。あの角を右に曲がれば自分の家だ。
だがそこで、前方の風景に違和感を感じた。
西の方角。これだけ町が光に溢れているのに、少し先に真っ暗な一帯がある。あの辺りにあるのは、スラム街だ。
――ああ、そうか。アメリアは何とも言えない気持ちを抱きながら、しかし、ふっと目を背けて自分の家へと向かった。
少女の帰りを待つ葉揺亭にも、きちんと明かりが灯されていた。玄関を開けると、そこは昼間と変わらない明るい世界。
そして、店主の声もふんわりと通る。
「おかえりアメリア。楽しかったかい?」
「はい! ……マスター、ちゃんと明るくして待っててくれたんですね」
「あたり前だよ。不夜祭なんだろう? 光があってこそだ」
マスターは穏やかな笑い声を上げた。椅子に座って、右手に紅茶のカップ、左手に分厚く古びた書物、お馴染みのくつろぎ体勢だ。カウンターに近寄れば、切ったばかりレモンの、爽やかな匂いが漂っている。
「あ、そうだ。マスター、これお土産です!」
とん、と例の鶏マグカップを台上に置く。
店主は木彫りの目と同じぐらいに自分の目をを丸くして、けったいな代物をしげしげと眺める。そして、吹き出した。
「こりゃ奇天烈な。どこかの民芸品か? しっかし、よく見つけたなあ」
「未来の大芸術家さんらしいですよ」
「なるほど、鬼才あらわる、ってところかな。……ありがとう、喜んで使わせてもらおう」
新しい小道具を子どものように手でいじりつつ、マスターはアメリアに声をかけた。
「アメリア、今日はもう休みなさい。どうせ、明日も明後日も行くんだろう? はしゃいでばかりじゃ、身が持たないぞ」
「はい、もちろんですよ! ……マスターは?」
「僕は灯りの番をしておくよ。だから、君は安心して寝なさい」
そう言って店主はしずしずと茶を喫す。
アメリアは小首を傾げた。葉揺亭の灯りは光源石によるもの、目を離してほっといても火事になることもないし、魔力切れでもない限り途中で絶えることもない。番など不要のはず。
考えた末いたった結論は、マスターだってなんだかんだで祭りに乗りたい、という推測。ふふっとアメリアは笑んだ。
「マスター、素直じゃないですね」
「今更そんなことを言うのかい?」
「いいえ、知ってましたけど。ちょっと意地悪なの」
「……ほらほら、くだらないこと言ってないで休みなさい。祭りの本番はまだ明後日なんだから」
「はーい。じゃあ、マスター。おやすみなさあい」
そう言ってアメリアは奥へと下がり、自室への階段を登った。
まだ不夜祭は始まったばかりだ。マスターの言うとおり、最初から飛ばしていては体が持たない。
ただ、気になるのは。
「でも、マスターはいつ寝るのかしら」
昼は店の番をして、夜は灯りの番をする。それこそ身が持たなさそうな印象だ。
「ま、いいや。マスターがそれでいいって言うんですもの」
アメリアはこくこくと頷いて、三つ編みを留めるリボンを解きながら、自室へと飛び込んだのだった。
ノスカリア食べ物探訪
「セルキ」
正確には緑色で小さな球状の果菜自体がセルキという名前なのだが、ほとんど塩酢漬けにしか使われないので、料理の名前と同義になっている。
歯ごたえのある漬物。青臭くだいぶ塩辛い。でも酒は進む
「イルルコルルの串焼き」
大陸北東の樹海に暮らす深緑の民の料理。
イルルコルルはヘビの一種で、胴太の見た目は巨大な足無しトカゲ。大きな牙を持つが毒は無い。
深緑の民には美味なタンパク源として扱われている。
鱗をはいで焼けば、少し身のしまった白身魚のような風味だ。
深緑の民特製ソースは、森で採れる十数種類の食材をつぼにつめて自然発酵させたもの。とろみが強く甘辛い




