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めくるめく読書の世界

 アメリアが葉揺亭に戻った時、そこは静まり返っていた。


 人が居ない、ということではない。むしろ居る方だ。窓辺のテーブルにはジェニーが書類を広げて黙々と仕事をしていて、カウンターにはアーフェンの後姿が見える。ちょうど対面にはマスターも。それなのに、彼らは各々読書に励んでいて、お互いには目もくれない。


 同じ場所に居るのに、薄膜一枚隔てた別の世界に居るようだ。真面目くさった様子がおかしくて、アメリアは思わず吹き出していた。小さな声で、静寂を壊さない音量で。


 マスターは耳ざといから、ぴくりと反応する。


「なんだい、アメリア。急に笑ったりして」

「だって、二人して真面目な顔で本読んでるんですもの! せっかく目の前に居るのに、お喋りもしないで。もったいないなあ、って思ったんです。読書なんて、一人でもできるのに」

 

 指摘された当人たちは不思議そうに顔を見合わせていた。そして、アーフェンが穏やかな笑みと共に理由を語る。 


「確かにそうですが、ここに居ると落ち着いて読めますから。それに、ギルドでは、うるさいのがいるので集中できないのです」

「でも、本を読むのならどこでもできるじゃないですか。お外でも、お家でも」

「まあ、そうですけど……気分の問題ですよ」


 そう言って、アーフェンは気取った風に、お気に入りの紅茶・シモンを口にした。情緒ある空間で、上等な紅茶を嗜みつつ読書にふける。これぞ彼が思う、絵に描いたような優雅な一時なのだ。


 わからないなあ、という顔でアメリアは首を傾げた。理解できない物はさておいて、買い物かごの中の戦利品を片づけにかかる。果物をしまう冷蔵庫は足元だ。その前にぶら下がっていたマスターの足をつついて退ける。


 手を動かしながら、近くに居るついでに聞いてみた。


「マスターも同じですか? 気分の問題?」

「うん、まあね。と言っても、今の僕は、彼のご注文の品が出来る待ち時間を潰しているだけさ。これ、早く読んじゃいたいし、隙間も有効活用しないと」

「待ち時間?」


 アメリアは顔を上げた。するとマスターが焜炉の方を指さしているのが目に入った。


 立ち上がりざまにその方を見る。なるほど、小さなミルクパンが至極弱い火にかかっているではないか。中を覗きこめば、ほんのりと茶色がかった乳白色の液体が、静かに湯気を放っている。ふわ、とミルクの匂いが鼻に付いて、おもわず顔が蕩ける。


 そうか、紅茶を煮出していたのか。鍋を噴かせないように細い火でじっくり仕掛けるのだから、そりゃ待ち時間もできるに決まっている。納得だ。



 ところで、とマスターが背を向けたまま口を開いた。

 

「アメリア、君もどうだい? 字が読めないわけでもないのだし」

「嫌ですよう。マスターの持ってる本は、難しいのばっかりですもの」


 少女はたじろいだ。亭主はよく本を読む男で、暇さえあれば文字を追っている。時々隣から覗いてみたりするが、いつもちんぷんかんぷんだ。内容が小難しいし堅苦しいというのも多いが、そもそも、アメリアの知らない言語の本を読んでいることが多い。今だって、見たことのない文字が並んでいるのが遠目にもわかる。


 マスターに本を借りるよりは、まだアーフェンに紹介してもらったほうがましだ。口にはしないで、一人うんうんと頷く。


 最も、そう思ったのはアメリアだけではなかったらしい。


「じゃあ、彼に色々いい本を教えてもらえばいい。僕よりは君に近いだろう。歳とか、考え方とか、知識量とか」


 急に注目を浴びたことに気づき、アーフェンが驚いたように顔を上げた。すっかり本の世界に没入していたようだ。何だか申し訳ない、とアメリアは思った。


 だが、せっかくだから、と遠慮気味に尋ねてみる。


「あの、アーフェンさんは何を読んでいるんですか?」


 自分の得意分野に話題が転じると、急に饒舌になる人間は一定数いる。このアーフェン=グラスランドと冠する少年は、まさにそう言う類の人間だ。彼は、アメリアに上から教授するように、得意げな口調で語りだす。


「今はティモー=トリスムの『波風紀行』ですね。ご存じありませんか? すごく有名な紀行文なのですよ。学をつけるなら、一度は読むことになるでしょう。子ども向けに抄訳されたものも幾版も存在しますし」

「あ、いえ、全然知らないです。どういうお話しなんです?」

「一言で言うなれば、冒険者の船旅の記録ですね。最も、ただの日記などと一緒にしてもらっては困ります。そもそも、このティモーという男は世界で最初に帆船で――」


 これは、放っておけばずっと喋り続ける系だろう。アメリアは顔を引きつらせていた。


 だが幸運にも、こういう相手に対する方法は心得ている。なぜなら、自分の一番身近にいる存在が、まさに相手を無視して喋り続ける人間の典型例なのだから。


 思いつく中で一番簡単な手を取った。無理やり相手の発言に割り込んで、話を逸らす方法だ。


「それで、その本は面白いんですか?」

「ええ、とても! 読めば読むほど、旅に出たくなりますよ」

「へえ。どんな旅なんです?」

「例えば……まあ、有名な一節なんですけどね。『潮風に吹かれ帆船の上で見る海原は、何と素晴らしきことか。母なる海の波間に揺られて、雄大なる自然の風景に抱かれる旅路とは、かくも贅沢なものか。波間から顔を出す海竜の威風堂々たる様は、航海を見守る守護神のごときものであった』とか」


 アメリアは目を見張った。アーフェンが引用した情景その者に対する憧れもあるが、むしろ、その一文を自分のもののようにそらんじた少年の記憶に驚いたことが大きい。相当読み込んでいるのだろう。


 ありありと感心されるのがさぞ心地よいのだろう、アーフェンは思い切り頬を緩ませて、その上で舌の回りをとどまらせない。


「今の一節で『海竜』という単語が出て来たのですが、面白いことに、その具体的な姿をどこにも記述していないんですよね。するとどうでしょう? 我々読んだ立場のものは、一体どんな生き物か想像する。そして、正解を知りたいと思う。旅に出たくなるとはそういうことですよ。その力があるからこそ、ティモーの紀行文は誉めそやされるのでしょうね」

「はあ……」

「さあ、アメリアさん。あなたは『海竜』とはどんな姿だと思いますか?」

 

 少年らしい快活な笑顔で、アーフェンは投げかけた。一応素直に想像してみることにする。


 「竜」と冠する以上、巨体で、うろこが合って、鋭い牙や爪をもつに違いない。実際は見たことないのだが、童話や空想劇、あるいは詩人のサーガや講談、アメリアが耳にするもので描写される「竜」とはそういうものだ。


 そして、「竜」には翼が生えていると言う。だが、海中に住まう「海竜」には翼があるのだろうか、疑問を覚えた。空を駆る必要が無いのだから、翼が無くても変わらないじゃないか。


 だが、翼が無い竜を想像したら、その辺で見かけるトカゲが大きくなっただけだった。威風堂々、守護神、そんな言葉とは縁遠い。だとしたら――


 ぱたん、という空想の世界を閉じる音が響いた。


 はっとして隣を見ると、ちょうどマスターが立ち上がる瞬間だった。どうやら待っていた物が出来たらしい。後ろについて小鍋を覗けば、白かったミルクが紅茶色に染まっている。ミルクの成分が固まった分厚い膜が表面に張っていた。会心の出来なのだろうか、マスターがにんまりと口角を上げた。


 もちろん、美味しく飲むためには膜や茶葉を濾さなければいけない。マスターはカップを湯通しし、柄つきの茶こしを手に取った。


 その時、ジェニーからも、ここぞとばかりに声がかかる。


「マスター。お代わりをもらってもいいかしら?」

「ああ、わかった! ……じゃあ、こっちはアメリアに任せるよ。やれるね?」

「任せて下さい」

 

 と言って、マスターから茶こしを受け取った。やる事は簡単だ。こぼさないように鍋の中身をカップに注ぐだけ。隣から聞こえる珈琲豆を挽く音は意識せず、手元に注意を向けた。


「……あっ!」


 上に張った膜が邪魔をして、思ったようにミルクティが流れなかったのだ。急いで手を止めたので大惨事は免れたものの、カップの縁から外に、みっともない茶色の線が何本も流れている。量もなみなみといった雰囲気で、いささか品が無い。


 赤面しながら、アメリアは顔を上げた。苦笑しているアーフェンと目が合う。彼は、大丈夫だと言ってくれた。


 慌ててクロスを水で濡らし、汚れを拭き取った。そして、ソーサーに乗せて、カウンターの向こうに出す。


「……すいません」

「気にしないでください。誰にでも失敗はありますよ」

「そうだよ、アメリア。ああ、鍋に残っているのは適当なポットにでも濾しといて。もう一杯分はあるだろう?」

 

 煮出すときはいつも大目に作る。煮詰まり方はその時で微妙に変わって来るし、作るのに時間がかかることを考えると、足りないよりずっといいのだ。かといって、茶葉が入ったままだとどんどん濃くなってしまう。アメリアもそれくらいは心得ている。


 よし、今度こそ綺麗に。そう思って、少女は食器棚を見上げた。色々な形がある中から、一番口が大きいものを選んだのだった。

 


 そうこうしている間に、マスターが珈琲の抽出を終えていた。いつもならアメリアが運ぶところだが、彼女は今、集中力をすり減らしているところだ。だから、マスター自ら出向くことにした。横目で真剣勝負をする少女を見て、あんなに力を入れて手を震わせてちゃだめだなあ、と苦笑しながら。


「はい、ジェニー、おまたせ」

「ありがとう。……さっき、ティモーの話をしてたわね」

「ああ。彼が今読んでいるっていうから」


 マスターはカウンターの方を見た。見られていることに気づいたのだろう、アーフェンも振り返る。ジェニーと目を合わせると、彼は軽く会釈をした。どちらも常連ではあるが、顔を合わせるのは初めてなのだ。


 若いのに読書家なのね、と褒めながら、ジェニーが手を止めて、彼に声をかけた。


「ティモーの手記なら、『密林百日』もおもしろいわよ」

「もちろん読みましたよ。『暗きから明るきに飛び出したとき、私の目の前に現れたのは、荘厳なる神殿だった。いつの時代の何を崇める場とは知れぬが、しかし、神が住まうにふさわしい。私ははやる足を抑え、神の領域に踏み込もうとした。しかし――』」

「蜃気楼のように消えてしまった。……夢の跡に残っていたのは、マトニカの花畑だったかしら?」

「カエルラです。『私を惑わすかのように、カエルラの花の海は金色の煙を噴き上げていた』」

「えらいわね、細かいところまで。よく読んでいる証拠だわ」

「自然に頭に入ってくるんですよ。印象に残るってそういうことじゃないでしょうか?」


 書かれているのはただの文字だった。だが、それが沸き起こした鮮烈な情景は、色彩を豊かに保ったまま脳に焼き付いている。


 そして何より喜ばしいのは、頭に浮かんだ光景を共有し、感動を分かち合えること。同じものを語り合える人が居る、全く、嬉しくて仕方がない。


 こちらとあちらで楽しそうに語らうアーフェンとジェニーの姿を、アメリアはカウンターの中から呆けたように見ていた。自分が入る隙は微塵もないし、割り込むつもりもない。でも、あんな風に他人と語り合えること、少し羨ましいと思う。


 客人同士で盛り上がっているのなら、自分の出る幕はない。と、定位置に帰ってきたマスターは読書を再開していた。記号じみた細かい文字が並ぶ紙面と睨み合いながら、時々口角をあげてみたり、眉間に皺を寄せてみたり。


 一人取り残されたようで寂しさを感じる。アメリアは、何気なくマスターの背中に語り掛けてみた。


「あのう、マスターは何を読んでいるんですか? 楽しそう、ですけど」

「ん」

「いえ、表題を見せられても、その文字が読めないんですが……」


 自分の全く知らない字だ。他所の大陸の言葉か、下手すれば古代文字の可能性だってある。


 アメリアの指摘に対して、マスターは肩をすくめると、今度は文字をそのまま異言語で音読した。語尾が上がる音の響きが印象に残る。が、見てわからぬものを耳で聞いたところで、理解できるわけがない。わかっているくせに、とアメリアは呆れたように目を細める。


 見ればアーフェンもジェニーも、こちらを向いている。だから、助けを求めるように彼らに視線をやるが、二人の反応も芳しくなかった。そりゃそうだろう。


「私たちにもわかる言葉で言ってください」


 アメリアが少しむっとして主人に詰め寄ると、仕方ないとばかりに彼は肩を落とした。そして、嫌々という風にぼそりと一言。


「『ルクノール幻想奇譚』」


 その途端、アーフェンとジェニーが息を詰まらせる音が聞こえた。アメリアにしてみればさっぱりわけがわからず、異常な反応の二人と、ほら見たことかと苦い顔をしているマスターとを、忙しなく交互に眺めていた。


 ジェニーがあらゆるものを放棄して、カウンター席まで飛んできた。それと同時に、味わっていたミルクティでむせこみながら、アーフェンが心からの叫びを上げた。


「き、貴重書じゃないですか! 超一級品の! しかも、原本だったりするんじゃないですか!? それ、古代語、読めるんですか!?」

「いや、これも複製品だよ。所々文章が飛んでいるしさ。さすがに、原書はもう残ってないんじゃないかな……」

「どっちにしたってお宝よ、それ。状態も良さそうだし。もう、譲ってほしいくらい! ……駄目、よね?」

「勘弁してくれ。僕だって、友人から借りてる身なんだからさ。大事にしないと」


 何が何だかわからないが、とにかく珍しい本らしい。とりあえず、神様に関係があるみたいだ。アメリアの小さな頭で理解できたのは、それくらいだ。


 いや、もう一つ。その本の持ち主も、何となく察しがついた。そもそもマスターに「友人」それに類する親しげな間柄をいわしめる人物が、一人しか思いつかない。決して現場は見ていないのに、青い髪の青年が、にやけ顔のマスターに一冊の書物を手渡して、さっさと帰っていく様がありありと頭に浮かんだ。



 にわかに士気が高まったアーフェンとジェニーは、マスターが幾ら鬱陶しそうな顔をしようと、追及の手を緩めない。


「その出所は聞いたの? 盗品とかじゃないでしょうね。そんなの、重大事件よ、人類全ての」

「妙な嫌疑をかけないでやってくれ、いい子なんだから。何でも、古物屋で偶然見つけたらしい。二束三文の値段がつけられて、埃をかぶっていたって、驚いていたよ」

「そんなぞんざいに扱われていい代物じゃないでしょうに!」

「書物なんて文字が読めなければ、ただの紙束でしかないからね。がらくたに紛れていようとおかしくないさ。燃料にされなかっただけいい方だ」


 本当にそうだ、と、傍で聞いていたアメリアがぶんぶんと首を縦に振った。彼女にとってみれば、まさに古くかび臭い紙束だ。薪と一緒にくべて燃やしてしまっても惜しくない。


 さて貴重書だというそれ、果たして本当に面白いのだろうか。ただ古く珍しいからともてはやしているだけで、中身は伴わないのではないか。


「面白いんですか? その本」

「まあね。むしろ感心する、よくこれだけの逸話を綺麗にまとめたものだよ。写すのも大変だっただろうに……ほら、これとか」


 そう言って、マスターは今読んでいた所からページをさかのぼる。開いて見せたところには、一頁を埋め尽くすように、緻密な柄の紋様が描かれていた。ただ、端の方はぼかされているが。


 どよめきが上がる。さすがのアメリアも、これには感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。


 細い線で密に描かれた曲線と直線は、それぞれ意味なく適当に走っているように見えるが、全体を見た際には、計算されたかのように美しさを放っている。点から起こる直線は、枝葉のように分れ、花を咲かすがごとく弧を描き、四角い箱に納められ。あるいは、流れる川のように幾本もの曲線が集合し、果てには渦を描いて終点となる。まるで筆の運び一つ一つに、深い物語が込められているようだ。写すのも大変だろうというマスターの言には、心の底から同意せざるを得ない。


 それでこれは何なのか。お偉いさんの紋章か、絨毯に編まれた図柄か、あるいは誰かの絵画なのか。


 どれも違う。そう否定すると、マスターは目を細めて、感慨深く語り始める。


「これは、一種の魔法陣なんだ」


 そして、宝物を愛でるように、紋様の描かれた頁を指でなぞる。


「ルクノールなる者が、昔時、己が一番弟子・アルヴァイスに与えた、宿題みたいなものだね。自分に近づきたいのならこの術式を解け、って具合に。まあ、ついぞ解くことはできなかったようだが」

「待って待って、色々すごいこと言ってるけど……ほんとなの?」

「ああ。そう書かれてもいるし。もっと言うなら、この図版の引用元はアルヴァイスの手記だってさ。なるほど、文章の堅苦しさがそれっぽい。『我問う。物を見ずして全てを知るには、いかにすべきか。師、心で見よと答えるのみ。そして複雑怪奇な式を提示す』。うん、こんな調子だ」

「ちょ、ちょっと待ってください。それが本当なら、その紋様さえ解読すれば、神になれるってこと……ですよね?」

「なりたいのか」

「そういうわけじゃないですけど……でも、理屈だとそうですよね」

「……まあ、歴史に名を残すくらいはできるんじゃないかな。史上最も聡いと讃えられた男に解けなかったものを導き、神と呼ばれる存在の理解者となるわけなのだから。万が一にも、できたらの話だけど」


 からからとマスターは笑っていた。そんなことなにがあってもできるはずがない、そう確信しているように。


 だがジェニーは真剣なまなざしで、例の陣を見つめている。口元に手を当てて、呟いた。

 

従弟おとうとに見せてみようかしら。もしかしたら……」

「やる気かい? ただ、これ、そもそも端の方が欠けてるんだよ。だから難しいだろうね。書写の間違いも考えられるし」

「あれっ、元々ぼやけたものってわけじゃないんですか」

「ああ、そうだ。それに、魔術に使われる術式を書き表すのなら、円形か角形の枠で収めるのが規則だ。じゃないと、どこからが式なのかわかりやしないから」

「もう、本当に色々詳しいわね、マスターって」

「伊達に本ばかり読んで引きこもっていませんから」


 マスターがにやりと笑んで片目をつむる。同時に楽しそうな笑い声が響いた。なおも、知者たちは独特な世界を展開して、盛り上がっている。


 ただ一人、アメリアだけが疎外感を感じていた。マスターは言わずもがな、ジェニーやアーフェンだって、自分に比べれば遥か高みにいる。先ほどから頭上を飛び交う高度な単語にはついていけない。


 つまんないの。アメリアは一人仏頂面で、マスターの後ろを通り過ぎた。


 手に取ったのは先ほど取り分けたミルクティ、少し冷めてしまったが、陶器のポットは意外と保温力があるから、まだまだ美味しく飲める温度だ。カップを取り出し、少しついで、砂糖をちょっぴり溶かしたら、一息に飲み干す。


 おいしい。普通に淹れた紅茶にミルクを足すより、ずっと濃厚な味わいだ。それでいて、紅茶もしっかりと存在を主張している。大好きなお茶だ。


 はあ、とアメリアは溜息を吐いた。だが、それに構ってくれる相手も居ない。いつもなら、マスターが感想その他を求めて来るのに。


 ぐでんと作業台に頬を投げ出した。ミルクティの入ったカップが、眼前で堂々と存在を主張する。それに隠れた向こうでは、難解な言葉を交わしている三人組。混じりたいと思うわけではないが、もう少し、近くに寄れても良い気がする。


「私も何か読んでみようかしら……」


 無言にのしかかる、読書の世界へのいざない。アメリアはその手をとる気になっていた。


 ただ、読むなら、おいしいものがたくさん出てくるようなお話がいいな。あるいは、綺麗なものか。少女の感性は、己の欲望に素直であった。 


葉揺亭メニュー

「煮出しのミルクティ」

茶葉をたっぷりのミルクでじっくり煮出した、濃厚なミルクティ。加熱された乳からでる自然な甘みが特徴。

ミルクに負けない濃いめの茶葉を使うと良い。葉揺亭では「アセム」の葉を仕様。

また、最初に湯で茶葉を開かせるのもポイント。この時の湯量とミルク量の比率で、飲み口が軽めにも重めにもなる

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※本作品を再構成・加筆修正を行った新版を2023年に公開はじめました。順次掲載していきます。  ストーリーは大きくは変わっておりませんが、現在本作品をお読みの方はぜひ新版をご覧ください  https://ncode.syosetu.com/n9553hz/ またはマイページから
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