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魔法屋の少女

 ノスカリア広場の定例の朝市には行商人による出店も数多い。それゆえ気に入った露店とは一期一会であることもままある。これを逃せばもう二度と手に入らないかもしれない、その希少感ゆえ、行商の店には人が集まりやすい。


 今朝の市の一角に、群を抜いて大きな人だかりができていた。好奇心の塊であるアメリアが、それを見逃さないはずない。大人が作る黒山の向こうを、背伸びしぴょんぴょん跳ねて覗きこんだ。


 そこに見えたのは、なんとまあ、アメリアよりも小さな女の子がお店を開いている光景だった。年の頃は十歳と若干、下手すればしっかりしているからそう見えるだけで、まだ下かもしれないという容貌だ。


 そんな子が、旅人の装備に身を包み、一生懸命身振り手振りを交え、目の前に並べた道具の説明をしている。その商品も何に使うかわからないようなけったいな品々、この辺りで見かけない珍品と言えば聞こえはいいが、悪く言えばがらくたにしか見えない。遊びなら微笑ましいが、そういうわけでもなかろうに。


 高い声の説明が切れると、興が失せたのかアメリアの前に居た人が一部掃けたから、その間を割って入る。近くで見ても、木や石や金属の部品たちを組み上げた物体、としか認識できない。


 思っている程売れ行きがよろしくないのか、店屋の娘はしゅんとしていた。それでも新しく現れたアメリアを見るなり、にぱっとあどけない笑みを浮かべて見せる。


「お姉さん、お姉さん、クシネのお道具見ていってほしいの! 魔法の道具なのーっ!」

「魔法!?」


 アメリアは目を丸くした。巷の人は不思議な力の事は全てアビラと呼ぶ。魔法、という呼称を用いるのは、自分の主人と彼の知己の二人にしか出会ったことがなかった。何だか新鮮な気持ちだ。


 それだけでなく、純粋に目の前の謎の物品が気になるのもある。話だけでも、と思ってアメリアはしゃがみこんだ。


 これぞ好機とばかりに、道具屋のクシネは身の丈に余っている服の袖と裾を引きずるように前に出た。そしてある道具を手に取った。手のひらに乗る四角い木製台座の上に、何かがそびえ立っているオブジェのようだが、黒い布がかけてあってよくわからない。


「もうこれはとっておき! 光の音楽を奏でてくれる楽器なの。えいっ!」


 そう言ってクシネは布をはぎ取った。下にあったものは弧を描いた銀の棒。下端が台座に取り付けられ、上端には乳白色の宝石が埋め込まれていた。素材は美しいがオブジェとしては物足りない、しかし楽器だと言うからには、これで終わりではないはず。


 注目を集める中、宝石が光った。と思いきや、上端から下端目がけて光の線が走る。それに並行するように何本も何本も光線が現れた。


 これは光のハープだ。光の弦はきらきらと輝き、自然と軽快な旋律を奏で始める、まるで太陽が演奏しているかのように。そして、瞬く星のような繊細で美しい音色。その幻想的な唄声は耳にしたものを魅了した。アメリアだけでなく、周りに居た人間全てを。


 きっとアメリアが買わなかったら、他の誰かが手にするだろう。まして行商の店だ、欲しいと思った今しか入手機会は無い。


「これ、お店で流したらおもしろい、気がする」

「きっとそうなのー! お姉さん、お店の人なの?」

「そうなの。葉揺亭っていう、お茶のお店」

「お茶屋さん!?」

「うふふ。興味があったら来てくださいね」

「うんうん、気になるの。でも、とりあえず、クシネは魔法屋さん、お姉さんはお茶屋さん、お仕事頑張るの! それで、どうするの?」


 結局アメリアは光のハープを買ってしまった。金貨二枚、予定外の大出費だが、自分の物を買う専用の財布から出しているから文句は言われないだろう。それにむしろ、マスターの方がこういうものを好みそうではある。


 そして購入の意を伝えた時のクシネの嬉しそうな顔、あれは眩しいほどだった。それがアメリアの中で何より印象に残っている。自分も働く女の子という似たような立場だからかもしれない。


 良い買い物をした。アメリアはいつになくさっさと市めぐりを切り上げ、ほくほく顔で帰路についたのだった。



「というわけなんですよ」


 アメリアは戦利品を早速店主に披露した。宝石に光が当たれば音が鳴ると説明されたものの、どうやら太陽光でないと駄目らしい。カウンター席では少々光が足りず、先ほどよりも弦の存在がおぼろげだ。


 それでも微かに流れる旋律は、逆に儚い美しさを感じさせて味がある。静かな葉揺亭の環境音にはこの方がちょうどいいくらいだ。


 気になるのはマスターの反応だったが、これも予想通り、ちらりと見せるなり食いついた。小さな楽器に顔を寄せ、ふうむと唸りながら骨董の真贋を鑑定するように、細部までまじまじと眺めている。


「コルカ・ミラの技術のようだが……これ大丈夫かな、白と黒の力は外部に出さない掟のはず。盗品にしろ、自作品にしろ……うーん。よくできてはいるが、しかし……」


 アメリアは豆鉄砲を食ったような顔をした。詳しいことはよくわからないが、掟破り、つまり違法な品物だということだろうか。あのニコニコした子どもが、そんな妙なものを押し付けてくるようには思えなかったのだが。


 しばらく難しい顔をしていたマスターだったが、最後にふむと息をついてからは、切り替えたように優しい面持になった。


「ま、いいや。そこまでうるさくないみたいだし、お店に置いといてもいいよ。日の傾きとか、天気でもだいぶ音は変わるから、しばらく楽しめるだろうさ」

「わあ、ありがとうございます!」


 店の雰囲気が変わるから、と拒否される可能性を考えていただけに喜びもひとしおだ。アメリアはハープの台座をわしづかみにし、早速窓辺に走る。


 いささか乱雑な扱いだ、マスターが焦って声をかけた。


「アメリア、絶対に弦に触っちゃ駄目だよ。そこは強い力の塊になっているから、最悪指が落ちる。魔法具の取り扱いは繊細に、それが基本だが、魔法屋は教えてくれなかったか?」


 アメリアはひやりとした。まさに、太陽が紡いだ眩い弦はどんな感触なのだろうか、と考えていたところだったのだ。忠告されなければ触れていた。


 それにしても、そんな大事なこと、なぜクシネは教えてくれなかったのか。使い方として習ったのは、光を浴びて音が出ることと、布をかけて保管してやればいいということだった。後は、夜には鳴らないということくらいか。


「……まあ、誰にでもうっかりすることはありますよね」


 アメリアとて転んで果物を道にばらまいたり、熱湯の入ったケトルを落としてマスターに叱られたり、不注意は数えきれないほどやらかす。自分より小さな子じゃ、なおさらだろう。アメリアはそう頷きながら、クシネへの恨み言など忘れ、うっとりとハープの音色に聞き入った。



 天高く日が昇り、妖精が奏でるような繊細な音楽が流れる中、葉揺亭の扉が静かに開いた。


「はふー、迷子でしたの。お店の場所、わかりにくいですの……」


 額の汗を拭ってクシネが現れた。小さな体に不釣合いの大きな布袋を背中に担いでいる。下手すれば、彼女自身よりも大きく重いかもしれない。


「あっ、魔法屋さん」

「ああ、よかったの、お姉さん居ましたの! クシネ、大事なこと言い忘れたの!」


 ぴょこぴょこ跳ねて存在を主張し、そのまま大股でアメリアの方に駆け寄ってくる。まるで兎でも見ているかのようだ。


 そして胸の前で手を握って、身を乗り出すようにアメリアに語り掛けた。


「ぜーったいに弦に触っちゃ駄目なの! 手が切れちゃって危ないの! お片付けの時、気をつけるの!」


 あら、とアメリアが目を開いた。

 

「クシネちゃんありがとう、わざわざ教えに来てくれて。でも、さっきマスターが気づいてくれたから、私は大丈夫だったわ」

「はひぃ!? 店長さん、見てすぐわかったの!?」

「……まあね」


 店主は口をあんぐりさせているクシネに一瞥くれると、自分の手仕事に戻った。何のことは無い、果物を切るのに使うナイフを研いでいるところだったのだ。満点に研ぎあげるのには、集中を手元に注がねばならない。


 真剣なまなざしで口をつぐむマスターの代わりに、アメリアが自慢げに話して聞かせた。


「私のマスターは魔法とか、そういうの、すごく詳しいんですよ。たしか……魔法都市の何だっけ……コルカ・ミラ? に居たんですよ、ね? マスター……うん、きっとそうよ。研究してたんです、たぶん」

「はむぅ。それじゃ、クシネとおんなじなの!」

「あら。そうなの?」

「そうなの、クシネもコルカ・ミラで魔法を覚えたの! でも旅に出てきちゃったの!」


 元気のいい声だ。話していて楽しい、とアメリアは感じていた。


 が、クシネはと言えば、アメリアよりもカウンターの方を気にしている。

 

「あっ。何か飲んでいきますか?」

「せっかくだからそうするの!」


 クシネは笑いながら右手を真っ直ぐを挙げて見せた。



 椅子に座ったら足が床に届かない。だからクシネは、楽しそうに両足をぶらぶらと揺らしていた。彼女の隣には、子ども一人まるごと入ってしまう荷物が、のんびりくつろいでいるかのように鎮座している。


 クシネは台上に置いたメニューに覆いかぶさるようにして眺めた。


「うーん、よくわからないの。お姉さんのおすすめはどれなの?」

「え。えーと……」


 あどけない顔つきで見つめるクシネ。この歳の子に紅茶の美味しさがわかるだろうか。少なくともアメリアが最初に飲んだ時にはよくわからなかった。今ではマスターの仕込みもあり、すっかり大好物だが。


 マスターに助けを求めるように視線を向けても、彼はすっかり自分のことに集中しているようだ。片目をつむって、ナイフの研ぎ具合を確認している。珍しく、アメリアの動向が眼中に無い。


 さて困った。アメリアは唇に指を添えて考える。ふと、メニューの端っこに書かれている一品が思いついた。


 エード、甘味を加えた果汁を鉱泉水、すなわち湧き水で割った飲み物だ。以前レモンで作ってもらったことがある。甘酸っぱくてひんやり冷えたエードは、喉を潤おすのにちょうどよく、お茶のように難しい違いもない。


 早速アメリアはそれを紹介した。


「おいしいの?」

「おいしいですよ」

「じゃあ、それにするの!」

「はい! じゃあ、マスター……」

「大丈夫、ずっと聞こえてるから」

 

 ようやく店主は顔を上げて、にっと微笑んだ。


「一体何で作ろうか。無難なのはレモンかオレンジ。イチゴ系のものも出せるし、後は――」

「店長さんにお任せするの! おいしいのをお願いするの!」

「そうか。じゃあ、何か苦手なものはあるかい?」

「クシネ、何でも食べるの」

「それはいいことだ。それなら……パシラディヤはどうかな?」


 その途端、クシネが息を詰まらせたように目を見開いた。


「なっ……。て、店長さん、パシラディヤ知ってるの!? あるならぜひ入れてほしいの!」

「わかった。裏にあるから取ってくるよ」


 マスターはふっと微笑むと、燕尾を翻して奥の空間へと消えていった。

 

「パシラディヤって何ですか?」


 アメリアがクシネに尋ねた。今まで聞いたことが無い名前だったから。するとクシネは指を一本立てて、まるで教え子に言って聞かせるように説く。


「えーと、コルカ・ミラがある西方大陸の密林でよくとれる果物なの。でも……店長さん、どこでそれを? こっちじゃ手に入らないはず、なの」

「そうですよね、私も聞いたことが無くて……あっ」


 カウンターの中のドアが開いた。左手で三玉の紫色の果物を抱え、マスターが戻って来た。どうやらそれこそが謎のパシラディヤだ。やはりノスカリアの街中ではお目にかかったことがない。

 

「マスター。そんなものどこに持ってたんですか」

「実は部屋で育ててるんだ。手入れさえしっかりしてやれば、そこまで大きくならないからね」


 いわく、密林では際限なく葉を茂らせる植物なのだと。それをこまめに剪定し、鉢植えにして自分の部屋で育てていた、と語ってくれた。


 マスターと同じ屋根の下に暮らせど、そんなこと全く知らなかった。らしいと言えばらしい気もするが、園芸の趣味まであるとは。アメリアはただただ感心していた。


「アメリア、オレンジ絞っといてよ」

「あっ、はい!」


 忘れがちの自分の仕事を思い出した。アメリアの仕事はお喋り担当ですべてではない、マスターの補佐こそが本来の役目だ。


 慌てて手を洗い、アメリアはオレンジを半分に切った。これをスクイーザーという、お皿からレモン玉が飛び出したような形の道具で絞るのだ。


 その傍らで、マスターは採って来たばかりのパシラディヤの頭をナイフで切った。研いだばかりの刃は微塵の抵抗なく、断面も美しく切れる。その仕上がりには自画自賛していた。


 さて、パシラディヤの断面を見れば、中心部分に黄色い果肉が入っている。中に種も無数に混ざっているが。


 マスターは茶こしを取り出し、縦長のグラスの上に置いた。そこにパシラディヤの果肉を種ごとかきだす。濃黄色の果汁が、ぽたりぽたりとグラスに落ちた。さらに果肉をスプーンで擦るように押してやれば、瑞々しい果肉からどんどん汁が溢れて来る。


「マスター、できましたよ」

「よし、もらおう。こっちも終わった」


 アメリアのスクイーザーに溜まったオレンジの果汁を、濾し器の上から注ぎ込む。橙色の果汁が、パシラディヤの果汁と入り混じった。量はグラスの三分の一ほどになった。


 片づけといてくれ、と残りかすのたまった茶こしを手渡し、自分は最後の仕上げに取り掛かる。砂糖を煮詰めて作ったシロップを溶かし、冷蔵庫で冷やしてあった鉱泉水を注ぐ。水源で採取され綺麗なだけでなく、飲み口が軽いと感じられる水だ。


「――はい、おまたせ」

「ありがとう、なの!」


 クシネは両手を伸ばしてグラスを受け取った。そしてそのまま大事そうに持ちながら、ごくごくと喉を鳴らす。


「おいしいの! でも、グラスはもっと背が低い方が飲みやすいの」

「はは……善処するよ」


 思わぬ指摘にマスターは肩をすくめた。



 それからそれから、クシネは実によく喋る。なおかつ彼女の話は面白いときたから、アメリアは夢中になって聞いていた。魔法の町のこと、旅の途中で出会った芸人一座のこと、夜にならない湖や、砂糖が湧き出す地底湖の話。どれもこれも、ノスカリアの外に出たことが無いアメリアには魅力的な物語だった。


 また、彼女自身のこともためらいなく話してくれた。幼い風貌でありながら、あらゆる魔術を極めた凄腕らしい。魔法都市が産んだ天才少女とでもいうのだろう。あの売り物である魔法の道具も、ほとんどが自分で設計して作ったものだという。


 話し込んでいる内に、外の景色が橙色に染まり始める。窓辺のハープが奏でる音楽は、いつの間にか寂しげな音を交えた調子になっていた。はふ、とクシネが一つ欠伸をする。


「クシネ、そろそろお宿に帰るの!」

「そうなの。残念」

「アメリアのお姉ちゃん、そんな顔しないでほしいの。クシネ、また来るの!」


 にこにこと笑いながら、クシネはアメリアの手を取って、両手で強く握りしめた。それから、カウンターの中で静かにカップを磨いていたマスターにも振り向く。


「今度は、店長さんとも、もーっとお話しがしたいの」


 えへっ、と首を傾げてみせる。彼女の髪がふわりとゆれた。


 マスターは一度顔を見ると、ふと微笑んで、すぐに手元に目線を戻した。今度は帳簿をつけているところだった。


「……じゃあ、お邪魔したの!」


 クシネは一息に椅子を飛び降りると、隣にあった大荷物を背負って、楽しそうな足取りで夕焼けに染まりつつある町へと消えていった。



 空になったグラスの中は、すでに乾きつつある。寂寥感を感じながら、アメリアはそれを片づけた。でも、また来ると言っていた。新しく友だちが出来たような晴れやかさも共にある。


「……アメリア」

「はい? そういや、今日はマスター静かでしたね」

「君たちがあんまり楽しそうだから、かやの外さ。それより、これ食べるかい?」


 答えも聞かない内に、マスターは既にナイフを入れていた。先の残りのパシラディヤだ。


 いただきますと言うか言わんかのうちに、アメリアの手元に銀のスプーンと一緒に渡された。いわく、黄色い果肉の部分を種ごと食べればいいらしい。


 味は、少し酸味があるが甘く、柑橘類ともまた違う味わいだった。それに、種のさくさくとした食感が意外と癖になるおいしさだ。


「……というか、マスター部屋で何やってるんですか。こっそりこんなもの育ててるし」

「おや、僕が鉢植えをいじってちゃおかしいかい?」

「いえ全然。でも、もっと堂々とやればいいのに。私もお水くらいあげますよ?」


 アメリアはスプーンをくわえながら笑った。店主は返事もせず、黙々と果物を食べているのみだった。


 美味しかったけど、見た目より食べるところが少なくて物足りない。そんな思いを抱きながら、アメリアは残った皮をくず入れに捨てた。その時不意に、マスターが小さく呟く。


「嘘だな」

「ええ!? ちゃんとやりますよ! ひどいです、マスター」


 アメリアは腰に手を当てて怒ってみせる。が、マスターはと言うと眉をひそめて怪訝な顔をしていた。何の話だ、と言わんばかりに。


「あれ? 水やりの事じゃないんですか。鉢植えの」

「あっ、ああ……うん、違う。それはやってもらえばいいさ。えっと、そうじゃなくて……さっきの子だ」


 マスターはアメリアから目を背け、窓の向こうを見やる。しかし焦点はもっとずっと遠くにあるようだ。


「コルカ・ミラの民にとってパシラディヤは禁断の果物。口にすることあたわず、掟に厳しい町で、背けば裁きは免れない」

「どうしてですか?」

「パシラディヤ、その中でもある系統は、時空に関わる力を含んでいるんだ。コルカ・ミラは時空に関する研究は固く禁じている。聖女コルコ――あの町の神様みたいな人だ。彼女は魔法により時空に干渉することを忌避し、世界のことわりに従った魔法研究に懸けた。その理念は、現代のあの町で魔術を修める民にも受け継がれている。……あと、純粋にコルコが嫌った食べ物でもあるな。ま、禁忌の正体なんて、そんなものか」

「は、はあ……」


 相変わらず勢いよく語るマスターだが、早い話魔法自治都市コルカ・ミラの住人ならパシラディヤは食べてはいけない、罪になる。そういうことだとアメリアは了解した。


 だったらクシネは。平気でエードを飲んでいたし、そもそもマスターが確認した時にも何も言わなかった。むしろ「ぜひ」と。


「あの子は……嘘をついている」


 険しい顔をして、まるでクシネのことを危険人物だと言わんばかりの論調。アメリアは苛立ちを覚え反論した。


「でも、クシネちゃんは私たちのお客様じゃないですか! 誰だって受け入れる、ってマスターも言ってました。町の法が何ですか、彼女は街の外に居て、そんなこと関係ないですよ」

「……まあ、君の言う通りだ。彼女が自分の責任の下で禁忌を犯している分には、僕たちがどうこういうものでもないからね。ごめん、アメリア。少し気になっただけなんだ。うん、僕が気にしすぎなだけかもしれない」


 マスターは笑った。笑顔を作っていた。だが、黒い目は静かな闇を湛えていた。それと視線が出会った瞬間、どきりと心臓がなった。


 しかし一瞬で過ぎ去ったこと、マスターの瞳には活き活きとした光が戻り、何事も無かったかのように口を開く。いつもの優しく、穏やかな声だ。聞いていて安心する。


「じゃあ、アメリア。本当に鉢植えの世話をしてくれるんだね?」

「やりますよ。お店に植物があるのも素敵じゃないですか」

「そんなに言うなら任せてみようかな。さっそく持ってくるよ」


 そう言って、店主は果物の皮をくず入れに投げ捨て、ドアの向こうに消えていった。

 

「やっぱり窓辺に置くべきかしら。植物だもの」


 アメリアが何気なくやった視線の先には、夕日を浴びてオレンジ色に光るハープが寂しく演奏を続けていた。静かでゆったりとして、繊細な音曲の向こうには、もうすぐ訪れる夜の足音が感じられた。


葉揺亭メニュー

「フルーツ・エード」

絞った果物の果汁に砂糖を煮詰めたシロップをくわえ甘味を足し、鉱水で割った冷たい飲み物。乾いた喉を潤おすにちょうどいい。

好みや季節によって果物のバリエーションは色々。砂糖のシロップの代わりに糖蜜類をくわえても、風味が出て乙なもの。

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※本作品を再構成・加筆修正を行った新版を2023年に公開はじめました。順次掲載していきます。  ストーリーは大きくは変わっておりませんが、現在本作品をお読みの方はぜひ新版をご覧ください  https://ncode.syosetu.com/n9553hz/ またはマイページから
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