葉揺亭の休日 ―マスターの場合―
青く塗られた天のキャンバス上に、綿を引き伸ばしたような雲がゆったりと流されていく。そんな大きな塊はいくつもあるが、いずれも薄く、太陽のぎらつく光を遮るには少々頼りない。
その代わり、地面を覆うように築かれた藁編みの天幕が、大地に届く日光を遮っていた。
人工的な影のもとに並んでいるのは、丁寧に手入れされた立派な茶の樹たち。濃い緑色の葉を茂らせた低木は、みな一斉に新芽を伸ばしている。ちょうど盛りの時季なのだ。
かような風景が広がるここは、東方大陸の南西部にある小さな茶農園、シニオ。他に類のない製法で、一般に「グリナス」と呼ばれる緑茶を生産している。
労働者たちのために設けられた、屋根と長椅子があるだけの簡易な休憩所に、彼は場を借りていた。深くかぶった白いフードの端から黒い目をのぞかせて、茶摘みの光景を遠くより見守っている。
天幕の下で幾人もが行きかう。左手に籠を持ち、右手で茶の木の先端を摘んで行く。熟練度を感じられる早業で、めぐるましく。
もちろん収穫の適期を迎えた若芽を見極めなければいけないし、なおかつ木を傷めない手の動きも要求される。単純そうに見えて、そうでもないのだ。足先まで覆う白いローブを着た男は、屋根の下で一人感慨深げにうなずいていた。
彼は片手に持ち手のないカップをつかんでいた。それを口につけ、傾ける。
普段飲んでいる紅茶とはまったく違う、青臭い香りが嗅覚をくすぐる。またそれは、彼の店に所有しているグリナスとも一線を画す味わいだ。
――ああ、これだこれ。
男は一人で笑みをこぼした。
これは今年の新茶だ。グリナスの新茶は、新緑の躍動を封じ込めたかのように、爽やかで若々しい味と香りを持っている。一年でこの時季にしか味わえない代物だ。
それに加えて、ここシニオ農園で産する茶葉には、渋みが少なく多大な旨みとほのかな甘味を含んでいるという大きな特徴があった。栽培法と直結した、他に類を見ない貴重で秀逸な茶なのだ。
季節の色濃い風景を眺めながら、季節の茶を賞味する。これほど贅沢なこともない。フードを被った男は日陰で一人にやにやと笑いながら、じっくりと茶を楽しんでいた。
そこへ農園の看板娘、マチが走って来る。
「サベオルさん、サベオルさん。お待たせしました!」
彼女の手には小さな茶壺があった。これは、かの怪しげな男が注文した茶葉である。販売所が新茶を求める商人でごった返していたため、購入の意だけ伝えた後、「あとで良いから」と離れたところで待っていた次第だ。
しかし、男はそんな事情を忘れてしまったのか、はたまた茶に浸りすぎてマチの明るい声すら聞こえていないのか、反応を見せない。顔を圃場へ向けたまま、湯のみを傾けている。
マチが歩み寄りながら小首を傾げた。近くにいったところで、もう一度名前を呼ぶ。
「サベオルさん? どうしました?」
「……ああ! すまない、僕のことだね」
「あはは。自分の名前くらい、ちゃんと聞いていてくださいね」
「普段呼ばれないから、つい、ね」
男、サベオル=アルクスローザはフードの奥で柔らかい笑顔を見せた。
彼にとって、その名は「一応ついている」という程度のものだった。たとえば先ほど書いた注文書のように指定されて記入するとき、たとえば知らぬ者との交流で、そんな時ぐらいにしか名前は必要でない。というのも、普段は自分の店にこもっているため、店主を意味するマスターとの呼びかけが、個人を差す言葉と同義になっているから。
そんな事情、異郷の娘が知るわけがない。だから、ひどくおかしそうに肩を揺らしている。
「やだあ、サベオルさん、変なの。普段はあだ名で呼ばれてるんですか?」
「うん。『店主』って」
「あら。じゃあ、なにかお店をやってるんですね」
「そうだよ。喫茶店だ」
「へぇ、素敵。サベオルさんみたいなかっこいい人が店主なら、女性のお客様がたくさん来るんでしょう?」
「そんなことないさ。僕なんかより、かわいい店員が目当ての男たちが多いぐらいだ。……それより、それ。わざわざもってきてくれたのかい? 呼んでくれれば取りに行ったのに」
「だってサベオルさん、人が多いの苦手そうでしたから。はい、グリナスの新茶、ご注文の通り計って来ました。ご確認ください」
そう言って、マチは持っていた茶壺を手渡した。
蓋を開けて嗅げば、緑の活き活きとした香気が感じられた。指で掬えば、揉まれてから乾燥した若葉がさらさらとこぼれ落ちる。
大地の恵みだ、見ているだけでも笑みがこぼれる。
「素晴らしい」
「今年のお茶は特にいいできですよ。薄雲の日が続いて、天気に恵まれました。うちの自慢の味がぎゅっと詰まってます」
「ああ、わかるよ。おいしかった」
そう言いながら湯呑を持ち上げて強調すると、マチが嬉しそうな顔を見せた。
「うちのお茶、お店で出してくれるんですか? ええと、マスター」
「いいや、僕が一人で飲むものだ。もちろん、お客さんに飲んでみたいって言う人が居たら出すけど。皆が価値をわかってくれるわけじゃないから、ただ置いておくだけになるともったいないし」
「そうですか。うーん、うちとしてはお店に置いて、色んな人に広めてもらいたいなあ。そうすれば、もっともっと農園大きくなりますから」
マチは茶畑を見やった。
彼女の気持ちもわかる。自分たちの汗と力の結晶を、もっと多くの人に知ってもらいたいという願望。誇りをもって高みへと進むを望むのは、生まれ持っての人間の性でもある。
だが、有名になることが最高とイコールでよいものだろうか。知る人ぞ知る稀品であることにも、あるいはそうだからこそ、生まれてくる価値があるのではないか。
マチの横顔を見ながらそんなことを考えていた。が、口には出さなかった。
代わりというわけではないが、フードの奥から子どものように無邪気な顔をのぞかせる。
「ねえ、もう少し近くへ行って見てきてもいいかな?」
「はい、どうぞ。邪魔はしないであげて下さいね」
もちろんだ、とサベオルは頷いた。
天幕かぶさる圃場へ進む足取りと共に、彼の身体を覆う暗幕のごとき衣装が揺れた。見た目は暑苦しいが、直射日光が差さないため、着ている本人は涼しさを感じていた。
黒革の靴で大地を踏みしめ、木と木の間に設けられた通路へ進む。土は程よく湿っており、地上に息づく木々をよく育む状態だ。
実際に旺盛な成長をしていることは、茶樹を見れば一目でわかる。
そして緑色が特別に濃い。シニオ製の茶で特筆すべき点だ。
天幕で光を遮ることで、茶の葉の緑色は濃くなる。なぜそうなるのかは、この栽培法を始めた農園の者たちでも、憶測しかできていない。
ただ、緑が濃い葉は茶にしたときに、渋が少なくうまみが増す。その点が経験の中で裏付けられていたため、良き茶の製造方法として採用されたのだ。
サベオルは手近にあった一枝を掴み、表、裏と眺めて笑みをこぼす。艶やかな葉の光沢は、刹那の命の輝きとも言えよう。
なぜ光を遮ると緑が濃くなるのか。彼は答えを知っていた。
それは、糧となるわずかな光を、必死で受け止めようとするため。劣悪な環境で強く生きようとする茶の木自身が編み出した、生存戦略なのである。
しかし、それがまさか人間に利用される結末になるとは、木々も思わなかっただろう。成長のために工夫したことで、逆にその芽を摘まれてしまう、なんと皮肉なことか。
もっとも、茶の木だけに始まったことではないが。人間の営みも含めた自然環境は、そんなせめぎ合い調和をなしている節がある。
そんな風にして、葉一枚から小難しい物思いにふけっていた。すると、不意に背中を誰かの肘で打たれたのである。
「ほらほら、邪魔だよ!」
続けざまに聞こえた女の声。
振り返れば、恰幅のいい中年の女が、サベオルと背中合わせになる位置で茶摘みをしていた。忙しい時になにをつっ立っている、などとぶつくさ言いながら、女自身は作業を止めない。
なるほど、向こうは向こうで集中していたため、小突くまでこちらの存在に気づかなかったに違いない。そして今も、同僚の腹をつついたと思っているらしい。
すいません、とサベオルが声を出すと、ようやく女の手が止まった。聞き慣れない声だ、不審に思ってしかるべし。
そして、茶摘みの女が振り返った。まずは怪訝な顔を見せ、それから感心めいた色を示す。
「おやおや。あんた、去年もこの時期に来てたよね。畑の端っこに立っててさ、見学していたでしょ」
「わかるんですか」
「そりゃそうさね。あんまり変ちくりんな格好してるから、嫌でも記憶に残るよ」
そう言って、怪しい白服を、頭の先からつま先までじろじろと見渡した。
「せめて頭巾を脱いだらどうだい? 顔が見えた方がちょっとはましだよ。それに暑苦しくって仕方ないからね。その手袋もだよ」
「こうしなきゃならない事情があるんです。えーっと、ここのお茶と似た理由ですよ。陽の目にあたると、僕は駄目になってしまうんです」
「あっはっは。そりゃおもしろい言い訳だねぇ」
女性は笑いながら、忙しそうに自分の仕事へ戻っていった。
サベオルはその後ろへ付いていった。今度は邪魔をしないように、少しだけ間をあけて。
彼女の手仕事は実に早かった。長く伸びた新芽を目で捉えるやいなや、三枚目の葉が出ている根元を正確に指で折り、籠にひょいひょいと入れていく。その間、樹が大きく揺れることすらない。まるで意思疎通をして大人しくさせているようだ。
そんな一挙一動を背後から黙って眺められている。その状態に間が持たなくなったのだろう。にわかに女が声を張り上げた。もちろん手は動かしつつであるが。
「色は濃いけどね、新芽は柔らかいんだよ! ほれ、その辺にも若いのが残してあるから、触ってみてごらん。優しくだよ!」
「ああ、見せてもらいました。瑞々しいし、なにより勢いがある」
「若いからね、何でもそうさ! まあ、あたしも若いころは、もっと細くて綺麗で、活き活きしてたもんだよ」
「今でも十分活き活きしていらっしゃるではないですか。まだまだ、お若いですよ」
「アッハハハッ! やだねぇ、こんな四十過ぎのくたびれたおばさん捕まえてさぁ! まぁ、そういうなら、お世辞でも喜んで受け取っちゃうけどねっ!」
雲を吹き飛ばすような快い笑い声が響いた。
「あんた、ここの旦那様には会ったかい? 今とおんなじこと言ってごらん。若者がそんなこと言うのは嫌味だって、怒られるよ」
「確か、結構なご老人でしたよね」
「もう八十近いんだよ。でもまあ、足腰はしっかりしているし、お茶を『たてる』腕も落ちてないし」
「……茶をたてる?」
「おや、知らんのかね。シニオの茶を飲むやり方の一つさ。気になるならマチちゃんに聞いてみな。あの子に間に入ってもらったほうが、旦那様もきっと機嫌よくやってくれるよ」
「それはおもしろい話だ。ありがとう、さっそく行ってみます」
どうやら知識の書に新たな一頁を刻むことになりそうだ。その予感に胸を躍らせながらサベオルは圃場を離れた。人が見ている手前、努めて冷静を装っている。しかし足取りからは、どうやってもうきうきとしたものがにじみ出てしまっていた。
看板娘のマチは茶の販売所や農園の倉庫やらを忙しなく飛び回っている。あちこち探してどうにか捕まえた。そしてサベオルは「たてる」お茶について質問した。
するとマチはぽんと手を叩きながら破顔した。
「ああ、はいはい! 飲んでみたいですか?」
「もちろん」
「じゃあ、旦那様にやってもらえるか聞いてみますので、ちょっと待っててください。えっと、とりあえず休憩所にいらっしゃってもらえれば迎えに行きます」
にこりとマチはほほえむと、次の瞬間にはぱっと駆けだしていた。
皆の言う旦那様というのは農園の主のことだ。前に一度ちらと見かけたことがある。その記憶では、なかなか気難しそうな老人だった。それに茶をたてるというのも想像がつかない。まさか器に足を生やして起立! なんてことはあるまいし。
一体どんなものが飛び出るやら。白装束をはためかせ、サベオルは指定された場所へと足を進めた。穏やかにのんびりと、草をなでるそよ風のように。
はじめと同じく休憩所の長椅子でぼんやりとしていた。もう結構な時間が経っている。だが、こういうぼーっとしているだけの時間が、サベオルは嫌いでなかった。
やがてそこへ、
「サベオルさーん! お待たせしました!」
と屈託のない声がかかる。
既視感に苦笑しつつ、今度は一回目で顔を向けた。するとマチがにこやかに手を振っているのが見えた。
そんなマチの後ろに、高齢の男性がしゃきしゃきとした足取りで伴ってくるではないか。その手には、大きな荷物を載せた台車が引かれている。
てっきり場所を移すのだと思っていたが、そうではないらしい。サベオルはおもむろに立ち上がり、マチを迎えた。
「お待たせしました。これから旦那様に一服たててもらいますので、ちょっと待ってください」
「よく知らないからなんだけど、ここでやるのかい?」
「はい。本当は茶室でやるといいんですけど、今日はお客様を入れる準備がしてなくって……ごめんなさいね」
苦笑するマチの背後で、老翁は既に台車の荷を開き、黙々と支度を始めていた。まずは小さな炉に火を入れて、水が入った小ぶりの鉄瓶を上に設置する。湯を使うのは普通の茶と同じらしい。
それから休憩所のテーブルにあれこれ小道具を並べ始めた。
まずは黒塗りの木箱。蓋を開けて中身を取りだす。それは深い陶器の椀と小さな茶筒だった。
次は小さな泡だて器のような見慣れぬ道具だ。材質も少し変わっている。一見してただの木のようだが、線維が長くよくしなる雰囲気だ。確かティキという植物ではなかったか、とサベオルは知識を掘り起こした。
それと同じ材質でできた、先の細いスプーンのような用具も現れる。何に使う物だろうか、これで普通の茶葉を計り取るのは難しそうだが。
サベオルは興味津々に農園の旦那の背後を覗き見ていた。
翁が茶筒を開ける。その中には、濃い緑色の粉末が入っていた。
「あっ、それが茶葉の代わりですか? なるほど、粉か。それならあれで掬える」
「乾燥させた茶葉を石臼で挽いたものだ。……若人よ、静かにしておれ」
「すいませんサベオルさん。旦那様、ちょっと難しくて」
「いいや、気持ちはわかる。邪魔してすまなかった」
とは言いつつも、好奇心には抗えない。気に障らないだろう距離を置きつつも、主人の手元が見える位置に場所変えし、口は閉ざして観察を続けた。
老獪した男は厳とした空気を纏い、先細の匙で茶の粉を一掬いした。それをすぐさま灰褐色の茶碗に入れる。
ややしてお湯が沸いた。
翁は口から湯気を吹いている鉄瓶を取り、わずかに茶碗へ注いだ。入れ物の大きさ、深さに比べると、かなり少ない量である。ほんの底を浸す程度なのだから。
そして次は泡だて器様の道具を持った。それで、素早く椀の中身を混ぜている。
しばらくの間、軽い材がこすれる微かな音のみが響いていた。
「……できたぞ」
すっと手を引き揚げながら、老翁はマチに目線をやった。
看板娘は一礼しながら茶碗を両手で取ると、引いたところで待っているサベオルの元へと運んできた。
「お待たせしました。どうぞ召し上がってください」
軽いお辞儀と共に重量感ある器が差し出される。受け取る方も二つの手で包み込むようにして、丁重にあつかった。
まずは中を覗きこむ。濃くて渋い緑色をしたきめ細かい泡が、器の一面に広がっていた。グリナス独特の青い香りも濃厚に漂う。
目を伏せ味覚を研ぎ澄ませた状態で、未知の茶を一口すすった。
濃い。それが、第一の感想であった。
茶の旨みや香り、その他あらゆる成分を凝集させたような口当たり。考えようによっては茶葉をそのまま食べているようなものか。もっとも、製茶の際に出る香りも乗っているため、葉っぱを噛むよりは断然おいしい。
すすった分だけ泡がはけ、隠れていた水面が現れた。濃さのせいか濁っている、が、色自体は翡翠のように美しい。
――素晴らしいぞ、これは。
サベオルはそう思いながら、濃茶を一気に飲み干した。普通、粉を溶かしたものは特有の飲みづらさを覚えるが、これはまったく感じさせない。さらさらと喉の奥へと流れていく。
最後の泡まできれいに頂いた。口元をほころばせながら、ほっと一息つく。
「おいしかったよ。ありがとうございます、満足しました」
賛辞にも老翁は難しい顔をしたままだ。しかし、隣に立つマチはいい笑顔で「旦那様も喜んでますよ」と言った。
一息ついたところで、サベオルは尋ねた。
「その道具とか、粉のお茶って買えないかな。僕も帰ってやってみたいんだけど」
「お茶はお売りできますけど、道具は……残念ながら手作り品なんです」
「そうか。じゃあ、材料のこの植物は?」
「それならお譲りできます。というか、特別なものでもなんでもなくて、その辺にたくさん生えてるティキですよ?」
マチは不思議そうに首を傾げている。ティキは長い筒状の硬質な植物であり、シニオ農園のある地域では大きな林があちこちにあるぐらい普遍的なものだ。茶の道具のみならず、食器や楽器、建築材などにも活用され、暮らしにも根付いている。
マチの疑問に対して、サベオルは肩をすくめてみせた。
「こっちじゃ普通かもしれないけど、南の大陸にはティキが無いんだ」
それを聞くなり農園の二人は顔を見合わせた。
「サベオルさん、南方大陸の人だったんですか。言葉も全然変じゃないから、このあたりの方だとばっかり」
「昔はこの辺も旅してまわったんだけどね。今は、向こうで喫茶店をやっているんだよ」
「はぁぁ、わざわざ海を越えて……ありがとうございます! 三十日くらいかかるでしょう? 大変でしたよね」
「そうでもないさ。移動手段は船以外にもあるからね」
「あら。もしかして空を飛んできたんですか? 有翼人の方みたいに」
「残念ながら僕自身は翼を持ってないけど。……ああ、それより、その道具をよく見せて頂けないでしょうか。見よう見まねで作らなくてはいけないので」
「それならわしが教えてやろう。遠方から来ていただいた礼だ」
「ああ、最高だ! ありがとうございます!」
「マチ」
「はい、材料取ってきますね!」
ぱたぱたと駆けて行く娘を見送ってから、サベオルは茶の道具に目線を移した。一番関心を引くのは、あの泡立て器に似た道具。
「茶筅とわしらは呼んでおる」
「へえ。……器用な細工だ」
翁から手渡された茶筅をまじまじと眺める。その程に、単なる道具と言うには惜しい気がしてくる。細く一律の太さで裂かれたティキを束ねた姿は、もはや芸術品の域に踏み込むほどだ。
サベオルは心から感嘆の息を漏らした。
知識だけなら誰にも負けない。そう思っていたのに、未だ知らぬ新たなる茶の道が目の前にあるのだ。
このたった一日の休日は新茶を買いに来るためだけに設けたものだった。それなのに、思わぬ収穫があったものだ。
それにまだまだ日は暮れそうにない、店主の肩書を降ろして学べる時間はたくさんありそうだ。
なんと充実した休日だろうか。葉揺亭のマスター、サベオルは、穏やかな幸福をのびやかに味わっていた。
「グリナス」
茶葉を発酵・熟成させる紅茶と異なり、収穫してすぐに乾燥させた緑色の茶。
淡緑色の水色で、青臭いが芳しい独自の香りが特徴。
スペシャルメニュー
「グリナス・シニオ農園産新茶」
新芽に当たる日光を遮って栽培された茶。葉の緑色が濃く、それに伴い深緑のような風味が増している。
また、渋みが少なく旨みが強い。かなりぬるめの湯で抽出するのも特徴。
「グリナスの粉茶」
乾燥させた茶葉を臼などで粉末状にして、湯で溶いて飲む。
濃厚な茶の味わいが楽しめるが、やや通好みか。茶葉そのものを摂取できるのも特徴としてあげられる。
専用の道具や、作法などが色々あるらしい。




