結女
CeuiのCD【パンドラ・コード】と【Pandora】、特に『朱きロザリオ』を聴いて書こうと思い立ったライトノベルです。
富士見ファンタジア文庫、瀧川武司の【EME】という作品の影響をかなり受けています。
いつもは書き終えてから纏めて投稿するのですが、今回初めて連載に挑戦しました。と言っても3話(1万文字)くらいで終わる予定ですが。
「サッカバス☆プリンセス! 夜の支配者エフィアルティス、参・上ッ!」
耳をくすぐる妖艶な声に目を覚ますと、そこに小悪魔がいた。
背中には玩具のような黒い翼、腰まで届く深い色の黒髪に、露出度高めのこれまた黒のショートドレス。頭には二つの角が生え、矢印みたいな尻尾が機嫌よく揺れている。
「サッカバス☆プリンセス! 夜の女王エフィアルティス、参ッ」
「聞こえてますって……。急になんですか、結女さん」
昨夜はいつも通り自宅で就寝したはずなのに、なぜか大きな天蓋ベッドで横になっていた私は、体を起こし小悪魔にそう言った。自室とは似ても似つかぬ、ムードのある部屋。純白の敷布に、薄暗い照明が妖しい影を落としている。
「うむ。久しぶりだな、砂原」
「お久しぶりです、結女さん……。できれば、ここじゃなくて現実のほうで会いたかったんですが」
「何? お前、私のこの姿が見たくないのか。こんなにまじまじと私の美貌を拝める機会なんて、なかなかないぞ。普通の娘なら私の魅力に正気を保てないが、お前は違うしな。なんなら好きなところを触ってもいいぞ。大サービスだ」
「結構です」
子供向けアニメに登場する魔女っ娘のようなポーズを決める、この世のものとは思えない美貌を持つ悪魔の女、結女さん。
話すと長くなるので割愛するが、彼女と知り合ったのは半年ほど前のことだ。結女さんは私と同じ天神機関に所属している超能力者――異能力者で、他人の夢に這入り込み、意識に干渉できるという能力を保有している。『夢』という、無防備で本能が剥き出しになる世界でハニートラップを仕掛けられるため、本来なら諜報活動向きの優れた能力なのだが――対象が女性限定であることと、彼女自身の性的嗜好や性格のせいで、効果的な使われ方がされていないように思える。
私はESP等の錬成訓練を受けているため、自己認識によって防衛意識が働き、他者からの超感覚的知覚による干渉や操作を受けにくい。夢の世界で結女さんに魅了されないで済むのも、要は『意識』の扱い方に慣れているからだ。
とにかく、ここは夢の中である。
目が覚めたわけではなく、彼女が創り出した夢の世界に引き摺り込まれたのだ。
「なんだ、つまらん。同士じゃないか私達は」
「……見境なく女の子に手を出したら、咲良さんが泣きますよ」
「手なんて出していないだろ。悪いが砂原、お前はタイプじゃない」
「…………」
「それに、私も変わったのさ。確かに以前は女遊びも嗜んだが――所詮、外見に囚われるような醜い愚か者ども相手に、私の魂は揺るがない」
長い脚を組んで大仰にソファーに腰かけている美しい悪魔は、当然ながら本当の結女さんの姿ではない。本当の、現実世界の結女さんはもっと大人しめの(地味な)大学生で、彼女を天神に推薦したらしい咲良さんと一緒にいるのを、庁舎で見たことがある。咲良さんはとても可愛いキラキラした女性だ。ブラックでダークな結女さんとどうして親しいのかは諸説あり、真相はわかっていない。
「――と、今夜はそんなことを話しにきたんじゃないんだ」
わずかに姿勢を正し、結女さんは本題を切り出した。
「実は昨日、咲良が気になる夢を見た。砂原、お前に関する夢だ」
「私の夢ですか?」
「あまりにもあやふやで曖昧らしくて、伝えるか悩んでいたみたいだが――一応、教えておく。直接会うよりこっちのほうが早いしな。あ、でも本管に情報は上げてないから秘密にしておけよ」
咲良さんも結女さん同様、『夢』に関する異能を保有している。
レヴェレイション。
端的に言えば――予知夢。
自分では巧くコントロールできない能力であり、それは神のお告げの如く彼女の夢に現れる――という。そしてその夢はほぼ間違いなく、何かしらの形となって現実となる。
私は一度、唾を飲み込んだ。
こうして結女さんと夢で会うのは初めてではないが、奇妙な現実感に居心地が悪い。夢の中ではあるが、夢であることを意識できる以上、明晰夢のようなものなのかもしれない。何も思い通りにいかない夢ではあるけれど。むしろ悪い予感しかしない夢ではあるけれど。
「――『箱』だ」
「はこ?」
「ああ、箱だ。箱の夢を見たそうだ」
「箱って……何の箱ですか?」
「わからん。だがとにかく箱に気をつけろ。咲良は善い夢と悪い夢をだいたい交互に見るが、一週間前に見たのは、私のサイトのアクセス数が跳ね上がるというものだった。事実、大手に紹介されたおかげでカウンターの数値が一桁増えた。今までコツコツと更新してきた甲斐があったな……。あ、そうだ。百合系のフェスが今度開催されるんだが、私と咲良も参加するんだ。砂原も是非来てくれ。私達が最近はまっている『ゆめこい』という、サキュバスたちが繰り広げるアニメが――」
「箱とは? 段ボール箱とか宝石箱とか、いろいろありますけど」
話を遮り、私は努めて平淡な口調でそう言った。
「む、そうだな。咲良が言うには、かなり大きな箱だったみたいだぞ。それと小鳥――雀か燕か、小さな鳥も見えたと言っていたな。あとは――白い服の女だ」
「箱と小鳥と、白い服の女……」
「ああ、悪い夢かもしれないから用心してくれ。大したことはないと思うけどな。――じゃ、私は帰る」
窓の外、夜の闇へと羽ばたいてゆく悪魔の背にお礼を言って、私は現実へと還るために瞳を閉じた。
ベッドの上、一抹の不安に抱かれながら――
年内には最後まで書きたいと思います。