第9話 Aー5
辺りは灼熱の炎に囲まれている。
燃えたぎる溶岩がドロドロの川のように流れていた。
僅かな足場を頼りに男が2人、奥に進んでいく。
「もう少しだぞ」
「はぁはぁ……」
「休憩するか?」
「いえ、大丈夫です」
筋肉隆々の男は巨大な両手斧を担ぎながらも、この険しい道を涼しい顔で進んでいる。
対して、ピエロの仮面を被った男は今にもその場にへたり込んでしまいそうなほど弱弱しく見えた。
「ほれ、これを登ればゴールだ」
「は、はい」
ヘトヘトになりながらなんとか頂上へとたどり着いたピエロは、ついにその場に倒れ込んでしまった。
はぁはぁと荒い息を吐くピエロを、団長は無表情で見つめている。
そしてその視線をピエロから前方に移せば、ゴールと言ったここが溶岩の上に浮かぶ島の入り口であることが分かる。
島には様々な色をしたゴーレム達が闊歩している。
ゴーレム島と呼ばれている場所で、レッドプレイヤーでないと辿り着く道筋が分からないため、一般プレイヤーはいない。
「少し休んだら狩りを始めよう」
「は、はい」
「お前は俺の後ろにいるだけでいいんだけどな。全部俺がやってやるよ」
「ありがとうございます」
「クイーンを助けてくれたお礼だ。別にいい」
先日の街襲撃の際に大打撃を受けてしまったサーカス。
先頭で指揮を取っていた団長は、クイーンと離れ離れになってしまった。
血眼になってクイーンを探す団長の姿が団員達に目撃されていた。
ピエロがクイーンを玄武から守り無事に隠れ家に連れ帰ったと聞いた団長は、お礼にピエロのレベル上げと、さらには玄武の馬を麻痺させるために失った短剣の補充を約束した。
このゴーレム達の群れを突破していけば、その奥にはゴーレム達のボス『タイタン』がいるのだが、タイタンは低確率ながらもレア上級の短剣を落とすモンスターである。
ピエロのレベル上げにもぴったりな場所で一石二鳥になると団長は考え、ピエロをここに連れてきたのだ。
ゲーム用語で『養殖』などと言われ、戦わずレベルだけが上がるこの手法は本人の戦闘技術が向上しないことから、この世界ではほとんど使われない。
本人のためにならないのだ。
だがピエロに関しては、しびれ薬で相手を麻痺させて殺すので戦闘技術はあまり関係ない。
そもそも面と向かって誰かと戦う気がピエロにはない。
「なぁ、ピエロは第1魔将軍との戦いの時にはどの組にいたんだ?」
「……僕は支援の採集組にいましたよ」
ピエロは団長が昔の話をするなんて珍しいと思い、心の中で警戒心を高める。
「そうか。懐かしいな、あの頃が。
あの頃はみんな魔王を倒す希望を持っていた。誰もが前線組……じゃなくて、当時は攻略組か。攻略組を見て誰もが魔王討伐を疑わなかったよな」
「ええ……僕も決闘大会を見た後は特にそう思っていましたよ」
「これまた懐かしい。決闘大会か。あったな~」
「……準決勝、惜しかったですね」
「あ~。あの頃の俺はまだまだ甘かったからな。ま~今でも甘々だ。
だからあんなことになる。
大切な仲間を18人も失っちまう。まったく俺はダメダメだ」
街襲撃を一般プレイヤーに予知されたサーカス。
前線組オールスターで迎え撃たれ18人の犠牲を出すも、NPC騎士がサーカス側に寝返っていたことが幸いして、なんとか残りは逃げられた。
もしNPC騎士が寝返った状態でなければ、全滅していたかもしれない。
「第1魔将軍との戦いで、攻略組36人のうち27人が死亡。
あの時の絶望感は凄かったな~。俺はよく生き残れたと思うわ」
「団長は運が強そうですからね」
「まあな。あんなに強かった剣王も、雷神も、隼もみんな死んじまった」
「リーダー役のルシラさんまで死んだのがまずかったですね。
せめてルシラさんが生き残っていれば……プレイヤー達の団結力があそこまで崩れることもなかったでしょうし」
「確かに。その後にいろんな奴らが権力の取り合いをして、勝ち残ったのが今の奴らだ。ああやって人間ってのは、愚かな行為を繰り返しながら巡っていくんだろうな」
「巡った先にあるのは何なんでしょうね」
「さてね……」
団長はピエロに話しかけながらも、次々とゴーレムを倒している。
巨大な斧を振るえば、防御力の高いゴーレムが一瞬で粉々に砕け散るのだ。
団長は今でこそ前線組のトッププレイヤーとはレベル差、装備差で敵わなくなったが、その戦闘技術はプレイヤーの中でも間違いなく上位に入るだろう。
「第2魔将軍の時、団長は前線組にいたんですよね?」
「ああ、まだいたな」
「今まで特に気にしたことなかったんですけど、団長はどうやってレッドプレイヤー側のシステムに気付いたんですか? 第3魔将軍の時には、もう既にサーカスは存在していたから、第2魔将軍の後ですよね」
「ああ……今は無くなったがクオンの村でちょっとしたことがあって、こっち側のことに気付いた」
「クオンの村ですか……」
「気付いたのは、第2魔将軍を倒す前だけどな」
「え?」
珍しくピエロが本当に驚いた声をあげる。
第2魔将軍との戦いの前に、団長はレッドプレイヤー側のシステムがあることを知っていた。
ピエロは何とも言えない感覚に襲われる。
それは男の勘。
あの第2魔将軍の悲劇に団長が関与していると感じたのだ。
第1魔将軍を倒すのに攻略組27人を失い、プレイヤー達は絶望に落された。
第1魔将軍の砦はダンジョン形式で、1ギルドでダンジョンの中に入っていくものであった。
1パーティ単位での攻略を期待していたプレイヤー達はギルド単位であることに不安を覚えた。
特に攻略組2軍の者達が。
なぜなら1人でも誰かが死ねば、補充で誰かが攻略組1軍に入らないといけない。
次に死のリスクを背負うのが自分になるかもしれない。
1パーティ単位での攻略なら、例え1人2人死亡者が出ても、攻略組1軍の中で補充すれば済むのだから。
第1魔将軍との戦いの後、プレイヤー達の団結力は崩れた。
新たな指導者として名乗り出る者、攻略組に入ると名乗り出る者もいれば、攻略組に入ることを拒む者、魔王を倒すなんて無理だと諦め勝手に行動する者も現れた。
特に新たな指導者として複数の人物が名乗り出たことで、いろんな派閥が生まれてしまった。
それらの派閥の中で魔王と戦うことを選んだ者達は『前線組』と呼ばれるようになっていった。
一致団結出来ず時間だけが過ぎていくと、第2魔将軍の砦が現れた。
現れたというより、その砦に行く道が通行可能となった。
だが、誰も討伐に向かわなかった。
第1魔将軍の強さを見てどの派閥もよりレベルを上げて、より良い装備を整えてから第2魔将軍と戦うべきだと考えていた。
その考えが相手の『侵攻』を許してしまった。
魔将軍の砦攻略が解放されてから一定時間誰も砦に入らなかった場合、魔将軍の配下モンスター達が各地の街や村を襲うのだ。
王都テラの陥落は全員ゲームオーバーと一番最初に王様から聞いていたはずなのに、プレイヤー達は魔将軍が攻めてくることを想定していなかったのか?
想定していた。
しかも、とあるクエストによってモンスター達の侵攻がいつ始まるのか分かっていたのだ。
なのに、被害は甚大なものとなった。
少なくとも3つの派閥が全滅になっている。
モンスター達の侵攻は予定よりずっと早く起きた。
なぜなのか未だに分かっていない。
クエストによるモンスター達の侵攻の確認が絶対でないと最初思われていたのだが、これ以降、侵攻の時期がクエストにより示された時期と相違したことは一度もない。
皮肉なことにこの初めての侵攻の被害によって、残った派閥はお互い手を取り合うことになる。
しかし悲劇はまだ終わらなかった。
どうにか立て直していったプレイヤー達であったが、第2魔将軍討伐の際には再び大きな被害を出すことになる。
第2魔将軍討伐メンバー36人が全員死亡。敗北したのだ。
後に第2魔将軍を倒したメンバー達からの証言により、第2魔将軍の弱点とされていた情報が誤りであったことが判明している。
最初の敗北はこれが原因だとされた。
ピエロの変化に気付いたのか分からないが、団長は静かに語り始めた。
「こっち側になるためには『誓約』のクエストを達成しないといけない。
誓約のクエストを達成するためには、俺に誓約を立てる必要がある。
なんで俺なのか。
団員達は、俺が一番最初に誓約のクエストを達成したから、俺にそんな特権が与えられていると思っているかもしれない。
もしくは、サーカスというレッドプレイヤーのギルドのギルマスだからと思っているかもしれない。
ピエロは考えたことあったか?」
「……僕は後者ですね。サーカスのギルマスだからと思っていました。
ギルドに所属できる最大人数は36人。
僕もそうですが、ギルドに所属出来ていないメンバーがいます。
それなのに2つ目のギルドを作らないのは、サーカスというギルドが特別だからと思っていました」
「なるほど。残念ながら、どちらでもない。
まあでも、サーカスのギルマスだからというのは、ある意味正しいんだけどな……。
答えは言えないが1つ言えることは、俺は誓約クエストを受けていないってことだ」
誰もが囚われた世界からの解放を望むのに、なぜプレイヤーの邪魔をするレッドプレイヤーとなるのか。
誓約のクエストを完了した者だけが知り得ることがある。
この世界に落とされたその日、王様から『魔王の侵攻により王都テラが陥落した場合には、全ての勇者が元の世界に死と共に戻ることになるので、全力で魔王討伐に励んで欲しい』と言われた。
レッドプレイヤー側の誓約クエストを完了した者は、この『勇者』から除外される。
つまり、王都テラが陥落してもサーカスのメンバーは死と共に元の世界に戻ることはない。
それは、一般プレイヤー達は知らない情報である。
「王都テラが陥落してもルーン王国がすぐに滅びることはないだろう。
それにルーン王国以外の国への道が開くかもしれない。
俺達はその国に行ったら、また勇者になれるかもしれないし、お尋ね者のままかもしれない。
ま~勝手な予想はいくらでも考えられる」
いま現在、ルーン王国以外の国に行くための道は閉ざされている。
得られる情報から判明しているのは、『エティル王国』『バル王国』という2つの国だ。
ルーン王国が滅びれば、この2つの国が魔王と戦うことになるのかもしれない。
さて、なぜ団長が自分にこんな話をするのか。
ピエロの警戒心はさらに高まっていた。
誓約クエストを受けていない。
そんな情報をなぜ自分に与えるのか。
誓約クエストを受けていないのに、団長はレッドプレイヤー側の恩恵を受けている。
つまり誓約クエスト以外でもこっち側になれる。
それが今も可能なことなのか分からないが。
「クイーンも誓約クエストを受けていない」
「……」
「なあ、ピエロ」
団長の声の色が変わる。
それは溶岩の熱さを忘れてしまうほど、冷たく切り裂くような声だった。
「俺のこと……殺せるか?」
禍々しい両手斧がピエロに向けられる。
それだけでピエロは自分のHPが半分ぐらい減ったんじゃないかと思えた。
武器は重量ある両手斧だが、団長の防具はピエロと同じ革防具。
レベル差、装備差を考えれば、団長の方がピエロより俊敏性が高い。
ピエロが逃げ切ることは難しい。
「団長には逆立ちしたって勝てません」
「だろうな。勝負ならな」
「……」
「例えばの話なんだが、俺が防具を全部外して、しびれ薬を丸々1本飲んで麻痺状態となるなら、俺を殺せるか?」
「……」
ピエロは答えない。
団長の質問は普通の人が聞けば、いったい何を言っているんだと思うような質問だ。
わざわざ殺されるような状況を自分で作るのもおかしいが、その状況で殺せるか? と聞かれたら「殺せる」以外の答えなんてない。
ピエロでなくとも、いまだに王都テラの中に閉じこもって前線に出ることを拒んでいる何も生産しない生産組の連中であっても、そんな状況なら団長のことを殺せるだろう。
しかし団長の質問の意図はそうではない。
ピエロにはそのことが分かる。
分かるからこそ、なぜこのタイミングでこの話をするのか。
ピエロは団長が、自分のことをどう見ているのか常に考えていた。
そして自分はプレイヤーキル、それも弱い者をいたぶり殺すのが好きで好きでたまらない人間だと思われるようにしてきた。
ピエロは身体から溢れ出す警戒心を何とか隠しながら答える。
「その状況なら殺せるでしょう。でもサーカスは団長がいなければすぐに壊滅ですよ。僕にはサーカスが必要ですから壊滅して欲しくありません」
ピエロの答えを団長はゴーレムを砕き倒しながら聞いた。
「サーカスが必要か……クイーンが必要の間違いじゃないのか?
もっと正確に言えば、クイーンが作るしびれ薬だろ」
「……」
「あれは本当にユニークスキルだな。
しびれ薬の調合レシピをドロップしたボスがもう1度出現しないか定期的に見に行っているんだが……あれからもう4年以上経つ。2度と現れないだろう」
「……」
「なあ、あと何個しびれ薬が手に入れば気が済むんだ?
ストックは10や20じゃあるまい。
100以上持っているはずだ。まだまだ足りないのか?」
「いくつあっても足りませんね。それに僕がどんなにたくさんしびれ薬を持っていても、それを効果的に使える状況はサーカスが存在しないといけませんし」
「あ~なるほどな……確かにそうだな」
団長は寂しげな声で呟いた。
それっきり、団長はピエロに話しかけることなく黙々とゴーレムを倒した。
そして島の最奥にいたゴーレム達のボス『タイタン』を見つけると、10分とかからず一人で倒してしまった。
タイタンが落とすレア上級の短剣は、早々簡単にドロップする物ではない。
しかしそれは問題ない。
なぜなら、ピエロがレア上級の短剣を装備できるレベルになるまで、この灼熱の溶岩の上に浮かぶ島で団長とレベル上げの日々を過ごすからだ。
サーカスのメンバー達は大打撃の傷を癒すべく、しばらく休むようにと伝えてある。
活動も控えて、隠れ家でのんびり過ごす日々を送っている。
ピエロはこの微妙な雰囲気の中、タイタンがレア上級の短剣を落とすまで団長と2人きりで過ごすことを考えると、1日でも早くタイタンが短剣を落としてくれることを祈った。
レベル上げは戦闘技術向上のため自分でするといえば、打ち切れるからだ。
そしてレア運が高かったいつかの復讐者のことを思い出しながら、彼の加護が今こそ発揮されないかとも思った。
2ヶ月後、タイタンからレア上級の短剣がドロップした。
ピエロのレベルは上級武器を装備できるほどまでに上がっていた。