第8話 B-4
人間は都合良く出来ている。
むかし何かの本で読んだか、誰かの言葉だったか、覚えていない。
都合良く出来ている僕は、自分の欲する未来を想い描いて、彼らに都合の良い自己投影をした。
彼らを見た時、僕は自分の望みが叶うと思った。
希望を持った。
そう思うに十分なほど、彼らは凄かった。
そして多分、彼らも自分達の力に都合の良い未来を描いていたはずだ。
美穂と同じ部屋で過ごすようになって1ヶ月が経過していた。
1ヶ月前とは別人のように美穂は明るくなった。
最初の数日は恥ずかしくてぎこちない感じもあった。特に堅司達の前では。
でも1週間も過ぎればお互い慣れて、誰が見ても恋人同士と分かるほど常に身体のどこかしらを密着させるようになった。
手と手が触れ合っているだけで、こんなにも幸せな気持ちになれるなんて……。
ベッドで愛し合った後、美穂の体温と重みを腕に感じながら眠るのは最高に幸せだ。
この世界で女性は妊娠することはない。
王様との会話の中で判明したらしい。
僕達の間で新たな生命が誕生することはないのだ。
でもNPC達の間ではどうなのだろう。
この世界には魂を持って生きているとしか思えないNPC達がいる。
彼らは感情豊かで、会話も決まった言葉を繰り返すのではなく、様々な言葉を発してくる。
僕達はこの世界で歳を取ることはないそうだけど、NPC達は年老いていくのだろうか。
その疑問は置いておくとして、この世界で美穂は僕の子供を産むことは出来ない。
早く元の世界に戻って、結婚して、僕の子供を産みたいと美穂は言ってくれる。
僕も同じ気持ちだけど、まずは美穂と子供を養っていける人間にならないといけない。
もちろん元の世界に戻れたら、いろんなことを再度考え直す必要はあるだろうが、今の僕達には幸せな未来を描くことしか出来ない。
元の世界に戻れない、なんてことを考えるだけで頭がどうにかなってしまいそうなのだから。
堅司と香奈は僕達のことを祝福してくれた。
2人とも泣きながら喜んでくれたのだが、いつまで経っても泣いているので、僕達がなぜか2人を慰めるという妙なことになった。
でも本当に嬉しかった。
2人が心の底から僕達のことを祝ってくれて。
美穂と香奈は、どっちがラブラブかを楽しそうに競っているようだ。
時々2人で何やらこそこそ話しているのがとても気になるけど、女の秘密といって教えてくれない。
堅司はオーバーなリアクションで「俺達の間に秘密は無しって誓ったじゃないか!」とおどけていた。
それを聞いてみんな笑顔だった。
美穂が明るくなり、僕達のパーティはより強くなった。
美穂は杖の熟練度を少しでも上げたいと、杖でモンスターを叩くようになった。
さらには気分転換にと、香奈と装備を交換したり、さらには僕や堅司とも装備を交換することもあった。
もちろんそんな時は、いつもの狩場ではなく弱いモンスターしか出ない狩場に行くけどね。
意外だったのは、美穂は前衛としても優秀な動きを見せたのだ。
実は運動神経が良いという噂は本当だったのだ。
僕と美穂だけではなく、堅司と香奈も前より明るく楽しそうだ。
モンスターとの戦闘の際には個々の動きを意識しながらも、4人での連携を深めて効率的な動きを模索し始めていった。
僕はまだ短剣の上位スキル二刀流を取得出来ていない。
短剣のスキルは地味なものが多いので、早くかっこいい二刀流が欲しいな。
スキルを発動すると通常は武器が淡く光るのだが、短剣はその光りさえ隠してしまう。
一応『隠行』というスキルの恩恵で、これでモンスターにスキル発動を察知されなくて済むそうだ。
知能の高いモンスターは、スキル発動の光りを見るとスキルに備えるとか。
短剣スキルは効果も微妙なものが多い。
あまりに微妙で、スキルを使うより普通に攻撃している方が効果的なんじゃないかと思えるほどだ。
短剣スキル『刺突』は、突いた場所だけ状態異常を起こす、という実に微妙な効果なのだが、スキルのレベルが上がっていけば状態異常を起こす範囲や確率、それに持続時間が上がるらしい。
でも、そもそも僕の武器には状態異常を起こす特殊能力はない。
付与スキルが上がっていけば、いずれは短剣に状態異常を付与して使うことも出来るかもしれないけどね。
初期の付与スキルは効果が微妙なものが多い。『同害報復』なんて僕の少ないHPだとまったく意味ないしね。
ちなみに『隠行』の効果は付与スキルにも適用される。
僕達は支援組の中でも『採集組』に振り分けられた。
採集組はフィールドやダンジョンで、採集スキルを使って薬草、木材、鉱石などを集めてくるのを役割とする者達である。
モンスターと戦闘することになるので、命の危険はある。
でも生息しているモンスターと十分なレベル差と装備を確保すれば、それほど危険ではない……今のところは。
採集組ではなく『生産組』に振り分けられた者達がいる。
彼らは僕達が採集や狩りで集めた素材を使って、様々なアイテムを造りだしていく。
そうすることで生産スキルと調合スキルが上がり、より等級の高いアイテムを造れるようになるのだ。
生産スキルや調合スキルは個人のセンスが問われるし、また多大な時間と努力も必要とする仕様でかなりの難易度だ。
僕も一度だけ調合スキルで簡単な回復薬を作成しようとしたことがあるんだけど、何やら設計図のようなものが展開されて、一瞬で諦めた。
さらには生産と調合には多額のゼニが必要となるので、今日の決闘大会以降に各パーティは強さに応じた上納金を納めることになるそうだ。
決闘大会の決勝後に攻略組から発表があるのだが、既に清算の際に各パーティには伝えられている。
いずれこうなるとは思っていたので、特に驚きもしなかった。
それに上納金として指示された金額もそれほど多額ではない。
僕達の活動に支障が出るような金額ではなかった。
今はまだ何を集中的に採集して、何を集中的に生産調合するか決まっていない。
いずれそれらの形が見えてくれば支援組の行動に関して細かく指示がくると思うけど、今はプレイヤー会議で決められたルールさえ守っていれば、ほとんど自由に動ける。
命を懸けていることを除けば、ファンタジーワールドというVRMMORPGを普通に楽しんでいるような状態だ。
そして今日の決闘大会を見たことで、僕は死という不安が薄くなっていった。
「うおおおおおおお! すげぇぇ! つえぇぇぇ!!」
「見たかよ今の。マジですげ~な! 攻略組ってこんなに強いのかよ!」
「もう次元違う。さすがは勇者様達だよ。ベータテスター万歳!」
「こんだけ強かったら魔王とか余裕だろ。絶対勝てるよ!」
「ああ、俺はいま確信した。俺達は絶対元の世界に戻れるわ」
超満員の闘技場では、たったいま準決勝が終わったところだ。
熱戦を観客席から見ていたプレイヤー達の興奮は覚めることを知らない。
口々に、勇者達を褒め称えていた。
勝った者も、負けた者も、みんな称賛していた。
僕達も勇者達を見て感動していた。
「決勝も楽しみだな! 俺は『剣王』が勝つとみたね」
「いやいや『雷神』だろ。あの巨大なハンマーの一撃は防げないぜ」
「なんであんなでかいハンマーを軽々振れるのか訳が分からん」
「レベルが高くなったら、俺達もあんな風に動けるのか?」
「そうだったら、俺やっぱり採集組がいいな。生産はなんであんなマゾ仕様なんだよ! 1日中生産しても、ぜんぜんスキルの熟練度上がらないんだぜ。俺も外でモンスター相手に、勇者様達みたいな戦いをしてみたい!」
「いや、お前じゃ無理だって」
周りでは好き勝手に盛り上がっているプレイヤー達。
これが元の世界でのスポーツ観戦なら、そんな観客をちょっと冷めた目で見ていたことだろう。
でも、僕達も周りに負けないぐらい盛り上がっていた。
「負けちゃった人も強かったね~」
「ああ、香奈の予想は外れたけど、負けた『隼』の動き凄かったな。俺マジで見失いそうだったよ」
「雷神は強いね。あのハンマーで攻撃されたら、僕のHPなんて一撃で0じゃないかな」
「聖司のHPが減ったら私が回復してあげるから大丈夫だよ」
「おぅおぅ熱いね~お二人さん。ところで俺のHPが減っても回復してくれるんだよな?」
「う~ん……」
「え!? 悩むの!?」
「ちょっと美穂~。私の大事なダーリンのHPも、たまには回復してよね」
「はいはい」
「え!? たまになの!?」
笑い合いながら、ぎゅっと手を握り合う僕達。
堅司達も同じだろう。
攻略組の強さを見て、僕達の中で何かが変わっていく。
死という絶望が小さくなり、生という希望が大きくなる。
攻略組にはちょっと恥ずかしい通り名がついている。
ほぼ全員に。
中には自分でつけた人もいるそうだ。
最初それを聞いた時には中2病か? と思ったけど、ここまで凄まじい動きを見せつけられた今では通り名にも納得がいく。
本当に次元が違う動きなのだ。
第1試合から会場は大盛り上がりで、勇者達の強さに酔いしれていった。
いま終わったばかりの準決勝第2試合は、『雷神』アレクと『隼』タチバナの戦いだった。
圧倒的なスピードを誇る隼が序盤は優勢に見えたけど、最後は雷神の強烈な一撃が隼を捕えての雷神の勝利となった。
その前に行われた準決勝第1試合は『剣王』カミカゼと『戦車』ガレスの戦いだった。
両手剣の剣王と、両手斧の戦車の戦いも見応え十分で凄かった。
戦車ガレスは筋肉隆々で脳筋タイプに見えたけど、意外にも器用な動きを見せて剣王を圧倒していた。
しかし剣王のスキル『闘気』が発動すると形勢逆転。
あっという間に剣王が戦車を倒してしまったのだ。
ちなみにキャラクター名は一度だけ変更可能なクエストが存在している。
ルシラ、アレクといったゲーム用のキャラ名そのままの人もいれば、僕達のように現実の名前に変更した人達もいる。
僕は初めから『セイジ』だったので、特にクエストは受けていない。
聞くところによると、攻略組のレベルはすでに40台。
中には40台後半の者もいるとか。
僕達のレベルはもうすぐ20になるぐらいである。
それにしても強い、強い、本当に強い!
僕は彼らの強さに歓喜した。
もうこれは間違いない。魔王は倒せる!
僕があの短剣を使うことなんてない。まったく必要ないんだ。
決勝の時間となり、左右の入り口から剣王と雷神が入ってきた。
2人とも普段は同じパーティで互いの背中を預けている間柄だ。
彼らは決闘大会というイベントで本気で戦えるのを喜んでいるように見えた。
試合開始の合図が鳴る。
剣王はいきなり『闘気』を発動した。
闘気で爆発的に身体能力を高めた剣王が一気に駆ける。
対して雷神は、その巨大なハンマーで地面を叩いた。
何かのスキルなのか、闘技場そのものが大きく揺れた。
僕達観客からも驚きの声が一斉にもれる。
雷神のスキルを知っていたのか、剣王は上空に飛び跳ねて両手剣を上から振り下ろしていった。
迎え撃つ雷神は、地面を叩いたハンマーをそのまま天に向かって振り上げた。
両手剣とハンマーの衝突から聞こえてきたのは金属音ではなく、何かが爆発するようなものすごい轟音だった。
「うおおおお! すげ~~~!」
「かっこいい!」
轟音の中心地点からお互い距離を取った剣王と雷神。
2人が静寂に包まれると同時に、観客の声援は一気に高まった。
本当に神話や伝説に出てくる勇者だ。
彼らを見て感動しない者などいないだろう。
僕達を救ってくれる勇者様なんだ!
美穂がぎゅっと手を握りしめて、肩に寄り添ってくる。
見ると美穂は笑顔に薄っすらと涙を浮かべていた。
その涙は、この世界に囚われた時に見た涙とは違う。
この涙は、嬉し涙だ。
観客達の熱い声援が響く中、僕はそっと美穂にキスをした。
「いや~すごかったな」
「うんうん。雷神惜しかったよね~」
「また香奈の予想が外れたな」
「剣王が最後に使ったスキル、あれって闘気の上位スキルなのかな?」
「どうだろうな。今度清算の時に聞いてみるよ」
「スキルの情報って全部開示してくれるの?」
「基本的には。ただ攻略組の時間は貴重だから、清算を取りまとめているパーティに情報がいつ伝えられるか次第なんだよな」
「優勝した剣王が王様からもらっていた両手剣、かっこよかったな~。ユニーク下級らしいよ」
「俺もユニーク級の武器が欲しいぜ!」
「私も~!」
決闘大会は剣王カミカゼが優勝した。
決勝の話で盛り上がりながら、僕達は宿屋に戻っている。
まだ夕食には早い時間だけど、今からモンスターを狩りに行くには遅すぎる。
予定通り今日の狩りはお休みで、残りの時間はゆっくりすることにしたのだ。
宿屋に着くと堅司達と別れ、僕達の部屋に入る。
部屋に入るとすぐに、美穂と熱いキスをする。
美穂は両手を僕の首に絡めてきて、僕は美穂の腰に両手を回してぎゅっと抱きしめた。
数秒……では足りず何度も何度も何度もキスをして、そのままベッドに倒れ込んだ。
夕食にはまだ早いからね。
「聖司……私達、元の世界に戻れるよね?」
「うん、絶対戻れる。魔王も強いだろうけど、攻略組ならきっと倒せるよ。
ここはゲームのシステムが採用されている世界なんだ。
無理しないで、レベルを上げれるだけ上げてから挑めばきっと余裕だよ。
絶対僕達は元の世界に戻れるよ」
「うん……そうだよね。私も今日の試合を見て、なんだかとっても安心したの。
ああ、私達の勇者様達はこんなに強いんだって……。
もちろん、私の勇者様は聖司だけどね」
「ありがとう。僕のお姫様」
何度も愛し合った僕達は、熱いキスを交わす。
ずっと触れていたい。美穂の温かさをずっと感じていたい。
2人だけの世界にずっと包まれていたい。
「聖司~。飯食いにいこうぜ~」
……まったく。
僕達の世界を土足で踏みにじる不届き者め!
いま僕達はアダムとイブのように2人だけの世界を、
「美穂~。今日はちょっと豪華にE定食にしよ~」
……はぁ。
「くすくす。
2人を待たせちゃってるよ?」
「そうだね……。
は~い! すぐ行くから、先に行ってて!」
「はいよ~。……まったく、ラブラブし過ぎだろ」
「いいじゃないの~。私達だって……」
徐々に遠ざかる堅司達の声。
僕達は笑い合いながら、もう一度お互いを強く抱きしめてしばらくの間、唇を重ねた。
決闘大会の次の日、僕達は『採集』を頑張っていた。
堅司は攻略組の動きを真似ようとしては出来ず、モンスターの攻撃をぽかぽかと受けてしまう。
途中、香奈から半分マジで怒られた堅司は落ち込んでいたけど、貴重なヒールを1回使う羽目になったんだからしょうがない。
今月からは上納金も必要になる。
真面目に頑張れば何も問題ないけど、遊んでいられるほど余裕はない。
いや、元の世界に戻るためには誰一人として遊んでいい訳がない。
会議で定められたルールを守りながら僕達は頑張った。
採集組に振り分けられたパーティ全体の中で見ると、僕達は中の上という位置のようだ。
悪くはないけど、すごく良いわけでもない。
ま~僕達ではここら辺が妥当だろう。
でも女性が2人もいてさらに愛し合っている仲とくれば、充実度なら上の上だ。
狩りを終えた僕達は男達の羨望の眼差しが向けられる中、王都テラの道を歩いていた。
途中、堅司は清算のため王城に向かう道で曲がる。
「それじゃ~行ってくるわ」
「はーい。お願いね~」
最初の頃は4人で王城に行っていた。
でも、王城で美穂と香奈は頻繁に声をかけられる。
特に攻略組から声をかけられると、こっちも嫌な態度をすることも出来ない。
それで堅司だけが行くようになったのだ。
「お? 見ろよ。『戦車』がいるぜ」
堅司が王城に向かう道を指さした。
そこには、決闘大会の準決勝で剣王に惜しくも負けた戦車ガレスがいた。
すごい筋肉だ。
短く刈り上げられた髪は黒で、筋肉は日焼けした褐色の肌である。
見た感じは本当に『脳筋タイプ』に見えるのだが、剣王との一戦でこの人が器用で頭が切れるタイプだと分かった。
戦車の隣には女性がいた。
とても綺麗な女性だ。
美しい金髪は染めているように見えない。地毛かな。
顔立ちもちょっと日本人離れしているし、もしかしたらハーフかもしれない。
真っ白な肌に、見事なスタイル。
褐色で筋肉隆々の戦車と並べば、見事な色のコントラストを表現してくれている。
おっと、あまりじろじろ見るのはよくない。
僕が他の女性を見ていたら、美穂がきっと……。
「……」
遅かった!
僕が金髪美女に一瞬見惚れたのを、美穂はしっかりと見ていた。
ぎゅっと握られる手に込められた力の強さが、美穂の怒りを表している。
あはは、と乾いた笑みで誤魔化した。
これは今夜頑張って美穂のご機嫌を取らないと。
「む~」
そんなに嫉妬しなくても大丈夫だよ。
美穂の方が可愛いし、それに胸の大きさと美しさなら美穂の圧勝だから!