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第7話 A-4

「まったくなんてこった!」

「なんでこんなことに!」

「逃げろ! 逃げろ! 逃げろ!」


 四方八方に消えていくプレイヤーのカーソルと名前は全員が赤色である。

 つまりレッドプレイヤー、サーカスのメンバー達だ。


「一人も逃がすな!」

「そっちにいったぞ!」


 サーカスを追う者達の名前は白色、一般プレイヤーだ。


 街襲撃のクエストを進めていたサーカスは、今回も楽しく街を襲撃出来ると思っていた。

 だが、一般プレイヤー側のクエストでサーカスの襲撃を予知出来てしまった。

 そのため一般プレイヤーは罠を張ってサーカスを待っていたのだ。


 今回はNPC騎士がサーカス側に寝返ることで街を襲撃できる形だった。

 いつもは味方の騎士が寝返り、街の権力者を暗殺しようとする。

 その流れに乗ってサーカスは街の中になだれ込んだ。

 しかしそこには前線組が準備万端で待ち構えていたのだ。


 前線組のメンバーは有名である。

 サーカスも、前線組の顔と名前はだいたい覚えている。

 その中でも通り名で呼ばれる『黒龍』や『銀獅子』を見かけようものなら、団長であっても全力で逃げ出すしかない。

 普段彼らは魔王軍の侵攻を防ぐために、前線の基地にいるはずである。

 それがなんと、サーカスを一網打尽にするために前線組オールスターで待ち構えていたのだ。


 今回サーカスにとって不幸中の幸いだったのが、NPC騎士がサーカス側に寝返っていたことである。

 無敵属性は無くなっているがそれなりの強さを持っていたため、前線組の攻撃を一時的に凌ぐ盾代わりになってくれたのだ。

 その隙にサーカスは全力で逃げ出した。


 ピエロはクイーンと共に逃げている。

 クイーンがピエロについてきていると言った方が正しいだろう。

 団長の姿はない。

 指揮を取っていた団長は、違う方向に逃げたようだ。


 ピエロはレッドプレイヤーだけが知る隠し通路に逃げ込もうとした。

 この先にあるダンジョンの地下3階には隠し通路があり、そこからレッドプレイヤーの隠れ家に繋がっているのだ。

 隠し通路の存在が一般プレイヤーに知られるリスクはあるが、今はそんなこと言っていられない。

 最大のピンチなのだから。


「はぁはぁ……はぁはぁ!」


 クイーンは必死でピエロについていく。

 レベルだけなら、クイーンの方がピエロより上だ。

 つまり基本ステータスはクイーンが上。

 しかし装備の効果でピエロの方が俊敏性は高い。


 しびれ薬を調合するクイーンは後方支援型で、装備は杖とローブである。

 装備によって俊敏性が上がることはほとんどない。

 それでもピエロについていけるのは、杖に装着した魔石『ブレス』を自らにかけているからだ。

 これは全ステータスを底上げする魔法である。

 しかも等級がレア上級のため、効果もかなり高い。

 貴重な使用回数を消費してでも、今は逃げる時である。


 クイーンはピエロにもブレスをかけている。

 逃げ始めた時には周りに他の団員達もいたが、自分とピエロにだけブレスをかけて逃げ出したのだ。


 クイーンにブレスをかけてもらったピエロは、クイーンがぎりぎりついてこられる速度で逃げている。

 その速度は決して遅くなく、逃げ切るには十分な速度だ。

 そう思って隠し通路のあるダンジョンを目指していた。


 その時だ。


「ちっ! 厄介なのが来た!」

「え?」

「クイーン! 『玄武』です! 馬に乗ってる!」


 この世界には馬が存在している。

 馬術スキルを得ていれば、馬に乗ることができる。

 そして、馬に乗りピエロ達を追いかけてきたプレイヤーは『玄武』という名で呼ばれていた。


「くそっ! 森の中へ! あいつは、弓は使えな……」


 ヒュン! とピエロの頭上をかすめるように矢が通り過ぎた。

 見ると玄武は両手で弓を引いている。

 その姿は様になっており、弓のスキルレベルが高いと一目で分かる。


 弓をメイン武器とする者は少ない。

 弓のスキルを手に入れるための条件はかなり厳しい上に、スキルレベルを上げてもスキル補助による命中率はあまり上がらない。

 そして矢は魔法と違って味方にも当たる。

 後ろから放たれる矢を気にしながらモンスターと戦いたくはないだろう。

 さらに、最も威力の高い矢ですら、その攻撃力はモンスター相手には低すぎるのだ。

 しかしプレイヤー相手には、ある程度意味を持つ、

 目標が自分よりもレベルの低い相手なら尚更。


「いつの間に弓を……まったく厄介な奴だ!」


 ピエロ達は森の中へと逃げるが、玄武と馬は森の木や草などお構いなしにそのまま突っ込んでくる。

 玄武は防御力の高い重装備のため馬なしではピエロ達に追いつけないので、馬を捨てることはない。

 その顔は修羅の如き形相で、何が何でもピエロ達を捕まえる気だ。

 いや、目標はピエロだけなのだろう。

 その目はピエロの姿を捉えてから、一瞬たりとも離れることはない。


「ピエロォォォォォ!」


 怒りの声を荒げ、馬を駆り、ピエロに迫る。

 玄武は1人だ。

 周りとの連携を考えることもなく、1人でピエロ達を深くまで追ってきている。

 今ならピエロとクイーンで戦えば、数的にはピエロ達が有利となる。

 しかし、勝てる可能性は万が一もない。

 玄武は今や、前線組の中でもその圧倒的な防御力によって魔将軍と魔王を倒す勇者の1人なのだ。

 プレイヤー達の希望の星となったのだ。

 その原動力がピエロへの復讐だとしても。


「しつこいな~! もう君には用がないのに!」

「殺す! 絶対に殺す!!」


 クイーンが持つしびれ薬で玄武をしびれさせることが出来れば、どんなに楽かとピエロは思う。

 しびれ薬は口から飲ませるのが最も効果が高い。

 だが、しびれ薬と分かっていて飲んでくれる馬鹿はいない。


 貴重なしびれ薬を一本まるまる使えば、一時的に武器に麻痺属性を与えることができる。

 その武器で相手を攻撃すれば、一定確率で麻痺状態となるのだが、どれだけの確率とか持続時間かは相手とのレベル差や、相手の状態異常耐性による。

 おそらく玄武を麻痺状態にできるのは数秒程度だろう。


 そもそも、ピエロとクイーンの武器による攻撃では玄武にダメージを与えることすら困難である。

 クイーンの持つ貴重な魔石の攻撃魔法を使えばダメージを与えることは出来るだろうが、それでも倒すことは難しい。

 そんな相手に魔石を無駄に使いたくはない。


 隠し通路のあるダンジョンはすぐ目の前だ。

 ピエロはクイーンだけ先に行かせることにした。

 玄武は必ず自分を追いかけてくると分かっている。

 なら、まずはクイーンだけ先に逃がす。

 ピエロにとってクイーンは大事な存在なのだ。


「クイーン! 先に行って下さい。僕があいつを引きつけますから!」

「え!?」


 クイーンの返事を待たず、ピエロは進路を変える。

 ダンジョンから遠ざかる方角へと走っていく。

 案の定、玄武はピエロを追うべく同じ進路を取った。


「なんとかして撒かないと……まさかここまで強くなるなんてまったく想像出来なかったからな……」

「ピエロォォォォォ!」

「うるさいな……馬は呼び戻せるのが本当に厄介だ。どうにかして馬を……そうだ!」


 ピエロは妙案を思いついたのか、突然立ち止まる。

 それを見た玄武もまた馬を止める。

 すぐには降りない。

 ピエロが再び逃走を始めるかもしれないと警戒しているのだ。


「久しぶりだね。元気そうで何よりだよ。第4魔将軍シヴァとの戦いではずいぶん活躍したそうじゃないか。いや~嬉しいよ。かつての仲間が勇者の一員として……」

「黙れ!!」


 ピエロの言葉を玄武が遮る。

 その形相に、ピエロは玄武の頭から本当に湯気が立ち昇るんじゃないかとさえ思った。

 こうして玄武と対峙するのはいつ以来だろうか、とピエロは考える。

 思い出すのはいつでもあの日のこと。

 共に笑い、泣き、支え合った仲間として生きることを許されたあの最後の日のこと。

 今はもう自分に向けられる玄武の感情が恨み、憎悪、復讐といった負の感情でしかないことを、ピエロはどう思い受け止めているのか。

 仮面を被ったピエロの表情を伺うことはできない。


「殺す! 貴様だけは絶対に殺す!」

「はいはい。分かってますよ。もう逃げませんよ。正々堂々と戦いますよ」

「どの口が言う! 貴様が一度でも……一度でも面と向かって誰かと戦ったことがあるのか!」


 ない、とピエロは心の中で答える。

 ピエロがサーカスの一員になって以来、今まで殺してきたプレイヤー達の中で面と向かって勝負をして倒した相手などただの1人もいない。

 奇襲か、しびれ薬か、サーカスの数の暴力で捕えて縄で縛った相手か……いずれにしろ抵抗できない状態の相手を殺してきた。

 そしてもちろん今この瞬間も、正々堂々と戦うつもりは微塵もないピエロである。


 ピエロは両手に短剣を握る。

 それはレア中級の短剣だ。

 そしてさらにアイテムボックスの中からしびれ薬を2本取り出す。

 しびれ薬を1本まるまる短剣に垂らしていく。

 これで2本の短剣には麻痺属性が付与された。

 目の前で見ていた玄武も、ピエロが持つ短剣に麻痺属性が付与されたことが分かる。


「結局貴様はそのしびれ薬に頼らなければ、誰とも戦えない卑怯者だ! 最低なカス野郎だ! 人間のクズだ!!」


 わかってるよ、とピエロは心の中で答える。

 自分がどれほど卑怯者か、最低なカス野郎か、人間のクズか、ピエロが一番よく分かっている。

 自分可愛さに行動が遅れたことを、ピエロは今でも悔やんでいる。

 もし、もっと早く、自分が覚悟を決めていれば……。

 目の前で勇者の1人となった、かつての仲間を殺してあげることができたかもしれない。

 今となってはもうどんなにピエロが罠を張り巡らそうとも、玄武を殺すチャンスを得るのは難しい。


「卑怯者の貴様のことだ。どうせその麻痺属性を付与した短剣で、馬を狙っているんだろ!?」


 当たりだよ、と再びピエロは心の中で答える。

 ピエロは初めから玄武と戦おうなんて思っていない。

 馬を麻痺状態にしてそれから逃走しようと考えていたのだが、その考えは玄武に筒抜けのようである。


 玄武は馬を後ろに下がらせる。

 そしてピエロと馬の直線上に立ち、左手に持つ大盾を構える。

 大きさと威厳に満ちた盾だ。

 右手には装飾が施されたミスリル製の細剣が握られている。


 ピエロは玄武のその構えに一瞬見惚れてしまった。


(本当に勇者なんだな)


 分かっていたことを再確認したピエロも二刀流を構える。

 2人の戦闘力の差は歴然だ。

 ごく普通に戦えば、3分とかからずピエロが負けるだろう。

 じり、じりっと玄武が間合いを詰め始めた。

 が、意外にもピエロは玄武に向かって一気に駆け出した。


 ピエロの突進に玄武の反応は一瞬遅れた。

 ピエロの速度が想像以上に速かったのだ。

 ブレスをかけてもらっていたピエロは、クイーンと共に逃げている間は彼女の移動速度に合わせていた。

 そのため全速力を玄武に見られていなかった。

 僅かな差が、一瞬の時をピエロに与えた。

 ピエロの短剣が玄武に襲いかかる。


「ふん!」


 玄武は焦ることなく、大盾をピエロの斬撃の軌道に合わせる。

 そもそもピエロの短剣如きでは、玄武に攻撃が当たったとしても与えられるダメージは僅かである。

 それでも玄武は大盾でピエロの斬撃を弾いて、ピエロの体勢を崩そうとした。

 だが……。


「む!?」


 玄武の大盾にピエロの短剣が弾かれることはない。

 なぜならピエロの短剣は大盾にぶつかることなく、後方の馬に向かって投げられていたからだ。

 右手に持つ短剣で玄武に向かって斬りかかるように見せかけ、ピエロはそのまま短剣を馬に向かって投げていた。

 ピエロにとって貴重なレア中級の短剣である。

 まさか玄武もその短剣を投げるとは思っていなかった。


「しまった!」


 右手に持つ細剣をピエロに向かって突き刺す。

 自ら間合いを詰めたピエロを、射程範囲外に逃す前に突いた。

 その一撃は身体をよじって避けたピエロの左肩に直撃した。


「ぐおおお!」


 強烈な一撃。

 ピエロのHPは、そのたった一撃で5分の1ほど減ってしまう。

 そのまま後方へとピエロはノックバックしてふっ飛んだ。


「はぁぁぁ!」


 馬が麻痺状態となれば、ピエロが逃げる前に殺さなくてはならない。

 玄武はふっ飛んだピエロに向かって突進する。

 地面を転がっていくピエロは、左肩に激痛を感じながらもすぐに起き上がる。

 おかげで振り下ろされた細剣の刃を紙一重で避けることに成功した。


「逃がすか!」

「くっ!」


 バックステップから逃げの体勢に入るも、左肩の激痛で速度が出ない。

 卑怯な戦法で戦ってきたピエロは、痛みに慣れていないのだ。


(まずい……やばい)


 ピエロが心の中で焦り始めたその時だ。

 ピエロの身体を癒しの光りが包み込む。その光りは一瞬でピエロの左肩の傷を治していった。


「なに!?」


 玄武の驚愕の声が向けられた先にいたのはクイーンだ。

 クイーンがピエロにヒールを使ったのだ。

 別方向に逃げたはずのクイーンは、ピエロを助けるために2人を追ってきていた。


「こっちよ!」

「サンキュー!」


 身体に力がぐっと入ると、ピエロは一気に駆け出す。

 クイーンと共に玄武との距離をどんどん広げていく。

 馬なしでは玄武がどんなに全速力で追っても、ピエロ達に追いつくことは不可能だ。

 それは玄武も分かっている。

 やがて足を止めた玄武は、腹の底から煮えたぎる怒声を放った。


「ピエロォォォォォ! 殺す! 貴様だけは絶対に殺す! 地獄の果てまで追ってでも! 殺してやる!」




「ピエロは愛されていますね」

「あんな奴から愛されても仕方ないんですけどね……さて、このまま例のダンジョンの地下3階から隠し通路に入りましょう。隠れ家に戻れば生き延びた他のメンバーとも落ち合えるでしょうから」


 ピエロとクイーンは隠し通路を使い、無事に隠れ家まで辿り着く。

 ピエロ達が到着した時には、他に誰もいなかった。

 自分達以外の全員が全滅の可能性すら考えられた。

 だが、次の日になれば1人、2人とサーカスのメンバーが集まり始める。

 戻ってきたメンバーから状況を聞く限り、相当数の仲間が生き残っているはずだ。

 もちろん被害は過去最悪となるだろう。


 散り散りとなったサーカスは、時間をかけて徐々に集まっていった。

 その中には団長の姿もあった。


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