第6話 B-3
人は独りでは生きていけない。
人間は、人と人の間に挟まって生きているから。
そして人が集まれば組織が作られ社会が構築されていく。
王様が孤独なのは、自分の上を挟んでくれる人がいないから。
奴隷が不満なのは、自分の下を挟んでくれる人がいないから。
ここでも、人は選別されていった。
この世界に囚われて1ヶ月が経過した。
僕達プレイヤーは、いくつかの組に分けられた。
ベータテスターを中心に会議は進められ、魔王討伐のためにどのように行動していくかが決められていった。
その中で、大雑把に言うと『攻略組』と『支援組』に分けられたのだ。
プレイヤー達のリーダーになったのは『ルシラ』という名前の30代の男性だった。
ベータテスターであり、ベータテストの間に唯一ギルド作成クエストを達成した人らしい。
魔王を討伐するに当たって、そもそも魔王と対決できるプレイヤーの数は何名なのか? という疑問が出た。
ファンタジーワールドのパーティは最大で6名である。
そして2つのパーティを繋げる『ダブル』と、3つのパーティを繋げる『トリプル』がある。
ダンジョンは基本的に1つのパーティで攻略するが、特定のダンジョンはダブルやトリプルで攻略するものがあるらしい。
さらにはギルドで攻略するダンジョンも存在するという情報があったそうだ。
ギルドの最大人数は36人だ。
でも、これらは僕達に都合の良い展開だった場合である。
なぜなら単純に魔王とフィールドで戦う可能性があるからだ。
フィールドで全てのプレイヤーを相手にするような魔王だとしたら、とんでもない強さだろう。
1パーティで魔王を倒せるのが、僕達にとって最高の展開だ。
様々な話し合いの末、36人の攻略組1軍が選出された。
1ギルドの人数であり、トリプルパーティが2つ作れる。
彼らはトリプルパーティであることを前提にスキル構成を決めたとか。
当面の行動は1パーティでの行動で、必要な時にダブル、トリプルと組めるように考えているのだ。
さて、エリート36人の中に僕達が入るわけがない。
彼らは全員ベータテスターだ。
僕達は彼らのための支援組である。
もちろん、僕達だってレベル上げはする。
レベル1のままでは、強いモンスターがいる場所で採集を行うことが出来ないからだ。
安全なレベル上げを行い、それなりの装備を整え、攻略組のために動く。
でも攻略組のために動くのは、もう少し先のことである。
支援組もこの1ヶ月は、攻略組とやっていることはほとんど変わらない。
生産や採集のスキルを上げている人もいるそうだが、まずは初期のクエストを達成して経験値と資金を得て装備を集めていく。
運よくモンスターからレアアイテムを手に入れた場合だけ、攻略組に報告することになる。
そのレアアイテムも、攻略組が絶対に使うわけではない。
性能が良ければ攻略組に渡すことになるが、彼らのレベルと装備はこの1ヶ月で僕達よりもずっと上をいっている。
攻略組が必要とするレアアイテムなんて、そうそう拾うことはない。
ただし魔石のほとんどは渡すことになるけどね。
僕達は4人で行動している。
パーティの最大人数は6人だけど、残り枠の2人を入れることはない。
将来的には誰か入れることになるかもしれないけど、今は必要ない。
なぜなら、初期のモンスター退治やクエストを達成するのに6人で行動するのは非効率的だからだ。
推奨されているのは3人パーティ。
初期の頃はそれが安全で、かつ効率的と言われている。
さらに、6人パーティが必要になった時には3人パーティが2つ集まればいいので将来的にも都合が良い。
ちなみに、攻略組は連携を深めるために最初から6人で行動しているらしい。
僕達は4人だ。
3人パーティよりちょっと効率は落ちるけど安全性は高い。
でも将来残り2人のパーティメンバーを探そうとした時に、果たして見つかるかちょっと不安な面もある。
でも全員が3人パーティで動いているわけじゃない。
ま~どうにかなるかな。
ソロで動いている人はいないと思う。僕は知らない。
ファンタジーワールドのダンジョンは基本的にインスタンスダンジョンで、何度でも挑戦できる。
フィールドに1度しか開けられない宝箱が落ちていることもない。
討伐系クエストはパーティ単位で討伐数をカウントしてくれる。
ソロで強引に先行するメリットはない。
そもそも命がかかっている状況で、好んでソロで動こうとする人なんていない……今は。
この先のことは分からない。
今はみんなレベルが低く装備も整っていないが(攻略組以外は)、いずれレベルが上がりある程度の装備が整ってくれば余裕が生まれる。
その時に、今のようにみんなが団結した状態を継続できるだろうか。
中には自分だけ楽しようと、輪の中から抜けて好き勝手始める人達が出てくるかもしれない。
ま~他人がどうであろうと、僕達は一生懸命攻略組のために頑張るだけだ。
堅司も、香奈も、そして美穂も、命を懸けて戦う攻略組のために頑張ろうと思っている。
何より僕が一番そう思っている。
この1ヶ月でファンタジーワールドの世界のことを少しずつ知っていった僕は、モンスターや初期ダンジョンの難易度がそれほど高くないと感じていた。
むしろ楽勝である。
今後どうなるか分からないけど、いきなり理不尽な難易度にならなければ、魔王を倒すことは十分に可能ではないか。
そうであって欲しい。
「よっと!」
堅司が左手に持つラウンドシールドでモンスターの攻撃を防ぐと、右手にもつブロンズソードで斬る。
モンスターの堅司に対するヘイトが高まり、タゲが固定される。
僕が横からブロンズナイフでモンスターを攻撃する。
さらに香奈が反対側からブロンズレイピアで攻撃する。
美穂は堅司の後ろで全体を見渡しながら、何かあれば魔法を唱えられるように構えている。
ほどなくして、モンスターは光の粒子となって消えていった。
地面に残ったドロップアイテムを堅司が拾っていく。
「ここら辺のモンスター相手なら楽勝だな」
「うんうん」
「そろそろ次の狩場に移っても大丈夫じゃね?」
「いいね~!」
堅司と香奈はこの1ヶ月でファンタジーワールドに順応したと思う。
最初こそ2人とも混乱して落ち込んでいたけど、今では逆にこの状況を楽しんでいるようにすら見える。
堅司達とは違い、僕と美穂はまだこの世界を楽しむ余裕を持てないでいる。
美穂は一般最下級魔石を装着した杖を持って、僕達の後ろをついてきている。
その表情は暗い。
一般最下級とは言え、僕達にとっては大切な魔法だ。
ほいほい使うことは出来ない。
HPを回復する『ヒール』と、状態異常を治す『キュア』は一般最下級では使用回数が3回しかなく、またクールタイムも長い。
そのため美穂がモンスターとの戦闘で何かすることはほとんどない。
それがつまらなくて表情が暗いのなら、気分転換に香奈と装備を交換すればいいのだが……残念ながらそうではない。
「2人とも焦らないで、『ルール』に従って狩りをしていこう」
「はいはい。聖司は堅いな~」
「名前に堅いが入っているのは堅司なのにね」
「へいへい~」
僕の言葉に堅司が軽い調子で答えてくる。
ルールとは、攻略組を中心としたプレイヤー会議で定められたレベルと経験を加味した狩りの仕方である。
Aという狩場でレベルいくつになるまで狩り、さらに最低何日間はその場で狩りをする。その間に○○というモンスターとの戦いで、××という戦い方の経験を積む……などなど。
これがただの遊びのゲームなら、なんでそんな堅苦しいことを! となるんだけど、この世界は遊びじゃない。
命が懸かっている。
レベルだけ高くなっても、一定の戦闘技術がないと意味がないのでこのようなルールが定められたのだ。
美穂と同じく『杖』を武器に選んだ人達も、前衛として動くようにと言われている。
杖も打撃用武器として使えるからだ。
動けない魔法使いより、動ける魔法使いの方が良いのは決まっている。
でも美穂は動かない。
大抵は堅司の後ろに隠れているだけだ。
魔法が使える魔石に関しては、一般最下級のヒールとキュア以外は、ほとんど攻略組に渡すことになる。
特に攻撃系の魔法は最も弱い『ファイアーアロー』であっても、モンスターを釣るのに有効らしい。
ヒールとキュアに関しては、使用回数とクールタイムの長さから、攻略組はレア最下級か、一般下級を使っているそうだ。
攻略組が攻撃系の魔石は全部持っていくので、美穂が持っている魔石はヒールとキュアのみ。
つまり魔法で攻撃することは出来ない。
だから杖をぶん回すか、香奈と装備を交換して気分転換に前衛をやることでファンタジーワールドでの動きを覚えて欲しいんだけど、美穂はまだ気持ちが落ち込んでいてあまり動こうとしない。
これが僕達パーティにとって最も大きな問題であった。
狩りを終えて王都テラに戻ってきた僕達は、いつもの宿屋で休む。
堅司だけ、その日のドロップアイテムを清算するために王城に向かっている。
売れる物は売ってゼニに変える。
攻略組に渡す物は王城で渡す。
ここ最近、攻略組は数日間留守にする『遠征』を始めたこともあって、いない時もあるそうだ。
そんな時は攻略組が指定したパーティがレアアイテムを回収する。
彼らは攻略組2軍と呼ばれている。
攻略組1軍以外のパーティでも優劣がちょっとずつ出始めている。
この世界に順応していった者とそうでない者の差が表れているのだ。
それはレベルであったり、戦闘技術であったり、心の余裕であったり。
攻略組が自分達の次に優秀だと認めたパーティに『権力』を与える。
彼らは自分達が選ばれたと喜び、ちょっと態度が大きくなる。
この世界でも、元の世界でも、そういう構図はあまり変わらない。
まあ、攻略組1軍の中で死者が出た場合の補充要員であるから、何かあれば彼らは死を覚悟した戦場に向かうことになる。
ちょっとぐらい態度が大きくなっても、文句を言うつもりはないさ。
今は攻略組に渡すのはレアアイテムだけでも、その内ゼニもパーティの強さに応じた上納金を毎月徴収するような形になるのだろう。
生産と調合には多くのゼニが必要となる。
36人の攻略組のために、何千人が獲得したゼニを集中させるのだ。
こうして見ると、僕達ってまるで一昔前のネットゲームに存在した『BOT』みたいだな。
ゼニとアイテムを生み出す駒。
僕はそれでもいいと思っているけど、この体制がいつまで崩れずに続けられるか本当に不安だ。
堅司が戻ってきたら、4人で食堂に降りて夕食を食べる。
この世界では『軽い空腹』を感じる。
それを満たすために食事を取るのだが、誰かが調査したところによると、僕達は何も食べなくても生きていけるらしい。
空腹感も軽い空腹が続くだけで、もがき苦しむような飢餓を覚えることはないとか。
そもそも食事を取ったところで得られるのは『軽い満腹感』である。
ゼニの無駄遣いだと言う人もいるが、食事の料金は安いため、絶食してまでゼニを貯めることはない。
「今日の清算の時には攻略組がいたんだけど、どうやら来月に決闘大会があるらしい」
「決闘大会?」
「ああ、なんでも王様からのイベントクエストだってよ。闘技場があるだろ? あそこでトーナメント式の1対1の決闘大会が開催されて、優勝者にはユニーク装備が与えられるそうだ」
「へ~。それって誰でもエントリーできるの?」
「出来るけど、エントリーするのは攻略組の8人で決まってる。8人エントリーしないと大会が開催されないらしい。その8人以外はエントリー禁止だってよ」
「な~んだ。堅司のかっこいいところ見たかったな」
「俺も力試しで参加してみたかったぜ! ま~でも攻略組8人は本気で戦うらしいから、俺達の勇者様がどんだけ強いか見に行こうぜ」
「行こう!」
「僕も見てみたいな」
「その日は、狩りは休みでいいってよ。みんなで見に行こうぜ!」
僕達の勇者様。
本当に彼らには魔王を倒してもらわないと困る。
そのために、僕達は駒として動くのだから。
食事が終わると、香奈が美穂を連れて散歩に行ってくると外に出ていった。
僕は自分の部屋に戻ろうとしたところを、堅司に捕まった。
「聖司。お前いつになったら美穂の部屋に行くんだよ」
「部屋って……」
「かぁ~! お前がそんなんだから、美穂が暗いままなの!
こんな状況なんだから、心の支えが必要なのはお前も分かるだろ?
俺達は唯でさえ恵まれているんだ。
お前がモタモタして誰かが美穂を取っちまったらどうするんだよ!」
恵まれている。
堅司のこの言葉の意味は、僕達のパーティが男女半々の比率であることを指している。
この世界に囚われた男女の比率は、全体でみると9:1で男が圧倒的に多い。
当然だ。
女性だってゲームするけど、世界初のVRMMOゲームに飛びついたのは男性が多かった。
そのため、この世界で女性は貴重な存在となる。
それが美穂や香奈みたいな美人なら尚更だ。
実際、美穂達を口説こうとしたプレイヤーは多かった。
その中には攻略組のメンバーもいた。
堅司と香奈は、この世界に囚われてすぐ同じ部屋で過ごすようになった。
当然の流れだろう。
軽い空腹を感じるように、軽い性欲を感じる。
いや、性欲に関しては軽いでは済まされそうにないけど。
香奈があれだけ明るい表情でこの世界に順応したのは、堅司という心の支えがあったからだ。
美穂が暗いのは、僕が美穂の心の支えになっていないから。
堅司はそう思って僕を非難しているんだ。
僕が心の支えにならないなら、他の誰かが美穂の心の支えになってしまうぞと。
「な~聖司。もともとファンタジーワールドをプレイしようとしたのも、聖司と美穂の仲が進展するんじゃないかと期待してのことだったろ? もちろん世界初のVRMMOを遊びたいって気持ちもあったけどさ。
それがこんな状況になっちまって……ファンタジーワールドなんてプレイしなきゃ良かったって何度も後悔したさ。
それはみんな同じはずだ。
その中でも俺達は元の世界に戻るために今を頑張っている。
今を生きている。
だから、聖司と美穂の仲がこんなアホみたいな状況のせいで変になって欲しくないんだ。
むしろ、2人が支え合って欲しいんだよ。
マジで美穂狙ってる奴は多いんだからな」
「わ、分かってるよ」
堅司の言葉に頷くも、僕は美穂の部屋に行く勇気がない。
「今夜は絶対行けよ! 絶対だぞ! それが経済的でもあるんだからな!」
堅司は僕に念を押すと、自分の部屋に戻っていった。
僕も自分の部屋に戻った。
堅司と香奈は1つの部屋だ。
僕と美穂は別の部屋だから、僕達は3つの部屋を取っている。
宿代は1部屋いくらなので、僕と美穂が一緒の部屋なら経済的にも助かる。
部屋に戻った僕は、ベッドに腰掛けるとステータス画面から装備を表示させる。
この世界に落ちた時と比べれば、だいぶマシになった装備。
ゆっくりでも着実に強くなっていけるはずだ。
「はぁ……なんで僕なんかに……」
同時に表示されているアイテムボックスの装備の中に、一本の真っ白な短剣が映る。
この世界に落ちた時、落ちている時に手に入れてしまった短剣。
カーソルを合わせて性能を表示させる。
「はぁ……なんでこんな……こんな条件じゃなければ……」
喉から手が出るほど欲しい特殊効果だ。
しかし、その効果を得るための条件は絶望的だ。
「アドバンテージを得られるのは今だけなのに……」
今ならこの短剣の攻撃力は十分に高い。
等級はユニーク最上級だけど、攻撃力は一般下級と同じぐらい。
ある条件下で一度だけ、それまでの蓄積でとんでもない力を得られるけど……この使用条件からして、どうやったってそんな状況にはならないだろう。
いま現在、攻略組以外が持つ武器はほとんどが一般最下級。
それは防具も同じだ。
今だけ……今だけこの短剣の攻撃力が意味を持つ。
いずれみんなのレベルが上がり、装備の等級が上がっていけば、この短剣は使い物にならなくなる。
堅司が目指すフルプレートアーマーの防御力特化構成なんて相手には、ダメージがまったく通らなくなるだろう。
やるなら今だ……今しかない。
でも、今しかなくとも出来ない。
レッドプレイヤーになれば、街の中にはいられない。
街中でレッドプレイヤーになろうものなら、僕は一瞬でNPC騎士に殺されてしまう。
無理なんだよ。
僕がこの短剣を使うことは。
いや、僕だからじゃない。
誰だって無理だ。
でも、それでも……万が一の状況になった時に美穂だけでも……。
堅司や香奈には悪いけど、美穂だけでも救いたい。
そのためには、美穂の戦闘技術は上達しない方がいい。
でも暗いままでいて欲しくない。
美穂と愛し合い心の支えになる。
だけど、美穂と愛し合う仲になったら万が一の時……条件を満たすことがあまりに辛すぎる。
今の距離感ならまだ出来る。でも一度でも愛し合ってしまったら……自分が救われないなら美穂も一緒にと考えてしまうかもしれない。
……なんて考えをもう何百回したことか。
1人になれば、考えることはいつもこれだ。そしていつも自己嫌悪。
僕は自分が可愛いだけだ。
使用条件を満たした先には絶望しかない。僕にとっては。
どうして僕がそんなことをしなくてはいけないのか。
魔王を倒すことがそんなに難しいことなのか。攻略組が何の問題もなく倒してくれるかもしれないじゃないか。
いや、僕にこんな短剣が与えられている以上、魔王の強さはとんでもないんじゃ……わ、分からない! それは分からない! まだ分からないことだ!
美穂と香奈が宿屋に戻ってきた。
廊下を歩く声が聞こえる。
あきらかに香奈が僕に美穂が戻ってきたことを知らせるために声を出している。
ステータス画面を閉じて天井を見上げた。
目を閉じて、心を落ち着かせる。
何も考えないようにと考えれば、頭の中は美穂のことでいっぱいになる。
誰かが美穂の心の支えになってしまったら。
そんな美穂を自分が救うことができるのか? きっと出来ない。
僕が心の支えになる。そしてその時には、美穂にどんなに恨まれようとも、僕が美穂を救う。
そう……それだけの話だ。
しばらくして、僕は立ち上がると部屋を出た、
そしてゆっくりと、美穂の部屋のドアをノックした。