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第2話 B-1

 あの日のこと、今でもはっきりと思い出せる。

 一生忘れることはない。

 興奮と感動に満ち溢れていたあの日を。




 2×××年12月23日23時50分、クリスマスイブまであと10分。

 それは同時に世界初のVRMMORPG『ファンタジーワールド』の発売を意味する。

 僕達は秋葉原の某店舗にて、日付の変わる深夜0時と同時に発売されるその瞬間を待っていた。

 寒さに耐えながらその時を一緒に待っている僕達は4人組で、同じ大学に通う1年生だ。


 世界初のVRMMORPGが発表された時、すぐにこの情報に飛びついたのは僕の親友である霧縞堅司だ。

 僕達の中で先頭に立つ堅司は身長180㎝と高く、イケメンとまではいかないけどなかなかの顔立ちだ。

 黒の短髪は、初対面の相手には硬派な印象を与える。

 でも実はノリが良くてちょっと軽い一面があったりする。

 堅司は興奮しながら僕達にファンタジーワールドのことを話して誘ってきた。


 堅司に誘われた僕の名前は矢雲聖司。

 堅司とは名前が堅と聖の1字違いで、中学からの付き合いである。

 身長は堅司ほど高くないけど、170㎝はあるので平均的な身長だろう。

 やや中性的な顔立ちで、幼児の頃はよく女の子に間違われたらしい。

 髪は染めていないけど明かりの具合では茶色に見える。

 堅司よりも髪は長くちょっとぼさっとしていて、たまにだらしないと言われるも、無造作ヘアーなんだよ、と言い訳している。


 そして堅司の恋人の有多香奈。

 香奈は僕達と同じ高校出身で、高校3年生の頃から堅司と付き合っている。

 身長168㎝と女性の中では高く、ヒールを履けば僕よりも身長が高くなってしまう。

 彼氏にするなら絶対自分より身長高い人がいい! と言っていた香奈は見事に堅司をゲットした。

 美人系で見ようによってはちょっときつい印象を受ける香奈だけど、根は真面目で優しく情にもろい。

 高校まで陸上部に所属していたこともあり、スタイルもいい。髪は黒でショートカットだ。

 残念ながら胸の膨らみはさほどない。幸運にも堅司は小さい方が好みなので、それも2人にとっては問題にならなかった。

 高校1年の頃からそれなりに仲が良さそうに見えた2人なので、堅司と香奈が付き合ったとしても、僕には何ら驚きはなかったものだ。

 堅司が恥ずかしそうに『実は俺達、付き合ってるんだ』とカミングアウトしてきた時も、『あ、うん』という僕のそっけない返事に堅司も香奈も怒ってしまった。

 今となっては懐かしい思い出だ。


 そして最後の1人が三浦美穂。

 僕の幼馴染であり、小中と同じ学校に通っていた。

 高校は女子高に進学したけど、家も近いため4人でよく一緒に遊んでいた。

 美穂は身長160㎝でヒールを履いても僕より身長が高くなることはない。だから安心だ。

 香奈とは違って、自分より身長の高い人が彼氏の条件に入っているという話は聞いたことがないが、僕の方が高いことに越したことはない。

 美穂も明かりの具合によっては茶色に見える髪質で、肩にかかるぐらいの長さだ。

 読書好きな美穂だけど、ヨガ教室とかに通っていて身体は柔らかくてスタイルは良いし可愛いし……しかも実は運動神経抜群らしい。

 そして何より香奈にはない、素晴らしい胸の膨らみが……。

 一度、堅司と美穂の胸のカップ数を推測する話し合いを持った時、僕達の中で出た結論はEであった。

 ちなみにこの話し合いはまだ堅司と香奈が付き合う前に行われたものであり、僕達がそんな話し合いをしていたことを後に知った香奈に、堅司は相当怒られたらしい。

 正確にはどうせ私は小さいですよ! と拗ねた香奈を堅司が慰めて良い感じになって、それで初めて最後まで……というのろけ話だったのだが。

 話を戻すと、当時の推定でEだった美穂のそれは、いま現在寒空の下コートの中で震えているのはきっとFぐらいには成長していると思われる。


 ……何の話だっけ?


 世界初VRMMORPGの話だった。

 堅司はゲーマーだ。僕もそれなりにゲーム好きである。

 世界初のVRMMORPG『ファンタジーワールド』に堅司が反応しないわけがなかった。

 同時に堅司はこれを使ってあることを考えていた。


 堅司と香奈は付き合っていることをカミングアウトすると、僕達の前でも平気でイチャイチャするようになっていた。

 対して僕と美穂は微妙な距離感の間をいったりきたりしている。

 恋人ではないけど、友達以上の感覚。

 そんな僕達を見る堅司と香奈はやきもきして僕達をくっつけようとこそこそ動き回るのだが、その狙いは裏目にでるばかり。

 気持ちはありがたいけど、僕は堅司に「気持ちは嬉しいけど、そっとしておいてくれ」と言い、香奈は美穂から「私達のことは大丈夫だから気を使わないでね」と優しく注意される始末である。


 それでもめげないのが堅司の良いところだ。

 ファンタジーワールドの開発が進んでいることを知るや、すぐに自称VRサークルを結成。

 ファンタジーワールドの中で、ドキドキわくわくな冒険を一緒にすれば、僕と美穂の間が一気に進展すると考えたのだ。


 この案に香奈はすぐに賛成。

 さすがは私の彼氏! と必要以上に堅司を褒めちぎっていた。

 当人である僕の前でネタばらし的に言われても困るんだけど、2人としてはゲームに慣れている僕が美穂をリードするべきだと言いたいようだった。

 慣れているも何も、世界初のVRゲームは全員初心者なんだけどね。


 美穂はゲームをほとんどしたことがない。

 そのため、最初はファンタジーワールドなんて自分には無理、と言って一緒にプレイすることを拒んだ。

 香奈の必死な説得のおかげでなんとか“とりあえずやってみる”という段階まで持っていったのだ。

 やってみて合わなかったらやめる、という条件付きだけど。


 ベータテストは4人とも外れ。

 その結果に初期出荷分の正式サービスを、4人一緒に参加できるか不安が募った。

 もし誰かが買えなかったら、次回出荷分を購入して4人揃った時点でゲームを始めようと約束していた。

 しかし神は僕達に微笑んでくれた。

 ベータテスターへの特典で、自分以外の2人分まで正式サービスの初期出荷分を優先的に予約できるんだけど、堅司のネット仲間2人がベータテストに当選しており、その優先予約券を使って僕達4人分を予約してくれたのだ。

 堅司のネット仲間に感謝しつつ、必ず購入できると分かれば、ファンタジーワールドの情報を集めまくった。

 

 美穂もこの頃になると、事前情報からファンタジーワールドに興味を持ち始めていた。

 自らがファンタジーの世界に降り立つ。

 夢見る少女の夢が現実となる。

 美穂はそんな風に考えていた。

 それは僕達も同じだった。




「3! 2! 1!」


 司会者がマイクの前でカウントダウンをすると、深夜0時と共にファンタジーワールドの発売が始まった。

 夢の電子世界への招待券。

 このヘッドギアを被るだけで電子世界に行けるとは、実物を見ても信じられない。

 しかしベータテストは成功しており、間違いなくこれで夢の世界へと旅立てるのだ。


「やったな!」

「うん! 予約券があるから絶対に買えると分かっていても、超ドキドキだったね!」

「うんうん。僕も興奮したよ」

「お!? さすがの聖司も興奮気味か! そうだよな! 男でこれに興奮しない奴はいない!」

「美穂もよかったね!」

「う、うん。すごい人でびっくりしちゃったけど、楽しかったわ。こういうのも悪くないね」

「でしょ~。早く帰ってログインして、チュートリアル終わらせちゃおうよ!」

「だな!」


 今日が発売でも、正式サービス開始はクリスマスの25日からである。

 つまりあと24時間後なのだ。

 それまでの間にログインして「チュートリアル」を終わらせておく。

 別に正式サービス開始後にチュートリアルをしてもいいのだが、これを終わらせないとファンタジーワールドの世界に降り立つことが出来ない。


 帰りの電車の中でもファンタジーワールドのことで盛り上がった。

 周りに乗っている人達の中にも、僕達と同じくファンタジーワールドを買った人達がちらほらといた。

 僕達は一緒に電車を降りる。

 堅司と香奈は駅を挟んで逆方向なので、ここでお別れだ。

 僕は美穂と一緒に歩いていく。

 美穂の家の方が駅に近いため、家の前まで送った。


「それじゃ~明日、ファンタジーワールドで」

「うん。私もすごく楽しみになってきちゃった」

「あはは。それは良かった。堅司と香奈に強引に誘われて本当は嫌だったらどうしようってちょっと心配だったんだ」

「最初はね。でも今は楽しみだよ。……明日ファンタジーワールドで会おうね」

「うん。おやすみ」

「おやすみ」


 玄関のドアが閉まるまで手を振り、ガチャンという音と共に歩き出す。

 僕の家はここから1分もしないところにある。

 クリスマスイブの寒い風に身を震わせながら、僕の頭の中はファンタジーワールドのことで一杯だった。

 正確には美穂と一緒に冒険することだけど。

 おまけでそこに堅司と香奈が映っていた。


 部屋に着いたらすぐにファンタジーワールドを始めようと思っていた。

 でも、風呂に入ったところ一気に疲れと眠気に襲われてしまった。

 気持ちの良い疲れだ。

 そのまま“ちょっとだけ”とベッドの中に入ったら、すぐに夢の中に落ちていった。




 次の日の朝。

 僕を起こしたのは携帯のアラームではなく、メール着信音だった。

 メールの差出人は堅司。

 それはファンタジーワールドのチュートリアルの凄さを語る内容だった。

 当然僕もプレイしたと思っている堅司なのだが、残念ながら僕は今からだ。

 今からプレイするよ、と返事を出しておく。


 顔を洗って朝食を食べて部屋に戻ると、携帯にメールが届いていた。

 また堅司からだろう。

 どうせ、「なんでプレイしてないんだよ!」みたいなことが書いてあると思い、メールを開けてみると、差出人は美穂からだった。

 驚いたことに、美穂も昨夜寝る前にファンタジーワールドのチュートリアルをプレイしていたのだ。

 メールの内容も相当楽しかったのか、かなり興奮しているような文面だった。

 おそらく香奈もプレイしているだろう。

 昨夜、僕だけがファンタジーワールドをプレイしていなかったようだ……。


 すぐにベッドの上で、ファンタジーワールド正式サービス用のヘッドギアを装着する。

 電源を入れると、ヘッドギアのディスプレイにファンタジーワールドの文字が浮かび上がってくる。

 そしてログインという思考と共に、目の前を光りの奔流が流れ始め、電子世界の中に僕を誘ってくれた。


 一瞬の浮遊感とも言えるような感触に驚くも、すぐに僕は真っ白な電子世界の床の上に立っていることに気付いた。

 これがVR技術……すごい!

 白い世界にナビゲーターの音声が響く。


「ようこそ、ファンタジーワールドへ。

 正式サービス開始まであと15時間26分です。

 現在はキャラクターの作成およびチュートリアルのプレイのみとなります。

 キャラクターを作成しますか?」


 ファンタジーワールドにはレベルが存在する。

 レベルが上がればHPと各種ステータス値が上がるのだが、これらの成長は最初から決められており全員同じである。

 同レベルではHPとステータス値がまったく同じになるため、公平とも言えるし個性がないとも言える。

 しかし、ステータス値が上がると現実世界では到底成し得ない動きが可能になるも、実際にその動きを制御出来るかどうかは個人のセンスによるらしい。


 とりあえず、ステータス値は全員同じで差はない。

 ではファンタジーワールドのシステムにおいて個性はどこで表れるのか。

 ファンタジーワールドにジョブシステムはない。

 あえていえば、全員が『戦士』となる。

 しかしスキルに熟練度があるため、どのスキルを使い続けるかによって個性が分かれていくタイプだ。

 スキルの熟練度を上げていけば、上位のスキルを取得できるようになる。

 またモンスターからレアなスキル書がドロップすることもあるらしい。

 ファンタジーワールドにおいては何のスキルを上げているかで個性を表すことになる。


 ファンタジーゲームといえば『魔法』だ。

 でも、ファンタジーワールドの世界に魔法はスキルの中に存在しない。

 魔法は『魔石』を用いて行使することになる。

 魔石はモンスターを倒すことで手に入れることが出来る。

 そして魔石には行使できる魔法と回数が決められている。

 例えば、ファイアーアローを5回使える魔石、ヒールを10回使える魔石といった具合である。

 魔石を手に持ち魔法名を唱えることで、魔石から即時で魔法が発動する。

 使用回数を使い切った魔石は砕けてなくなる。

 使用回数を回復することはできない。


 魔法が使用回数の決まった消耗品のような位置づけのため、中にはとんでもない威力を持った魔石が存在するらしいが、そういった魔法の使用回数は1回であったりするため、ゲームバランスを崩すことはない。

 お祭り的な感覚で使われることになるだろう。


 魔法に似た効果でスキルにあるのは『付与』だ。

 付与は武器や防具に一定の効果を与えるスキルで、属性だったり性能の底上げだったりする。

 中には付与するために触媒となるアイテムが必要になる場合もあるが、一度付与すれば決まった効果時間が過ぎるまで、持続的に効果を発揮してくれる。


 さて、HPとステータス値が全プレイヤー同じとなれば、スキル以外で個性を発揮することになるのは『装備』である。

 ステータス値に差がないのだから、装備の差がそのままプレイヤー間の差となる。

 さらには、レア級、ユニーク級といった装備品にはステータス値を上げてくれたりする特殊効果がある。

 中には攻撃すると一定確率で魔法が発動するなんていう、超性能な武器まで存在するとか。


 そんなことをチュートリアルとして用意された空間で説明を受けながら、かかし相手にあれこれいろんな武器を試し終わったところだ。

 魔石もファイアーアローを1回だけ使える魔石をもらい、かかしに向かって放ってみた。

 真っ赤に燃え上がる炎の矢が、かかしに向かって飛んでいった時には、さすがに感動した。

 もっと効果の高い魔石となれば、さらに派手な演出が期待できるのだろう。


 装備に関しては『短剣』と『革防具』を選んだ。

 短剣の熟練度を上げていけば『二刀流』の上位スキルを取得できるという情報があった。

 革防具は動きやすく、攻撃速度重視の構成だ。

 フルプレートアーマーは防御力が高くてHPも底上げされるが、重いため行動速度が革装備よりずっと遅くなる。

 革装備より重いけど、それでも動きやすいライトアーマーも魅力的だったが、堅司はフルプレートアーマーに片手剣と大盾の防御特化構成にして盾役をすると明言していたので、僕は防御力がなくても問題ない。

 しかも香奈は細剣に盾とライトアーマーにすると言っていたし、盾役二番手は女性だけど香奈に任せよう。


 美穂の武器は『杖』で防具は『ローブ』にしたようだ。

 杖は唯一魔石を装着することが出来て、魔法の効果を高めることができる武器だ。

 魔石を杖に装着して使うことで、効果を高めることができる。

 でも最初のうちは微々たる効果のため、かなり熟練度が上がってこないと効果を実感できないらしい。

 さらにはクールタイムを短くする効果もある。

 魔石は魔法を使うと、次にその魔石を使えるようになるまでの待機時間が決められている。

 杖に装着して使うことで、この待機時間が最大で半減するのだ。

 最初のうちは1割減ぐらいなので、こちらも効果をなかなか実感できない。

 レア級以上の杖になれば、恩恵を感じられるようになるだろう。

『付与』や『調合』といったスキルの効果も杖の熟練度が高いと効果が上がるらしい。

 ローブは最も防御力が低いけど軽い装備で、杖と同じく魔法の効果を高めてくれる。


 無事にチュートリアルを終えると、昼前になっていた。

 昼食を食べたら、ネットに溢れるファンタジーワールドの情報を集めて、堅司とも情報交換をしよう。

 そして仮眠を取って、正式サービスに備えるんだ。

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