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第16話 B-8

 いつの日かと同じような満月が浮かんでいた。

 美しくも妖しい月明かりは、生と死のどちらも照らしてくれる。

 1つの終わり、そして1つの始まり。



 サーカスが壊滅して既に7年が経過した。

 そしていま、この世界は最後の時を迎えようとしている。

 美穂達は第6魔将軍を倒した。

 ついに最後の敵である魔王に辿り着いたんだ。

 本当にすごいよ。

 美穂達のおかげで、魔王城への道が解放された。


 僕は森の中にある一本の巨木の上から魔王城を見ている。

 このフィールドをソロで潜入できるほどになったんだから、自分のことをちょっと褒めてあげたい。

 この7年間は本当に苦労したな。


 サーカスが壊滅した後、レッドプレイヤーを支援していた村は手の平を返してきた。

 美穂から逃げたあの日、隠し通路から出てきた僕に向かって村長が「もう二度とこの村にこないでくれ! 来たら殺す!」と言ってきたのだ。

 その時はNPC騎士に攻撃されることもなく見逃してくれたけどね。

 村での補給は出来なくなったけど、残りの隠れ家は引き続き使えた。

 手持ちのアイテムが尽きる前に、僕はレッドプレイヤーにだけ発生するクエストやイベントがないか探し回った。

 魔王の手先になる以外のね。


 幸いにもあった。

 ルーン王国の権力闘争の影に隠れた汚い仕事だ。

 モンスターの討伐、それに採集系、そしてNPCキャラの暗殺まで生き延びるため、そして強くなるためなら何でもした。

 僕を支援してくれる人物との裏の繋がりも出来て、アイテム補給も馬鹿みたいに高い金額で可能となった。

 何度か前線組と鉢合わせになったこともあったけど、どうにかこうにか逃げた。

 前線組も僕一人では大した脅威にはならないと思ったのか、追撃の手は緩かった。

 一部のプレイヤー(美穂や僕に復讐したい人)を除いてね。

 美穂には何度も痛い目……本気の突きを頂いた。

 あれ、本当に痛いんだよね。



 第6魔将軍を倒し終えた時点で前線組の残りプレイヤーは300名程度と推測される。

 この世界に囚われたプレイヤーの総数は定かではないが、おそらく5000人程度だと思う。

 いま現在も生き残っているプレイヤーは3000人ぐらいではないだろうか。

 でも前線組に所属していない者は戦力として期待できない。それどころか、前線組の中でも実質的に戦力となるのは100人程度だ。


 魔王は魔王城の中にいる。

 魔王以外のモンスターはいないらしい……裏で繋がったNPCからの情報が正しければ。

 美穂達は魔王城の近くにある安全地帯でキャンプを張っている。

 魔王の侵攻が始まるギリギリまで作戦会議でもしているのだろうか。


 これまた裏で繋がっているNPCから聞いた情報なのだが、魔王の侵攻が始まってしまうと魔王とはフィールドでの戦闘になってしまうらしい。

 それは全てのプレイヤーが同時に戦うことが出来るということだが、逆に言えば全てのプレイヤーと戦えるほどの力を持っている魔王との戦闘になるということだ。

 フィールドに出てきてしまった魔王を倒すには100人では厳しいだろう。

 魔王城の中なら1ギルドの最大人数36人での戦いとなる。それに見合った強さの魔王となるはずだ。



 僕は妖しい月明かりに照らされながら、巨木の上を渡り歩き、魔王城へと向かっている。

 美穂達より先に魔王城にお邪魔させてもらうつもりだ。

 たった1人で。

 本当は美穂達の支援を受けることが出来れば嬉しいけど……それは無理ってもんだ。

 この7年の間、美穂と遭遇する度に僕は魔王を倒すために強くなると叫びながら逃げ回った。とにかく言い続けた。それは本当のことだから。

 でも僕のしてきたことを考えれば……信じてはくれないだろう。


「あらよっと」


 木の上から飛び降りると、魔王城の門が見えた。

 門一つも邪悪な禍々しいオーラを放っているように感じる。

 ただ造りは美しい。

 明るい太陽の下で見れば神秘的に思えるかもしれないな。

 でも残念だ。

 僕がもう一度、太陽を見ることはない。


 右手には真っ白な短剣が握られている。

 魔王相手にこの短剣で挑むなんて、サーカスの奴らが見たらまさにピエロと思われるだろう。

 でも魔王相手だからこそ、この短剣なんだ。

 たった一度だけ“僕に奇跡”を与えてくれる。

 その相手は魔王だけだ。


 この世界に囚われてもう10年以上が過ぎた。

 今日、この世界は終わる。

 僕が終わらせる。



「貴様と会う日はどうして綺麗な満月の日ばかりなのだろうな」


 背後から凛々しい声。

 いつの間に……と思っても、彼女と僕では差があり過ぎる。

 彼女なら僕に気取られず背後を取るぐらい朝飯前だろう。

 痛くてきつい一撃を覚悟しながら振り向いた。


「やっぱりムードが大事だからじゃないかな? ほら僕ってロマンチストだから」


「ナルシスト勘違い野郎の間違いだろ。あいかわらずそのピエロの仮面が醜いな」


「あはは。きついな~」


 幸いにも突きは飛んでこなかった。

 この7年間でさらに強く美しくなった美穂。

 装備は全てユニーク最上級らしい。


「……それで、ここで何をしている? 貴様の前に見えているのは魔王城だぞ」


「そっちこそ、勇者様がこんなところで1人でいていいの? 悪い男に襲われちゃうよ?」


「ほ~面白い。私を襲うような男がいるなら見てみたいものだな」


「あ、そうだね。うん、確かに見てみた……」


 ヒュン! と、僕の顔を何かが掠めた。

 それはもちろん美穂の細剣だろう。

 でもマジで見えない。

 剣を抜く動作すら見えない。


「もう一度だけ聞く。ここで何をしている?」


「あ、あはは。え、え~っと、僕の前に見えているのは魔王城でしょ」


「そうだ」


「なら、ここで何をするって、することは1つしかないじゃん」


「……本気で言っているのか?」


「もちろん。本気も本気! 僕はこれまで本気じゃなかったことなんて……」


 ヒュン! と再び顔を何かが掠める。さっきとは逆側をね。

 それ、心臓に悪いからやめてくれないかな……。


「貴様1人で行って何になる? 魔王の餌にでもなりたいのか?」


「餌になるつもりはないな~。ただ、ちょっと……魔王を倒しにね」


「あの日から7年間、貴様は私から逃げる時にそのことをひたすら叫んでいたな。……愚か者が妄想を吐いているのか、頭が狂った馬鹿の虚言かと思っていたが」


「うわ~ひどい。どっちもひどいね」


「貴様1人で魔王を倒せるわけがない。それとも倒せる何かを持っているのか?」


 おっと、さすがは勇者様。鋭いね。

 でも伝えられないんだ。伝えてはいけないんだ。

 伝えてしまったら、この短剣の中にある奇跡の力は失われてしまうから。


「さてね~。どうだろうね」


「……」


「まあ、どうしても知りたいならついてきたら? そしたら僕が何をするか見れるじゃない。って勇者様が僕なんかについてこれないだろうけど」


「……」


「ほら、もう夜も遅いからキャンプに戻りなよ。大切なお仲間が心配しちゃうよ」


「…………」


「ぐっすり寝れば……きっと夢から覚めて清々しい朝が待っているからさ」


「………………」


「それじゃ……僕は行くから」


 これ以上話すと辛くなりそうだ。

 僕は魔王城の門に向かって歩き始めた。

 美穂からすれば、馬鹿が勝手に死に行くだけだ。

 そう、ただそれだけのこと。


 門の前まで来た。

 手を伸ばし門に触れると、魔王城の中にワープするように入れる。

 高鳴る鼓動を抑えながら、僕は手を伸ばそうと……。


「え?」


 伸ばした手が止まる。

 そして思わず声が出てしまった。

 僕の視界に……。



『ミホからパーティ要請がきています』



 なんで……美穂から……戻ったんじゃ……。

 門に伸ばした手が震える。

 僕が承諾の意思を持てば、美穂のパーティに入る。

 いや、そもそもレッドプレイヤーの僕とパーティ組めるのか?


「どうした? 私のパーティは嫌か? 貴様が魔王に殺されるのを見に行こうかと思ってな」


 あいかわらず背後にいる気配すら感じられない。

 喋らなかったらまったく分からない。


「あ、いや……その……ほら、僕ってレッドプレイヤーだし……パーティ組めないんじゃ」


「承諾してみたのか?」


「いや、してないけど」


「してみれば分かるだろ」


 確かに。その通りなんだけど……。

 僕は美穂の言葉に乗って、承諾してみた。


 入った。

 美穂のパーティに入ってしまった。

 レッドプレイヤーでもパーティ入れるのかよ!

 うわ~パーティ情報見えちゃうし!

 って、美穂レベル高い! めっちゃ高い! HP多いな、おい! なんだこの馬鹿みたいなHPは! こんなHPずるいぞ! 絶対この短剣で削れないだろ! いや7年前はもっと少なかったんだろうけど!


 いやいや、冷静になろう。

 このまま魔王城に入ったら、美穂と2人で戦うことになる。

 

「入らないのか? それとも怖気づいたか?」


「僕が魔王に殺されるところを見るって……その後……殺されちゃうよ?」


「なんだ? 本当に魔王の餌になるだけなのか?」


「いや、その……」


 真実は伝えられない。

 でも本当は僕が歩んできた道を全て美穂に話したい。

 もう一度美穂の愛を受けたい。


 静寂な沈黙を破ったのは美穂だった。


「……見させて」


「え?」


 懐かしい。本当に懐かしい美穂の声がした。

 凛々しい口調じゃない。昔の美穂の口調と声だ。


「何をするのか、私に見させて。それが何であれ、私は後悔しないわ。たとえその結果、自分が死ぬことになっても」


 再び振り返る。

 美穂は……真剣な表情で僕を見つめていた。

 とても力強い目だ。でもその瞳の中に憎悪の炎は見えない。

 懐かしい声がしたけど、もう目の前にいる美穂は僕の知っている美穂じゃない。

 僕が愛した美穂じゃない……ずっとずっと強くて美しくなった美穂だ。


「美穂。僕は魔王を倒す。この世界を終わらせる」


「……うん」


「……行こう」


 美穂は僕の隣に並ぶ。

 そして、僕と美穂は魔王城の門に手を伸ばす。

 手が門に触れると、吸い込まれるように魔王城の中に入っていった。





 確かにNPCの情報は正しかった。

 魔王城にいたのは、魔王ただ1人だ。

 でもそれは正確に言えば『魔王1人しかいられない』とも言える。


「これが……」

「……魔王」


 僕も美穂も驚愕している。

 僕達の目の前には魔王城。門と同じく美しく造られた城はまるで神殿のようだ。

 でも門の時と違って、たとえ太陽の下でも神秘的とは思えないだろう。

 なぜなら、魔王城の中を巨大な鱗の塊が這い回っているのだ。

 うねうねと蠢くその塊は、巨大な蛇だ。

 恐ろしいほど巨大な蛇が魔王城の中を全て埋め尽くすように蠢いている。

 これが魔王!


「フシュゥゥゥゥゥ!」


 奥からおぞましい咆哮。

 やばい、これだけでちびりそう。


「ふぅ……すーはー、すーはー」


「これは……圧倒的ね。まさか城の中全てを埋め尽くすほど巨大とは私も想定していなかったわ」


「すーはー、すーはー」


「これ、城の中を動いている尻尾みたいな部分からも攻撃くるのかしら? っていうかダメージ判定あるのかな……」


「すーはー、すーはー」


「ちょっと。いつまで深呼吸してるのよ」


「あ、ごめんごめん。いや~でかいね。すごいね!」


「まったく……それで、何かしてくれるんでしょ?」


「もちろん。でもまだだめみたい。魔王と戦闘状態にならないと」


「何よそれ……魔王の本体があるのはこの奥だろうけど」


「そんじゃ、奥に行きますか」


「軽く言っちゃって……」


 真っ白な短剣が奇跡の力を僕に与えてくれるには、魔王と戦闘状態になる必要がある。

 僕達は奥に向かって歩き始めた。


「うわ!」

「くっ!」


 歩き始めた途端に、魔王の体の一部と思われる鱗の塊から、鋭い棘のようなものがものすごい勢いで僕達を襲ってきた。

 美穂が大盾でその棘を防いでくれなかったら……僕死んでたかも。


「あ、ありがとう」

「ふん! どういたしまして!」


 まだ魔王と戦闘状態になっていない。

 この鱗の塊にダメージは通らない。罠と同じ扱いなのかな。

 これは美穂がいなかったら、僕は本当に無駄死にするところだった。


「ブレス……かけておくね」


 僕はユニーク最上級のブレスを自分と美穂にかける。


「何よ。すごいの持ってるじゃないの」


「まあね」


「最初にかけておきなさいよ。馬鹿」


「は、はい」


「行くわよ! 奥まで一気に駆け抜けるわ!」


「え、ちょ、ちょっと!」


 美穂が走り出した。

 まだ心の準備が! と、僕も美穂に遅れないように走り出す。



「きた! はああああ!」


 美穂の勇ましい雄叫び。

 10年以上前の美穂からは決して想像できない勇敢な姿。

 ああ、勇者様だ。

 美穂のことを僕のお姫様なんて言ったことがあったけど、美穂は勇者様だった。


 魔王の体から、次々に攻撃が繰り出されてきた。

 そして美穂はそれらを全て防いでみせた。


 鱗から灼熱の炎が噴き出てきた。

 美穂はその炎を空高く舞い上げる暴風を放った。

 魔王の巨大な尻尾が薙ぎ払われた。

 美穂の盾から巨大な岩の盾が展開され防いだ。一撃で粉砕されていたけど。

 鱗が何枚か落ちると、それが小さな……といっても体長3mはある蛇に変化した。

 5匹の蛇が現れたのだ。

 しかし美穂が何かの魔石を使うと、神聖な光りが辺りに満ち溢れ、5匹の蛇は一瞬で蒸発した。

 美穂が持っていた魔石は砕け散っていた。


「大盤振る舞いだね」


「もう後戻りは出来ないのよ。ここで死ぬか、魔王を倒すかしかないのにケチっても意味ないでしょ」


「確かに!」


 魔王城の中にある庭園らしき場所に足を踏み入れた。

 次の瞬間、恐ろしい咆哮が聞こえた。


「グガアアアアア!」

「なっ! うおおおおお!」


 その叫び声と共に地面が揺れる。

 地震を引き起こしたのか、僕達の体勢が一瞬崩れる。


「あ、やばい」


 その強大な力の出所はすぐに分かった。これだけ離れていても感知できるほどの力だ。

 見上げると、満月を隠すほどの渦が空にあったのだ。

 稲妻を呼ぶつもりか!


「グガアアアア!」


 黄金色の稲妻が、天空の渦から僕達に向かって放たれた。

 本当に刹那の瞬間しかなかったはずだ。

 なのに。


「スヴェル!! ぐっ!! おおおおお!!!」

「美穂!」

「駆け抜けるわよ!」

「ああ!」 


 天空から落ちてきた稲妻に対して、美穂は一瞬で氷の盾を上空に展開してみせた。

 さっきの岩の盾といい、美穂はあの大盾から属性の盾を創り出せるのかもしれない。

 すごい……本当にすごい! 笑っちゃうぐらいすごいよ!


「あはは! あはは! 美穂に守ってもらえる日が来るなんてね!」


「うるさい! 今は守っても、魔王を倒した後に聖司を殺すんだから!」


「あはは! あはは! いいね! それいいね! 愛してるよ! 美穂! 愛してる!」


「ふん! もうお断りよ!」



 突き進むこと数十分。ついに魔王に辿り着いた。

 壮大な広間に魔王の頭部……恐ろしい蛇の頭がそこにあった。

 でかい。魔王城の覆い尽くすほどの体なんだ。頭部だけでもとんでもない大きさだ。

 そして魔王を視認した瞬間、真っ白な短剣が反応した。

 まるで生きているかのように、短剣が鼓動を始めたように感じられた。


「いた」

「はぁはぁ……はぁはぁ……」

「ありがとう。美穂」


 肩で息をする美穂。

 あの巨大な属性盾を連続で何度も使用していたんだ。相当体力を消耗したのだろう。


「その短剣の光り……何なのよ」

「秘密兵器さ」


 さて、積み重ねた力は523人分。我ながら良くやったよな。

 最初にこの短剣の条件を見たとき、なんて絶望的な条件なんだと思った。

 でも、こうして辿り着いた。

 たった一度だけ、この短剣が積み重ねた力を発揮できる場に。

 最後に美穂と一緒に辿り着けた。


「最後だ……本当にこれで最後だ」


 独り言のように呟いた。

 その言葉に短剣の中から、誰かが応えてくれたような気がした。

 僕は真っ白な短剣の力を解放した。

 積み重ねたその魂が、短剣に力を与えてくれる。

 圧倒的な光。

 その光が僕を包み込む。

 たった一度だけの奇跡の力が、僕の身体の中から溢れ出る。


「フシュゥゥゥゥゥ!」


 魔王の醜い口から吐き出される息はまるで瘴気だな。

 その頭部の額には情報通り宝玉が輝いている。


「美穂」

「何よ。何なのよその光りは」

「愛してる」

「ちょっと、質問に応えて……」

「本当に愛してる……さようなら。堅司と香奈によろしくね」

「え? いま何て……」


 最後に美穂を見た。

 美穂はきょとんとしていたけど、とっても可愛らしい顔に思えた。

 遠い昔、愛し合った頃のような可愛らしい美穂だった。



 ぐっと足に力を入れる。

 地面を蹴り出すと、魔王城の床が爆発したかのように抉れた。

 同時に光に包まれた僕は、流星の如く魔王に向かっていった。


「うおおおおおおおお!」


 そのまま僕は魔王に短剣を突き刺す。

 最後のしびれ薬で麻痺属性を与えてある。クイーンからもらったしびれ薬のほとんどは、レベル上げのために使ってしまった。

 魔王を突き刺したのは、レベル92の刺突である。


「グガァァァ!」


 魔王の動きが一瞬止まる。

 麻痺だ。

 しかし、その持続時間は1秒もない。本当に一瞬止まっただけ。

 でもその一瞬でいい。

 奇跡の力で圧倒的なステータスと身体能力を得た僕は、その一瞬で魔王の頭を駆け上がった。

 そして額にある宝玉にこの短剣をぶち込む!


「グガァァァァァ!」


 魔王の苦悶の声が響く。

 額の宝玉に渾身の力で短剣を突き刺した。貫通スキルを使ってね。

 貫通のレベルは98だ。存分に味わえ!


「あはは! あはは! あはは!」


「グガアアアアア!」


 一度の突きでは倒せない。

 もがき苦しむ魔王に向かって、次は刺突で宝玉を突く。

 再び魔王の動きが一瞬止まる。

 その瞬間に、今度は貫通で短剣を突き刺す。


「あはは! あはは! あはは!」


 二度、三度、四度と刺突と貫通を繰り返す。

 短剣の基本スキルともいえる刺突と貫通。

 僕にはこの2つのスキルしかないけど、10年以上の時を費やし鍛え上げたスキルだ。

 そして奇跡の力と共に、魔王を倒す悪魔の切り札となった。


 終わりだ。

 この世界の終わり、僕の終わり。

 そして美穂達の始まり。


「あはは! あはは! あはは!」


 狂った笑い声を上げながら、僕は宝玉を何度も突く。

 徐々に視界が薄れていく。

 涙……かな。

 後ろで美穂が何か叫んでいるように思えた。

 でもその声は自分の笑い声にかき消されて聞こえない。

 聞かない方がいい。


「せい×! わた××××じの××、あ××××! ×いし×る!」


「あはは! あはは! あはは! あはは!!」



 何度、魔王の宝玉を突いたのだろう。

 なんだか、もう突いているという感触がない。

 いや、短剣を握っている感触も。

 あれ? 手の感触も……視界も真っ白だ。


 真っ白な世界だ。

 いつの間にか真っ白な世界に僕は独りでいた。

 こんな真っ白な色の短剣を握っていたはず……美穂を、堅司を、香奈を救ってくれた短剣。

 みんなを救ってくれた短剣。


 クイーンの言う通りだな。

 この世界は全てが幻。みんなにとってはただの夢。

 団長……クイーンに文句言わせてあげますよ。感謝してくださいね。


 真っ白な世界の中に僕は溶け込んでいく。

 僕だけ、僕にだけ真実だった世界。

 


 最後に僕の顔から仮面が落ちていった。

 溶けていく真っ白な世界の上に落ちたピエロの仮面。

 白い水面に浮かぶ仮面に描かれたピエロの顔は……満足そうに笑っていた。




読んで頂いた全ての方へ。

ありがとうございます。


後日、「木の棒の裏話」に裏話を書きたいと思います。

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