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第15話 A-8

 あいかわらず綺麗な満月が、夜空に浮かんでいる。

 それをじっと見ている男が1人。

 ピエロの仮面をかぶった、悲しい男が1人。


 ピエロは誰もいなくなった隠れ家を背に、明日からどうしようかと悩んでいた。

 仲間は失った。

 頼りにしていた仲間はもういない、

 団長が死んだことで、レッドプレイヤーを支援していた村との関係も不明だ。

 アイテムの補充に立ち寄ったら、あっけなく無敵属性のNPC騎士が飛んできて殺されるかもしれない。

 

 クイーンからもらったしびれ薬を使って、どうにか1人でも多くプレイヤーを殺してあげたいところだが、残念ながらその実現は難しい。

 ピエロが難なく捕獲できるような低レベルプレイヤーは、もう安全な街の中から出てくることはない。

 6人パーティで動いている者達を、ピエロ1人で相手することも難しい。

 もうピエロが殺してあげられるプレイヤーは、この世界にはいないだろう。

 誰かが1人でのこのこと現れてくれない限り。



「貴様の最後の夜にしては月が綺麗すぎるな」


 いた。

 1人でのこのこと現れた者が。

 ただし、その者は勇者だ。

 勇敢なる者……魔王に立ち向かう勇気ある者だ。


「クズな貴様には勿体ない。月も陽も当たらない闇の底で死ぬのがお似合いだ」


 真っ白な重厚な鎧は圧倒的な防御力を誇り、美しい模様と装飾が施されている。

 左手には鎧に負けない存在感を放つ大盾。

 右手には月の明かりを吸い込んでしまいそうな細剣。


 彼女の強さは魔王を倒すためのものだが、その原動力はピエロへの復讐心だ。

 かつて愛した人。友を殺し、自分を殺そうとした人。そして最も多くの命を奪った人。

 最後に素顔を見たのは、森での別れの時だ。


 彼女が強さを得て再びサーカスと相対した時、その中にピエロの仮面を被った男がいた。

 ピエロの噂は前線組には伝えられていた。

 サーカスの中でも最も殺しが好きな、いかれた奴だと。

 見れば、それは彼だった。彼女にはすぐに分かった。

 次の瞬間、彼女は怒りと悲しみの叫び声を上げながら1人で突っ込んでいた。

 それから彼女はサーカスのピエロを殺すために強くなり生き続けた。


「逃げられないぞ。既に包囲は終わっている。貴様だけは私の手で殺したいので、みんなには手を出さないよう言ってある」


 流れた年月をピエロは感じる。

 彼女の口調は自分が知っているそれではない。

 前線組の勇者として……それも貴重な女性の勇者となれば、いろいろあったのだろう。

 それとも自分を変えるために口調を変えたのかもしれない。

 いずれにしてもあの愛らしい口調は消えて、凛々しい勇者様の口調だ。


「……ガレスはそこの隠れ家の中か。助けてもらうために叫ばなくていいのか? 金魚の糞のお前でも、叫ぶことぐらいは出来るだろ」

「団長はもういないよ」

「なに」


 チッ、と舌打ちが聞こえる。

 団長、そして言葉に出さなかったがクイーンの2人がここにいると踏んでいたのに、既に逃げられていると思ったのだ。


「ああ、違うよ。そういう意味じゃない。団長も……そしてクイーンも、もうこの世界にはいないよ」

「なんだと」

「僕が殺したからね」


 にわかには信じ難い言葉である。

 ピエロなら仲間ですら殺しかねないと思うも、クイーンだけではなく団長を殺せるとは彼女には思えなかった。

 麻痺状態にすれば……だが、あのガレスがそんな失態を犯すだろうか、と頭の中であれこれ考え始めてしまう。

 嘘を言って団長とクイーンが何処かに逃げる時間を稼いでいるかもしれない。


「あれ? 信じられない?」

「自分の言葉を1ミリでも信じてもらえると思っているのか? お笑いだな」

「あはは。本当だね。自分で言っておいて、おかしいや」


 ドォン! と轟音が鳴り響く。

 聖闘気。

 かつて剣王と呼ばれた男だけが使えたとされるユニークスキル。

 彼女はそれを取得していた。


「聖闘気だ。包囲しているので問題ないが、これで俊敏性でも貴様に遅れは取らない」


 彼女は憤怒の表情を浮かべていた。

 ピエロは自分のどの言葉が癪に触ったのかと考えるが、どんな言葉であれ自分の口から出た言葉なら、彼女は全てに怒りを覚えることを思い出した。

 ピエロの真実が……真意が彼女に伝わることはない。

 サーカスに入ってから自分のしてきたこと、そしてそれが噂となり彼女の耳に入るであろう情報から、彼女がピエロの全てを憎んでいることは間違いないのだから。


「すごいね。剣王しか使えなかったユニークスキルとは恐れ入ったよ。確かにそれを使われたら俊敏性でも敵わないや」


 白銀の闘気を纏う彼女は美しかった。

 自分なんか足元にも及ばない存在だ。

 出来ることなら彼女とのレベル差を出来るだけ縮めてから戦いたかったが、彼女はいま現れた。

 こうして1対1の状況を得られたのだ。今がその時だ。

 それに時間が経てば経つほど、レベル差と装備差は広がるばかりかもしれない。


「これが本当に最後の最後だね。だから僕も……諦めないで立ち向かうよ」


「ふん! 諦めないで立ち向かうだと!? 貴様のような卑怯者が言っていい言葉じゃない! 貴様が何かに立ち向かったことなどない! 自分の命のために友を殺し、私を殺そうと考え、そして己の欲望を満たすためにどれだけ多くのプレイヤーを卑怯な手段で殺してきたと思っているの!」


「……その通りだ。だからこそ、僕は立ち向かうよ。自分の……運命にね」


「ほざけえええ!」


 フルプレートアーマーの重装備とは思えない速度で、彼女は駆け出した。

 それはピエロの予想を遥かに凌駕していた。


(速い!!)


 一瞬で間合いを詰めると、彼女の美しい細剣がピエロの横腹に突き刺さった。


「ぐほっ!」


 軽く5mは吹き飛ばされた。

 たった一撃で。


「ごほっ! ごほっ!」


「ふん! 聖闘気をなめていたな。……だが、思ったほどHPは減っていないな。卑怯な手でプレイヤーを殺してばかりで、あまりレベルは高くないはずが……以前よりかなりレベルを上げたのか?」


「ごほっ! い、いててて……これは痛いね」


「お前に殺されていった者達の痛みを考えれば、かすり傷程度だろ」


「確かにね……って追撃しなくていいの? 回復しちゃうよ?」


「勝手にしろ。包囲は完成している。貴様に逃げ道はない。むしろ簡単に殺すつもりなどない」


「ひどいな~。いつからサディストに?」


「自分のしてきたことを思い出してから言え!」


 彼女は再びピエロに向かって突進した。

 一度見た速度はピエロが反応出来るギリギリの速度だった。

 だが、鋭い彼女の突きまで見切ることは出来なかった。


「ごほっぉぉ!」


 今度はピエロの胸に彼女の細剣が直撃した。

 さきほどよりさらに遠くまで、ピエロは吹き飛んだ。


「ふん! なまじレベルを上げたせいで簡単に死ねなくなったな。好都合だ。徹底的に痛みつけて殺してやる! 香奈の……堅司の……みんなの痛みを味わえ!!」


 彼女の突き刺さるような言葉の中、ピエロは考える。

 あの動きに反応する……クイーンからもらったユニーク最上級の『ブレス』をかければいけるだろう。

 だが、彼女も同じく補助系の魔石は持っているはずだ。

 それに回復も。

 魔石は手に持たないと使えない。または杖に装着してその杖を持つかだ。

 彼女は細剣と大盾を持っているから、魔法を使うには装備を変更する必要がある。

 通常の戦闘では、戦いながら剣か盾を魔石に変えて魔法を使うなど危険すぎて出来ない。

 だがピエロが相手……しかも攻撃力の低い真っ白な短剣を持ったピエロ相手となれば、攻撃を受けながらでも魔石を持って回復することぐらい、彼女にとっては問題ないことだ。

 どうにかして、彼女に魔石を使われないようにしないといけない。


 ピエロは真っ白な短剣しか持たない。二刀流を取得しているが、左手に別の短剣を持つことはない。しかも盾も使わない。

 モンスター相手には二刀流で戦っていたため、盾の熟練度が上がることはなかったのだ。

 しかしこれは特殊な戦い方を実現させてくれる。

 左手に魔石を持つことが出来るのだ。

 この世界でソロプレイをしている者はおそらくいないだろう。そんな必要はないからだ。しかしピエロはある意味ソロプレイだったとも言える。

 たった1人で彼女を救うことを最終目標にしてきたのだから。


 左手に魔石を持つ。幸いにもクイーンからレア最上級やユニーク上級といった回復系の魔石をもらえている。これを代わる代わる左手に持てば、連続して自分を回復することが出来る。クールタイムを上手く調整出来れば、かなり長時間戦えるだろう。

 残る問題は、彼女に魔石を使わせない……のは無理なので、使わないと約束してもらう。

 どんだけ自分勝手で都合の良い希望だよ、とピエロは自嘲した。


「いてて……。やられてばっかりじゃ格好つかないから、そろそろ僕からもいくよ。ただ1つお願いがあるんだけど」


「……」


「いや、ほら。勇者様と哀れなピエロでは差があり過ぎるだろ? 僕は左手に魔石持って回復と補助魔法使うけど、そっちは回復とか補助の魔法無しでお願い出来ないかな~。あ、攻撃系の魔法は僕も使わないから安心して」


「……」


「聖闘気まで纏った勇者様なんだから、こんな卑怯なピエロなんて回復無しで倒せるでしょ? あれ? もしかして出来ない?」


「……」


 ピエロはこんな馬鹿みたいな安い挑発ぐらいしか思い浮かばなかった。

 回復薬を飲み干すと、瓶を草むらに投げ捨てる。

 彼女はあいかわらず虫けらを見るような目でピエロを睨んでいた。


「ブレス」


 ユニーク最上級のブレスによりあらゆるステータス値が底上げされる。


「いくよ」


 右手に真っ白な短剣を、左手にレア最上級の『ハイヒール』の魔石を握りながら、ピエロは駆け出した。

 ぐっと力を入れた右足が跳ねると、聖闘気を纏った彼女を僅かに凌駕するほどの速度が生み出される。

 だが、それは彼女にとって反応可能な速度であった。


 ピエロの一撃は彼女の大盾で見事に防がれる。

 それで構わなかった。

 万が一の可能性……彼女の自尊心でも、誇りでも、憎しみでも、何でもいいから挑発に乗って回復が使われないことを信じて、ピエロは大盾を突き続ける。


「な……なんだこれは」


 ピエロの突きを何度も大盾で防ぎ、無様な姿にしてやろうと考えていた彼女は異変に気付く。

 自分のHPが僅かであっても、確かに減っていることを。


「馬鹿な……なんで」


 ピエロの持つ真っ白な短剣から『貫通』スキルの突きが放たれている。

 彼女は知らない。

 ピエロの貫通スキルのレベルが、今では38となり実に58%の防御力を無視する突きとなっていることを。

 この攻撃力の低い短剣で、貫通スキルによって彼女に僅かであっても確かなダメージを与えているのだ。

 盾で防げばダメージの全てを無くせるわけではない。

 盾の性能及び熟練度によって、ダメージを軽減しているに過ぎない。

 もちろん、肉体的な痛みを感じることはないので盾で防ぐ意味は大きい。


 彼女を驚愕させることは出来た。だが、彼女の減っていくHPは本当に僅かだ。

 あと何十回、何百回、何千回、何万回突けば、彼女のHPを0に出来るだろうか。

 こんなことを本気で出来ると、自分は考えているのだろうか。

 そう思うと、ピエロは何だか可笑しくなってきてしまった。

 そしてついつい笑ってしまったのだ。


「あはは」


「何がおかしい!」


 それが彼女をまた怒らせた。

 HPを減らせて殺せるかもしれないと思って嬉しがっている、と彼女には映ったのだ。


「調子に乗るな!」


 彼女からすれば、わざと盾で防ぎ続けて防御に専念してあげていただけ。

 反撃しようと思えばいつでも反撃できる。

 鋭い突きをピエロに返した。


「ぐあっ……ぁぁ……ぁぁあああ!」


 悶絶したい痛みの中、ピエロは貫通の突きを続ける。

 盾に向かって。

 自分の力量では、彼女の身体に短剣が届かないと分かっている。

 ならば、ダメージをさらに軽減されようとも盾に向かって突く。

 システム上はそれで、彼女のHPを減らせるのだ。

 僅かでも彼女の救いに一歩近づくのだ。


「いつまでふざけるつもりだ!? そうやって相手を馬鹿にすることしか出来ないのか!」


 彼女の怒りの一撃に、今度は堪えることが出来ずピエロは後ろに吹き飛んだ。

 突かれたのは心臓の部分だ。

 ふとピエロは考えた。この肉体への痛みは現実世界で味わう痛みと同一ではない。現実世界で心臓のある胸にあんな強烈な突きをもらったら、意識を失い死ぬだろうと。

 肉体が感じる痛みはある程度コントロールされている。

 それが今は恨めしくもあり、ありがたくもある。


「貴様は殺しをする時には必ずその白い短剣らしいな。攻撃力の低い……何度も相手を刺せるその短剣だとな! 私相手にも同じか! 私を本当に殺すつもりなら、攻撃力の高い短剣を使ったらどうだ!」


 距離が開いたので、ピエロは回復薬でHPを回復する。

 これで都度4回、彼女の攻撃を受けた。どちらも2回受けたところで回復薬を飲んだ。

 おそらく彼女の攻撃を直撃で5回も喰らえば自分は死ぬ、とピエロは判断した。

 貫通スキルの突きを使いながら、彼女の攻撃を避けたり直撃をずらすのは難しい。

 3回攻撃を受けたところで回復の魔法を使うべきか……それともギリギリの4回か?


 彼女のHPを見る。

 10分の1も減っていない。20分の1も減っていない。いや、100分の1も減っていないように見えた。

 人間は本当に都合良く出来ているな、とピエロはしみじみ感じた。

 この勇者を……自分が万が一でも殺せるかもしれないと希望を持つなんて。


 前言撤回。

 ピエロにもともとプライドなどない。

 これが最後だの、運命に立ち向かうだの、散々臭い言葉を吐いたが、そんなこと関係ない。

 ピエロにとって何よりも重要なのは……彼女が救われることなのだから。

 その可能性が高い方に賭けるだけだ。

 彼女の強さに賭けることにした。



「美穂」


 ピクリと彼女の表情が動く。

 ピエロの口から自分の名が呼ばれたことが心底嫌だったのか、今にも頭から沸騰した何かが立ち昇りそうな表情だ。

 だが、その表情は次の瞬間、崩れた。


「僕はやっぱり死ねない……最後の……魔王と戦うまで死ねない」


 ピエロはゆっくりと、仮面を取った。

 美穂はあの森での別れの時以来、初めて彼の素顔を見た。

 その顔がどれほど醜く成れ果てたかと思っていた美穂は、彼の、聖司の素顔が、表情がまるで菩薩のように澄んでいることに驚いた。

 それは美穂が知っている聖司ではない。でもあの優しくて愛おしかった聖司のことを、美穂は一瞬思い出してしまった。


「君達が魔王と戦う時、僕は必ず駆けつけるよ。魔王を倒す悪魔として。……愛してる、美穂。さようなら」


「な、何を……はっ! 待て!」


 ピエロは再び仮面を被ると、一気に隠れ家に向かって駆け出した。

 正直、ピエロの中では自分が最後の時まで生き残れる確信は無かった。

 隠れ家の隠し通路から逃げる気でいるが、その先の村がまだピエロを支援してくれるか分からない。

 この世界でピエロを助けてくれる者は、もう誰もいないかもしれない。


 それでも、ピエロは最後の時まで耐え忍び、成すべきことを成すことを誓った。

 彼女を救うため。

 レベルを上げ、『刺突』と『貫通』を極限まで高める。

 レベル80まで上げれば100%となるがそれでも足りない。

 それ以上に上げれば、さらなる効果が出るはずだ。

 魔王を相手に!



(やる。やるんだ! 僕にしか出来ないことを!  僕だけが出来ることを! 絶対に成し遂げてみせる!)


「あはは! あはは! あはは! あはは!」


 狂った笑い声を上げながら、隠れ家の中に入ったピエロ。

 美穂とその他のプレイヤー達が隠れ家に突入した時には、その姿は既に無かった。

 隠し通路は発見され、その後を追うも、ピエロの影を捕まえることは出来なかった。


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