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第11話 A-6

 その日は満月だった。


 綺麗な月明かりに照らされながら、ベッドの中で2つの影が重なっている。

 上で重なる影が、ピエロの仮面を被っているのが何とも奇妙である。

 下に重なる影は、美しい金髪を乱しながら官能的な声を上げていた。


「今日は一段と激しいですね」

「はぁはぁ……そうかしら? うふふ、そうかもね」


 男の口調は丁寧だ。

 愛し合う男が女に向ける声ではない。


「こうして貴方と1つになるのは何度目かしら?」


 男の脳を刺激する官能的な声、目で見るだけ興奮し触れば何とも柔らかい魅力的な身体。

 男を虜にするために存在するような彼女の仕草に、理性を保てる男などいないだろう。


「もう数え切れないほどですよ」


 それなのに、男の声はやはり丁寧……というよりどこか冷たい。

 女は情熱的に彼を求めているというのに。


「ゴーレム島で修行して逞しくなったのね。とっても力強いわ」

「僕は何もしないで団長の後ろをついて回っただけですよ」

「あら、でもレベルも上がって上級武器を使えるようになったじゃない。

 貴方は強くなったのよ」

「確かに強くなりましたね」


 ギシギシとベッドを鳴らしながら交わす会話は、愛の囁きとは程遠かった。


「元の世界に戻れたら、向こうでも抱いて欲しいわ」


 女は色っぽく囁いた。

 その言葉に嘘はなかった。本当に抱いてもらおうと思っていた。

 だが、男の動きは止まった。


「団長が許さないでしょ。この世界ならともかく、元の世界では……それにそもそも……」

「うふふ、大丈夫よ。きっと彼も喜んで貴方を迎えてくれるわ」


 団長と女は元の世界で恋人同士。

 それが男の考えであった。

 実際にどうなのか分からない。団長にも女にも、直接聞いたことはない。


「こんなつまらない所でするより、早く現実で貴方と気持ち良いことしたいわ」

「つまらない……所ですか」

「ええ。ここは全てがつまらないわ。

 だって何1つ現実ではない。全てが偽り。

 理不尽なことに『死』だけが真実。馬鹿げた世界だわ。

 生きていることすら偽りなのに、死だけが本当に起きるなんてね」

「今こうして生きていることは本当じゃないですか」

「……老いることもなく元の世界に戻るのなら、ここでの出来事は全て幻よ」


 確かに女の言う通りだ。

 男も女の言葉は理解出来た。

 元の世界に戻れるなら、この世界の全てが偽り。

 でも戻れないなら……この世界の全てが真実だ。


 ベッドが軋む音は聞こえてこない。


「そもそも、僕達は元の世界に戻れませんよね?

 誓約を終えた時点で僕達は勇者じゃない。魔王を倒しても元の世界に戻れる勇者から除外されていますよ」

「ええ、そうね」

「……元の世界に戻る気はなく、この世界を真実として生きていく者がサーカスに入っていると思っていたのですが」

「ええ、そうね」

「なら、クイーンにとってもこの世界は真実でしょ」

「ピエロ」


 それまで官能的だったクイーンの声が変わる。

 自らの中に入った硬いものをぎゅっと締め付けながら、落ち着いた声で言った。


「私は誓約していないわ。団長から聞いているでしょ」

「……ええ、聞いています」

「でも私は勇者じゃない。団長もね」

「……なら同じじゃないですか」

「同じじゃないわ。だって、私達にはピエロがいるから」

「僕がいるから、どうなるんですか?」


 クイーンは嬉しそうな笑顔で言った。


「ピエロが私を殺してくれる」



 ゴーレム島での団長との会話で、団長が自分の能力に気付いているとピエロは分かった。

 しかし、能力の条件まで団長が知ることは出来ない。

 いくつか推測出来ても、全てを把握することは出来ないはずだ。


 ピエロはゴーレム島で手に入れた、レア上級の短剣を右手に出した。


「僕に殺して欲しいんですね?」

「くすくす、そうよ。でもその短剣じゃないわ。

 いつもプレイヤーを殺す時に使っている、真っ白な短剣がいいわね」


 余裕の笑みを浮かべるクイーン。

 腰の動きを止めたピエロに対して、自ら腰を動かし始める。


「こっち……ですか」


 ピエロは真っ白な短剣を出す。


「これは攻撃力低いから、何度も刺すことになりますよ?」

「ええ、構わないわ」

「何度も痛みを感じますよ?」

「あら? 私にはしびれ薬の『刺突』を使ってくれないの?」


 ばれていたのか、とピエロは心の中で自嘲した。

 気付かれていないと思っていた自分が愚かしい。


「僕の刺突……『隠行』でスキル発動は見えないのに、どうして?」

「隠行を見破る方法があるのよ」

「興味深いですね。どんな方法なんですか?」

「うふふ、知りたい? 私をその短剣で殺してくれるなら、どんなことでも正直に教えるわよ」

「……なるほど。もし殺すことを拒んだら?」

「それは残念ね。貴方も私も死ぬことになるわね」

「死ぬ?」

「ええ……私をその短剣で殺せないなら、私達は2人とも死ぬわ」


 主導権を握ろうとするクイーンに対して、今度はピエロが腰を動かし始める。

 予想外のことだったのか、クイーンは一瞬驚くもすぐにピエロの動きに合わせていった。


「嬉しい。こんな時でも逞しいままなんて」

「最後かもしれませんからね」

「あら、死がお望み?」

「もちろん出来れば死にたくないですね。どうして僕達が死ぬことになるんですか?」

「……いまこの隠れ家に私達以外何人いると思う?」

「10人ほどいたと思いますが」

「誰もいないわ。団長もね」


 ピエロがクイーンの部屋に向かった時、この隠れ家には団長を含めて10人ほどのメンバーがいたはずである。

 それが今は誰もいない。


「サーカスは今夜壊滅するわ」

「……」

「団長が私達以外のメンバーを全員1箇所に集めて、今夜会議をしているの。

 その隠れ家の情報は、なぜか前線組に知られていてね。

 今夜こそ誰も逃げられないでしょうね」

「団長もですか?」

「彼は死なないわ。向こうでの事が終わったら、こっちに来るはずよ。

 それまでにピエロが私を殺してくれなかったら、彼が貴方のことを殺して、その後に私達も死ぬわ」

「なるほど。でも僕がクイーンをこっちの短剣で殺したかどうかなんて団長は分からないじゃないですか」

「最初は彼も、自分の目の前でピエロに私を殺させるって言っていたのよ。

 でも私が彼の案を却下したの」

「どうして?」

「だって、彼よりピエロの方が信頼出来るから。2人きりの方が良いと思ったの」


 信頼出来る。

 まったく予想外の言葉に、ピエロの腰が再び止まった。


「僕が……信頼出来るんですか。団長よりも」

「ええ。とっても信頼出来るわ。ピエロのこれまでをずっと見てきた私は、貴方がどんなに誠実な人か知っているの。そしてどんなに孤独な人かもね」

「……いつから、僕のことを?」

「最初からよ。貴方がその短剣で仲間を殺す時からずっと見ていたわ。

 ああ! あの時の貴方の表情を思い出すと、それだけで胸が締め付けられるの!

 貴方は頑張った。本当に頑張ったわ。

 貴方がどれだけ孤独と悲しさを抱えて頑張ってきたか……私だけが知っているのよ。

 だから私は貴方の心の支えに少しでもなろうと思って、こうして肌を重ねてきたの。

 こんな私でも少しは役に立ったでしょ?

 貴方が望むことなら、私どんなことでもしてきたつもりよ」


 ピエロが真っ白な短剣で最初に殺したのは、大切な仲間だった。

 


「貴方は真実を伝えられない。そうでないなら、こんな苦労する必要なんてないわ。

 しかもそれは殺す相手に知られてはいけないというだけではないのでしょ?

 貴方以外の誰かに、貴方がその情報を伝えたら……と勝手な予想をする私は問題ないのかしら? 私の口からもその言葉が出てはいけないのなら、もう何も言わないけど」

「問題ありませんよ」

「よかった。私達は元の世界に戻る時、2×××年12月24日23時59分に戻る。つまり誰かが先に目覚めるわけではない……この世界が終わるまで、貴方の能力は誰にも伝えてはいけない。誰か1人でも伝えた人がいれば、貴方が殺した人達は……元の世界でも死ぬんでしょうね。全て私の勝手な予想でしかないけど」

「確かに勝手な予想ですね。……クイーンも確証を持てないでいるんでしょ?」

「……そうね。確証はないわ。でも今となっては私には貴方しかいないの」

「僕だけ……ですか」

「どうせ待っているのが死なら、可能性を信じて貴方からの死を受け入れたいわ」


 ピエロは慣れた手つきで、真っ白な短剣にしびれ薬を垂らしていった。

 一瞬の早業で、懐から取り出す様にすれば誰にも見られることはないだろう。

 そして、クイーンの左肩に向けて刺突を放った。

 そして寸分たがわず、刺突で突いた場所を何度も突き始める。


「さすがね。刃が突き刺さった麻痺の部分にちゃんと刺してくれる。

 それに刺突の熟練度相当高いのね。これなら自分に向かって刺突を放てば、自殺するのも問題ないわね」

「ええ……使ってきたスキルはこればっかりですから。他のスキルは使いものにならないのが多くて……短剣スキルはダメですね」

「あら、普通に二刀流で攻撃力の高いスキルの熟練度を上げていけば、有用なスキルはいくつもあるわよ。ピエロがそれに興味なかっただけでしょ」

「確かに」


 裸のクイーンの防御力は0だ。

 レベル分のHPを減らすことになるが、攻撃力の低いこの短剣でも確かなダメージが通っていく。


「ではいくつかの質問に答えて下さい。

 この短剣を人質に、クイーンと団長にまだまだご協力頂く訳にはいかないんですね?」

「だめね。私と団長が今夜を越すことはないわ」

「いま持っているしびれ薬。全部もらえますか?」

「もちろん」


 取引画面が表示される。

 そこにはしびれ薬が200個ほど表示された。

 またしびれ薬以外にも、クイーンが持っている有用なアイテムがいくつも表示されている。

 ピエロは何も入力せずに、そのまま確定させる。


「しびれ薬のレシピは?」

「ないわ。何度もあのボスが湧いていないか見に行ったんだけど」

「隠行を見破る方法は?」

「うふふ、あれは嘘。隠行を見破る方法はないわ。あれはカマをかけただけ。

 でもおかげでピエロのしびれ薬のストックが、思っていた以上に少ないってことが分かって面白かったわ」


 クイーンの方が一枚上手か、とピエロは心の中で舌打ちした。

 左肩を短剣で突き刺しながら、蠢くクイーンの中であいかわらず硬いままのものも同時に突き刺していく。

 異常なシチュエーションだが、クイーンは満足な笑みを浮かべている。


「やっぱりあんな男より、ピエロの方が信頼出来るし頼りになるわ。

 元の世界に戻ったら、本当に付き合わない?

 こっちの大きさも貴方の方がすごいのよ。それに口で食べた時も貴方の方が美味しいわ」


 HPは既に半分を割っている。

 徐々に減っていく自分のHPを嬉しそうに見ながら、クイーンは甘ったるい声でピエロに囁く。


「それは光栄ですね。

 でも元の世界でクイーンとは会えません」

「うふふ、愛しい人が生きて戻ってくるかもしれないから? でも彼らが自力で魔王を倒せる可能性は低いと思うけど。

 それに万が一戻ってきたとしたら、私は愛人でもいいわよ。絶対に彼女には内緒にしてあげるから。時々会って、こうして快楽を貪り合いましょうよ」


 なんとも魅力的な提案である。

 普通の男なら飛びつくだろう。


「それも無理です。

 最後ですから、僕もどんな質問にも正直に答えますよ。

 何か聞きたいことありますか?」


 その問いにクイーンの腰が止まる。

 ピエロから聞いてはいけない情報があるはず。

 そしてピエロも伝えてはいけないはず。

 いずれにしても詳細な条件が分からない以上、不必要な質問をするほどクイーンは馬鹿ではない。


「ピエロに聞いたらいけないことがあるのに、今は聞けないわ。

 元の世界で会えたら、いろんなお話しましょうね」

「元の世界では絶対に会えないんですよ」


 どこまでも誠実な男だな、とクイーンは呆れる。

 いまこうして甘い言葉を囁くのは、もちろんピエロが途中で心変わりして自分を本当に殺める行動に出ないようにするためだ。

 しかし、自分を救ってくれたら元の世界で愛人関係を続けることぐらい、クイーンは構わないと思っている。


 クイーンは事前にブレスを自分にかけて、ステータス値を底上げしている。

 ピエロにおかしな変化があれば、すぐにあそこを握りつぶしてでも逃げるためだ。

 条件が『殺してもらうこと』である以上、リスクは無くならない。

 それでも、団長と2人で脅迫的に迫るより、今までのピエロとの関係を信じてクイーンは2人きりで殺してもらうことを選んだ。


 クイーンのHPバーが赤色になった。

 4分の1を割ったのだ。


「私や団長のこと聞かないの?

 貴方なら私達の行動の意味を理解しているはずよ。

 私達のはもう壊れてしまっているから、喋っても問題ないわ」

「……後で団長に聞きますよ」

「あら冷たいのね。確かに彼の方が詳しいけど、私も説明ぐらい出来るわよ?

 まあ、元の世界で会えた時でもいいわね」

「元の世界では会えないって言ってるじゃないですか」


 何度目の言葉だろうか。

 ピエロの『元の世界では会えない』の言葉が、クイーンのプライドを傷つけ、イラつかせた。

 ピエロに愛する人がいることを知っている。

 そして彼女が元の世界に生きて戻れるのなら、ピエロは彼女と再び愛し合えるよう努力するだろう。

 彼女からピエロを奪ってまで、ピエロの愛を欲しいとはクイーンも思っていない。

 それはただの『感謝』でしかない。

 この世界から救ってくれるピエロに対する感謝だ。


 同時に自分が救われるのは、当然の見返りだとも思っている。

 自分はピエロに『しびれ薬』という最高のパートナーを与えてきた。

 これが無ければ、ピエロの目的は達成出来なかったはずだ。

 だから、自分は救われる権利を持っている。

 多くの人を殺めてきたけど、同時に多くの人を救ってきたはずだ。

 自分は孤独な救いを成し遂げてきたピエロのパートナーだったのだ。


 乱れる心をクイーンは落ち着かせる。

 自分のHPは残り僅か。

 この世界からの解放は目前だ。

 些細なことで、ピエロの機嫌を損ねる必要はない。

 ピエロが元の世界で、自分と接触することすら嫌ならそれでいい。

 クイーンは必死な笑顔をピエロに向けた。


「もう、そんなに会えない、会えないって言わなくてもいいわよ。

 そんなに私と会いたくないなら、ピエロの前に姿は見せないから」


「いえ、僕もクイーンと会いたいですよ」

「え?」


 予想外の言葉だった。

 そしてやっぱりピエロは自分を好いてくれていたと思った。

 彼女のことがあるから会えないけど、自分のことが嫌いではなかった。

 クイーンは自分が救われた気がした。


「クイーンと会いたいけど、会えないんです」

「私も会いたいわ。……1回ぐらいなら大丈夫よ。絶対にばれないように会いましょう。彼女さんに何か予定が入っている時に」

「でも会えないんですよ!」


 次が最後の一刺し。

 それでクイーンのHPは0となる。

 この世界から解放される。


「どうして会えないの?」


 クイーンは、最後の最後に聞いてしまった。


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