切なる想い
「ここを通せと言っているのです。 母上様に会わせなさい!」
王妃の住まいの前で李梗の声が聞こえた。
部屋の前には兵の見張りが付き、誰であっても入ることが許されないが、そんなことなど納得いかず、李梗は目の色変えて室に入ろうする。
外から聞こえてくる娘の声に胸に衝き上げてきた嗚咽に必死にたえていると、
「母上様!」
そう幾度も聞こえてくる娘の声を聞いた王妃も一人の親である。
「李梗!」
愛する娘の名を呼び、部屋を出て娘に駆け寄ろうとした。
しかし、すぐそばまできているのに、兵士に止められ会うことは叶わなかった。
兵士に部屋に戻された李梗は、また王妃の住まいのそばまで来ていたが、どうすればいいのか分からなかった。そのとき、誰かの手が自分の手をとり、素早く縁の下に連れて来られた。その手は、冴であったことに李梗は気付く。冴は、ふところから短剣を出し、縁の下から床をはぎとっていく。冴の大胆な行動にあっけにとらわれていたらすぐに床が開き、
「早く中へ」
と、言われたので上に上ると、そこは王妃の室だった。
冴は上には上がらず、縁の下で待っていた。
いきなり、床下から李梗が現れたので王妃は目を剥いている。反対に李梗は、母の顔を見て目が赤くうるみ、母に抱きつきつくと嗚咽をもらした。王妃は、李梗の頭に頬をすりつけて、
「李梗……。そなたは無事だったのですね。ならそれで良い」
そう言いながら涙をこぼした。
「あんまりです。こんなひどい仕打ちをうけるとは。私は父上様をお恨みいたします」
「李梗、良いですか。たとえ何があろうとも誰かを恨んではならない」
王妃は泣きじゃくる娘の涙をそっとふきながら言い、さらに話を続ける。
「これからそなたに幾度なく苦難な道が待っているでしょう。己の信じ、正しいと思う道に進み、人を慈しむ徳を忘れずに他者を思えば、誰かが手を差し伸べてくれます。生きなさい。これが愚かな母の切なる最期の願いです」
王妃のあたたかな滴が李梗の頬に静かに流れ落ちた。
切ない表情は、ただそれは王妃の姿ではなく、もう二度と会うことができない娘を見つめる一人の母としての姿だった。