恨み
海を心から慕い、優しく海のように広い心の持ち主だった兄を見殺しにした国王と娘が憎らしくてたまらなかった。悲痛と怨念が宿った目で、
「のうのうと生きやがって。兄上じゃなくてあなた様が死ぬべきだった!」
腹から絞り出すような声に李梗は胸をえぐられるような痛みを感じた。
李梗は、その事を姉に話すと、水蓮は怪訝な顔をしていた。
「なんと無礼な者だ! 罰を与えねばならぬ」
語尾を強くして怒りをあらわにしていた。予期せぬ言葉に李梗は慌てて、
「よっ、よいのです。それだけはおやめ下さい」
必死に頼むと水蓮はため息をつき、
「そなたがそう言うなら此度ばかりは不問にしよう」
と、納得した。
冴が非道な扱いをされたら余計、胸が痛む。李梗は早く冴と仲睦まじくなりた
いと心の中で呟いた。
そのとき扉があいて誰かが入ってきた。
「それで、李梗は元気がなかったのですね」
室に入ってきたのは王妃だった。
王妃は二十八歳。十五歳で王妃に選ばれたが子が授からず、苦労したが二十歳のときに待望の子を授かった。それが李梗である。色白で微笑む姿は天女のようだと言われていた。
「母上様」
李梗は屈託のない笑みをあいた。水蓮は立ち上がると王妃に席を譲った。
「母上様、どうぞ」
水蓮にとって王妃は生母ではないが、国の母であるため、母上と呼ばなければならない。水蓮が王妃に茶を入れているとき、
「母上様、私は冴に何をすればよいのでしょうか」
李梗は、しおしおとした声で訊いた。冴のことで気が休まらなかった。
「冴は今、ひどく心を痛めて孤独と戦っているはず。そなたが側にいて諦めず、接しておあげなさい。さすれば、心を開いてくれるに違いない」
王妃は、穏やかな微笑を浮かべ、李梗の頭を優しくなでた。