冴という者
春のさわやかな風が髪をなびかせ、李梗をそっと、つつみこんだ。ゆっくり眼を開けると目の前に、城邑が淡い朱色に染まっていた。ここから見ると乱世が嘘のように平安に見える。本当は、人も物も入れ替わり、失われていく。
城邑を眺めていると後ろから水蓮がやってきた。
「姉上様」
水連が来たので李梗は花のような笑みをした。
「ここで何をしていたのだ?」
そう水蓮が訊くと、李梗は城邑を眺めていたと答えた。
「そうか。でも、ここは冷えるから中へ入ろう」
水蓮の言うとおり、春とはいえ、夕方になると肌寒かった。
水蓮は十八歳、生まれながらの王族で姫君である。李梗とは腹違いの姉であった。李梗と一緒に菓子を食べようと誘いに来たのだ。
李梗は八歳。和宮国には、王子がおらず、正妃の娘である李梗は次代の王に選ばれていた。初の女王が誕生しようとしていた。愛くるしい顔が王妃に似ていると評判だった。
李梗は、水蓮が用意したお菓子に眼をかがやかせた。中でも、穀物の粉に初蜜などを混ぜ合わせ揚げた薬菓という菓子が好物で、食感がしっとり、もちもちするので李梗の顔がほころんだ。
「ところで、先達ての臣下の冴とはどうだ」
水蓮に訊かれ、
「あっ、はい。それが……」
急に口を濁し、首をすくめた。李梗が口を濁したのも無理はなかった。父王から急に、冴が臣下になることを告げられた。それは問題なかったのだが、この冴が李梗に逆恨みしてきたからだ。
冴は宰相の息子で、文武両断の才があると評判だったことは李梗も耳にしていた。十一歳とは思えない切れ長の目をした端正な顔の主だ。冴の二親は、すでに他界しており、海という兄がいた。海は二十歳過ぎで、武官である。海の右に出る者はいないほど秀逸で兄が憧れであった。
しかし、半月前に淋城国の戦で囮となった海は戦死した。囮であったが、援軍養成という戦略だったが、状況が深刻になり、国王は援軍要請を命じなかった。
わずかな兵で敵軍にぶつかり、海は討ち死にした。