『ふたりの場所』
松崎リオンは、砂場が好きだった。
公園の端にある、小さな砂場。
ブランコも滑り台もあるのに、リオンはそこへ行かない。
順番を待つのが嫌だった。うるさいのも嫌だった。
砂場だけは違う。
誰にも邪魔されず、誰にも壊されない世界を、自分の手で作れる。
しゃがみ込み、両手で砂を掘る。
乾いた砂が指の間から落ちる音が、静かに耳に残る。
今日は、トンネルを作る。
山を作り、真ん中を少しずつ削る。
崩れたら、また最初から。それでもいい。
一人の時間は、安心できた。
「……よし」
指を差し入れると、向こう側に光が見えた。
成功。
「わぁ!」
突然、声が落ちてきた。
肩が跳ね、リオンは反射的に砂山をかばう。
「すごいね! トンネル?」
同じくらいの年の男の子が、目を輝かせて立っていた。
後ろには、穏やかな大人が二人。
リオンは黙った。
知らない人。
砂場を壊すかもしれない人。
男の子は気にせず、しゃがみ込んだ。
「反対からも見せて!」
「……だめ」
「え?」
「……壊れるから」
一瞬きょとんとしたあと、男の子は笑った。
「そっか! じゃあ壊れないように見る!」
距離を取る。
触らない。踏まない。入ってこない。
……変な子。
「リオンちゃん、上手だね」
後ろの女性が言った。
「……リオンちゃんじゃない」
「え?」
「リオンは、リオン」
小さく、でもはっきり言う。
男の子が目を輝かせた。
「じゃあリオン! 僕は未白!」
まっすぐで、疑いのない声だった。
それから二人は並んで砂を触った。
未白は、真剣に話を聞いた。
「すごいね! 天才!」
「……天才じゃない」
「じゃあ、すごい人!」
リオンは、ほんの一瞬だけ笑った。
気づかれないように。
夕方。
「また遊んでいい?」
「……別に」
「やった! 今日から友達だね!」
返事はしなかった。
でも、胸の奥で何かが小さく鳴った。
次の日、学校でまた会った。
同じ制服、同じ一年生。
それから、砂場は二人の場所になった。
トンネルは長くなり、世界は少し広がった。
このときすでに、リオンは気づいていなかった。
――未白は、自分を必要としている。
そう思い始めていたことに。
三年生の運動会の日。
赤団。
未白と同じ。
それだけで、胸が熱くなった。
未白が走れば心臓が跳ね、
笑えば世界が明るくなる。
昼休み。
未白は友達に囲まれていた。
リオンは、少し離れた場所から見ていた。
違う。
一緒のはずなのに。
気づいてほしくて、ジャングルジムに登った。
「リオン、なにしてるの?」
振り向いた瞬間、足が滑った。
鈍い衝撃。
右腕に走る、強烈な痛み。
目を覚ましたとき、天井は白かった。
骨折。入院。
母は来なかった。
未白だけが、毎日来た。
「寂しかった」
その一言で、痛みが和らいだ。
退院後、母は苛立っていた。
「なんで怪我なんてしたの!」
言葉が刺さる。
夜、布団の中でリオンは丸くなった。
次の日、未白が来た。
何も聞かず、隣に座った。
それだけで、救われた。
それから、離れるのが怖くなった。
未白がいないと、息ができない。
六年生。
「中学、受験するんだ」
遠い、という言葉が刺さった。
「……一緒じゃなきゃ、やだ」
「じゃあ一緒に行こう!」
その言葉で、火が灯った。
勉強の日々。
同じ机、同じ未来。
合格。
でも、母は怒った。
手が出るようになった。
ある夜、家を追い出された。
雨の中、未白の家へ。
その夜、大人たちが話し、母は捕まった。
「施設に行ってもらいます」
未白が手を掴んだ。
「連れてかないで!」
「リオンは、僕の家族です!」
こうして、リオンは未白の家で暮らすことになった。
同じ屋根の下。
離れない、と誓った。
中学。
未白は野球部に入り、世界を広げていく。
リオンは、待つ時間が増えた。
ある日、ノートを買った。
未白の一日を書くための。
誰と、どれくらい、どんな顔で。
書いていない日は、一日もなかった。
これは管理じゃない。
守っているだけ。
そう信じていた。
卒業。
後輩に囲まれる未白。
「デート、行こ」
強い声で言った。
「いいよ」
その一言で、安心した。
「高校も一緒だよね」
「離れないよ」
それでよかった。
高校入学式の日。
人の波の中で、声がした。
「未白くん、おひさ」
振り向くと、野球部のジャージを羽織った女の人。
榎本楓。
未白は笑った。
「久しぶりです」
リオンは、未白の手を強く握った。
楓は一瞬だけそれを見て、何も言わずに去った。
胸の奥に、小さなざらつきが残る。
この再会が、
世界の形を変え始めたことを、
リオンはまだ知らない。
砂場のように。
気づかないうちに、誰かの手で。




