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滝田の居所はすぐにわかった。昔暮らしていた家を引っ越してはいなかったからだ。おれは黙って家に上がりこむと、滝田を捜した。
滝田は居間に寝転がっていた。鼾すらかいている。そんな滝田の顔にのぼったおれは、滝田が薄目をあけた隙に、眼のなかに目薬の要領で忍びこんだ。それでも滝田は目覚めない。おれは滝田の見ている夢のなかへ迷いこんだ。
「おッ、おまえは四代目。四代目じゃないか?」
滝田は昔からおれのことをそう呼ぶ。おれのなかに懐かしさがこみあげてきた。しかし、今はそれどころじゃない。死刑になるかならないかの瀬戸際なのだ。
「滝田の旦那。どうしておれにファンタジーを仕込んだんだ。SF世界の革命児に仕立て上げようとしたのも、すべては旦那の企みだったんじゃないのか。どうなんだ」
滝田はしばらく黙っていた。夢のなかだから、おれが本当に訊ねているとはわからないのだろう。それでも、しばしの沈黙のあと、
「四代目。おまえは、おまえこそは、この世界を自由にできると信じていたんだ。おれはおまえに、それだけの素質があると思ったんだ。SFに縛られたこの世界に、まずはファンタジーを注ぎこむのが一番、手っ取り早いと思ったんだよ」
「ファンタジーは劇薬だろうにッ」
おれは怒鳴っていた。
「おれにはわかるぞ。おれのなかにファンタジーの知識を埋めこんだのは、ほかでもない、旦那だ。この世界を自由にするだと? SFがなくなっちまったら、この世界はどうなるッてんだ。SFのことをまるで教えてくれなかったのも旦那の策略だったんじゃないか。旦那はここを、この世界をどうする気だ。SFファンタジーなんていう幻想を夢見るつもりか? 場合によっちゃあ、旦那の身柄を未来警察の連中に引き渡す」
滝田は空でも見上げるような素振りをしたあと、
「四代目よ。おれはな、魔法が使えるようになりたかったんだ」
と、意外なことを口にした。
「魔法だと? ファンタジーじゃないか。そんなものを使ってどうする気だ」
「この世界に蔓延しているウイルスは知っているか。……知らないか。コンピューターウイルスじゃないぞ。人類を絶滅の危機に陥れている、本物のウイルスだ。このウイルスには二つの型がある。一つは知能を退化させるもの、もう一つは知能を進化させるもの。おまえはな、四代目、知能を進化させるウイルスに感染しているんだ。そのために、人間並みの頭脳を得た。対する人類はな、みんながみんな、知能を退化させるウイルスに感染している。おれだって例外じゃない。そのせいでおれは読み書きができなくなった。猿回しをはじめたころはこんなじゃなかった。みんながみんな、人類の頭脳は子どものレベルに退化したんだ。それがどういう意味かわかるか。大人になると当たり前のように獲得する生殖に関する頭脳領域も侵されてしまったんだ。つまり、このままじゃ人類は滅亡する。……だからな、おれは歴代の車狂吉たちに人類の未来を託していたんだ。人類を超える知能を得た猿ならば、きっとこの世界の外にあるという、ファンタジーの力を手にすることも可能なはずだと。魔法を使えば、ウイルスを除去できるはずだと。……でもな、四代目、おまえにはもう一つの可能性がある。それは本を読むことだ。今の人類が読めなくなってしまった本のなかに、きっとウイルスを駆除する方法のヒントがあるはずなんだ。いや、おれはそう願っているんだ。人類が築き上げた知識という宝の山が本だとするならば、その宝の山に埋もれてしまったものを再び掘り起こすことができれば、あるいは……、あッ、目が、目が覚める」
「どうした、旦那。滝田の旦那。しっかりしてくれ。それならどうして未来警察はおれの邪魔をするんだ。あいつらは人類が滅んでもいいッていうのか」
「あ、……あいつらは、未来からきたあいつらは、おそらく、ロボット、だ……。人類の滅んだ……SF世界を、征服、した、やつら、だ……」
おれは滝田の夢から脱出した。夢が覚めれば、なかにあった存在も雲散霧消する。間一髪のところでおれは存在の消失をまぬがれた。目覚めた滝田はおれを見て、
「夢か……。おまえは四代目だろう。おれが怒鳴りつけて以来、行方をくらました……」
「滝田の旦那。すべてわかったよ。だけど一つだけ、わからないことがある。どうしておれのことを怒鳴りつけたりしたんだ」
「あれは一種の賭けだった。おまえが三代目までと同じように、ただの人並みの頭脳の持ち主だったなら、おれの希望をかなえることはできない。そこでおれは、あえておまえにもう一歩、成長することをうながしたんだ。だけど……、おれの頭もウイルスのやつにかなりやられたらしい。本が読めなくなったばかりか、ここ数日、記憶も消えかけている」
「旦那! おれは魔法とまではいかないが、光になる術は会得したんだ。あとはこのおれに、四代目・車狂吉に任せてくれ。光となって、光の速さで、世界中の本という本を読んで、ウイルスを駆除する方法を見つけ出してやるよ!」
このとき、おれのなかにはもう一つだけ、疑問が残っていた。あの空から舞い降りてきた紙のことだ。どうやら、滝田の仕業ではないらしいからだ。




