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ここで視点は微妙に切り替わる。おれが主役を張っていることに変わりはないが、ここからのおれは、あのとき、光と化して未来警察から逃れたおれだ。おれは光として天国、地獄、さらに未知なる世界を飛び回りながら、なぜ、あのときおれの頭上から、あの紙が舞い降りてきたのか、その意味がわかりかけてきていた。
おれを「SF世界の革命児」に選んだのはきっと猿回しの滝田だ。天空からあのような紙を、このおれ目がけて落とすなど、滝田以外にできる芸当ではない。滝田は猿回しのほか、手品のたぐいにも通じていたからだ。種も仕掛けもわからないが、あんなことができるのは滝田しか考えられない、というのがおれの知り得るかぎりでの、正解なのだ。
謎はあの、読み書きのできない滝田が、どうやってあの文面をしたためたかだ。それになぜおれが、ファンタジーという言葉や未来警察という言葉を知っていたのかも疑問が残る。もしかしたら寝ているあいだに滝田が耳元でささやいていた、とか、勘ぐろうと思えばいくらでも勘ぐれる。
「そうだ。滝田に事の真相を確かめなければ」
おれは元いたSF世界へ飛んだ。
光となったおれは真空中で毎秒約三十万キロメートルという速さをもってして未知なる世界を飛んでいる。すでにおれはファンタジーの使用を自覚していたし、SF中でファンタジーを使うことが、どんなに危険であるかも承知している。組成の違う洗剤を混ぜ合わせるようなものだ。この純然たるSF世界がSFファンタジーの世界に変わりかねないのである。おれにそれらの知識があること自体、滝田が仕組んだ証明と言えよう。
「滝田の旦那。どうしておれにこんな真似を」
なぜだかおれは泣いていた。光として飛びながらも涙を流していた。
滝田は優しい男だった。おれが今にものたれ死にしそうになっていたところを、一から芸を仕込むつもりで拾い、育ててくれたのだ。滝田のくれた果物はみんな美味しかった。日本語を教わる日々は楽しくて仕方なかった。毎日が新鮮な驚きであふれていた。なのに、おれが人間になったことを自覚したその日、いきなり罵声を浴びせてきたのだ。
「てめえみたいな猿、二度と見たくねえ」
おれはわけがわからなかった。それでなかば勢いだけで滝田の家を飛び出したのだ。
だけどおれはもう一人前の人間だった。見事に進化していた。いつしか、猿回しをやっていたことも忘れていた。そんなとき、突然の死刑宣告を受けた、というわけだ。
追憶にふけっているあいだにも、おれはもう一人のおれや、滝田がいる世界、すなわちSF世界へ帰りついていた。光から実体に戻らなければならない。おれは思いきって、野良犬の瞳に飛びこんだ。
野良犬は眼のなかに現れたおれを見て、ひどく驚いたらしい。うるさく吠え立てながら後ずさりしている。……と、野良犬の涙腺から、ひとしずくの涙となって、おれはSF世界に実体として舞い戻った。野良犬の涙は極小の人型となり、おれは歩きはじめた。




