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おれは本を読まない人間だった。そんなおれに与えられた罰は「SF世界に革命を起こせ」というものだ。期限は三日間。これから三日以内にSF世界に革命を起こせなかった場合、おれの死刑が確定するのだ。
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おれの名前は車狂吉。その名からもわかるとおり、おれは普通の人間ではない。並の親ならわが子に狂吉などという名を与えるはずがないからだ。つまり、おれは猿だ。人間になりそこなった魂が、どうにかこうにかもがいた結果がこのおれだ。しかしながら、今では立派な人間としてこの世を闊歩している。なぜか。
答えは簡単だ。おれは猿でありながら人間にまで進化することができたのだ。たったの一世代での進化など、あろうはずがないという方々のために、おれの、おれによる、おれ以外のための演説をお聞かせしよう。
おれはその昔、猿だった。これはまぎれもない事実である。ところがそんなおれに転機が訪れたのだ。猿回しの猿として、滝田なる男に雇われたのだ。雇われた、などと言うと格好よすぎるかもしれない。つまり拾われたのだ。
滝田は超が兆もついたとしてもおかしくないくらいの、一流の猿回しだった。だからこそおれは人間にまで進化できたといえる。人間になるべき魂を宿した猿が、滝田のような猿回しの手にかかればどんな毛並みの猿だって進化できる。その証拠に、おれは四代目・車狂吉と呼ばれていた。つまり、おれを拾う前、滝田はすでに三匹の猿を立派な人間に育て上げたのだ。おれに政治力があるのなら、滝田を日本国、いや、世界の統領に推挙するだろう。
ところがどんな人間にも欠点はある。滝田は漢字の読み書きが苦手だったのだ。本を一冊も持っていなかったほどだ。そのためにおれを含めた四匹の車狂吉は、本を読む、という機会から永遠に遠ざけられてしまったのであり、もともとが猿だったわけだから、誰もおれたちに読書を強いる真似はしなかったのである。少なくとも三代目までは、それでもことが足りた。
「ところが」の連続になってしまう点、なにとぞご容赦いただきたいが、ところがである。この日本という国では、四という数字が、死に通じるところから、やたらと忌み嫌われるのは周知の事実である。病院などにそれは顕著だ。日本の病院には504号室がなかったりするあれだ。ひどいときには2かける2は4だから22号室がなかったり、5引く1もまた4だから51号室がなかったりする……とまあ、それは冗談としても、おれがその四という数字をいただいた四代目・車狂吉であるという事実、そのことが今回の事態を招いたのではなかろうかとする向きが多いのも、わかる気がするし、そうでもなければ到底納得できない、というのがおれの偽らざるところだ。
そいつはある日、あるとき、ある場所で、おれがすっかり人間になった気で、のうのうと歩いていた、その頭上から舞い降りてきた。そいつは一枚の紙だった。そこにこう書かれていたのだ。
「おまえは人間になったというのに、ただの一度も本を読んでいないではないか。罰として死刑を宣告する。死ぬのがいやなら、これから三日以内にSF世界に革命を起こすこと。これが条件だ」
当時のおれに、そんな難しい文面を解読できるはずがない。おれはちょうど前を歩いていた女に紙を見せると、読んでくれるよう頼みこんだ。女は同情の視線を投げかけながらも、厄介ごとには関わりたくない、という態度をありありと示しつつ、その文章を読み上げたものだ。おれは訊いた。
「SF世界って何ですか」
「あッ、そうか。あなたはSFという言葉を知らないわけね。SFッていうのはね、たとえば今、わたしたちが歩いているこの世界のことよ」
「え。それじゃあ、ここでおれが革命を起こせば、おれは死なずに済む、と、こういうわけですか」
以来、おれはこの世界に革命を起こすにはどうしたらいいのかと、そればかり考えて過ごしていたのだが、ではいったい、何をどうすればいいのかが、まったくわからなかった。そこでおれなりにSF世界をつぶさに見て回ることにした。
おかしな乗り物があった。初めて見るそれは人々からタイムマシンとか、時空機とか、呼ばれていた。
おかしな人間もたくさんいた。体中をぐるぐる巻きにした包帯を解くと何もなくなる人間や、念じただけで物を動かすという男、わたしは宇宙からきたと耳打ちするやつ、おれの心を読み取った女、なかには小説なるものを書いているという人間もいた。SF小説だという話だった。
ある人間からはこんなことをいわれた。
「おまえ、本当は猿だったんだろう。猿のくせしてどうして言葉をしゃべっているんだ。それ自体、SFに迎合している証じゃないか」
「おれはこのままじゃ三日後に死刑にされるんだ。助けるつもりで何でもいい、この世界に革命を起こす術を教えてくれ」
「いいだろう。これは重要なことだからよく聞けよ。このSF世界にあってはならないもの。そいつをおまえがこしらえれば、それすなわち革命的な出来事と認められるんじゃないのか」
「もっと具体的に教えてくれよ。頼む」
「たとえばタイムマシンに乗っていけるのは未来か過去と相場が決まっているが、ここでおまえが天国や地獄、あるいは怪奇の世界、魔法の世界へいったならば、それすなわち、SF世界における革命と認められるのではないか。あるいはこの世界から、タイムマシンや超能力者やSF作家を排除すれば、おまえはSF世界に革命を起こしたことになる。……と、ここで一つ、注意する必要があるのは、革命後もこの世界がSF世界と呼ばれていなければならない。つまり、革命によって世界がファンタジーやホラーやミステリーに変化してしまったなら、それはSF世界に革命をもたらしたことにはならず、別の世界になってしまったことになる。そういう点じゃあ、SFファンタジーなんてのも邪道だな。SFとは異なる世界になってしまう。……どうだ。難しいができるか? この無理難題」
おれにはその人間が、なぜそこまで、いいきることができるのかが疑問だった。
「おまえ、いったい何者だ。ただの人間じゃないだろう」
目の前にいたはずのその人間が忽然と姿を消したとき、これはもしやSFの一種ではないのか、と確信した。やはりおれはSF世界にいるのだ。だったら、やってやろうじゃないの。タイムマシンで、天国でも地獄でも、魔法の国でも不思議の国でも、どこへでもいってやる。そうして、あくまでもSFのままで世界に革命を起こすのだ。おれはタイムマシンを強奪すべく、遠くハワイまで飛ぶことにした。
なぜにハワイか。ハワイは南国の楽園であると聞いていたからだ。きっとタイムマシンも乗り放題であるに違いない、と踏んだのだ。おれは飛行機に乗るべく飛行場へ向かった。……と、ここでおれは考えた。
――紙飛行機に乗ってハワイまで飛んだらどうだろう。それはSFではなく、ファンタジーでなければ実現不可能ではないか。それこそ、革命の第一歩だ。おや? それにしてもなぜおれはファンタジーについて知っているんだ。
おれはおれ自身に疑問を感じつつも、十五センチ四方の折り紙で小さな紙飛行機を折ると、そいつを床に置き、思いきって飛び乗った。その瞬間のことだった。
おれの身体はするりと縮んで、小さな紙飛行機よりもさらに小さくなったのだ。
「これは不思議。不思議の国だ。不思議の国の狂吉だ」
おれはそのまま、眼をカッと見開いた。すると目の前の遥か彼方にある、見えるはずのない南国の楽園がおれの眼前に姿を現した。おれの眼は望遠鏡のような超遠視かつ透視能力を持った眼になったのだ。
「飛べ、紙飛行機よ。ハワイへひとっ飛び!」




