第6話「要塞での新生活」
朝日が、部屋に差し込んできた。
ふあぁ…。
気持ちいい朝だ。
私は、ベッドから起き上がった。
ふかふかのベッド。温かい毛布。
昨日は、ぐっすり眠れた。
十三年間の塔での生活とは、全然違う。
こんこん。
ノックの音がした。
「エリシア、起きているか?」
カインさんの声だ。
「はい!起きてます!」
急いで扉に向かって、がちゃっと開けた。
カインさんが立ってた。
わあ、今日も背が高いな。当たり前だけど。
「朝食の時間だ。食堂へ来い」
「はい!」
ご飯が嬉しくて、元気よく返事をした。
朝ごはん。
楽しみだな。
食堂は、広くて綺麗だった。
大きなテーブルに、長い椅子。
兵士さんたちが、わいわい朝ごはんを食べてる。
活気があって、いいな。
「こっちだ」
カインさんが、奥のテーブルに案内してくれた。
一段高くなってる場所。
わあ、特等席みたい。
座ると、すぐに料理が運ばれてきた。
っっ、わあああ!
お肉!パン!スープ!野菜!果物!
いっぱい!すっごくいっぱい!
「わあ…!お肉が…こんなに…!
久しぶりの、お肉っっ」
思わず目を輝かせちゃった。
カインさんが、ぴたっと動きを止めた。
「お前…肉を食べていなかったのか?」
「はい。塔では黒パンとスープだけでしたから」
にこにこしながら答えた。
カインさんの顔が、みるみる険しくなった。
瞳が、ぎらりと赤く光る。
「…………許せん」
低く呟いた。
ん?怒ってる?
「あの…大丈夫ですよ。もう慣れてますから」
「慣れる問題ではない」
カインさんが、きっぱり言った。
「成長期の娘に、黒パンとスープだけなど」
そう言って、私のお皿にお肉を追加してくれた。
どーん。
すごい量。
「これから、しっかり食べろ」
「は、はい…!」
わあ、嬉しい。
お肉、いただきます。
ぱくり。
わあ…!
美味しい…!
柔らかくて、ジューシーで、味がしっかりしてる…!
「美味しいです…!」
思わず笑顔になっちゃった。
カインさんが、ふっと表情を緩めた。
「…………そうか」
優しい声。
なんだか、嬉しそう。
その時だった。
「将軍!」
明るい声が響いた。
振り向くと、金色の髪をした青年が走ってきた。
わあ、爽やかな人だ。
「おはようございます、将軍。今日も良い天気で…って、えええええっ!?」
青年が、私を見て固まった。
「じょ、女性!?将軍の隣に女性が!?」
すごく驚いてる。
目がまん丸になってる。
「レオン。騒ぐな」
カインさんが、ため息をついた。
「こちらはエリシア。事情があって保護している」
「ほ、保護…ですか…?」
レオンさんが、きょとんとした。
そして、じーっと私を見た。
「えっと…はじめまして…」
私は、ぺこりとお辞儀をした。
「エリシア・フォン・ルヴェリアスです」
「おおお…!」
レオンさんが、ぱあっと顔を明るくした。
「可愛らしい方ですね!しかも令嬢!」
ずいっと近づいてくる。
わっ、近いっっ。
「将軍が女性を保護するなんて、初めてですよ!これはもしや…!」
「レオン」
カインさんの声が、低くなった。
ぞくっとするような声。
「余計なことを言うな」
「あ、はい…すみません…」
レオンさんが、さっと離れた。
でも、にやにやしてる。
なんだろう、この人。面白い人だな。
「私はレオン・アークライト。将軍の副官です」
レオンさんが、改めて自己紹介してくれた。
「よろしくお願いします、エリシア様」
「あ、様はいらないです。エリシアで」
「では、エリシアさんで」
レオンさんが、にっこり笑った。
優しそうな笑顔だな。
カインさんは、なんだか不機嫌そうにお肉を食べてた。
あれ、また怒ってる…?
「エリシア様ああああっ!」
突然、すごい声が響いた。
え。
びっくりして振り向くと、茶色の髪をした女の子が走ってきた。
わあ、すごい勢い。
「お噂は聞いております!私、ミラと申します!」
女の子が、ぱっと私の手を握った。
「今日から、エリシア様のお世話をさせていただきます!」
きらきらした目で見てくる。
わあ、元気な子だな。
「え、えっと…よろしくお願いします…」
「こちらこそ!」
ミラちゃんが、にこにこ笑った。
そして、じーっと私を見た。
「エリシア様…すごく痩せてますね…」
「あ、はい…ずっと塔にいたので…」
「塔…?」
ミラちゃんが、首を傾げた。
カインさんが、簡単に説明してくれた。
十三年間の幽閉生活のこと。
ミラちゃんの顔が、だんだん青くなっていった。
「そんな…ひどい…!」
ミラちゃんの目に、涙が浮かんだ。
「エリシア様…辛かったですね…」
「あ、でも、もう大丈夫ですよ」
私は、にっこり笑った。
「今は、こんなに美味しいごはんが食べられますし」
「うう…エリシア様…!」
ミラちゃんが、わんわん泣き出した。
「絶対、絶対、ちゃんと食べさせます!太らせます!」
ぎゅっと私の手を握る。
わあ、すごい熱意だ。
「ミラは料理が得意でな」
カインさんが説明してくれた。
「お前の食事の面倒を見させる」
「ありがとうございます」
私は、ミラちゃんに微笑んだ。
「よろしくね、ミラちゃん」
「はい!お任せください!」
ミラちゃんが、びしっと敬礼した。
可愛いな、この子。
朝食の後、カインさんが要塞を案内してくれた。
広い廊下。
高い天井。
窓から見える景色。
全部、新鮮で、わくわくする。
「訓練場だ」
カインさんが、広場を指した。
兵士さんたちが、剣の訓練をしてる。
かっこいいな。
「次は、執務室」
大きな部屋に、
机と椅子と、たくさんの書類。
わあ、お仕事する部屋だ。
「そして——」
カインさんが、ある扉の前で止まった。
「図書室だ」
がちゃ。
扉を開けると——。
「わああああっ!」
思わず声が出ちゃった。
本!
本がいっぱい!
壁一面、天井まで届く本棚!
すごい…!
「本が…こんなにたくさん…!」
目を輝かせて、きょろきょろ見回した。
カインさんが、ふっと笑った。
「気に入ったか?」
「はい!すごく!」
私は、にこにこ笑った。
「塔では、数冊しか本がなくて…何度も何度も読み返してたんです」
「そうか」
カインさんが、優しい声で言った。
「ここの本は、好きに読んでいい」
「本当ですか!?」
「ああ」
わあ…!
嬉しい…!
私は、思わず本棚に駆け寄った。
どれから読もうかな。
わくわくする。
カインさんは、そんな私を見て、また小さく笑った。
図書室を出ると、カインさんが言った。
「エリシア」
「はい?」
「ここでは、お前の好きにしていい」
カインさんが、まっすぐ私を見た。
「読書をしてもいい。散歩をしてもいい。何をしてもいい」
「え…」
「お前は、もう自由だ」
その言葉が、胸にすとんと落ちた。
自由。
私、自由なんだ。
もう、幽閉されていない。
もう、誰にも縛られていない。
「あの…」
私は、カインさんを見上げた。
「何をしたらいいか…分からなくて…」
正直に言った。
十三年間、ずっと同じ生活だったから。
自由って言われても、何をしたらいいのか分からない。
「…………」
カインさんが、少し困ったような顔をした。
そして——。
ぽん。
私の頭に、手を置いた。
「少しずつでいい」
優しい声。
「焦らなくていい。お前のペースで、やりたいことを見つけていけ」
「はい…」
こくんと頷いた。
温かい。
カインさんの手、大きくて温かい。
安心する。
「それに」
カインさんが続けた。
「お前には、これから魔力制御の訓練もしてもらう」
「魔力制御…ですか…?」
「ああ。お前の力を、正しく使えるようにする」
カインさんが説明してくれた。
「今のお前の力は、制御できていない。だから、満月の夜に暴走する」
そっか…。
「でも、訓練すれば、完全に制御できるようになる」
「本当ですか…?」
本当にそうだったらいいな、って思うけど自信はない。
「ああ。俺が教える」
カインさんが、きっぱり言った。
「ありがとうございます」
カインさんが、教えてくれるんだ。
カインさんのためにも、頑張ろう。
その日の午後。
私は、自分の部屋でのんびりしていた。
ミラちゃんが、お茶とお菓子を持ってきてくれた。
「エリシア様、どうぞ」
「ありがとう、ミラちゃん」
お茶を一口飲む。
わあ、美味しい。
お菓子も、甘くて美味しい。
「ミラちゃん」
「はい?」
「カインさんって…どんな人なんですか?」
聞いてみた。
ミラちゃんが、にっこり笑った。
「将軍様は、とても強くて、優しい方ですよ」
「優しい…?」
「はい」
ミラちゃんが頷いた。
「私、昔、孤児だったんです」
「え…」
「でも、将軍様が拾ってくださって。ここで育てて、教育してくださって」
ミラちゃんの目が、きらきら輝いてる。
「将軍様は、恩人なんです」
「そうなんだ…」
カインさん、そんなことを…。
「将軍様は、困っている人を放っておけないんです」
ミラちゃんが続けた。
「だから、エリシア様のことも助けたんだと思います」
「…………」
私は、窓の外を見た。
訓練場で、カインさんが兵士たちを指導してる。
厳しい顔をしてるけど、兵士たちは楽しそう。
カインさん、本当に優しい人なんだな。
私を助けてくれて、守ってくれて。
ありがとう。
心の中で、そっと呟いた。
夜。
私は、ベッドで横になっていた。
今日一日、色んなことがあった。
美味しいごはん。
優しい人たち。
自由な時間。
全部、初めてのこと。
嬉しくて、でもちょっと疲れちゃった。
でも、いい疲れ。
幸せな疲れ。
目を閉じると、カインさんの顔が浮かんだ。
優しい赤い瞳。
大きな手。
低くて温かい声。
不思議だな。
カインさんといると、安心する。
守られてる感じがする。
こんな気持ち、初めて。
ふわり。
意識が、遠のいていく。
おやすみなさい。
また明日。
その頃。
カインは、執務室で書類を片付けていた。
「将軍」
レオンが入ってきた。
「エリシア様、すっかり馴染んでますね」
「ああ」
カインは、短く答えた。
「しかし、驚きました」
レオンが、にやりと笑った。
「将軍が、あんなに優しい顔をするなんて」
「…………何が言いたい」
「いえいえ」
レオンが、手を振った。
「ただ、エリシア様が笑った時の将軍の顔、見てましたよ」
「…………」
カインは、黙った。
エリシアの笑顔。
無邪気で、純粋で、まぶしいくらいに明るい笑顔。
十三年も幽閉されていたとは思えないほど、屈託のない笑顔。
あの笑顔を見た時——。
カインの胸が、ドクンと跳ねた。
美しい、と思った。
守りたい、と思った。
この笑顔を、ずっと守りたい、と。
「将軍?」
レオンの声が聞こえる。
「…………何でもない」
カインは、そっぽを向いた。
レオンは、くすくすと笑っていた。
「将軍、恋ですよ、それ」
「黙れ」
カインの声は、いつになく優しかった。




