第3話「公開羞辱の儀式」
王宮の正門が、目の前に迫ってきた。
わあ…!
大きい!すっごく大きい!
門だけで、離れの塔より大きいかも。
っていうか、塔が三つくらい入りそう。
馬車を降りると、ふわりと甘い花の香りがした。
わあ、いい匂い。
庭園には色とりどりの花が咲いてる。
赤い花、青い花、黄色い花。綺麗だな。
絵本で見たお花畑みたい。
鳥の声も聞こえる。
ちゅんちゅん。可愛い。
本で読んだことはあったけど、本物を見るのは初めてだ。
外の世界って、こんなにきらきらしてるんだ…!
「あれが、ルヴェリアス家の令嬢…?」
「呪いの子よね…」
「可哀想に…いえ、恐ろしいわ…」
あ。
ひそひそ。ひそひそ。
貴族たちの声が、あっちからもこっちからも聞こえてくる。
みんな、じーっと私を見てる。
うう…恥ずかしい…。
せっかく綺麗なお花見てたのに。
顔が、かあっと熱くなった。
「まあ、本当に痩せてるわね」
「髪も手入れされてないみたい」
「あのドレス、古いわよ。色も褪せてる」
ひそひそ。ひそひそ。
あの…全部聞こえてるんですけど…。
もう、恥ずかしくて恥ずかしくて、穴があったら入りたい。
お花の下に隠れたい。
「さあ、エリシア。しゃんとしなさい」
継母様が、小声で言った。
「ルヴェリアス家の恥を晒さないで」
あ、はい…頑張ります…。
継母様。マリアンヌ様。
父様が私が三歳の時に再婚した人。
本当のお母様は、私を産んだ時に亡くなったんだって。
顔も、覚えてない。
だから、継母様がお母様みたいなものなんだけど——
でも、優しくされたことは、あんまりない。
いや、全然ない。
特に、私が五歳で呪いが出てからは。
私は、ぎゅっと手を握りしめて、背筋をぴんと伸ばした。
よし、頑張ろう。
ふらふらするけど、倒れちゃダメ。
一歩、また一歩。
大理石の階段を上る。足が、ちょっと震えてるけど、大丈夫。
階段、ぴかぴかだな。
つるつるしてる。
滑らないように気をつけなきゃ。
広間に入ると、もっとすごかった。
わあああ…!
天井、高い!あんなに高いの初めて見た!
シャンデリア、きらきらきらきら。
すごい。宝石みたい。
壁、ぴかぴか。絵も飾ってある。
綺麗だな。
絵本で見た、お城の中ってこんな感じなんだ。
本物だ。
思わず、きょろきょろしちゃった。
そして——わあわあいっぱい人がいる。
貴族たちが、ずらーっと並んでる。
みんな、綺麗なドレスと立派な服を着てる。
わあ、あのドレス綺麗。
あっちの帽子も素敵。
私の古いドレスとは、大違いだけど。
まあ、仕方ない。
みんな、私を見てる。
じーっと。じーっと。
好奇の目。軽蔑の目。同情の目。嘲笑の目。
ぜんぶ、私に向けられてる。
うう…やっぱり恥ずかしい…。
でも、せっかく外に出たんだし。
こんなに綺麗な場所に来たんだし。
ちょっとだけ、楽しんでもいいよね。
息が、ちょっと苦しいけど。
心臓が、ばくばくうるさいけど。
でも、歩くしかない。
広間の中央へ。
そこに、すっごく立派な椅子がある。
わあ、玉座だ。
本物の玉座。
本でしか見たことなかった。
そして、その隣に——。
金色の髪をした、凛々しい青年が立っていた。
わあ…!
アルフレッド王子様だ!
初めて見た!本物だ!
背が高くて、顔が整ってて、王子様みたい。
当たり前だけど、王子様だから。
でも、その目が——冷たかった。
すごく、冷たかった。
まるで、冬の氷みたいに。
あれ、思ってたのと違うな。
もっと優しい目かと思ってた。
「エリシア・フォン・ルヴェリアス」
王子様の声が、広間に響いた。
わあ、声も綺麗だな。
でも、冷たい。
「前へ」
あ、はい!
私は、ふらふらと前に進んだ。
玉座の前で、膝をついて、お辞儀。
礼儀作法は、一応習ったから。
ちゃんとできてるかな。
「顔を上げよ」
王子様の声がした。
私は、おそるおそる顔を上げた。
王子様は、じっと私を見てた。
その目に、何の感情も見えなかった。
ああ…私のこと、何とも思ってないんだ。
まあ、そうだよね。会ったこともないし。
「本日、ここに集まった皆に告げる」
王子様の声が、厳かに響く。
わあ、これが正式な宣言ってやつかな。
「私、アルフレッド・ド・リュミエールは、エリシア・フォン・ルヴェリアスとの婚約を解消する」
広間が、ざわっとなった。
やっぱり。知ってたけど、改めて言われると、ちょっと胸がぎゅーってなる。
でも、まあ、仕方ないよね。
「理由を述べよ」
王様…かな?
玉座に座ってる偉そうな人が言った。
「理由は、彼女の持つ聖女の呪いである」
王子様が、はっきりと言った。
「満月の夜、周囲の者の心を狂わせ、本音を暴露させる呪い。
そのような危険な力を持つ者を、王家の妃とすることはできない」
ああ…やっぱり…。
私の呪いが、嫌だったんだ。
そうだよね。そうだよね。怖いもんね。
「加えて、彼女は無属性である」
王子様が続けた。
「魔法を使えぬ無能が、王家の妃に相応しいとは思えない」
無能、か。
またその言葉だ。
でも、もう慣れた。十三年間、ずっと言われてきたもん。
今さら傷つかない。
…嘘、ちょっと傷つく。
「よって、私は婚約を解消し、新たな婚約者を迎えることを宣言する」
王子様が、すっと手を差し伸べた。
その先には——。
リリアーナちゃんが立っていた。
わあ…。
きらきら輝くドレス。金色の髪。青い瞳。完璧な笑顔。
まるで、お日様みたい。眩しい。
綺麗だな、リリアーナちゃん。
継母様の娘。
私が2歳の時に生まれた、本当の娘。
血の繋がった、継母様の宝物。
私とは、ぜんぜん違う。
私と違ってすごく綺麗だし存在感がある。
「リリアーナ・フォン・ルヴェリアス。彼女こそが、私の真の婚約者だ」
王子様が宣言した。
リリアーナちゃんは、ふわりと優雅にお辞儀をした。完璧な動き。
すごいな。
私のお辞儀より、ずっと綺麗。
そして——私の方を見た。
「お姉様…」
リリアーナちゃんの目に、きらっと涙が浮かんでた。
え、泣いてる?
「お姉様…こんなことになってしまって…本当に申し訳ございません…」
え、えっ?
「私、お姉様の婚約者を奪うつもりなど…」
涙が、つーっと頬を伝った。
「でも、殿下が…殿下がそう望まれて…私、どうしたら…」
うわ、本格的に泣いてる。リリアーナちゃん、泣いてる。
すごく悲しそう。すごく申し訳なさそう。
でも——。
なんだろう、この違和感。
なんか…お芝居みたい…?
いや、失礼だよね、そんなこと思っちゃ。
リリアーナちゃん、優しい子だもん。たぶん。
きっと本当に悲しんでくれてるんだよね。
「なんと優しい娘だ!」
貴族の一人が、感動したように言った。
「姉を思いやる心…素晴らしい!」
「ああ、あれこそ真の令嬢だ!」
「光属性も完璧だし、性格も美しい!」
「王子にふさわしい!」
「マリアンヌ様の育て方が素晴らしいのよ!」
「ええ、本当に。あれが理想の母娘ね!」
貴族たちが、わあわあ口々にリリアーナちゃんと継母様を褒め称える。
すごいな。
大人気だ。
継母様は、ふふっと控えめに微笑んでた。
でも、すごく誇らしげ。
ああ…継母様、嬉しそう…。
そうだよね。本当の娘が、王子様の婚約者になるんだもん。
継母様にとって、私は他人だもん。
本当のお母様じゃないもん。
血も繋がってないもん。
リリアーナちゃんは、はにかんだように微笑んだ。
「皆様、ありがとうございます…でも、お姉様のことを思うと…」
また涙をぽろり。
わあ、みんなもっと感動してる。
すごい演技力…じゃなくて、感情表現が豊かなんだな。
私は…なんか、ぽかんとしちゃった。
不思議だな。
「エリシア・フォン・ルヴェリアス」
王子様が、ぴしゃりと冷たい声で言った。
「婚約解消の書類に署名せよ」
あ、はい。
侍従さんが、羊皮紙とペンを持ってきた。
わあ、羊皮紙だ。
本物だ。初めて触る。
私は、受け取って、羊皮紙を見た。
うわ、難しい字がいっぱい書いてある。
でも、最後に「婚約解消に同意します」って書いてあるのは分かった。
私は、ペンを手に取った。
手が、ちょっと震えてる。
インクが、ぽたっと落ちそう。気をつけなきゃ。
「早くしろ」
王子様の声。せかせか。
あ、急いでるのかな。ごめんなさい。
私は、ぎゅっとペンを握って——名前を書いた。
エリシア・フォン・ルヴェリアス。
あ、字がちょっとぐにゃぐにゃになっちゃった。
緊張してるからかな。
でも、書けた!
これで、全部終わり。
婚約は、なくなった。
私の未来も、なくなった。
…まあ、また何か考えよう。
「婚約解消、ここに成立す」
王様が宣言した。
広間に、拍手が響く。
ぱちぱちぱちぱち。
わあ、すごい音。
でも、私のためじゃない。
リリアーナちゃんとアルフレッド王子様のため。
新しいカップルのため。
私は——もう、いらない存在。
まあ、そうだよね。
「下がれ」
王子様が言った。
あ、はい。
私は、ふらふらと後ろに下がった。
視界が、ちょっとぼやけてる。
涙が出そうだけど、我慢我慢。
貴族たちの視線が、ちくちく刺さる。
ひそひそ話が、聞こえる。
「可哀想に…」
「いえ、仕方ないわ。呪いですもの」
「無属性なんて、王妃になれるわけがない」
「それに、リリアーナ様の方が何倍も素敵だわ」
「マリアンヌ様も、あの継娘には苦労されたでしょうね」
「ええ、本当に。本当の娘のように育てようとしたのに、あの有様ですもの」
ひそひそ。ひそひそ。
全部聞こえてる。耳、いいからね。
継娘…。
ああ、そうか。
みんな知ってるんだ。私が継母様の本当の娘じゃないこと。
本当のお母様は、もういないこと。
悲しいけど、歩くしかない。
広間の出口へ。
一歩、また一歩。
背筋を伸ばして。きりっと。
泣かないで。
ふらふらでも、倒れないで。
私、頑張る。
綺麗な広間、最後にもう一回見ておこう。
また来れるかな。来れないかな。
ようやく広間を出た。
ふう。
途端に、力が抜けた。
ふらっとして、壁に手をついた。
息が、はあはあ荒い。
心臓が、まだばくばく言ってる。
疲れた…。
でも、終わった…!
全部、終わった…!
やり遂げた…!
ちょっと達成感…?
「エリシア」
え。
後ろから、声がした。
振り向くと、父様が立ってた。
あれ、珍しい。追いかけてきたの?
「あの…父様…?」
「話がある」
父様の顔は、相変わらず冷たかった。
でも、なんだか焦ってるみたいに見えた。
珍しいな。いつも落ち着いてるのに。
「お前の呪いを解く儀式を行う」
え。
「呪い…解く…儀式…ですか…?」
きょとんとした。
そんなのあるんだ。初耳。
「そうだ。お前の力を封じる。いや、完全に消し去る」
父様が、ぐいっと私の腕を掴んだ。
あ、ちょっと痛い。
「三日後、銀霧の森の古代神殿で儀式を行う」
「え…銀霧の森…あの、魔物が出るって…」
本で読んだ。危ない場所なんだって。
「お前も望んでいるだろう。その忌々しい力を失うことを」
父様の目が、鋭い。
なんだか…いつもと違う…。
怖い。
「だから、三日後。必ず来い」
そう言い残して、父様は、さっさと行っちゃった。
私は、ぽかんと立ち尽くした。
呪いを…消す…?
私の力を…なくす…?
それって——。
いいことなのかな。
悪いことなのかな。
分からない。
何も、分からない。
ただ、胸の奥が、ざわざわした。
なんだろう、この嫌な予感…。
でも、まあ、考えてもしょうがないか。
三日後になったら、分かるよね。
それまでは、塔に戻って、のんびりしよう。




