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塔に監禁され、婚約破棄された『呪われ令嬢』ですが、 最強の将軍に過保護すぎるほど激甘に溺愛されて毎日が大変です  作者: 風谷 華


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第26話 「聖女誘拐作戦」

 世界が、真っ白だった。

 

 上も下もわからない。

 音も、熱も、何もない。

 

(――あ、これ)

 

 ふと、どうでもいいことがよぎる。

 

(死んだら、こんな感じなのかな……)

 

 次の瞬間。

 

「……っ、いっ……!」

 

 背中に、固いものがぶつかった。

 息が、肺から勝手に押し出される。

 

 石の床。

 冷たい感触。

 耳の奥で、じんじんとした耳鳴り。

 

「エリシア様!」

 

 かすれた声に、心臓が跳ねた。

 

「ミラ、ちゃん……?」

 

 まぶたをゆっくり持ち上げる。

 眩しさは、もう消えていた。

 

 さっきまでのテントじゃない。

 灰色の天幕。

 白と金の紋章。

 鼻をつくのは、薬草の匂いじゃなく、油と鉄のにおい。

 

 何より――。

 

「い、痛たた……膝を強打しました……」

 

 すぐ隣で座り込んでいるミラちゃん。

 その腕が、きつく私の肩を抱いていた。

 

「ミラちゃん……無事?」

 

「エリシア様こそ! 頭とか打ってませんか!? もし“聖女様の治癒”で自分を治すところから始めなきゃいけなかったらどうしようかと……!」

 

「そこまでひどいケガはしてないと思う……たぶん」

 

 体を少し動かしてみる。

 痛いところはあるけれど、骨が折れそうな感じはしない。

 

 安心しかけて――すぐに気づく。

 

「……あれ?」

 

 手が、自由に動かない。

 

 手首に、冷たいものが触れている。

 鉄の枷。 だ。

 鎖で繋がれた、魔封じの拘束具がつけられている。

 

 足首にも、同じもの。

 

 そして、枷の内側から、じわじわと、いやな魔力の感触が広がっていた。

 

(……魔力、が)

 

 胸の奥を探ってみた。

 いつもなら、そこに静かに満ちているはずの光。

 

 今は――厚い布で押さえつけられたみたいに、うまく掴めない。

 

「魔封じの……陣式が組み込まれてますね、これ」

 

 ミラちゃんが、枷を睨みつけるように見ている。

 黒髪を乱して、悔しそうに眉を寄せた。

 

「ああもう……! 私の契約スキルも、ほとんど封じられてる……!」

 

 周りを見渡してみると、

 そこは、広めの天幕の中だった。

 私とミラちゃんのほかに、数人の治癒兵さんたちが、同じように枷をはめられて座らされている。

 皆、呆然とした顔で、周囲を見回していた。

 

 天幕の入口には、甲冑を着けた兵士が数人。

 鎧の意匠、

 剣の形、

 掲げられた旗、

 白と金の紋章、

 全てに見覚えがあった。

 

(まさか、リュミエール……)

 

 喉が、きゅっと狭くなった。

 

「ミラちゃん……」

 

「はい」

 

「これ……もしかして、わたしたち、敵陣の中に……?」

 

「……残念ながら、“もしかしなくても”ですね」

 

 ミラちゃんが、小声でため息をつく。

 

「転移魔法……それも、かなり大掛かりな複合陣でした。あの準備、たぶん数日はかかってます」

 

「そんな……」

 

 胸がざわざわする。

 

 指輪に触れようとして――枷に邪魔されて指が届かないことに気づいた。

 

 左手の薬指に、確かにそこにある、銀の輪。

 それだけが、やけに重く感じた。

 

(カインさん……)

 

 名前を思い浮かべた瞬間、胸がぎゅっと痛んだ。

 

(ごめんなさい……勝手に、捕まっちゃって……)

 

 そう思ったときだった。

 


「おや」

 

 柔らかい声が、天幕の入口から降ってきた。

 

「意外とお元気そうで、なによりです」

 

 薄い笑みを浮かべた男が、ゆっくり中に入ってきた。

 白い軍服に、青いマントを羽織り、金の飾りをつけている。

 冷たい灰色の瞳でこちらをじっと見ていた。

 

 どこかで、見た顔。

 

「あっ……ジュリアン、様」

 

 リュミエール王国の、特使。

 あの日、ノクティルム要塞に“宣戦布告”を告げに来た男だ。

 

 彼はゆっくりと歩いてきて、私の目の前で立ち止まると、形だけの礼をした。

 

「ようこそ、聖女エリシア様」

 

 薄い笑みのまま、丁寧な言葉だけを並べる。

 

「あなたには、祖国へお戻りいただきます」

 

 ――祖国。

 

 その響きが、ひどく遠く感じた。

 

「……祖国、なんかじゃ……ない」

 

 気づいたら、口からこぼれていた。

 

「わたしを、塔に閉じ込めて」

「呪いだって言って」

「最後は……力を奪おうとして」

 

 自分でも驚くくらい、声が震えなかった。

 ただ、静かに。

 

「そんな場所、もう……帰る場所じゃありません」

 

 ジュリアンの瞳に、ほんの一瞬だけ苛立ちが走った。

 

 すぐに、表情は元の薄ら笑いに戻る。

 

「ご自分の立場を、お忘れなく」

 

 冷たい声。

 

「あなたはリュミエール王家に必要な“聖女”」

「王国は、あなたを取り戻すために、ここまで軍を動かしているのです」

 

「動かさなくていいのに……」

 

「黙りなさい」

 

 ぴしゃりと遮られた。

 その声音に、背筋が冷たくなる。

 

「“聖女”は、ただ微笑んで祈っていればいい」

「決めるのは、いつだって我々だ」

 

 ジュリアンが、私の手首の枷にちらりと目をやる。

 

「……正直、少々手荒な手段ではありましたが」

「帝国の中で説得に時間をかけるほど、余裕はありませんのでね」

 

 そこで、口元だけで笑った。

 

「あなたを、帝国の戦神将軍の妻になどしておくわけにはいかない」

「“呪い”をばらまく聖女は、リュミエールの管理下に置かれるべきです」

 

 胸の奥が、じわりと熱くなる。

 

(呪い、じゃないのに)

 

 言い返したかった。

 でも、その前に。

 

「聖女様に、そのような物言い……」

 

 ミラちゃんが、私の前にじり、と身を滑り込ませた。

 鎖がじゃらりと鳴る。

 

「彼女は、帝国の守る聖女です」

「リュミエールの好きにはさせません」

 

 小柄な背中。

 震えているのに、それでも、一歩も引かない。

 

(ミラちゃん……)

 

 ジュリアンが、あきれたように笑った。

 

「帝国風情が、随分と気が強い侍女を雇ったものですね」

「安心なさい。あなた方も丁重に扱いますよ」

「“聖女付きの侍女”として、ね」

 

 その言い方に、ぞっとする。

 

 丁重――それは、優しくするという意味じゃない。

 “使い道があるから壊さないでおくだけ”ということ。

 

「では、出発の準備を」

 

 ジュリアンが踵を返す。

 

「王都までの道のりは長い」

「聖女様には、そのあいだ、じっくりとお話を伺うとしましょう」

 

 ぞわり、と背筋を冷たいものが走った。

 

(話……)

 

 リリアーナちゃんや父様たちは何を企んでいたんだろう?

 私の力がどこまで使えるのか、私自身よくわかっていないのに。

 何を聞かれるんだろう。

 

 考えたくなかった。

 

「触らないでください!」

 

 ミラちゃんの声。

 兵士が彼女の肩を掴み、乱暴に立たせる。

 

「エリシア様に、乱暴したら許しませんからね!? 将軍様が聞いたら、戦神どころか戦鬼になりますからね!?」

 

「その“戦神様”は、今ごろどうしているでしょうね」

 

 ジュリアンが、愉快そうに振り返った。

 

「……さて」

 

 彼の視線が、一瞬だけ遠くを見るように揺れた。

 

「こちらの手札に気づく暇は、あったでしょうか」

 

 その言葉に、胸の奥がきゅっと締め付けられた。

 

(カインさん……)

 

 

ーー


 ――その頃。

 

 銀霧の森手前の平原では、まだ剣戟の音が響いていた。

 

 

「前衛、右翼、押し上げろ! 歩兵は距離を詰めすぎるな!」

 

 怒号と轟音。

 火花と血飛沫。

 

 その中心で、黒い軍服の男が、ひと振りごとに戦場を切り開いていた。

 

 漆黒の髪に赤い瞳。

 闇の刃と、冷徹な判断を瞬時に下す。

 

 ――カイン・ヴォルフガルト。

 

「“影縛り”来ます、将軍!」

 

 レオンの声。

 次の瞬間、足下から闇の鎖が伸びた。

 

 リュミエール側の闇魔術師。

 敵ながら、手際は悪くない。

 

 カインは、片足で地を蹴る。

 瞬影のような動きで鎖の外へ出ると、逆に闇を切り裂いた。

 

 黒い魔力が、刃となって走る。

 敵の前衛が、まとめて吹き飛ぶ。

 

「ダメです、また前に出すぎですよ、将軍!」

 背後から、レオンが半ば呆れた声を上げた。

「そんなに突っ込むと、戦神じゃなくてただの特攻隊長ですよ!」

 

「口を動かす暇があるなら、さっさと左を締めろ」

 

「はいはい、“黒の修羅”様の仰せのままに」

 

 軽口と同時に、レオンはきっちり左翼の指揮を飛ばしていく。

 そのやり取りに、周りの兵の顔が、わずかに緩んだ。

 

(まだ、押せる)


 戦況は、ゆるやかにガルゼイン有利に傾いていた。

 リュミエール軍の前衛は、じりじりと後退している。

 

 ――その時。

 

 空が、ぴしりと割れた。

 

「……?」

 

 胸の奥が、ざわりとする。


 何かの気配。

 嫌な、引っかかる感覚。

 

 カインの視界の隅で、白い光が膨らんだ。

 

 次の瞬間。

 

「――っ」

 

 空から、巨大な光の奔流が落ちてきた。

 

「将軍!」

 

 レオンの叫びと同時、カインは咄嗟に闇の壁を展開する。

 

 眩い光と、黒い壁が正面でぶつかり合った。

 

 爆音が響き、

 大きな衝撃を感じた。

 地面が割れ、波打ち、立っているのがやっとだった。


 耳鳴り。

 視界が、真っ白に飛ぶ。


 奥歯を噛み締め、踏ん張る。


(光属性の……高位砲撃)


 リュミエールでも、扱える術者は限られている。

 狙いは――。


 視界のノイズを、力ずくで押しのける。

 同時に、胸の奥へと意識を向けた。


(――エリシア)


 そこにあるはずの気配が消えかかっている。

 柔らかくて、あたたかくて、いつも静かに寄り添っている光が。


 それを探して――。


 ぷつり、と。


 何かが、切れた。


「……は?」


 一瞬、意味がわからなかった。


 さっきまで、確かに感じていたはずだった。

 後方の方角から、細く伸びてくる、透明な光の糸があったはずだ。


 それが、煙みたいに、跡形もなく消えていた。


「エリシアの……魔力が……」

 喉が、勝手に震えた。


 胸の奥に、黒い何かが噴き上がる。


 怒り。

 焦り。

 恐怖。


 全部まとめて、咆哮になりそうな何か。


「将軍!」

 レオンの手が、肩を掴んだ。

「落ち着いてください!」


「エリシアの気配が、消えた」


 自分の声じゃないみたいだった。

 低くて、冷たくて。


「さっきまで、あった」

「後方に、はっきりいた」


 それが、今は何もない。


 まるで――この戦場から、丸ごと消し去られたみたいに。


「……転移、ですね」


 レオンが、短く息を吐く。


「光砲撃と同時に、後方に仕掛けてたか……!」


 悔しそうに、歯ぎしりする気配。


「落ち着いてください、将軍」

「今、ここで突っ走ったら――」


 レオンの言葉を遮るように、カインの中で、魔力が荒れ狂った。


 視界が赤く染まる。

 骨の奥が熱い。


 満月には、まだ少し早い。

 それでも――。


 爪が伸びる感覚。

 牙が、わずかに尖る。


 黒豹の血が暴れている。


(奪われた)


 頭のどこかで、冷静な声が呟く。


(あいつらは、正面から勝つ気なんて、最初からなかった)

(エリシアを、狙っていた)


「将軍!」

 レオンの声が、近くで響く。

「ここで暴れたら、部隊が崩壊します!」


 周りを見渡す。


 ガルゼイン軍の前衛は、光砲撃の余波で一時混乱していた。

 その隙をついて、リュミエール軍が、きれいに後退を始めている。


 ただの撤退じゃない。

 整然とした引き際だ。

 捨てる地点と守る地点が、計算され尽くしている。


「おかしいと思ったんですよ」


 レオンが、低く舌打ちした。


「さっきから、妙に引き際が綺麗で」

「“勝つ気”のある軍隊の動きじゃなかった」

「“目的は果たしたから、あとは無駄に死ぬな”って撤退でした」


「目的……」


 奥歯が、みし、と音を立てた。


「エリシア、か」


「……たぶん」


 レオンが、正面を睨みつける。


「将軍、今は追えません」

「ここで無茶をすれば、北方軍は崩れる」

「エリシア様が戻ってこられる場所が、なくなります」


 その言葉に、カインは目を閉じた。


(戻ってこられる場所――)


 ノクティルム要塞。

 あの冷たい石の城。

 今は、あいつの「帰る場所」。


 そこを守れるのは、今、この場で指揮を執っている自分だけ。


「……ちっ」


 舌打ちをひとつ。


 爪が、元の長さに戻っていく。

 赤かった視界が、徐々に冷えていく。


「――全軍に通達」


 低い声で言う。


「これ以上の追撃はしない」

「陣形を維持しつつ、前線を一旦下げる」


 レオンが、安堵混じりに息を吐いた。


「了解しました、戦神様」


「その呼び方はやめろ」


「今はその“神様”にすがってる兵も多いんで、もう少し我慢してください」

 軽口を叩きながら、レオンは的確に指示を飛ばしていく。


 カインは、最後にもう一度だけ、後方の方角を振り返った。


 そこには、もう、何の気配もない。


(待っていろ、エリシア)

 静かに、心の中で呟く。


(必ず――取り返す)


ーー


 馬車の揺れは、思っていたよりも激しかった。


 ゴトン、と車輪が石を踏むたび、体が跳ねる。

 枷と鎖が、じゃら、と音を立てる。


 狭い空間。

 鉄格子のはまった小窓。

 黒い布で覆われた壁。


 完璧な「牢」だ。


「うう……お尻が……」


 向かい側で、ミラちゃんが、小さく呻いた。


「さっきから、衝撃のたびにダメージが……」

「私、お尻だけすごく鍛えられそうです……」


「鍛るならお腹とか脚がいいよね……なんちゃって」


 思わず、二人で小さく笑ってしまった。


 自分でも、驚くくらい。


 こんな状況なのに。

 笑ってしまうくらいには、たぶん、まだ心が折れていない。


(折れたく、ない)


 窓の外を、ちらりと見る。


 小さな隙間から見えるのは、灰色の空と、遠ざかっていく平原。

 さっきまで戦っていた場所は、もう見えない。


 代わりに、遠くの地平線の向こう。

 白く霞んだ山脈の方角に――。


(あっちが、リュミエール)


 生まれ育った国。

 でも、今は。


「……行きたく、ないなあ」


 ぽつりと、こぼれていた。


「大丈夫です」


 ミラちゃんが、すぐに言う。


「行きたくない場所なら、帰ってくればいいだけです」


「……簡単に言うね?」


「簡単に言っておかないと、心が折れますから!」


 きっぱり。


「エリシア様は、戦神将軍に溺愛されてるんです」

「絶対、迎えに来ますよ」


 その言葉に、胸がきゅっと鳴った。


(カインさん……)


 枷越しに、左手の指輪に触れようとする。

 鉄に阻まれて、直接は触れない。


 それでも、そこにある重みは、はっきりと感じる。


 銀の輪。

 ノクティルムの大広間で、みんなの前で交換したもの。


 あの日。


『二人とも無事に、生きてここに戻る』

『それ以外は、認めない』


 城壁の上で交わした約束。


「……カインさん」


 声に出した瞬間、視界がにじんだ。


「一緒に、帰るって……約束したのに」


 自分だけ、勝手に連れて行かれて。

 自分だけ、約束の場所から離れて。


 悔しい。

 怖い。

 寂しい。


 いろんな感情が、一度に押し寄せてくる。


 その中で――ひとつだけ、ゆっくりと浮かび上がってくるものがあった。


(……でも)


 涙を拭って、

 ぎゅっと目を閉じると、

 カインさんの優しく笑う顔を思い出した。


(カインさんも、きっと怒ってる)


 戦場で、私の気配が消えた瞬間。

 あの人が、どんな顔をしたか。


 簡単に想像がついてしまって、逆に少しだけ、笑いそうになった。


(絶対、迎えに来る)


 だって――。


(カインさんは、そういう人だもん)


 銀霧の森で、塔で、要塞で。

 何度も、私を助けてくれた。

 一度も、見捨てなかった。


「……わたしも」


 そっと、呟く。


「ただ連れて行かれるだけじゃ、終わりたくない」


 胸の奥で、魔力が、かすかにざわめいた。


 魔封じの枷のせいで、うまく掴めない光。

 でも、完全には消えていない。


(聖女の力が“呪い”じゃないってこと)

(カインさんたちが証明してくれたこと)


 それを、今度は自分で守らなきゃいけない。


「エリシア様」


 ミラちゃんが、じっとこちらを見ていた。

 不安そうで、それでも、どこか期待するような目で。


「帰りましょうね」


「うん」


「将軍様のところに」


「……それから、要塞のみんなのところにも」


「うん」


 何度も頷く。


「絶対、帰る」


 その約束は。


 たとえ、どれだけ遠くに引き離されても。

 絶対に――手放さない。


 馬車が、少し速度を上げた。

 車輪の音が、遠くへ遠くへ、私たちを運んでいく。


 その先には、きっと。


 もう二度と会いたくないと思っていた顔が、たくさん待っているのだろう。


(その時までに)


 涙をひとつ、袖で拭う。


(ちゃんと、“戦神将軍の妻”らしくなっておかないと)


 ――そう思った瞬間、馬車の外から、兵士の声が聞こえた。


「王都まで、急げ!」

「聖女様を、お待ちしているお方がいらっしゃる!」


 嫌な予感が、ぞわりと背筋を撫でていく。


(“お待ちしているお方”……って)


 アルフレッド殿下?

 父様?

 それとも――。


 誰の顔が、一番最初に浮かぶのか。


 それを考えた瞬間、自分でも驚くくらい、胸の奥に黒いものが燃え上がった。


(いいよ)


(誰が相手でも)


(今度は――簡単に、好きにはさせないから)


 鎖の音が、揺れる馬車の中で、静かに覚悟を決めた。



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