第20話「契約結婚の真実」
目を覚ますと、
私は自分のベッドの中にいた。
温かい。
ゆっくりと、昨夜の記憶が蘇ってきた。
リリアーナちゃんの襲撃。
カインさんが、助けに来てくれたこと。
満月でカインさんが、黒豹に変身したこと。
黒豹の背中に乗って、要塞に戻ったこと。
そして——。
黒豹の背中で、小さく呟いたこと。
「カインさん…好きです…」と。
あ…ああああっ!
顔が、かあっと熱くなる。
言っちゃった…。
好きですって…。
聞こえてたかな…。
黒豹のカインさんの耳、ぴくって動いてた気がする…。
でも、聞こえてなかったかも…。
どちらにしても、恥ずかしい…。
私は、布団に顔を埋めた。
しばらく、カインさんに会いたくない…。
こんこん。
ノックの音がした。
「エリシア様、朝食をお持ちしました」
ミラちゃんの声。
「ど、どうぞ」
私は、慌てて起き上がった。
がちゃ。
扉が開いて、ミラちゃんが入ってきた。
トレイに、朝食を乗せている。
「エリシア様!」
ミラちゃんが、ぱあっと顔を明るくした。
「無事で良かったです!」
ミラちゃんが、トレイをテーブルに置いて。
私に抱きついてきた。
「ミラちゃん…」
「心配しました…森に一人で…」
ミラちゃんの目に、涙が浮かんでいる。
「ごめんね、心配かけて…」
私は、ミラちゃんを抱きしめた。
「もう、大丈夫」
「本当ですか?」
「うん」
私は、こくんと頷いた。
「もう、逃げない」
ミラちゃんが、ほっとした顔をした。
「良かった…」
ミラちゃんが、涙を拭いた。
「それで、エリシア様」
「うん?」
「リリアーナ様は、要塞の牢に入れられています」
リリアーナちゃん…。
牢に…。
胸が、ちくんと痛んだ。
でも、安心している私もいる。
リリアーナちゃんは、
カインさんのことも傷つけた。
「そうなんだ…」
私は、小さく言った。
「それと」
ミラちゃんが、ちょっといたずらっぽく笑った。
「将軍様が、エリシア様を呼んでいます」
え。
カインさんが…?
心臓が、ばくばく鳴った。
「か、カインさんが…?」
「はい。朝食の後、将軍様の部屋に来てくださいって」
ミラちゃんが、にやにやしている。
「わ、分かった…」
私は、顔が熱くなるのを感じた。
カインさん…。
昨夜のこと、聞こえてたかな…。
私が「好きです」って言ったこと…。
に、逃げたい…。
朝食を食べて、
ミラちゃんに髪を整えてもらって、
ピンクのワンピースを着て、
私は、カインさんの部屋に向かった。
廊下を歩きながら、心臓がばくばく鳴っている。
緊張する…。
カインさんの部屋の扉の前に着いた。
深呼吸。
すー、はー。
落ち着け、私。
こんこん。
「入れ」
カインさんの声。
低くて、優しい声。
がちゃ。
カインさんの部屋。
広い部屋。
大きなベッド。
窓から、朝日が差し込んでいる。
カインさんが、窓辺に立っていた。
人間の姿に戻っている。
漆黒の髪が、艶めいていて綺麗だ。
背が高くて筋肉質な体に、ドキドキする。
かっこいい…。
「エリシア、来たか」
カインさんが、振り返った。
赤い瞳が優しそうに、フニャッと細くなる。
「はい…」
私は、小さく答えた。
カインさんが、私に近づいてきた。
そして——。
私の前で止まった。
「昨夜は、すまなかった」
カインさんが、申し訳なさそうに言った。
「満月で、黒豹に変身してしまって」
「いいえ」
私は、首を振った。
「カインさんの黒豹…すごく可愛かったです」
本当に。
可愛かったし、
美しかった。
幻想的で。
温かくて。
カインさんが、ふっと笑った。
「そうか」
少し、嬉しそう。
二人の間に、少し沈黙が流れる。
気まずい…。
カインさん、昨夜のこと意識してるのかな…。
「エリシア」
カインさんが、口を開いた。
「はい」
「結婚式は、予定通り行う」
その言葉に、心臓がどきんと跳ねた。
結婚式…。
予定通り…。
「本当は明日だったけど、一ヶ月後に行う」
カインさんが、真剣な顔で言った。
「もう、誰にも邪魔させない」
嬉しい。
すごく、嬉しい。
でも——。
ずっと気になってたことがある。
「カインさん…」
私は、小さく言った。
「一つ、聞いてもいいですか?」
「何だ?」
カインさんが、私を見た。
私は、勇気を出して聞いた。
「あの…その…契約結婚のままですか?」
その言葉に、カインさんの顔が固まった。
「本当の結婚じゃ…駄目ですか…?」
「どうして契約結婚を提案したんですか?」
私は、カインさんを見上げた。
カインさんが、困った顔をした。
「それは…」
カインさんが、顔を背けた。
耳が、少し赤い。
え。
カインさん、照れてる…?
「…恥ずかしかったんだ」
小さな声。
え。
恥ずかしかった…?
「出会ったばかりで…」
カインさんが、ぼそぼそと言った。
「いきなり好きだから結婚してくれとは…」
「言えなかった」
その言葉に、私の心臓がばくんと跳ねた。
え。
好きだから…?
最初から…?
「お前は、俺のことを怖がっているかもしれないと思ってた」
カインさんが、続けた。
「魔族だし、黒豹に変身するし…」
「好きだと言ったら、断られると思った」
カインさんの声が、切ない。
「だから…契約という形なら…」
「エリシアも受け入れてくれると思って…」
カインさんが、私を見た。
真剣な目。
でも、少し不安そう。
私は、涙が出そうになった。
そうだったんだ…。
カインさん、最初から…。
「最初から…私のこと好きだったんですか…?」
私は、震える声で聞いた。
「ああ」
カインさんが、即答した。
そして——。
私をじっと見た。
赤い瞳が、優しい。
「一目惚れだ」
カインさんの顔が、少し赤い。
「銀霧の森で、お前を初めて見た時から」
カインさんが、私の頬に手を当てた。
大きくて、温かい手が気持ちいい。
「初めて誰かを守りたいと思った」
「側にいたいと思った」
その言葉に、涙がぽろぽろと零れた。
止まらない。
「私…」
私は、泣きながら言った。
「ずっと契約だから都合がいいだけだと思ってました…」
「本当の愛じゃないって…」
「私なんか、呪われて嫌われて幽閉されていた娘だから…」
「カインさんには釣り合わないって…」
涙が、どんどん溢れる。
「ずっと…ずっと不安でした…」
「馬鹿野郎」
カインさんが、低い声で言った。
そして——。
私を、ぎゅっと抱きしめてくれた。
温かくて、安心する。
「エリシアが好きで好きでたまらない」
「契約なんて嘘だ」
「最初から、本物の結婚がしたかった」
「エリシアだけを、愛してる」
涙がどんどん出てきてしまう。
嬉しい。
すごく、嬉しい。
私は、カインさんの胸でわんわん泣いた。
「私も…」
私は、小さく言った。
「私もカインさんが好きです…」
「カインさんに優しくされるたびに、好きになってました…」
カインさんの腕が、さらに強く私を抱きしめた。
温かい。
幸せ。
カインさんが、私の顔を優しく持ち上げた。
大きな手で。
そして、私の涙を拭ってくれた。
「もう泣くな」
カインさんが、優しく言った。
「これからは、ずっと笑っていてくれ」
カインさんが、私の額にキスをした。
ちゅ。
柔らかい。
温かい。
顔が、かあっと熱くなった。
恥ずかしい…。
カインさんが、私を見た。
優しい瞳に、ドキドキが止まらない。
「愛してる、エリシア」
その言葉に、心臓がばくばく鳴った。
愛してる…。
カインさんが…私を…。
「私も…」
私は、顔を真っ赤にしながら言った。
「愛してます…カインさん…」
カインさんが、ふっと笑った。
そして——。
もう一度、私を抱きしめた。
強く。
優しく。
私は、カインさんの胸に顔を埋めた。
心臓の音が、聞こえる。
ドキドキ、ドキドキ。
カインさんの匂い。
温かさ。
全部、好き。
すごく、好き。
しばらく、抱き合っていた。
幸せな時間。
カインさんが、ゆっくりと私を離した。
「一ヶ月後には、エリシアはもう俺のものだ」
カインさんが、優しく言った。
「はい…」
私は、こくんと頷いた。
「エリシアは、俺の妻になる。
契約じゃなく、本当の妻に」
妻…。
カインさんの…。
「はい…」
顔が、熱い。
「嬉しいか?」
カインさんが、聞いた。
「すごく…嬉しいです…」
私は、正直に答えた。
「俺もだ」
カインさんが、私の手を取った。
大きな手で、私の小さな手を包む。
温かい。
「これからは、ずっと一緒だ」
カインさんが、真剣な顔で言った。
「どんなことがあっても、お前を守る」
「お前を、幸せにする」
その言葉に、涙が出そうになった。
でも、我慢する。
もう、泣かないって決めたから。
「はい…ずっと…」
私は、カインさんの手を握り返して、
カインさんと見つめ合う。
カインさんの赤い瞳。
優しい。
温かい。
大好き。
幸せな甘い空気が、部屋を包んだ。
その時、
こんこん。と
ノックの音がした。
「将軍様、エリシア様、お茶をお持ちしました」
ミラちゃんの声。
私とカインさん、慌てて離れた。
「ど、どうぞ」
私は、慌てて答えた。
がちゃ。
扉が開いて、ミラちゃんが入ってきた。
トレイにお茶を乗せている。
ミラちゃんが、私たちを見た。
そして——。
にやり。
意味深な笑みを浮かべている。
「お邪魔でしたか?」
ミラちゃんが、いたずらっぽく言った。
「ち、違うよミラちゃん!」
私は、顔を真っ赤にした。
「何も…してないから…!」
「はいはい」
ミラちゃんが、笑いながらお茶をテーブルに置いた。
カインさんも、恥ずかしそうにしている。
耳が、赤い。
「将軍様」
ミラちゃんが、カインさんを見た。
「良かったですね」
嬉しそうな顔。
「…ああ」
カインさんが、小さく頷いた。
ミラちゃんが、ふっと表情を真剣にした。
「明日、リリアーナ様の正式な尋問が行われます」
その言葉に、空気が変わった。
リリアーナちゃん…。
明日…。
「分かった」
カインさんが、冷たく言った。
「私も…」
私は、小さく言った。
「立ち会います」
「エリシア」
カインさんが、心配そうに私を見た。
「無理するな」
「大丈夫です」
私は、カインさんを見上げた。
「もう、逃げません」
「ちゃんと、向き合います」
カインさんが、私の頭を撫でた。
「強くなったな」
カインさんが、優しく言った。
「カインさんが、側にいてくれるからです」
私は、カインさんに微笑みかけた。
カインさんが、ふっと笑った。
「ずっと、側にいる」
その言葉に、胸が温かくなった。
嬉しい。
幸せ。
明日は、リリアーナちゃんと向き合う。
怖いけど。
大丈夫。
カインさんが、側にいてくれるから。
私は、もう一人じゃない。
そう思った。




