第19話「リリアーナの襲撃」
「あら」
リリアーナが、冷たく笑った。
「お姉様、見つけましたわ」
冷たく響いたその声に、エリシアの体が震えた。
リリアーナちゃん…。
なんで、ここに…。
カインが、エリシアを抱いたまま、リリアーナを睨んだ。
瞳が、赤く光る。
怒っているように見える。
「リリアーナ」
カインの声が、低い。
冷たい。
敵を見る目。
「何の用だ」
「用?」
リリアーナが、ふっと笑った。
優雅に。
美しく。
でも、目は冷たい。
「お姉様を、連れ戻しに来たのよ」
リリアーナが、一歩近づいた。
金色の髪が、月明かりに輝いている。
青いドレスが、風に揺れる。
美しさがより怖く感じさせる。
「お姉様」
リリアーナが、私を見た。
青い瞳が、氷のようだ。
「要塞に戻りましょう?」
「私は…」
私が言いかけた時だった。
「エリシアは、俺が守る。大丈夫だ」
カインが、きっぱり言った。
「お前には渡さない」
「あら」
リリアーナが、笑った。
でも、笑っていない。
目が、冷たい。
「将軍様は、お姉様がそんなに大切?」
「ああ」
カインが、即答した。
「エリシアは、俺の全てだ」
全て…。
私が…?
リリアーナの顔が、悔しさに一瞬歪んだ。
でも、すぐに笑顔に戻った。
「そう」
リリアーナが、小さく言った。
「なら、仕方ないわね」
その瞬間——。
リリアーナの手が、光った。
光属性の魔力が眩しい。
「お姉様の力、いただくわ」
リリアーナが、冷たく笑った。
「え…」
「そして、カイン、あなたは邪魔よ」
リリアーナの手から、凄い速さで光の矢が放たれた。
カインが、私を急いで地面に下ろした。
そして——。
ばん!
光の矢が、カインに突き刺さる。
「カインさん!」
エリシアは、叫んだ。
カインの体が、吹き飛ばされる。
ずしん。
木に激突して、倒れた。
「カインさん!!」
私は、カインに駆け寄ろうとした。
でも——。
リリアーナが、私の手を掴んだ。
冷たい手。
リリアーナの長い爪が手首に食い込んで痛い。
「お姉様、逃がさないわ」
リリアーナが、冷たく笑った。
もう、優しい妹の顔じゃない。
冷酷な、悪女の顔。
「リリアーナちゃん…」
「リリアーナちゃん、じゃないわ」
リリアーナが、私を睨んだ。
「呪われた醜い姉なんて、大嫌いよ」
大嫌い…。
やっぱり…。
私、嫌われてたんだ。
「今度こそ、お姉様の力をいただくわ」
リリアーナが、エリシアを古代神殿に引きずっていく。
「やめて…」
私は、抵抗しようとした。
でも、リリアーナの方が力が強い。
「やっと…やっと手に入るのよ」
リリアーナが、笑った。
邪悪な笑みに、背筋が凍る。
「お姉様の聖女の力があれば…」
「私は、完璧になれる」
リリアーナの目が、ぎらりと光った。
私は、神殿の前まで引きずられてきた。
古代神殿。
あの時、家族に置いていかれた場所。
カインさんに、助けられた場所。
リリアーナが、乱暴にエリシアを地面に押し倒した。
「痛いっ」
地面に、倒れる。
リリアーナが、私の上に覆いかぶさってきた。
「さあ、始めるわ」
リリアーナが、呪文を唱え始めた。
聞いたことがある。
あの時、魔術師が唱えていた呪文。
力を奪う、儀式の呪文。
「やめて…」
私は、小さく言った。
「お願い…やめて…」
「うるさいわね」
リリアーナが、冷たく言った。
そして——。
リリアーナの手が、私の額に触れた。
冷たい手。
その瞬間——。
ぶわっ、と
光が、溢れた。
私の体から。
温かい光。
聖域級浄化治癒の力。
でも、制御できない。
力が、暴走しそう。
「きゃあっ!」
リリアーナが、悲鳴を上げた。
手を、引っ込める。
「何…これ…」
リリアーナの手が、火傷したように赤くなっている。
「お姉様の力が…拒絶してる…?」
リリアーナが、信じられないという顔をした。
「ちっ」
リリアーナが、舌打ちした。
「もう一度…」
リリアーナが、また手を伸ばそうとした時だった。
「リリアーナ…貴様…!」
低い声が聞こえた。
怒りに満ちた声。
殺気がすごい。
振り返ると——。
カインさんが、立っていた。
体中、傷だらけ。
でも、目は鋭い。
赤く光っている。
「カインさん、来ちゃダメ…
傷がこんなに沢山…」
「エリシアに…触れるな…」
カインさんの声が、低く響いた。
リリアーナが、立ち上がった。
「まだ、生きてたの?」
リリアーナが、驚いた顔をした。
「当たり前だ」
カインさんが、一歩近づいた。
「お前ごときの攻撃で、俺は死なない」
カインさんの体から、闇の魔力が溢れ出す。
黒いオーラ。
すごい…。
「くっ…」
リリアーナが、後ずさった。
リリアーナがもう一度カインを攻撃しようとした時だった。
ばたばたと足音が聞こえてきた。
「将軍!」
レオンさんの声だ。
レオンさんが、兵士たちを連れて走ってきた。
「将軍、無事ですか!」
レオンさんが、カインさんに駆け寄った。
「ああ」
カインさんが、小さく頷いた。
そして、リリアーナを指差した。
「リリアーナを、拘束しろ」
「はっ!」
兵士たちが、リリアーナを囲んだ。
リリアーナが、追い詰められる。
「待って!」
リリアーナが、叫んだ。
「私は被害者なのよ!」
「お姉様が、私を森に連れ込んで…」
リリアーナが、また演技を始めた。
涙を流し、震える声で儚く訴える。
でも——。
「嘘をつくな」
カインさんが、冷たく言った。
「お前が、エリシアの力を奪おうとした現場を、俺は見た」
「レオン、お前も見たな?」
「はい」
レオンさんが、頷いた。
「リリアーナ様が、エリシア様に儀式を行おうとしていました」
レオンさんの声も、冷たい。
リリアーナの顔が、さっと青ざめた。
「それは…」
「もういい」
カインさんが、手を上げた。
「連行しろ」
「はっ!」
兵士たちが、リリアーナの両腕を掴んだ。
「離しなさい!」
リリアーナが、叫んだ。
「私はリュミエール王国の公爵令嬢よ!」
「こんな扱いを受ける理由はないわ!」
でも、兵士たちは聞かない。
リリアーナを、引きずっていく。
「お姉様!」
リリアーナが、私を見た。
憎しみに満ちた目。
「覚えてなさい!」
「絶対に、お姉様の力を奪ってやるから!」
リリアーナの叫び声が、森に響いた。
そして——。
リリアーナは、兵士たちに連れ去られた。
静寂が、戻ってきた。
私は、地面に座り込んでいた。
体が、震えている。
怖かった…。
リリアーナちゃん、あんなに怖い顔してた…。
本当に、私のこと嫌いだったんだ…。
「エリシア」
カインさんの声がした。
顔を上げると——。
カインさんが、私の前にしゃがんでいた。
優しい目。
「大丈夫か?」
「はい…」
私は、小さく頷いた。
でも、涙が出てきた。
止まらない。
「カインさん…怖かった…」
「もう、大丈夫だ」
カインさんが、私を抱きしめた。
温かい。
安心する。
「俺が、いるから」
カインさんが、優しく言った。
「もう、誰にもお前を傷つけさせない」
その言葉に、涙がどんどん溢れた。
カインさんの胸に、顔を埋める。
「ごめんなさい…」
私は、小さく言った。
「私のせいで…カインさんが怪我して…」
「お前のせいじゃない」
カインさんが、私の頭を撫でた。
「リリアーナのせいだ」
「でも…カインさん、光魔法を受けて…」
私は、カインさんの服を見た。
血が、滲んでいる。
傷が、痛々しい。
「光魔法は、闇属性のカインさんには…」
「大丈夫だ」
カインさんが、優しく言った。
「このくらい、平気だ」
「嘘…」
私は、カインさんの傷に手を当てた。
温かい。
私の手が、ほんのり光る。
治癒の力が溢れていく。
聖域級浄化治癒。
カインさんの傷が、癒えていく。
光魔法のダメージも、浄化されていく。
「エリシア…」
カインさんが、驚いた顔をした。
「お前…」
「カインさんを、治したいから…」
私は、必死に力を込めた。
温かい光が、カインさんを包む。
傷が、どんどん癒えていく。
光魔法の毒も、消えていく。
「治って…お願い…」
私は、涙を流しながら祈った。
カインさん、治って…。
痛くないように…。
苦しくないように…。
光が、さらに強くなる。
そして——。
カインさんの傷が、完全に消えた。
「すごい…」
レオンさんが、感嘆の声を上げた。
「エリシア様の力…さすが聖女だ…」
私は、力を使い果たして、ふらっとしてしまった。
「エリシア!」
カインさんが、私を支えた。
「大丈夫か?」
「はい…ちょっと疲れただけ…」
私は、カインさんに寄りかかった。
カインさんの胸に、顔を埋める。
温かい。
安心する。
「ありがとう、エリシア」
カインさんが、優しく言った。
「お前のおかげで、助かった」
その言葉に、胸が温かくなった。
良かった…。
カインさん、治って…。
「将軍、そろそろ要塞に戻りましょう」
レオンさんが、言った。
「ああ」
カインさんが、頷いた。
そして、私を抱き上げようとした時だった。
空を見上げて、止まった。
「どうしたんですか?」
レオンさんが、不思議そうに聞いた。
「満月だ」
カインさんが、小さく言った。
そうだった…満月…
私も、空を見上げた。
大きな、丸い月。
銀色の光が、森を照らしている。
綺麗…。
でも——。
満月の夜は、魔族が変身する夜。
カインさんも…。
「カインさん…」
私が言いかけた時だった。
カインさんの体が、光り始めた。
闇の魔力が溢れ出し、黒く輝いている。
「すまない、エリシア」
カインさんが、苦しそうに言った。
「満月の夜は…変身を抑えられない…」
「大丈夫…」
私は、カインさんに微笑みかけた。
「カインさんの黒豹、可愛いから…」
カインさんが、ふっと笑った。
優しい笑顔。
そして——。
カインさんの体が、変わり始めた。
大きくなる。
黒い毛が生える。
人の形が、崩れていく。
私は、そっと後ろに下がった。
カインさんの体が、どんどん変わっていく。
そして——。
目の前に、巨大な黒豹が現れた。
わあ…。
すごく大きい。
でも、美しい。
漆黒の毛並み。
赤く光る瞳が幻想的だ。
黒豹が、私を見た。
赤い瞳。
カインさんの瞳。
優しい。
「カインさん…」
私は、小さく言った。
黒豹が、ふうっと鼻を鳴らした。
そして——。
私の前に、しゃがんだ。
背中を見せる。
もしかして、これって…。
「将軍は、エリシア様を乗せたいんだと思います」
レオンさんが、優しく言った。
「え、でも…」
「大丈夫ですよ。将軍は、エリシア様に優しくしたいんです」
レオンさんが、私を黒豹の背中に乗せてくれた。
わあ。
柔らかい。
温かい。
毛並みが、すごく気持ちいい。
黒豹が、ゆっくりと立ち上がった。
高いなあ。
景色が、違って見える。
「カインさん、ありがとう…」
私は、黒豹の首に手を回した。
黒豹が、ふうっと鼻を鳴らした。
なんだか、嬉しそう。
「では、要塞に戻りましょう」
レオンさんが、前を歩き出した。
黒豹が、ゆっくりと歩き出す。
揺れが、優しい。
私は、黒豹の背中で、ふと思った。
カインさん、治って良かった…。
私の力で、カインさんを守れた…。
初めて、私の力が役に立った。
嬉しい。
すごく、嬉しい。
私は、黒豹の毛に顔を埋めた。
温かい。
安心する。
カインさんの匂い。
好き。
すごく、好き。
要塞が、見えてきた。
ノクティルム要塞。
私の、新しい家。
カインさんと、一緒に暮らす場所。
もう、逃げない。
もう、諦めない。
カインさんが、愛してくれてるなら。
私も、カインさんを…。
好き。
すごく、好き。
気づいてしまった。
この気持ちが、恋だって。
今度こそ、伝えたい。
黒豹の背中で、私は小さく呟いた。
「カインさん…私も好きです…」
黒豹の耳が、ぴくっと動いた。
聞こえた…?
黒豹が、小さく鳴いた。
優しい声。
私は、黒豹の首にぎゅっとしがみついた。
温かい。
幸せ。
このまま、ずっと一緒にいたい。
この幸せな瞬間がずっと続けばいいのに。




