第18話「姿を消した聖女」
次の日、
カインは、エリシアの部屋の前に立っていた。
実は一晩中、ここにいた。
夜中に扉の向こうで、エリシアが泣いているのが聞こえた。
でも、何もできなかった。
くそ…。
カインは、拳を握った。
エリシアを、傷つけてしまった。
あの涙を、見てしまった。
許せない。
自分が。
リリアーナが。
全てが。
こんこん。
カインは、扉をノックした。
「エリシア」
と声をかけるが、返事がない。
「エリシア、朝だ。少し話をさせてくれ」
まだ、返事がない。
おかしい…。
カインは、嫌な予感がした。
「エリシア、入るぞ」
部屋の中に誰もいなかった。
ベッドは、綺麗に整えられている。
エリシアがいない。
「エリシア?」
カインが、部屋の中を見回した。
クローゼットを開ける。
服がない。
洗面台を見る。
私物がない。
まさか…。
カインの心臓が、ばくばく鳴った。
机の方に目をやると、白い紙が置いてあるのに気づいた。
手紙。
カインは、手紙を手に取った。
手が、震えている。
『カインさんへ
今まで、本当にありがとうございました。
カインさんに助けていただいて、
初めて、幸せな日々を過ごすことができました。
美味しいご飯を食べて、
綺麗な服を着て、
優しい人たちに囲まれて。
こんな幸せ、私には勿体ないくらいでした。
でも、私がいると、カインさんに迷惑をかけてしまいます。
リリアーナちゃんは、とても美しくて、完璧な令嬢です。
カインさんの幸せを考えたら、
私なんかより、リリアーナちゃんと一緒になった方がいいと思います。
カインさんの幸せを、心から願っています。
どうか、リリアーナちゃんと幸せになってください。
私はもう、カインさんの側にはいられません。
本当に、ありがとうございました。
エリシア』
カインの手が、震えた。
手紙が、くしゃっと握りしめられた。
「エリシア…!」
カインが、叫んだ。
その声が、廊下に響いた。
ばたばたと足音が聞こえてきた。
「将軍様!どうされました!?」
ミラが、部屋に入ってきた。
そして——。
部屋に誰もいないことに気づいた。
「え…エリシア様…?」
ミラの顔が、さっと青ざめた。
「エリシア様がいません!」
「エリシアが消えた…」
カインが、低い声で言った。
「手紙を残して…」
カインが、手紙をミラに見せた。
ミラが、手紙を読む。
ミラの目から、涙が溢れた。
「そんな…エリシア様…」
すぐに、レオンとゼクスが駆けつけた。
「将軍!何があった!」
レオンが、息を切らしながら言った。
「エリシアが…消えた…」
カインの声が、震えている。
「何だと!?」
ゼクスが、驚いた顔をした。
「手紙を残して…」
カインが、手紙を見せた。
ゼクスが、手紙を読む。
ゼクスの顔が、険しくなった。
「カイン…」
「探す」
カインが、きっぱり言った。
「すぐに、探す」
カインの瞳が、赤く光った。
感情が、高ぶっている。
「将軍!すぐに捜索隊を編成します!」
レオンが、すぐに動いた。
「カイン、落ち着け」
ゼクスが、カインの肩に手を置いた。
「落ち着けるか!」
カインが、叫んだ。
「エリシアが…エリシアがいないんだぞ!」
カインの声が、震えている。
拳を、ぎゅっと握りしめている。
「あの手紙を読んだか!」
カインが、ゼクスを睨んだ。
「俺の幸せのためと思って、エリシアは消えたんだぞ!」
「自分を犠牲にして!」
カインの目に、涙が滲んだ。
「馬鹿野郎…」
カインが、小さく呟いた。
「お前が幸せじゃないと、俺は幸せになれないのに…」
「将軍…」
レオンが、小さく言った。
「探すぞ」
カインが、立ち上がった。
「絶対に、見つけ出す」
ーー
一方、リリアーナは客室で優雅にお茶を飲んでいた。
侍女が、慌てて客室に入ってきた。
「お嬢様!大変です!」
「何?」
リリアーナが、優雅に聞いた。
「エリシア様が…消えました!」
リリアーナのカップが、ガシャんと音を立てて落ちる。
「何ですって!?」
リリアーナが、立ち上がった。
「お姉様が…消えた!?」
「はい…手紙を残して…」
侍女が、震えながら言った。
「馬鹿な!」
リリアーナが、叫んだ。
「まだ、力を奪ってないのに!」
リリアーナの目が、冷たく光った。
「探しなさい!」
リリアーナが、侍女に命令した。
「絶対に、見つけ出すのよ!」
「は、はい!」
侍女が、慌てて部屋を出ていった。
リリアーナは、一人残された。
「ちっ…」
リリアーナが、舌打ちした。
「あの力がないと…」
「後ちょっとだったのに…」
リリアーナの目が、ぎらりと光った。
「絶対に見つけ出す…」
リリアーナが、冷たく笑った。
「そして、あの力を奪う」
ーー
ノクティルム要塞の訓練場に、
兵士たちが集まっていた。
カインが、前に立っている。
「エリシアを探してほしい」
カインが、大きな声で言った。
「総力を挙げて、探し出せ」
「はっ!」
兵士たちが、一斉に答えた。
捜索隊が、編成された。
要塞の中。
要塞の外。
森。
街。
全てを探す。
でも——。
エリシアは、見つからなかった。
日が暮れてきた。
カインは、要塞中を探し回っていた。
図書室。
食堂。
訓練場。
庭。
全て。
でも、エリシアはいない。
「くそ…」
カインが、拳を壁に叩きつけた。
ばん!
壁に、ひびが入った。
「エリシア…どこだ…」
カインの声が、震えている。
「将軍!」
レオンが、走ってきた。
「これを!」
レオンが、何かを見せた。
足跡。
小さな足跡。
要塞の裏門から、森に向かっている。
「森…?」
カインが、足跡を見た。
「はい。銀霧の森に向かっているようです」
レオンが、真剣な顔で言った。
銀霧の森…。
あそこは——。
カインとエリシアが、初めて出会った場所。
古代神殿がある場所。
「エリシア…」
カインが、小さく呟いた。
「お前、そこに…」
カインは、すぐに走り出した。
「将軍!」
レオンが、呼び止めようとする。
でも、カインは止まらない。
「一人で行くんですか!?」
「ああ」
カインが、振り返らずに答えた。
「エリシアは、俺が連れ戻す」
カインの声が、決意に満ちている。
「必ず」
ーー
銀霧の森。
霧が、深く立ち込めている。
カインは、森の中を走っていた。
エリシアの足跡を追って。
小さな足跡。
ふらふらしている。
疲れているんだ。
休んでいないんだろう。
カインの胸が、締め付けられた。
馬鹿野郎…。
無理するな…。
お前は、弱いんだから…。
カインは、さらに速く走った。
そして——。
古代神殿が見えてきた。
あの時と同じ。
満月の夜。
エリシアが、家族に置いていかれた場所。
カインは、神殿に向かって走った。
そして——。
神殿の前に、小さな影が見えた。
銀色の髪。
白いドレス。
エリシア。
地面に座り込んでいる。
「エリシア!」
カインが、叫んだ。
エリシアが、びくっとした。
顔を上げる。
淡い紫の瞳が、カインを見た。
「カイン…さん…?」
小さな声。
震えている。
カインは、エリシアのもとに駆け寄った。
そして——。
エリシアを、ぎゅっと抱きしめた。
「馬鹿野郎…」
カインの声が、震えている。
「何してるんだ…」
「カインさん…」
エリシアの声が、小さい。
「どうして…ここに…」
「どうしてじゃない」
カインが、強く抱きしめた。
「お前を探しに来たに決まってるだろ」
「でも…」
「でもじゃない」
カインが、エリシアの肩を掴んだ。
そして、顔を見た。
エリシアの顔が、涙でぐしゃぐしゃだった。
「お前がいないと、俺は駄目なんだ」
カインの目に、涙が滲んだ。
「お前の幸せが、俺の幸せなんだ」
「え…」
エリシアが、きょとんとした。
「リリアーナなんて、どうでもいい」
カインが、きっぱり言った。
「お前だけだ」
「お前がいない世界なんて、意味がない」
カインの声が、震えている。
エリシアの目から、涙がぽろぽろと零れた。
「でも…契約結婚…」
「契約なんて、嘘だ」
カインが、エリシアの額に自分の額を当てた。
「最初から、本気で愛してた」
その言葉に、エリシアの心臓がばくんと跳ねた。
え。
愛…?
本気…?
「カインさん…」
「帰ろう、エリシア」
カインが、優しく言った。
「お前の居場所は、ここじゃない」
「俺の側だ」
その言葉が、胸にすとんと落ちた。
エリシアは、こくんと頷いた。
「はい…」
カインが、エリシアを抱き上げた。
お姫様抱っこ。
「え、ええっ!?」
エリシアが、びっくりした。
「歩けないだろ」
カインが、ふっと笑った。
「疲れてるんだろ」
「で、でも…」
「いいから」
カインが、歩き出した。
エリシアを抱きしめながら。
森を抜けて。
要塞に向かって。
エリシアは、カインの胸に顔を埋めた。
温かい。
安心する。
心臓の音が、聞こえる。
ドキドキ、ドキドキ。
私も、ドキドキしてる。
カインさん…。
愛してるって…。
本気だって…。
本当…?
私も——。
カインさんが好き。
伝えたい。
でも、恥ずかしい。
「あのっ…カインさん…」
「わ、わ、私………」
私も好きだと伝えようとした瞬間、
草がひどく揺れる音がしてきた。
ざわっ。
カインが、ぴたっと止まった。
警戒する。
誰かいる。
そして——。
霧の中から、人影が現れた。
金色の髪をなびかせて、
青いドレスを着たリリアーナが現れた。
「あら」
リリアーナが、冷たく笑った。
「お姉様、見つけたわ」




