第15話「濡れ衣」
目を開けると、
天井が、ぼんやり見えた。
ここは…。
私の部屋…?
体が、重い。
頭が、ぼんやりする。
何があったんだっけ…。
そうだ。
リリアーナちゃんの部屋の前で…。
カインさんと…リリアーナちゃんが…。
記憶が、蘇ってくる。
胸が、ぎゅっと締め付けられた。
「エリシア」
低い声が聞こえた。
え?
この声…。
顔を横に向けると——。
カインさんが、ベッドの横の椅子に座っていた。
疲れた顔。
心配そうな目。
「カイン…さん…」
かすれた声を絞り出す。
「気がついたか」
カインさんが、ほっとした顔をした。
「お前、倒れたんだぞ」
倒れた…?
そうだっけ…。
よく覚えてない…。
「俺が、部屋まで運んだ」
カインさんが、私の額に手を当てた。
大きくて、温かい手。
「熱は、下がったな」
カインさんの手が、優しい。
でも…。
その手が、昨日…リリアーナちゃんに…。
胸が、ちくんと痛んだ。
「カインさん…」
私は、小さな声で言った。
「もう、大丈夫です…」
「本当か?」
カインさんが、じっと私を見た。
「はい…」
嘘。
全然、大丈夫じゃない。
カインさんが、深くため息をついた。
「エリシア…聞いてくれ」
カインさんが、真剣な顔で言った。
「昨夜のことは、罠だ」
「…………」
「リリアーナ嬢が体調を崩したと聞いて、部屋に行った」
カインさんが、必死に説明する。
「そしたら、お茶を勧められて…」
「飲んだら、意識が朦朧として…」
「気づいたら、朝だった」
カインさんの目は真剣で、
嘘を言っているようには見えない。
でも…。
「でも…」
私は、小さく言った。
「カインさんとリリアーナちゃんは…一晩中同じ部屋に…」
「それは…」
カインさんが、言葉に詰まった。
「薬を盛られて…意識がなくて…」
「気づいたら、ベッドで寝てたんだ」
ベッドに…。
その言葉に、胸が苦しくなる。
ベッドで…。
リリアーナちゃんと…。
「何も…してないの…?」
私は、震える声で聞いた。
カインさんが、私をじっと見た。
「何もしていない」
きっぱりと言った。
「信じてくれ、エリシア」
その目が、真剣で。
真っ直ぐで。
嘘を言っているようには見えない。
でも…。
「カインさんを信じたいです。
でも…あの…」
「私のために、そんなこと言わなくても大丈夫です…
リリアーナちゃん泣いてました…」
「くそっ」
カインさんが、拳を握った。
悔しそうな顔。
「本当にそうなんだ。でも、証拠がないんだ」
カインさんが、苦しそうに言った。
「盛られた薬の瓶も、見つからない」
「リリアーナは完璧に演技している」
「俺が、悪者だ」
カインさんの声が、苦しそう。
胸が、痛んだ。
こんこん。
ノックの音がした。
「エリシア様」
ミラちゃんの声。
「どうぞ」
私は、小さく言った。
がちゃ。
扉が開いて、ミラちゃんが入ってきた。
「エリシア様!気がつかれたんですね!」
ミラちゃんが、ぱあっと顔を明るくした。
でも、すぐに表情が曇った。
「将軍様…少し、席を外していただけますか?」
ミラちゃんが、カインさんを見た。
「…………分かった」
カインさんが、立ち上がった。
そして、私を見た。
「エリシア、後で…また話をさせてくれ」
「はい…」
小さく頷いた。
カインさんが、部屋を出ていった。
扉が、閉まる。
ミラちゃんが、ベッドの横に座った。
「エリシア様…」
ミラちゃんが、心配そうに私を見た。
「大丈夫ですか?」
「うん…」
でも、涙が出そうだった。
「ミラちゃん…」
「はい」
「昨日の夜…本当にあれから2人は一緒に過ごしたの…?」
私は、怖かったけど聞いてしまった。
ミラちゃんが、困った顔をした。
「それは…」
ミラちゃんが、ゆっくりと説明してくれた。
リリアーナが体調を崩したと聞いて、カインさんが部屋に行った後、
そのまま、一晩出てこなかったこと。
翌朝、侍女が大声で叫んで、みんなが駆けつけたこと。
リリアーナが、涙を流して、無理やり将軍様に襲われたと言っていること。
無理やり…。
その言葉に、胸がぎゅっと締め付けられた。
カインさんが…。
リリアーナちゃんを…。
「でも、エリシア様」
ミラちゃんが、真剣な顔で言った。
「私は信じません」
「うん…」
「将軍様は、そんなことをする方じゃありません」
ミラちゃんが、きっぱり言った。
「将軍様は、エリシア様しか見ていません」
「でも…」
「絶対に、罠です」
ミラちゃんが、拳を握った。
「リリアーナ様、何か企んでるんです」
罠…。
カインさんも、そう言ってた。
でも…。
「証拠がないんだよね…?」
「みんな、リリアーナちゃんを信じてるんじゃないの…?」
「くっ…」
ミラちゃんが、悔しそうに唇を噛んだ。
その日の午後、
ゼクスさんが、私の部屋に来た。
「エリシア、話がある」
ゼクスさんは、真剣な顔をしていた。
「はい…」
私は、ベッドに座ったまま答えた。
ゼクスさんが、椅子に座る。
「昨夜の件だが」
ゼクスさんが、ゆっくりと言った。
「リリアーナ殿は、被害者として保護することになった」
被害者…。
その言葉に、胸がちくんと痛んだ。
「カインは、否定している」
ゼクスさんが続けた。
「だが、証拠がない」
「状況が、カインに不利すぎる」
ゼクスさんが、深くため息をついた。
「そして…」
ゼクスさんが、私を見た。
「お前との結婚は、一旦保留にする」
保留…。
結婚…保留…。
頭が、ぼんやりした。
「リリアーナ殿の名誉を守るためにも」
ゼクスさんが、申し訳なさそうに言った。
「カインとリリアーナ殿が…結婚する可能性も…」
その言葉に、胸が張り裂けそうになった。
カインさんと…リリアーナちゃんが…結婚…。
嫌だ。
すごく、嫌だ。
でも…。
「分かり…ました…」
私は、震える声で答えた。
「すまない」
ゼクスさんが、頭を下げた。
「カインは、お前のことを…」
「いいんです」
私は、笑顔を作った。
涙をこらえながら。
「実は私たちは、契約結婚だったんです」
「カインさんの幸せが、一番です」
ゼクスさんが、困った顔をした。
「エリシア…」
「リリアーナちゃん私と違って、綺麗で完璧な公爵令嬢ですし」
私は、必死に笑った。
「カインさんにお似合いです」
「私なんかより、ずっと」
ゼクスさんが、何か言いかけた。
でも、言葉が出ないみたいだった。
そして、深くため息をついた。
「…………分かった」
ゼクスさんが、立ち上がった。
「ゆっくり休め」
そう言って、部屋を出ていった。
扉が閉まる。
一人になった途端に、
涙が、ぽろぽろと零れた。
カインさん…。
リリアーナちゃんと…結婚…。
嫌だ…。
すごく、嫌だ…。
でも、仕方ない…。
契約結婚だもん…。
カインさんは、私を好きじゃないもん…。
涙が、止まらなかった。




