第11話「たとえ愛されていなくても」
翌日、
私は、ミラちゃんと一緒に食堂で朝ごはんを食べていた。
焼きたてのパンの香り。
温かいスープ。
こんな朝が来るなんて、一ヶ月前には想像もできなかった。
幸せ。
本当に、幸せ。
「エリシア様」
ミラちゃんが、きらきらした目で言った。
「結婚式に飾るお花、どんなのがいいですか?」
「え、えっと…」
結婚式。
カインさんと。
その言葉を聞くだけで、胸がきゅんとする。
心臓が、ドキドキと早鐘を打つ。
顔が、じんわり熱くなる。
「白いお花がいいです…バラとか…」
小さな声で答えた。
白いバラ。
純白で、綺麗で。
結婚式にぴったりだと思う。
「白いバラですね!」
ミラちゃんが、ぱあっと顔を明るくした。
「素敵です!会場中に飾りましょう!」
「で、でも…あんまりたくさんだと…」
「駄目です!」
ミラちゃんが、ばんっとテーブルを叩いた。
「エリシア様の晴れ舞台なんですから!」
ミラちゃんの目が、真剣。
「綺麗なお花をたくさん飾らないと!」
「で、でも…」
「将軍様も、きっと喜びますよ」
ミラちゃんが、にっこり笑った。
カインさんが…喜ぶ…。
その言葉に、胸がぎゅっと温かくなった。
カインさんに、喜んでもらえたら。
綺麗だって、思ってもらえたら。
それだけで、嬉しい。
顔が、かあっと熱くなった。
その時、がちゃっ、と
扉が開いて、カインさんが入ってきた。
「エリシア」
低くて、温かい声。
その声を聞くだけで、心が落ち着く。
安心する。
「あ、カインさん」
カインさんが、すっと私の隣に座った。
大きな体。
隣に座ると、すごく近い。
ドキドキする。
「リリアーナの婚約提案の件だが」
「はい…」
こくんと頷いた。
リリアーナちゃんとの婚約…。
胸が、ぎゅっと苦しくなる。
もし、カインさんは断るって言っていたけど…。
もしそうじゃなかったら、嫌だ。
すごく、嫌だ。
でも、リリアーナちゃんは綺麗で、光属性で、完璧な公爵令嬢だ。
私なんかより、ずっとカインさんに似合う。
「断った」
カインさんが、きっぱり言った。
「お前以外、娶るつもりはない」
ドクン。
心臓が、大きく跳ねた。
お前以外…娶らない…。
信じていいの?
嬉しい。
すごく、嬉しい。
涙が出そうなくらい、嬉しい。
カインさんが、私を選んでくれた。
私を…。
でも——。
私の心の奥で、小さな声が囁いた。
お前以外、娶るつもりはない…。
それって、どういうこと…?
契約結婚だから…私だと都合がいいってこと…?
私なら、本当の愛を求めないから…?
形だけの結婚でも、文句を言わないから…?
だから、私を選んだの…?
胸が、ちくんと痛んだ。
カインさんは、私のことを好きじゃない…。
守ってくれてるだけ…。
可哀想だから、大切にしてくれてるだけ…。
契約に都合がいいから、私を選んだだけ…。
本当の愛じゃない…。
分かってる。
分かってるのに。
それでも、嬉しくて。
それでも、カインさんの側にいたくて。
私は、どうしようもなく…。
涙が、じんわりと滲んできた。
でも、笑顔で隠す。
「ありがとうございます…カインさん…」
小さな声で答えた。
カインさんが、嬉しそうに頷いた。
「エリシア、大丈夫だ」
その言葉が、優しくて。
嬉しくて。
でも、寂しくて。
守る…。
愛してる、じゃなくて。
守る…。
やっぱり、可哀想って同情してるからだ。
契約だから、守ってくれるんだ。
胸が、ぎゅっと締め付けられて痛いよう。
ーー
その日から、私とカインさんの結婚式の準備が始まった。
ミラちゃんが、お花屋さんから届いたカタログを持ってきてくれる。
「白いバラ、こんなにたくさん種類があるんですよ」
「わあ、綺麗…」
どれも素敵。
カインさん、喜んでくれるかな…。
でも、契約だから…喜ぶとかないのかな…。
ゼクスさんが、要塞の大広間を見せてくれる。
「ここに花を飾れば、見事だろう」
「ありがとうございます」
形だけの結婚なのに、こんなに準備してくれて…。
レオンさんが、招待客のリストを作ってくれる。
「帝国の貴族たち、みんな楽しみにしてますよ」
「え、えへへ…」
みんな、すごく楽しそう。
私のために、こんなに頑張ってくれる。
嬉しい。
本当に、嬉しい。
でも——。
心の奥に、小さな寂しさがある。
契約結婚だから…。
本当の愛じゃないから…。
カインさんは、私を好きじゃないから…。
私が都合がいいから、選んだだけ…。
みんなは知らないけど。
これは、形だけの結婚。
カインさんが私を守るための、契約。
本当は、カインさんに愛されたかった。
本当の妻になりたかった。
でも、それは無理なんだ。
だって、私は呪われた娘として13年も幽閉されていた。
だから、令嬢として無能だ。
カインさんには、釣り合わない。
胸が、ぎゅっと締め付けられた。
でも、それでもいい。
カインさんの側にいられるなら。
それだけで、幸せだから。
たとえ、愛されていなくても…。




