第10話「お兄様の登場」
契約結婚の話をして数日、
相変わらず穏やかで優しい時間を過ごしていた。
この日も私は、図書室で本を読んでいた。
相変わらず魔法の本を読んでいる。
毎日本が読める自由な暮らしが幸せでたまらない。
そんなことを考えていると、
がたがたがた、と
外から、馬車の音が聞こえてきた。
え。
何だろう。
窓から外を見ると——。
わあ。
すごく豪華な馬車!
黒い馬車に、金色の装飾。
馬も立派。
偉い人が来たのかな。
こんこん。
ノックの音がした。
「どうぞ」
がちゃ。
ミラちゃんが、わたわたしながら入ってきた。
「エリシア様!大変です!」
「え?どうしたの?」
「ヴォルフガルト侯爵様がいらっしゃいました!」
「ヴォルフガルト…?」
あ。
カインさんと同じ名前。
「カインさんのお兄様…?」
「はい!将軍様が、エリシア様を謁見の間にお連れするようにと」
わあ。
カインさんのお兄様…!
緊張するけど、お会いできるの、楽しみ…!
「分かりました」
私は、本を閉じて立ち上がった。
カインさんのお兄様って、どんな人なんだろう。
謁見の間へ向かう途中、
カインさんが、廊下で待っていてくれた。
「エリシア」
「あ、カインさん」
カインさんが、ちょっと真剣な顔をしてた。
「兄上に会う前に、一つ頼みがある」
「はい?」
「結婚の話だが」
カインさんが、小さな声で言った。
「契約だということは、秘密にしてくれ」
「え…」
「兄上には、本当の結婚だと思わせておく」
カインさんが続けた。
「その方が、周囲にも自然だ」
「あ…そっか…」
確かに。
契約だって言ったら、変に思われたり反対されたりするかも。
「分かりました」
私は、こくんと頷いた。
「秘密にします」
「ありがとう」
カインさんが、優しく微笑んだ。
そして——私の頭を、ぽんと撫でてくれた。
わあ。
温かい。
謁見の間。
扉を開けると——。
わあ。
カインさんと、もう一人の男の人がいた。
背が高い。
黒い髪。
赤い瞳。
カインさんに、すごく似てる。
でも、雰囲気が違う。
カインさんより、ちょっと優しそう。
「エリシア」
カインさんが、私を呼んだ。
「こちらへ来い」
「はい」
こくこくと頷いて、カインさんの隣に行った。
もう一人の男の人が、じーっと私を見てる。
わあ、緊張する。
「兄上」
カインさんが言った。
「こちらが、エリシア・フォン・ルヴェリアスだ」
「エリシア」
カインさんが私を見た。
「俺の兄、ゼクス・ヴォルフガルトだ」
「は、はじめまして…」
私は、ぺこりとお辞儀をした。
「エリシア・フォン・ルヴェリアスです」
その瞬間。
「おおおおおっ!」
ゼクスさんが、すごい声を出した。
びっくりして、ぴょんと跳ねちゃった。
「カイン!お前がついに女性を…!」
ゼクスさんが、キラキラした目でカインさんを見た。
「しかも、こんなに可愛らしい令嬢を!」
「兄上…」
カインさんの声が、低くなった。
ちょっと困ってる?
「いやあ、兄は感動したぞ!」
ゼクスさんが、ぐっと拳を握った。
「お前が結婚するなんて!」
結婚…?
もしかして、もう知ってるの…?
「あ、あの…」
私は、おずおずと言った。
「もう…お話聞いてらっしゃるんですか…?」
「ああ」
カインさんが頷いた。
「昨日、手紙で知らせた」
そうだったんだ。
「エリシア様、初めまして」
ゼクスさんが、にこにこしながら私に近づいてきた。
「ゼクス・ヴォルフガルトと申します」
「よ、よろしくお願いします…」
恥ずかしくて声が小さくなっちゃった。
ゼクスさん、すごく優しそう。
「可愛らしいですね」
ゼクスさんが、にっこり笑った。
「銀色の髪に、紫の瞳。美しい」
「え、えへへ…」
お世辞だろうけど、嬉しい。
照れる。
「カインの嫁にぴったりだ」
よめ。
その言葉に、顔がかあっと熱くなった。
私、カインさんの嫁に…。
「兄上」
カインさんが、ぴしゃりと言った。
「からかわないでください」
「からかってなどいないぞ」
ゼクスさんが、にやにやした。
「本心だ。エリシア様は、美しい。弟の嫁として申し分ない」
カインさんが、ますます不機嫌そうな顔になった。
でも、耳が赤い。
照れてるのかな?
なんか、面白いな、この二人。
「さて」
ゼクスさんが、真面目な顔になった。
「結婚式の準備だが」
椅子に座る。
私たちも、座った。
「できるだけ早い方がいいだろう」
「はい」
カインさんが頷いた。
「リュミエールが動く前に」
「そうだ」
ゼクスさんが、顎に手を当てた。
「一週間後には、式を挙げられるように手配しよう」
え。
一週間後…?
はやい…!
「エリシア様」
ゼクスさんが、優しく私を見た。
「大丈夫か?急で申し訳ないが」
「あ、はい…」
こくこくと頷いた。
「大丈夫…です…」
でも、本当は、すごくドキドキしてる。
一週間後に、結婚…。
カインさんと…。
「エリシア」
カインさんが、私を見た。
「無理はするな」
優しい声。
「だ、大丈夫です…」
私は、にっこり笑った。
カインさんも、優しく微笑んでくれた。
ゼクスさんが、じーっとカインさんを見て、
にやり。
すごく意味深な笑顔。
「カイン」
「何ですか」
「お前、本当に嬉しそうだな」
「…………」
カインさんが、黙った。
すごく不機嫌そうだ。
「よかったな、カイン」
ゼクスさんが、優しく言った。
「やっと、お前にも春が来た」
「兄上…」
カインさんの声が、小さくなった。
契約結婚だと言えないから、
困っているのかもしれない。
「エリシア様」
ゼクスさんが、私を見た。
「カインは不器用でな」
「え?」
「言葉が足りないところがある」
ゼクスさんが、にこにこ笑った。
「でも、あなたのことを本当に大切にしている」
「は、はい…」
こくんと頷いた。
それは、分かる。
カインさん、いつも優しくしてくれるもん。
「だから、安心してくれ」
ゼクスさんが、優しく言った。
「カインは、絶対にお前を守る」
ゼクスさんのその言葉が、すごく嬉しかった。
この結婚も、私を守るためにしてくれるんだと思うと、
とてもありがたいと思った。
和やかな雰囲気の中、
レオンさんが、謁見の間に入ってきた。
「将軍、報告が…って、ゼクス様!」
「やあ、レオン」
ゼクスさんが、手を振った。
「お久しぶりです」
レオンさんが、にこにこ笑った。
そして——私たちの様子を見て、ぴたっと止まった。
「…………もしかして」
レオンさんの目が、きらりと光った。
「結婚式の話ですか?」
「ああ」
ゼクスさんが頷いた。
「一週間後に挙げる予定だ」
「おお!」
レオンさんが、すごく嬉しそうな顔をした。
「将軍、おめでとうございます!」
「…………ありがとう」
カインさんが、ぼそっと言った。
顔が、真っ赤。
「いやあ、良かったです」
レオンさんが、にやにやした。
「将軍がやっと人間らしい顔をするようになって」
「レオン」
カインさんの声が、低くなった。
なんだか恥ずかしそう。
「はいはい」
レオンさんは、全然怖がってない。
みんな、楽しそう。
なんか、温かい。
こういうの、いいな。
ーー
その日の午後。
私は、ミラちゃんと一緒に、自分の部屋でお茶を飲んでいた。
「エリシア様、結婚式ですって!」
ミラちゃんが、きらきらした目で言った。
「はい…」
こくんと頷いた。
「わあ、素敵です!」
ミラちゃんが、ぱあっと顔を明るくした。
「将軍様とエリシア様、お似合いです!」
「え、えへへ…」
照れちゃった。
お似合い…かな…。
「ドレス、どうしましょう!」
ミラちゃんが、わくわくしてる。
「綺麗なドレスを用意しないと!」
「あ、でも…」
「あんまり豪華なのは…恥ずかしいです…」
「駄目です!」
ミラちゃんが、きっぱり言った。
「エリシア様の晴れ舞台なんですから!」
晴れ舞台…。
結婚式…。
カインさんと…。
顔が、かあっと熱くなった。
ーー
ミラちゃんと別れたあと、
カインさんにお茶をお願いされて、
執務室に届けに行っていた時のことだった。
「将軍!」
「どうした」
カインさんが、鋭い声で言った。
「リュミエール王国から、再び使者が参りました」
え。
また…?
「今度は…」
兵士が、ごくりと息を呑んだ。
「何だ」
「ルヴェリアス公爵令嬢、リリアーナ様をカイン様の妻に、という提案だそうです」
え。
えええええっ!?
リリアーナちゃんを…カインさんの妻に…?
私の頭が、ぐるぐるした。
あれ?
リリアーナちゃんって、アルフレッド王子と婚約してたんじゃ…?
どうして…?
なんで、カインさんに…?
そして——。
ぞくっ。
胸が、ぎゅっと締め付けられた。
リリアーナちゃん…。
可愛くて、綺麗で、光属性で。
完璧な令嬢。
そんな子が、カインさんのところに来たら…。
カインさんが、リリアーナちゃんを好きになったら…。
どうしよう…。
嫌だ…。
すごく、嫌だ…。
なんで…?
なんで、こんなに胸が苦しいの…?
カインさんが、ぎらりと瞳を光らせた。
「断る」
即答だった。
「俺の妻は、エリシアだ」
その言葉に、胸がどきんと跳ねた。
本当に?
カインさんの…妻は…私…?
嬉しい。
すごく、嬉しい。
胸の苦しさが、ふっと消えた。
でも——。
初めて感じる心の気持ち悪さに、
モヤモヤしてしまう。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
「 孤児の私を救ってくれた“外交官”は、本当は帝国皇太子。そのくせ溺愛してくるなんて……ヒドイです!」という新しい小説の連載を始めました。
ゼクス様がヒーローとして登場しています。
もし興味がありましたら、そちらにも足を運んでいただけると嬉しいです。




