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皆様、弟子のいる生活を想像したことはありますでしょうか?
それはそれは、快適なものなのです。
王都に連れてこられた私は、あれよあれよという間にシヴァル様の宣言通り、従軍の聖職者という物騒な肩書を背負うことになりました。
普段は騎士団の敷地内に併設された教会に籍を置き、神に仕える日々を送ります。
ついでに、箔付けというやつでしょうか。なぜか助祭の権限まで与えられてしまいました。
まさか、日々の食費をちょろまかすための頓智が、こんな形で出世に繋がってしまうとは……。
役職が付いたところで、私のやることは変わりません。
教会で祈りを捧げ、訪れる人々の懺悔を聞き、奉仕活動にいそしみます。
そう、建前上は。
――しかし、弟子がついてからの私の生活は、以前とは比べ物にならないほど快適なものへと一変したのです。
例えば、私が教会で写本をしながら、ふと「小腹が空きましたね……」などと独り言を漏らしたとき。
どこからともなく現れた弟子たちが、目を輝かせながら駆け寄ってくるのです。
「先生! こちらの串焼きをぜひお納めください!」
「先生のためならば!」
そう言って、彼らはこぞって屋台で買ってきたのであろう串焼きを、私の前にずらりと並べるのです。
気を良くした私は、串焼きを頬張りながら、彼らに簡単な教えを説いてやります。
「皆様、種は道端に落ちたら芽を出すことはないでしょう。悪い鳥に食べられたり、人々に踏みつけにされてしまうのです。良い地に落ちた種だけが、やがて百倍もの実を結ぶのですよ」
ぱくりと、串焼きを一口。うん、おいしい。
「これは、神の御言葉も同じことです。聞く姿勢を整え、心の雑念を払い、素直な心で受け止めた者だけが、その真意を得ることができるのです。さあ、あなた方は良い地であると言えますか?」
そんな適当な私の話にも、弟子たちは涙ぐみながら感動してくれるのです。
「おお……なんとありがたいお言葉!」
「我々は先生の教えを受け止められる『良い地』でありたいと思います!」
目をきらきらと輝かせながら、私の言葉を熱心にメモに取る弟子たち。
ああ、なんて素直で可愛い子羊たちなのでしょうか。
なんだか、満ち足りた日々だなあ……。
今日も私は、兵士である弟子たちに囲まれて王都の街を歩きます。
屋台で売られている果物を見て、私が「あら、美味しそうですね」と呟けば、次の瞬間には弟子たちがこぞってその果物を買い占め、私に献上してくれるのです。
この生活、貴族以上じゃない?
いつしか私の弟子も、初めは三、四人だった若い兵士たちから、なぜかどんどん増えていき、今では十二人にも膨れ上がっていました。
そう、私はこの時、明らかに調子に乗っていたのです。
そして、頭の悪い私はすぐに忘れてしまうのでした。
神は調子に乗った愚かな者に、必ずや手厳しい試練をお与えになるのだということを……。
ある日の午後。
私が教会で、弟子たちに献上されたお菓子を食べながらうたた寝をしていると、一人の男が訪ねてきた。
騎士団長シヴァル様であった。
「隣国と戦争になった」
彼はいつもと変わらない、涼しい顔でそう言った。
隣国からの度重なる嫌がらせに対し、ついに堪忍袋の緒が切れた、ということらしい。
まあ、国と国とのやり取りである。
どちらか一方が百パーセント悪い、なんてことはないだろう。
悲しいことだが、仕方ないのかもしれない……
私がそんなことを考えていると、シヴァル様はとんでもない爆弾を投下してきた。
「で、お前を連れていくことにした」
「…………はい?」
思わず、変な声が出た。
聞き間違いだろうか。今、この人はなんと言った?
「はぁ!? なぜですか!?」
「お前はなかなか演説が上手いからな。前面衝突の前に演説でもさせれば、こちらの士気を上げられるかと思ってな。この時のために王都へ連れてきたと言っても過言ではない」
嫌だ! 絶対に嫌だ!
後方支援であろうがなんだろうが、前線の危険な場所になんて、絶対に行きたくない!
私が全力で首を横に振ろうとした、その時。
話を聞きつけて集まってきた弟子たちが目をきらきらと輝かせながら、私の前に進み出た。
「先生! なんと素晴らしいことでしょう!」
「先生の演説があるならば、我々兵士たちの士気も、天を突くほど高まるに違いありません!」
「ぜひ、我々と共に戦場へ!」
そう言って、元々シヴァル様を相手に断ることなどできなかった従軍の話に、さらに分厚い壁で退路を断ってくるではないか。
私は天を仰いだ。
ああ、神様。
なんとまあ、大層な試練をありがとうございます。
願わくば、もう少しだけ、この現世での快適な生活を楽しませて頂きたかったのですが……。
こうして、私の意思など完全に無視される形で隣国への過酷な進軍が始まった。
一ヶ月にも及ぶ、長く険しい道のりの始まりである。
私の安穏とした王都での生活は、ここに完全に終わりを告げたのであった。




