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 次の日。

 しぶしぶと兵士の前での説教を承諾した私は、どんな話をしようかと思案していた。


 できれば、「それなりの効果はあったが、王都へ連れていくほどではないな」という絶妙な塩梅に着地させ、それなりの寄付をもらって丁重にお帰りいただくのがベストだ。



 そうだ、あまり張り切らず、「いい話だなぁ」程度の、心に残りすぎない演説をしよう。



 そう心に決め、私はシヴァル様に指定された場所へと向かった。


 街のはずれにある、だだっ広い平地。

 そこには、数百人にも及ぶ兵士たちが、ずらりと一糸乱れぬ隊列を組んで待ち構えていた。

 その壮観な光景に、私は少しだけ圧倒される。


 しかし、隣に立つシヴァル様に「さあ」と促され、はっと我に返った。


 私が進んだ先には、きれいに整えられた木製のお立ち台が用意されている。



 なんだか、舞台の役者になったみたいで、ちょっとだけ気持ちいいかもしれない……。



 そんなことを考えながら、私はお立ち台へと登った。

 そして精一杯の声を張り上げる。


「えー、皆様」


 たったそれだけ。

 私が口を開いた瞬間、それまでわずかにざわめいていた兵士たちの空気が、すっと静寂に支配された。

 数百の視線が、ただ私一人に突き刺さる。


 ……なんだか、気持ちいいじゃないか。


 ふふ、と私の口の端が自然と吊り上がる。

 よし、まずはこの子羊たちを、存分に(おだ)ててやろうじゃないか。


「皆様のそのお顔には、そしてこの規律正しい整列には、厳しい訓練と任務が刻んだ誇りと不屈の精神がありありと表れています。まず、国民を代表し、皆様一人ひとりの献身と勇気に心からの敬意と感謝をお伝え致します」


 兵士たちから拍手が送られる。

 大きな拍手の音を聞き、テンションが上がっていくことに、この時の私は気づかない。


「今日、皆様がなぜその甲冑をまとい剣を手にし、ここに立っているのか。その意味を今一度、深くその心に刻んで頂きたく思います」

「歴史上、多くの権力者が人々を支配し、ひざまずかせることでその力を誇示してきました。しかし、それは決して尊い行いではありません。皆様が持つべきはそのような権力ではなく、真の強さなのです!」


 完全に静まり返った周囲に、私の口はまるで潤滑油でも差したかのように、するすると言葉を紡ぎ始める。


「偉大なる人物とは、皆に仕える者なのです!人とは仕えられるためではなく、仕えるために存在するのです!」

「皆様は一体何に仕えているのですか? この私めは神に仕えています。しかし、皆様は国に、そしてそこに生きる国民に仕えているのでしょう。それは神に仕えるのと同等に、気高き行いなのです!」


 兵士たちの視線が、明らかに熱を帯びていくのを感じる。

 私は完全に調子に乗っていた。


「我々は互いに仕え合います。隣にいる戦友のために。その背中を預ける仲間のために。誰一人として見捨てることなく、共にこの重責を担うために!」

「皆様は国民が見ることのない場所で、最も困難な任務に就いています。そのお姿は決して目立つことはなくとも、この国の平和を支える巨大な礎そのものです!人々が恐怖におびえるとき皆様は希望の光となり、助けを求めるとき最も頼りになる盾となるのです!」


 すすり泣く声が、あちこちから聞こえてくる。

 その反応に気を良くした私は、高らかに宣言した。


「皆様は真に偉大なる者! 自らを捧げ、国民のために、平和という大いなる目的のために仕えることができる、尊き者たちなのです!」


 割れんばかりの拍手が平原に響き渡った。

 私もやり遂げたという達成感に満たされ、ふぅ、と深く息を吐く。


 その瞬間、ふと我に返った。


 あれ……?

 舞台の上で演説するのに酔いしれて、いつの間にか、ものすごく力が入ってしまった……

 適当な演説にするつもりだったのでは……??


 お立ち台から降りると、シヴァル様が心底楽しそうな顔で話しかけてきた。


「いやぁ、まさかこれほどまでに兵士の心に響く説教を考えてくるとはな。これはもう、王都に連れていくしかないな!」


 その言葉を聞き、私の心臓がどきりと跳ねる。


 しまったぁ!

 完全に墓穴を掘った!


 さらに、シヴァル様は追い打ちをかけるように続けた。


「これだけ使えそうなら、中央教会に引き渡すのも惜しいな……そうだ、従軍の聖職者として我が騎士団に迎え入れよう」

「じゅ、従軍の!?」

「教会には少し睨まれるかもしれんが、孤児院への寄付金もたんまり渡すと言えば何とかなるだろう」


 従軍の聖職者!?

 いやだ、そんな物騒で危なそうな立場!


 しかし、孤児院への寄付金を人質に取られては、拒否することもできそうにない。

 私が青い顔をしていると、若い兵士が三、四人、涙でぐしゃぐしゃの顔をしながら私の前に駆け寄ってきた。


「先程の教え、心より感動いたしました! どうか我々を弟子にしていただき、その尊い教えを直接説いてはいただけないでしょうか!」


 事態がさらにややこしくなりそうな提案に、私の頭は真っ白になる。

 そんな私を見て、シヴァル様が愉快そうに笑った。


「先生。早速弟子ができてしまったな」



 ああ、神様。

 舞台に立ったことでテンションを上げて調子に乗った、愚かな私をお許しください……。

 私の意識は、そこでぷつりと途切れるように遠のいていく。

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