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ちょろまかシスターの成り上がり ~口先三寸で孤児院を救います~  作者: ぜんだ ゆり


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19


 私がひとしきり泣き止んだ頃。

 ようやくしゃくり上げるのが収まってきた私を見て、シヴァル様がぽんぽんと優しく背中を叩いて事の顛末を語り始めた。


「本当はプリスを殺すふりをして、あの仕込み槍で突いた後に死んだことにして逃がそうと準備を進めていたんだ」


 そう言って、彼はあの穂先が引っ込む槍を掲げてみせる。

 なるほど、そういう計画だったのか。

 私の弟子たちが乱入してこなければ、今頃は死体役を演じている真っ最中だったというわけだ。


「しかし、兵士たちがここまで協力してくれるとはな」


 シヴァル様は周囲を見渡した。

 兵士たちは地面に押さえつけられた枢機卿を囲み、固唾を飲んで成り行きを見守っている。その目には私への親しみの目線と、枢機卿への不信の色がありありと浮かんでいた。


「これならもっと、様々な交渉ができるかもしれないな」


 そう言うと、シヴァル様は枢機卿に向き直った。

 いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべて。


「なにせ、ここに教会の権威たる枢機卿はおらず、神聖な御旗を切り裂いた不信心者がいるだけですからな」


 その言葉に、地面に押さえつけられた枢機卿が憎々しげにシヴァル様を睨みつけた。


「……どうするつもりだ」


 枢機卿としても教会の御旗を切り裂いてしまったのはあまりにも外聞が悪い。兵士たちが大勢見ているこの状況で、事実を揉み消すのは騎士団長の協力が必要だ。


「まずは、この処刑を実施したふりをするのを手伝ってもらいます」

「……」


 枢機卿は苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んでいる。


「これは正直、双方にとって有益な状況になるでしょう」


 シヴァル様は続ける。


「プリスを実際に処刑すると、教会は兵士たちから多くの恨みを買うことになります」


 そう言うと、枢機卿は恐る恐る周囲を見渡した。

 兵士たちからの視線。

 それは明らかに敵意を含んだもので、枢機卿はごくりと唾を飲み込んだ。


「しかし、刑を取り下げたらあなたも大貴族に睨まれることになる。これはお互いの利を削らないための提案でもあります」


 なるほど……。

 シヴァル様は枢機卿を脅しているだけじゃなく、逃げ道も用意しているのだ。枢機卿は少し沈黙した後に、不承不承といった様子で口を開いた。


「……ふん。拒否することもできないのだろう!」


 そんなやり取りをしていると、今まで黙っていたジューダが前に進み出た。


「ジュディーを解放するという約束を、ちゃんと果たしてくれ!」


 必死の形相で枢機卿に詰め寄る。それを聞いて、枢機卿が怒鳴りつける。


「黙れ、そんなことは知らん!」


 ジューダは怯むことなく、まっすぐに枢機卿を睨みつけた。

 

 ――私もそのやり取りを見ていて、たまらなくなってシヴァル様の服の裾をきゅっと引っ張る。


 シヴァル様と目が合った。


 できるなら、この二人の兄妹を解放してあげたい……。

 私の想いを汲み取ったのか、シヴァル様は軽く頷いて見せた。


「枢機卿。プリスを見逃す以上、ここに死んだことにする人間が一人増えても大した違いはないでしょう」


 すると、その言葉を後押しするように、兵士たちからも声が上がった。


「プリスさんが不当に囚われていると演説していた子だろう」

「そうだ! 彼の妹を解放しろ!」

「子供を奴隷のように扱うなんて許されない!」


 兵士たちの声が次第に大きくなっていく。それを聞いて、シヴァル様が畳みかけるように言った。


「ここで兵士たちの心情を悪くするのは得策ではないでしょう」


 枢機卿の顔色が土気色に変わっていく。

 完全に追い詰められた状況。

 そして枢機卿は、不貞腐れた子供のように言った。


「……勝手にしろ!」


 私はその言質が取れてほっと胸を撫で下ろした。

 よかった、ジュディーちゃんも解放される……。


 そう思っていたら、ジューダが懐から一枚の紙を取り出した。


「ここにサインを。口約束は証拠にもならないでしょう?」


 その言葉に、私は思わずぷっと吹き出してしまった。


 なんて現実的!

 やっぱりジューダは私に一番似ている弟子だ!


「プリス、ここの書かれている条件で問題ないか?」


 私にそう聞いてくるシヴァル様。

 すべてが丸く収まった状況。『これでいいよな?』という確認のためのセリフだろう。

 でも……でも、ちょろまかすのが大好きな私は、空気を読まずに思わず口をついて出てしまう。


「それと、孤児院の補助金制度も復活してください!」


 目をきらきらさせて言う私に、兵士たちの中からどっと笑い声が聞こえるのであった。


「プリスさんらしいな!」

「最後までちゃっかりしてる!」


 そんな声が聞こえてくる。

 枢機卿は完全に諦めたような顔で、「もう好きにしろ……」と呟いた。



 ◇



 こうして私は死んだことになり、孤児院への補助金は復活し、ジューダは妹を助け出すことができた。


「ジュディー! 心配かけたな。もう大丈夫だ……」


 解放されたジュディーちゃんは、兄の胸に飛び込んでわんわんと泣いていた。

 ジューダも涙を浮かべながら、その小さな体を強く抱きしめている。

 すべてが丸く収まったというわけだ。


「シヴァル様……ありがとうございます」


 私は改めて、隣に立つシヴァル様にお礼を言った。


「助けてくれて。そして、ジューダの妹を解放してくれて」


 それを聞いて、シヴァル様は首を横に振る。


「いや、ジューダの妹を助けられたのは、兵士たちがお前の演説を聞いて心を動かしてくれたからだ。お前のおかげだよ。誇っていい」


 ……そうなのだろうか。

 そうだとすれば、私の口先三寸が役に立ったということだろうか。



 ――食べ物をちょろまかすだけじゃなく、誰かを救うことができたのだろうか。



「そうだとすればうれしいです。……では、皆さんに感謝を」


 そう言って集まってくれた兵士たちに向かって深く頭を下げると、兵士たちは私に敬礼を返してくれた。

 その光景に、また少しだけ涙腺が緩みそうになる。


 でも……。

 私は少し寂しげな笑みを浮かべて、シヴァル様を見上げた。



「でも……これでお別れですね」



 私はシヴァル様に向き直って、そう言った。


 だって、それはそうだ。

 今の私は公式には死んだはずの人間なのだから。

 私が生きていることがばれると、騎士団長である彼に多大な迷惑がかかってしまう。彼のそばにいるべきではない。

 そう思って言ったのに、シヴァル様は首を横に振った。


「……いや」


 少し言葉を溜めて、シヴァル様が言った。


「死んだことにする人間は、あと一人いる。……俺だ」

「……え?」


 どういうこと?


 シヴァル様が死んだことにする意味が、どこにあるというのだろう?


「プリスを逃がすと同時に、俺も死んだことにして騎士団を抜けるつもりで準備を進めてきたんだ」


「ですが、シヴァル様が死んだことにする意味がありません!」


 騎士団長という立場を捨てるなんて……。

 そんなもったいないことを!


「――いや、ある。そうすれば、プリスと一緒にいられる」


 そう言って、シヴァル様が私の体をぎゅっと抱きしめた。


「え……?」


 私の戸惑いの声に、シヴァル様はさらに腕の力を込めた。



「もう二度とお前を一人にはしない。離さない。絶対にだ」



 な、なんだかすごい剣幕……。

 彼の真剣な眼差しに、私の心臓が大きく跳ねる。


「お前がどこへ行こうと、俺もついていく。たとえ地の果てでもだ」

「な、何をそんな大げさな……」

「大げさではない。俺は本気だ。そのために、俺はここで死んだことにする」


 その大きな腕に包まれて、私の思考が停止する。



「騎士団長という地位はなくなってしまう。それでも、俺と一緒にいてくれるか?」



 な、な、な!?

 私の頭の中は、一瞬で真っ白になった。

 ああ、兵士たちにも、私の可愛い弟子たちにも、全部見られている!

 きっと今、私の顔は耳まで真っ赤になっているに違いない!


 恥ずかしい!


 でも……でも。

 私はシヴァル様の顔を見上げた。

 真っ直ぐで、優しくて、そして少しだけ不安そうな瞳。

 この人は騎士団長という地位を捨ててでも、私と一緒にいたいと言ってくれている。


「……いやじゃ、ないです」


 やっとそれだけを絞り出す。


「でも、本当に私でいいんですか?」


 食べ物をちょろまかして生きてきた、こんな私で。

 聖職者の肩書を悪用してきた、こんな私で。


「プリスこそ、騎士団長ではない俺でもいいか?」


 シヴァル様の問いに、私は迷わず答えた。


「……はい」


 そう言った途端、シヴァル様の腕の力が強くなった。

 ぎゅうっと抱きしめられて、息が苦しいくらい。

 でも、不思議と嫌じゃなかった。


 どこからともなく、ぱちぱちと兵士たちの拍手が聞こえ始めた。


 恥ずかしい……。

 顔から火が出そうなくらい恥ずかしい……。


 そんな中、シヴァル様がふと体を離した。


 二人で見つめ合う。

 彼の瞳に、私の顔が映っている。

 きっと真っ赤になっているだろう私の顔が。

 そして、ふと、シヴァル様の顔が近付いてくる。

 その意味を理解した瞬間、私の心臓が跳ね上がった。


 でも、逃げたくない。

 目を閉じて、そっと顔を上げた。

 柔らかい感触が、唇に触れる。


 兵士たちの温かい拍手が鳴り響く中、二人の唇がそっと重なった。

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