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「それでは、これを孤児院の子供達への手土産にさせていただきますね」


 カラリと晴れた空の下、活気に満ちた朝の市場。

 香ばしい煙を上げる串焼き屋台の前。


 そこで、私――シスタープリスはにこやかにそう告げた。


 ずっしりと重みのある串焼きの束を受け取りながら微笑む。


「そうか。やっぱりシスター様は偉いもんだね。お代はもらうけど」


 いかつい顔つきの店主のおっちゃんはぶっきらぼうに言う。

 その言葉を聞いて、私は内心でちっと舌打ちをした。


 いけない、いけない。神に仕える身でありながら、はしたないこと!


 しかし、このおじさんはどうやら、聖職者という肩書や、孤児院の子供たちといった言葉に情でほだされるようなタイプではないらしい。

 これは少し、骨が折れそうだ。


 そこで私は受け取った串焼きの中から一本を抜き取ると、(うやうや)しく口元へと運んだ。

 そして、ぱくりと一口。タレの甘辛い味が口の中に広がる。うん、普通においしい。


 私は目を見開き、そしてほろりと一筋の涙を流してみせた。


「……っ!」


 突然の私の涙に、ぎょっと目を見開く店主。

 その反応を横目で見ながら、私は声を張り上げた。


 天からの啓示を受けた預言者のように、厳粛に、そして高らかに!


「この素晴らしい串焼きに安い値段をつけるわけにはまいりません!」


 私の突然の大声に、市場を行き交う群衆が何事かと足を止め、こちらを振り向く。よし、いい感じに注目が集まってきた。


「皆様お聞きください! この串焼きはただの串焼きではございません!」


 私は串を天に掲げ、集まった人々に見せつけるようにして語りかける。


「一口目はこの絶妙なタレの甘さ! これすなわち人生の喜びを知るということでございます! 生きることは素晴らしいのだと魂が歓喜に打ち震えるのです!」


 おお、とどよめきが起こる。


「そして二口目にはこの肉の旨味! ああなんということでしょう! これは命の尊さを知る味! 我々が生かされていることへの感謝が心の底から湧き上がってくるようです!」


 うんうんと頷きながら、涙ぐむ者まで現れた。


「そして最後に訪れるこの焦げの香ばしさ! これは世の無常と深み! 甘いだけでもただ美味しいだけでもない。人生の苦味とそれを乗り越えた先にある本当の味わいを教えてくれるのです! 皆様お分かりでしょうか! この一本に我々の人生の縮図があるのです!」


 道行く人々は、私の食レポ説教にすっかり足を止める。

「そんなに奥深い味なのか」

「なんと……ただの串焼きではなかったのだな」

「シスター様が涙を流すほどの串焼きって……」

 と興味をそそられ、次々と財布の紐を緩め始めた。


 あと一息だ!


 私は高らかに宣言した。


「神の御名においてこの串焼きは『ヴァルハラ焼き』と名付けます! 食べた者に幸せを運ぶありがたい串です! そして私はお代としてこの串の素晴らしさを世に広めてまわるという布教活動をさせていただきたく思います!」


 そう一方的に言い放ち、私はくるりと踵を返す。


「おっおい嬢ちゃん待ってくれ!」


 慌てた店主が追いかけようとするが、その前にはすでに人の波ができていた。


「ヴァルハラ焼き一本くれ!」

「私には十本!」


 殺到する客の対応に追われる店主を背に、私はそそくさとその場を離れた。


 へへ、ちょろい……。

 今日の孤児院はご馳走だ!



 ◇



「――ということがありまして」


 教会に併設された孤児院に戻ると、私は早速ヴァルハラ焼きを子供たちに分け与える。

 嬉しそうに頬張る様子を見守りながら、今日の顛末を孤児院長である司祭のおじいさまに話して聞かせた。


 私の話を聞き終えたおじいさまは深い皺の刻まれた顔を曇らせた。


「プリスや。あまり世間様をからかうようなことばかりをしていると、いつかその何倍ものしわ寄せが、とてつもない形で押し寄せてくるものだよ……」


 おじいさまの言葉は、いつも正しい。

 私も、こんなやり方が褒められたものではないことぐらい、分かっているつもりだ。


 しかし、おじいさまも私のことを強くは止められない。なぜならこれは、この孤児院の存続に、そしてここにいる子供たちの未来に直結する話だからだ。




 すべてが始まったのは、数ヶ月前のことだった。


「この孤児院は、閉鎖しなければならないかもしれない」


 院長室でおじいさまは悲しそうに、そして力なくそう告げた。

 この教会は信者からの潤沢なお布施があるような教会ではない。どちらかといえば、街の片隅で細々とやっているようなものだ。

 教会上層部から毎年支給される補助金とわずかなお布施を切り詰め、清貧な生活を心掛けることでなんとかこの孤児院を運営してきた。

 しかし、その補助金が近々打ち切られることになったというのだ。


「もう、この孤児院を畳むしかないだろう。この街には他に親のない子供たちの受け皿もない。……奴隷商にでも引き渡すしかないだろうな」


 無念そうに、おじいさまはそう言った。

 その言葉に、私は血の気が引くのを感じた。


「待ってください!」


 私は思わず立ち上がっていた。


「補助金がなくても孤児院を運営できるだけの資金を賄えるのなら、存続を許してもらえるのですよね!?」

「しかしプリスや。そんなことをすれば我々が得られる糧もなくなる」


 おじいさまはもう諦めたように、仕方なさそうに言う。

 でも、私には諦めることなんてできなかった。


 奴隷商? とんでもない。


 本来であれば、孤児院で教育を受けた後に、貴族屋敷の下男・下女として働いたり、一部は聖職者となるのが孤児達の進路だ。それなのに、今の状態でこの子たちを奴隷商に引き渡す?



 そんなことをして、人間らしい扱いをしてもらえる保証などどこにもない。



 なんとかできないだろうか。

 私はその日、買い出しに行きながら、ずっとそのことばかりを考えていた。


 八百屋の店先で、私は籠の中のじゃがいもを一つ手に取った。

 ああ、このじゃがいもも、もし一つ分の値段で三つ手に入れられれば、その分、運営費の足しになるのだろうか……。



 もっと、もっと節約したい……。



 思い切って交渉ぐらいやってみるべきだろうか……?

 私は八百屋の店主に向き直ると、にこりと微笑んでみせた。


「店主さん。まず一つ、このじゃがいもをお金でいただきます。これは、神様への『信仰』です」


 私はそう言って、代金を支払う。

 次に、もう一つのじゃがいもを指さした。


「そしてこの二つ目は、あなたのその優しい心への『希望』として、ここに」


 最後に、三つ目のじゃがいもにそっと手を伸ばす。


「そしてこの三つ目は、お腹を空かせた子供たちへの『愛』として、あなたが神に代わってお与えくださるもの。これで信仰と希望と愛、三位一体、すべてが揃いました。神様もきっと、あなたの行いを大変お喜びになりますでしょう」


 我ながら、苦しい言い訳だった。

 しかし、人の良さそうな店主さんは腹を抱えて笑い出した。


「はっはっは! シスター様にそんなことを言われちまったら渡さないわけにはいかない気分になるなあ! 3つとも持っていきな!」


 そう言って快く三つのじゃがいもを袋に入れてくれた。

 それを受け取った瞬間、私はある考えが稲妻のようにひらめいた。


 あれ……?

 大した教えではなかったけれど……。



 ――これはもしかして、聖職者というのは、節約において最強の仕事なのではないだろうか?



 それからというもの。

 私は聖職者という肩書を最大限に利用して、街の人々から食料をせしめては回ることを覚えたのだ!


 すべては孤児院の運営のため!

 すべては可愛い子供たちの笑顔のため!


 そう自分に言い聞かせながらも、このスリリングな毎日が少しだけ楽しくなっている自分に気づき始めていた、今日この頃なのであった。

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