【2】大天使が知った恐怖。クローゼットを覗く悪魔。
新しい神の命が下された。
『ノア・レヴァンの命を助けること』
私の胸が喜びで満たされる。
神の命を実行することが、この私――大天使ルシアンの至上の喜びであるのだ。
ノアはIQ178の天才児。
二十歳という若さで、国立分析研究所のDNA部門主任を務めている。
ノアの「命」は順調に「生きて」いた。
私は天界の職務に追われながらも、ノアの命が寿命以外で脅かされる時に備えていた。
そして、その時は訪れた。
ノアの命が、地獄の王ルチアーノによって脅かされた瞬間――私は一瞬で悟り、ノアを救った。
なぜルチアーノ自らが来たのかなど、どうでもいい。
私の使命はただ一つ。『ノアの命を助けること』のみ。
しかし――。
人間の時間で言うならば、翌日からそれは始まった。
悪魔たちが私をスマホで撮影し始めたのだ。
隠れているつもりらしいが、大天使の私にはすべて分かる。
そんな日々が続いた、ある日。
ヴェネツィアで神の使命を終えた時、地獄の王ルチアーノが私の前に現れた。
それ自体はどうでもいい。地獄の王といえども、私は消せる。
だが天界の報告書に必要なので、一応問いかけた。
「君たちは、どうして私を動画に撮るんだ?
気付いていたが、無害なので無視していた。
だが――地獄の王まで来るとは何事だ?」
するとルチアーノは顔を真っ赤にし、叫んだ。
「お前の柄と柄を合わせる狂気のセンスが大好きなんだ!」
――意味が分からない。
だが、私は大天使。
柄と柄――ならば導き出される答えはひとつ。
私の恩寵を収めている人間の、このスーツのことだろう。
だから私は淡々と答えた。
「この服は私の恩寵を収められる人間の服に過ぎない。
クローゼットに並んでいる物を、右から順に着ているだけだ。
クローゼットを見たければ、見ればいい」
仕掛けを施した瞬間に消すつもりで。
人間は誤解しているが、天使は忙しい。
天界には絶対的なヒエラルキーがある。
私は大天使――つまり人間でいう管理職。
部下の管理、上位大天使への報告書作成、神から下される使命の遂行。
さらに「聖人」が誕生する瞬間を見届け、何十億もの祈りを聞き分けねばならない。
だから、クローゼットを見せてルチアーノが満足するなら、それでいい。
消去法に過ぎない。
――だが。
ルチアーノの行動は、私の想像を遥かに超えていた。
彼は何度も何度もやって来ては、ただのクローゼットを眺め、小躍りして喜ぶのだ。
同じ光景を繰り返し見ては、毎回新鮮に歓喜し、そして私に向かってニヤニヤと笑う。
……何度も。何度も。
おお、神よ!
私は大天使として――初めて「恐怖」という感情を知ったのです!
そんな日々が続いた、ある日。
ルチアーノはまたやって来て、クローゼットを見終えると、パステルブルーに毒々しいピンクのリボンを蝶結びにした小箱を差し出してきた。
そして、高らかに告げた。
「ルシアン!
これ、俺達のズッ友の証♡俺様が作った新作香水だ!
天界に戻ったら付けろよ!
これでお前は天界のお洒落番長だ!」
――意味が分からない。
だが、私は大天使。
捧げ物を無下には出来ない。
しかしルチアーノは分かっていない。
神は捧げ物を受け取れるが、天使はそうではないのだ。
その時、神々しい祈りの声が耳に届いた。
私は迷いなく祈りの元へ飛ぶ。
僻地の寂れた教会。
だがそこに響く祈りは美しく、神への信頼で満ち溢れていた。
私はその時、決めた。
ルチアーノの捧げ物を、この無垢なる魂を持つ人間たちへ委ねようと。
私は右手を掲げる。
刹那、聖なる光が掌から滴り落ち、小箱を包み込む。
悪魔の奇妙な情念の結晶の香水――だが、大天使に差し出された供物である以上、神聖なるものとならざるを得ない。
古びた石造りの扉は恩寵に応えるように軋み、光の粒が舞い降り、小箱を敷居に降ろす。
煤けた壁は金色に染まり、ひび割れたステンドグラスは虹色に輝いた。
やがて光が収束し、小箱だけが残った。
神聖なる供物の小箱だけが――
私は祈る。
この無垢なる人間たちに、小箱が幸福をもたらすことを。
そして迷いなく、次なる使命の地へ飛び立つ。
私は、大天使ルシアン。
神の高貴なる御使いとして。
――だが、この瞬間、私の知らぬところで。
人間界では、その小箱を巡る新たな騒動が、静かに幕を開けようとしていた。
けれど、それは私の預かり知らぬこと。
私は大天使ルシアンとしての使命を果たすのだ。
……だが、ルシアンは分かっていない。
この“ズッ友香水”プレゼントが、果てしなく続いていくことを――。
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