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第3話:影の告白

月影村の昼下がりは、暑さが肌を刺すように重かった。古民家の狭い部屋で、怜は光のスマホを手にしていた。制服の白い半袖シャツが汗で背中に張り付き、首に下げた光のウサギ型月のチャームがわずかに揺れる。蝉の声が窓の外から響き、夏の蒸し暑さが部屋にこもる。怜はスマホのロックを光の誕生日で解除し、写真フォルダを開いた。そこには、合宿初日の「月の儀式」の夜に撮られた井戸の写真があった。

水面に三日月が映り、銀色の光が揺れている。その横に、ぼんやりとした人の影。怜は目を凝らした。影の輪郭は、悠の特徴的な革ジャケットに似ている。ジャケットの袖口が、月光に光るボタンと共に水面に映り込んでいる。


「悠…お前、井戸にいたのか?」


怜は呟き、胸が締め付けられる。光の死は事故じゃない。彼女は何かを知りすぎたのだ。怜はスマホをスクロールし、メモアプリに目が止まった。「月の影に気をつけて。月の石が全てを知ってる」。光の筆跡が、怜の心を刺す。彼女は何を恐れていた?なぜ?

怜の頭に、合宿初日の光の姿が浮かぶ。井戸のそばでスケッチブックを抱え、制服のスカートを風に揺らしながら笑う光。「怜、月って全部を見てるんだよ」と彼女は言った。その瞳には、純粋さと、どこか怯えた光があった。怜は気づかなかった。あの時、光が悠に「隠してるよね?」と囁いた瞬間、彼女の手が震えていたことを。


怜は村の公民館へ向かった。夏の陽射しがアスファルトを焦がし、蝉の声が耳に刺さる。制服のシャツが汗で重く、首筋を滴が伝う。公民館の奥で、古老の佐藤が昨日と同じ木の椅子に座っていた。怜は光のスマホを見せ、


「光が追ってた月の石って、何なんですか?」


と問う。佐藤の目が鋭く光る。


「月の石は、月の力を操るって言われる遺物だ。月の使者と言われた一族が井戸に封印し、守ってきた。だが、乱す者は罰を受ける。悠のじいさんが最後の使者だった」


佐藤は声を低くし、「あの嬢ちゃん、その石に近づきすぎたんだ。危ねえって言ったのに」


怜は息をのんだ。悠の祖父が月の使者?悠の家系が月の石を守る一族?そして、光がその秘密を暴こうとしていたなら、悠が…。怜は佐藤に聞く。


「悠は光の死について何か知ってるって言うんですか?」


佐藤は目を細め、


「あいつは村の子孫だ。知らなかったか?井戸のことは、誰より知ってるはずだ」


とだけ言った。怜の頭に、悠の不自然な行動がよみがえる。昨夜、井戸のそばで緊張した目で立っていた悠。ポケットに隠していた、光のノートと同じ紙の切れ端。


古民家に戻ると、悠が縁側で缶ジュースを飲んでいた。制服のシャツの袖をまくり、額に汗が光る。


「怜、公民館で何してた?」


悠の声は穏やかだが、どこか冷たい。怜はスマホを握りしめ、


「光の写真、見た。悠、井戸にいたよな?あの夜」


怜の声は鋭い。悠は一瞬目を逸らし、ポケットに手を突っ込む。


「光が勝手に井戸に近づいたんだ。俺は止めただけ」


だが、彼の声には微かな震えがあった。怜は追及する。


「光は井戸で何を探してた?月の石か?お前の家系の秘密か?」


悠は冷たく笑った。


「そんなオカルト、信じるのか?光はただの空想家だった」


だが、怜は見逃さなかった。悠のポケットから、光のノートと同じ紙の切れ端が覗いていることを。まるで、光の詩の一部を隠しているかのように。怜の胸に、疑念が膨らむ。光が「月の影に気をつけて」と書いた理由。彼女は悠が何かを隠していると知っていたのだ。


夜、怜は井戸に向かった。制服のシャツが湿気で重く、蝉の声が不気味に響く。上弦の月が空に浮かび、井戸の水面に揺れる。怜は水面を覗き込んだ。そこには、光の笑顔が浮かんでいる気がした。「怜、月は全部を見てるよ」光の声が、頭の中で響く。合宿初日、井戸のそばで彼女はそう言った。「月は真実を隠すけど、いつか全部見せてくれる」。その時、彼女の制服の袖を握る手が、わずかに震えていた。怜は思い出した。光が悠に「隠してるよね?」と囁いた瞬間、彼女の瞳に怯えがあったことを。

怜は光のスケッチブックを開いた。井戸と月の絵、ウサギのシルエットが月光に照らされる。ウサギの目は、光の純粋な魂そのものだ。「光、ウサギは君だろ?何を見つけたんだ?」怜は呟き、首のチャームを握りしめた。チャームが月光にキラリと光る。ふと、背後で草を踏む音。振り返ると、悠が立っていた。制服のシャツが月光に光り、まるで影そのものだ。


「怜、こんな時間にここで何してる?」


悠の声は低く、緊張している。

怜はスケッチを見せ、


「光が月の石を追ってた。お前、知ってるだろ?」


と問う。悠は目を逸らし、


「考えすぎだ」


とだけ言って去った。だが、怜は気づいていた。悠が井戸の縁に手を置いた瞬間、その指が震えていたことを。合宿初日、悠が光と井戸のそばで囁き合っていたことを。光が「悠、隠してるよね?」と小さな声で言った瞬間を。怜の頭に、佐藤の言葉がよみがえる。「井戸のことは、誰より知ってるはずだ」

怜は井戸の水面をじっと見つめた。上弦の月が、まるで光の瞳のように揺れている。彼女はここにいる。怜はそう確信した。光が追っていた月の石、悠の家系の秘密。それが彼女の死の鍵だ。怜の胸に、科学では説明できない感覚が広がる。光の魂が、月と共にあるような。井戸の水面が、かすかに波立ち、月の光が揺れた。まるで、光がそこにいるかのように。

怜は決意した。この夏、光が残した真実を暴く。悠が隠すもの、村の呪い、月の石。全てを明らかにする。首のウサギのチャームが、月光に光り、怜の心に火を灯した。蝉の声が一瞬止まり、村全体が息を潜める。上弦の月が、静かに村を見下ろしていた。

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