第8話 龍声紋とは
女性は男性に嫁いで家庭を守るべき、その考えをはっきり言っていたユイさんが、ふっと見せる影が気になった。
ユイさんも何か思うところがあるのだろうか。
そこを掘り下げていいのか戸惑っていたところ、またコンコンとドアをノックされた。
その音でユイさんははっと我に返り、慌てて立ち上がった。
「ごめんなさい。長く話し込んでしまって。夫にはいつもおまえは喋りすぎるって注意されてるんです」
「いえ、そんな。私もいろいろお話しできて楽しかったです。またお話ししてください」
そういうとユイさんはすごく嬉しそうに笑った。
「はい!是非よろしくお願いいたします」
ユイさんがドアを開けると、そこには斎藤さんが立っていた。
ユイさんはちょっとビクッと驚いたような様子を見せると、頭を下げて小走りに去っていった。
そんなユイさんの後ろ姿を見ていた斎藤さんは、こちらに視線を向けた。
「ユイさんと話してたんですか?疲労はたまってませんか?」
「ちょっと仮眠を取ったので大丈夫です。どうかされましたか?」
「いえ、たまにこちらに着いた途端に熱を出される方がいるんですよ。早川さんは大丈夫そうですね」
斎藤さんなりに心配してくれてるのか。
いつも淡々としてるしいまいち読めないけど、悪い人ではないんだよなあ。
そんな斎藤さんを見てふと気づいた。
「斎藤さん、その服は…」
斎藤さんはシオガ国の人たちが着てる着物っぽい服を着ていた。
今まで五菱で会った時はパンツスーツだったし、ここまで来るときもシャツに黒パンツと言ったクールな服装だったけど、今斎藤さんが着てるのはベージュを基調とした濃い緑色の刺繍が入ったこちらの服で、斎藤さんにとても似合っていた。
今までのビジネススタイルより少し親しみを感じた。
「この服はアズミルと言うこちらの服ですよ。意外と動きやすいし軽いので私はこちらではこれを着ています。早川さんも渡されてると思うので、よかったらどうぞ」
「そうですね。せっかくなので着てみます。あ、ひとつ聞いていいですか?」
斎藤さんは少し首をかしげた。
「はい、何ですか?」
「今まで何人かこちらに来られてるそうなんですが、全員女性と言うのは本当ですか?」
「…ユイさんに聞いたんですか?はい、そうです。基本は女性のみ、たまに今回の高坂さんのように男性も同行しますが」
「あの、女性の理由は?」
斎藤さんは少し悩んだように間を空けたあと、はっきり答えた。
「龍声紋の声を持つのが日本人女性だけだからです」
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ここで出てきた龍声紋と言う言葉。
私はずっと気になっていたことを今聞こうと思った。
「その龍声紋って何ですか?面接の時も何かよく分からないものを読まされてチェックされたのもよく分からないし、私がここで何を求められてるのか分からないんですけど」
斎藤さんは軽く息を吐いた。
「気になるのは分かります。説明不足なのは否定しません。でも百聞は一見に如かずなので、明日実際に確認していただければと思います。龍にも会ってもらいますので」
龍…!
ついに明日龍に会うのか。
「龍声紋ということは、やっぱり龍に関係あるんですか?」
「はい、簡単に言うと龍が反応する声の周波数と言うことです。数値では証明されましたが龍との相性もありますし、実際どれくらいの反応を見せるのかそれを明日確認します」
「そ、そうですか…」
まだ全てがはっきり分かったわけではないけど、とりあえず明日何かが分かると言うことだ。
今はこれ以上深掘りするのは止めようと思った。
「19時に夕飯ですので。その時間に食堂においでください。廊下の突き当たりを右に曲がったところです」
それでは、とだけ残して斎藤さんは去っていった。
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部屋で用意されたアズミルを着てみる。
着物っぽいから着るのが難しいかと思ったけど、ファスナーやボタンが適度に配置されていて簡単に着ることができた。
サイズもちょうどいいのはユイさんが見繕ってくれたからだろうか。
でもその時ふと気がついた。
斎藤さんが着ていたものとはデザインが違うのだ。
用意されていたのはユイさんが着ていた腰ひもが高いタイプ。
でも斎藤さんは男性が着るようなウエストの辺りで絞めるタイプを着ていた。
好みの問題かな?確かにあのデザインの方が斎藤さんに似合ってる気がするけど。
着てみて姿見の前に立ってみると、意外と似合っていて自分が一気にシオガ国の一員になった気がした。
制服効果ってあるらしいけど、服の力ってすごいな。
食堂に向かうと、斎藤さんと高坂さんが既に席に着いていた。
高坂さんもアズミルを着ていて、こちらも似合っていた。
華奢な斎藤さんとは違い、高坂さんはガッチリ体型だけど、このアズミルは人間の体型の良さを引き出すデザインのようだ。
ただやっぱり女性の斎藤さんが男性向けのデザインのアズミルを着てることがちょっとだけ違和感だった。
もともと斎藤さんは中性的な雰囲気の人だけど、少しだけ引っ掛かりを感じたのだ。
高坂さんに
「アズミル着られたんですね」
と聞くと、
「旅館の浴衣みたいなもんかなと思ったけど、動きやすいですね!早川さんも似合ってますよ」
と返された。
「あはは、ありがとうございます。服を着ると気分が変わりますよね」
そんな話をしてると、食事が運ばれてきた。
出された食事はワンプレート、日本風に言うと松花堂弁当のような感じだった。
主食はお米でお味噌汁のようなスープ、お箸も使うし汁物はスプーンで食べるようだった。
「シオガのご飯は美味しいですよ。島国なので海産物も豊富ですが、特に食べるのは牛肉と羊ですね。あとはオイハルというこっち原産のウサギみたいなのも美味しいです」
「ウサギ…」
「苦手な食材やアレルギーがあったら対応してもらいますが」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
そうやって初めて食べたシオガのご飯は本当に美味しかった。
薄味で食材の味を引き出してる感じ、今回のメインは牛肉を煮込んだもので、ちょっと怯んだウサギではなかった。
高坂さんは「美味いですね!」とガツガツ食べておかわりまでしていた。
12話まで毎日更新です。
謎の言葉、龍声紋の概要が少し明らかになりました。
龍との邂逅も近い…?
次は明日19時更新です。