表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/52

第51話 龍の扉を閉じて

「祷雨を行うと影響はもっとすごいでしょうから」


冷静に言う斎藤さん。


ライタンの存在が世間に広まったかも?という不安もあったけど、祷雨という言葉で別の現実を思い出した。


祷雨を行うということは、ライタンの命を犠牲にすることになる。


苦しみもがいて雷に撃たれ、悲鳴を上げながら消えていったメイリン。


それと同じことをまたライタンにしなくてはならない。


それを考えると心の底が冷える気がした。


もうあんな思いはしたくない。


でも…祷雨計画は私の予想を超えて話が進んでいる。


私はどうしたらいいんだろう。


思わずまたライタンの体を抱き締めた。





「早川さん、そろそろライタンをシオガに帰した方がいいと思いますよ」


斎藤さんの言葉が響く。


それを聞いて堀江課長が不満げに言った。


「え、もう帰さないとダメですか?」


「はい。今日は龍が呼べるかの確認が目的でしたので」


そう言いながらまたタブレットを見る。


「ちらほら神羅儀神社の上空じゃないかと特定され始めてますね。今日は一般参拝の中止をしてることからも、紐付けて考えてる人もいるようです」


「え…」


「あまり長く引き留めておくと、危ないかもしれませんね」


思わずライタンの顔を見上げる。


「ライタン、…シオガに帰れる?」


ライタンは青緑色の瞳でこちらを見ながら、首をかしげてる。


せっかく会えたけど、確かにここに長くいさせるのは危険だ。


ライタンの体にもう一度抱きついた後、私はやっとの思いで体を引き離した。


不思議そうにこちらを見つめるライタンに、私は泣きそうになりながら使役言葉を使った。



「ライタン!サライ・ミナ・トゥエナ ユイハサ・ラエラン シオガへ帰ることを命ずる!」


ほとんど悲鳴のように叫ぶと、ライタンは軽く鳴いたあとふわりと体を浮かせ、そのまま龍穴に飛び込んでいった。


体が穴に吸い込まれるように消え、あっという間に帰ってしまったライタン。




せっかく会えたのに…。


寂しくてたまらない。


でももし次に会えるとしたら、それは祷雨を行う時だ。


そんな日は来てほしくない。


複雑な気持ちでライタンが帰っていった龍穴を見つめていた。



全てを見届けていた高坂宮司が、龍穴の前に進んだ。


最後にもう一度、大麻が静かに振られた。

高坂宮司の声が、まるで祈りのように小さく響く。


「遠つ祖の龍神よ、此の扉を、再び閉じたまえ」


それは始まりのときとは違う、やさしく包み込むような声だった。


高坂宮司が深く一礼した瞬間、風がすっと止んだ。


空気のざわめきも消え、まるで世界が息をひそめたようだった。


誰も言葉を発しないまま、静けさだけが残った。



─────────────────────



龍穴から山道を降り拝殿に戻ってきたあと、堀江課長が改めて高坂宮司にお礼を言っていた。


「高坂宮司、今日は本当にありがとうございました」


高坂宮司は表情を変えず、ゆっくりと答えた。


「…前にも伝えましたが、私は龍の召喚にも祷雨にも反対の立場なので。頼まれたら従いますが、本来、龍は人間の都合で呼んだり雨を降らせたりする対象じゃないんですよ。その事は覚えておいてください」


「はい。こちらとしては貴重なご意見として承ります」



…その高坂宮司の言葉と似たようなことを言っていた人を思い出した。


セイランさんだ。


龍神信仰の篤いセイランさんが言った言葉と似ているということは、高坂宮司はやっぱり龍神に対しての思いが強いのかもしれない。


神羅義神社を観光スポットにしてビジネス色の強い方向に舵を切ったみたいだけど、信仰と現実の両立を色々悩んでいるのかもしれないと思った。



それを聞いていた高坂さんが、ゆっくりと口を開いた。


「すみません、俺、ちょっと実家に寄ります」


それを聞いて斎藤さんが答えた。


「そうですか。分かりました。一応お二人には駅前のビジネスホテルを予約していますが、もしキャンセルされるならご自身で連絡していただけますか?」


「はい、分かりました」


言って高坂さんは私の方を見た。


「また、連絡する」


「うん…、分かった」


高坂さんの表情は少し、落ち着いてるように見えた。


何か高坂さんの中で、何らかの考えが定まったのかもしれない。



私たちは高坂親子に見送られながら鳥居をくぐり、車に乗り込んで新幹線の駅に戻った。




─────────────────────



「え、皆さん帰られるんですか?」


駅に着き車を降りたけど、そのまま官僚の人たちは東京に帰るという。


もう夕方の五時を過ぎてるし、私たちにはホテルを取ってると前もって聞いていたから、てっきりみんな泊まるのかと思っていた。


「はい、私たちにとってはこれくらいの距離の日帰りは普通ですから」


これくらいと言っても、東京から神羅義神社まで片道三時間半はかかっている。


その距離を日帰りが当たり前だなんて、スーツと革靴で獣道を黙々と歩いていたときも思ったけど、官僚ってすごいな…


「早川さんたちはご協力いただいた民間の方なので、駅直結のビジネスホテルをお取りしています。ゆっくり休んでくださいね」


「はい…、ありがとうございます」


隣にいた堀江課長も口を開いた。


「早川さん、今日は本当にありがとうございます。つい年甲斐もなくはしゃいでしまって申し訳ありませんでした」


「いえ…それは全然」


「ただ…」


目の奥がキラリと光り、口調が平坦になる。


「祷雨の件は是非前向きにご検討いただきたいです。いいお返事を期待しています」


「はい…」


一気にキャリア官僚の顔になる。


この人のギャップについていくのは、大変かもしれない。



「早川さん、それではまたご連絡さしあげます」


「分かりました…。少しお時間いただければと思います」


この場で決断しない私に対してまた冷たい目を向けられるかな?と気になったけど、意外と斎藤さんの顔は穏やかだった。


「この度はありがとうございました。ではまた」


最後に斎藤さんは、柔らかく微笑んだあと会釈して、他の官僚たちと一緒に駅の奥へ消えていった。



次回最終回です。


シオガヘ帰っていったライタン。

アユミはどんな選択をするのか?


是非見守ってください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ