第37話 雨を武器に
祷雨は夢と希望であり。
初めて斎藤さんの部屋に入る。
部屋の作りは私の部屋と全く同じで基本的な家具の配置も同じだったけど、本や書類が整理されつつもあちこちに置かれている。
そして何より目についたのは、机の上に置かれたノートパソコンだ。
ここはネット環境がないけど、記録を残したりデータを整理したり、いろいろ作業があるのかもしれない。
それ以外に目立つものはなく、まるで出張先のビジネスホテルのように無機質な印象だった。
斎藤さんらしいと言えば斎藤さんらしい。
「へえ…」
高坂さんも興味深そうに斎藤さんの部屋を見渡してたけど、あまり女性の部屋をじろじろ見るのも失礼だと思ったのか、ちょっと慌ててるのが分かった。
男性は特に女性の個室に入るって緊張するんだろうな。
「仕事の書類はちょっと散らかってますけど」
そう言いながら、私たちに机の椅子を勧め、斎藤さんはベッドに腰かけた。
「すみません。コップがないので飲み物が出せなくて」
「いえ、そんなことは」
斎藤さんとはあの五菱での面接が初対面だけど、それ以来半年以上の付き合いだ。
こうしてプライベートな空間で斎藤さんと向き合うのは、初めてだった。
この人のことを私は、何ひとつ知らない。
でもこの部屋に入ってから、斎藤さんの雰囲気はいつになく柔らかい気がした。
斎藤さんは、いつもの口調のまま口を開いた
「もうご存じだと思いますけど、ハウエンの祷雨は干ばつから救うと言うのは表向きの理由、シオガの裏の意図は祷雨を全世界に見せつけて威圧することです。それが成功したので、早川さんは仕事を全うされたんですよ」
「やっぱり…」
「ある程度想像はしてましたけど、世界の反応はすごかったようですよ。ほとんどの人は龍をまともに見たこともなかったから、シオガに本当に龍がいるというのが、かなりのインパクトだったようで」
淡々と説明が続く。
すると高坂さんが、口を挟んだ。
「あの、前から聞きたかったんですけど」
「何ですか?」
「ずっと行われてなかった祷雨の復活を、シオガに持ちかけたのは斎藤さんだって、本当ですか?」
斎藤さんは、一瞬だけ目を見開いた。
そんなことを聞かれるとは、予想していなかったみたいだった。
「…そんなことまでご存じなんですか。はい、祷雨計画を始動させたのは私です」
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やっぱり祷雨を復活させたのは、斎藤さんだったーー。
ユイさんやセイランさんに言われてたけど、改めて本人が認めると重みが増す。
「最初に言ったでしょう?このプロジェクトは国益になると。祷雨を成功させることは、日本にとって大きな意味を持つんです」
「それはなぜ?」
「それは日本に帰ってからお話します。今はシオガの二回目の祷雨の意図が知りたいんですよね?」
「はい…」
うまく言いくるめられた気もするけど、とりあえず今気になるのはそっちだ。
斎藤さんは立ち上がると、キャビネットの引き出しから折りたたまれた紙を取り出して開いて見せてきた。
それは何度か見たことのある、カーランティの世界地図だ。
「ここがシオガ。そして二回目の祷雨の目的地はここ、オルク国です」
オルク国はハウエンとは違い、シオガから比較的近いところにある国だった。
といっても大陸の中にあり国境線が入り乱れてる感じがして、ちょっと不穏なものを感じた。
「この辺りは昔から宗教や民族、領土の関連でいざこざが耐えないんです。でも回りの国は比較的友好的ですが、この国だけは国交を絶ち情報がほとんど入ってきません」
「ここに祷雨を?干ばつが起きてるんですか?」
「いえ」と斎藤さんは首を横に振った。
「この辺りは山岳地帯で万年雪もあるし、干ばつとは無縁です」
「じゃあ、何で…?」
嫌な予感がした。でも、まさかそんな…。
斎藤さんは少し間を置いて、静かに告げた。
「リョウガさんが言うには、オルク国には大量破壊兵器があるそうです」
頭が一瞬、真っ白になる。
「……は?」
「周りの国たちは、それに怯えている。そして攻撃対象に指定されている国の一つが、シオガ」
まさか。
まさか、そんな。
「だから”雨”で、それらを壊滅させるんだそうです」
火曜金曜19時更新予定
祷雨はある人には夢と希望であり、ある人には威圧と絶望の兵器になりうるみたいです。
アユミはこれからどんな選択を迫られるんでしょうか?




