第35話 束の間の安堵
次の日から、結局私はできるだけ龍合地へ通うことにした。
私たちがシオガに滞在できる日々もあと1ヶ月ちょっとと言うこともあり、少しでも今のうちに龍たちに触れ合っておきたかったのだ。
また祷雨を行うとなると、龍を犠牲にする可能性はある。
でもそれはまだ分からないことだし、あまり先のことは考えないことにした。
龍たちはかわいいし癒されるし、もう私にはなくてはならない存在になっていた。
しかし数日後、私たちはリョウガさんに話があると会議室に呼ばれた。
嫌な予感しかしない。
セイランさんが言っていた、いろんな言葉が頭のなかを渦巻いている。
今度は何を言われるんだろう。
言われた時間に会議室に集まると、祷雨計画に関わっていた全ての人が顔を揃えていた。
でも今回は、見慣れない高齢の男性がいた。
年齢は70代と思われる恰幅の良い男性で、リョウガさんの隣に座っている。
誰だろうと思っていると、リョウガさんがおもむろに話し始めた。
「皆さん、今日もお集まりいただきありがとうございます。アユミさんは体調は大丈夫ですか?妻からも、かなり憔悴されていたようだと聞いていますが」
「…はい。大丈夫です。ありがとうございます」
答えるとリョウガさんは少し微笑んで、隣の高齢男性を紹介した。
「アユミさん、こちらの方は気象学の権威、カレイ博士です」
カレイ博士…!?
あの、ハウエンでは洪水の危険性が低いって言ってた、気象学者の人?
まさかこのタイミングで登場してくるとは思わなかった。
カレイ博士は気のいいおじいちゃんと言う風貌で、にこにこしながら話してきた。
「初めまして。祷雨の巫女様。ずっとお会いしたかったのですが、長らく体調を崩しておりまして、今日はやっとお伺いすることができました」
「初めまして。そうなんですね…ご体調はもう大丈夫なんでしょうか?」
「はい、最近は調子がいいので」
「カレイ博士は、最近はベルデン湖の調査にも行かれてましたよね。お元気になられて何よりです」
リョウガさんの言葉にカレイ博士は「この歳になるといろいろありましてね…」と笑顔で応じた後、カレイ博士は少し興奮気味に話し始めた。
「巫女様、あの祷雨は素晴らしかったです。長らく気象を研究しておりましたが、やはり実際目にすると何と言うか感無量でして。世界中の気象学者にとっても、貴重なものを見せていただきました。私の体調が良ければ是非現地に行ってみたかった」
「はあ…」
高齢男性にしては早口で、カレイ博士は喋り続けた。
「私の研究室では今でも祷雨の話で持ちきりです。龍が気象に影響を及ぼす仕組みは完全には解明されていませんが、やはり現実は想像を超えますね」
カレイ博士の言葉は止まらない。
よっぽど研究者の心をくすぐる現象だったのかもしれない。
「ハウエンを含む近隣の国の干ばつは、気象学上では改善の見込みがなかなか立ちませんでした。でもあの祷雨が、気象状況に何らかの刺激を与えたのではと思います。これを機に気候が安定するといいのですが」
「あ、あの」
なかなか止まらないカレイ博士のマシンガントークに、何とか口を挟む。
「ハウエンの雨はどうなりそうなんでしょうか?カレイ博士は洪水の危険性は低いと判断されたそうですが」
するとカレイ博士は、呼吸を整えて少しゆっくり喋り始めた。
「これは、申し訳ありません。つい興奮してしまって。ハウエンの雨は小康状態になってきましたよ」
え?
「そうなんですか?」
「はい。まだまだ予断は許しませんが、徐々に雨量は減ってきているようです。恐らく大きな洪水を引き起こす前に、雨は止むと推測されます。ハウエン国は、もともと治水技術が発達している国ですので」
良かった…!
私は思わず握りしめていた両手を改めて握り直した。
本当に良かった。
鼻の奥がツンと痛くなる。
ヤバい、泣きそう。
喜びに浸っている私に、リョウガさんの言葉が響いた。
「アユミさん、早速ですが二回目の祷雨をお願いしたいのです」
火曜金曜19時更新予定
キャラ強めのカレイ博士登場。
そして二回目の祷雨依頼が来てしまいました。
アユミはどうする?




