第30話 未解の雨
「…祷雨、マジですごかった」
龍合地からの帰りの車の中で、高坂さんが小さく呟いた。
「俺は本当に見てることしかできなかったけど、あれはすごい。メイリンが降りてきたときなんか、圧倒されて鳥肌立ったもんな。
龍を見慣れてる俺でもそうだったんだから、他の人は衝撃だったと思う」
「……」
その言葉を無言で聞きながら、私は膝の上で握りしめた拳をゆっくりとほどいた。
それでも胸の奥に巣食う痛みは、まだ取れなかった。
「今でもハウエン国では大雨が続いてるって聞いた。あんな勢いで降り続くのは大丈夫なのかなって、ちょっと心配にはなる。
セイランさんが危険だって言ってたのも、ちょっと分かる気がするよ」
リョウガさん曰く、権威ある気象学者が「洪水の危険性はほぼ問題ない」と言っていたようだけど、大丈夫なのかな…
神と崇められる龍を使って人為的に降らせる雨。
その底知れない怖さを、私はじわじわと感じ始めていた。
─────────────────────
いつも通り宿泊舎で車を降りる。
すると高坂さんは、少し明るめに声をかけてくれた。
「久しぶりに外に出たんだし、売店でも行かないか?最近お菓子の新作が多いんだよ。どれも美味いから正直買いすぎるんだけど、おすすめもあるから気分転換にどうかなって」
高坂さんなりに私を気遣って励まそうとしてくれてる。
みんなが私を支えようとしてくれてる、それを感じて、私は「うん」と頷いた。
王宮内の売店は、私はほとんど来たことがなかった。
日本で言うところのコンビニを少し大きくしたようなもので、お菓子や飲み物、日用品、数は少ないけどアズミルも売っていた。
「こんなに色々売ってるんだ。売店によく来てるの?」
と聞くと、高坂さんは軽く頷いた。
「お菓子や飲み物もそうだけど、売ってるものがちょっと日本と違うから面白いんだよ。日本に帰る時のお土産も買えるかなって」
資料室もそうだけど、高坂さんはこの王宮内の生活を満喫してるようだ。
このどこでも積極的に楽しむ姿勢は、本当にすごいと思う。
棚に並んだお菓子はポテトチップスみたいな見慣れたものから、青や紫に着色された不思議な豆菓子もあった。
美味しそうには見えないけど、意外にもこれが高坂さんのイチオシらしい。
そんな風に高坂さんのお勧め商品の説明を受けていたとき、「あ…」と声がした。
振り向くと、いくつか商品を手に取っていたセイランさんがいた。
祷雨を行ってから、私はセイランさんと顔を会わせていなかった。
気まずくて思わず顔を背ける。
祷雨を行う前ですらあんなに否定的だったセイランさん、その反対を押しきって祷雨を強行した私に何を思ってるのか、それを考えると怖かった。
「お買い物ですか?」
聞こえてきたのは、意外にも穏やかな声だった。
思わず顔を上げると、セイランさんの表情は思ったよりも落ち着いていた。
セイランさんも祷雨の映像は見てるはず。
龍に思い入れの強いセイランさんが、龍のあんなに苦しむ姿を見て何を思ったんだろう。
返事ができず固まってる私に、セイランさんは少し考えたあと、言葉を続けた。
「よかったらこの後、資料室に来ませんか?お話したいことがあります」
─────────────────────
セイランさんに話があると言われて、私は戸惑った。
いったい何を言われるんだろう。
何も答えられずに悩んでいると、隣から高坂さんが声を上げた。
「セイランさん、話したいことってなんですか?見ての通り早川さんは今疲れがたまってます。あまり厳しい話は…」
するとセイランさんは、ちょっと視線を上に向けた後、少し間を空けて穏やかに続けた。
「ああ、祷雨の件は正直まだ消化はしきれてないですけど…、でもアユミさんの憔悴は見て分かります。責めるつもりはないですよ」
「じゃあ、いったい何を…」
「ここでは詳しくは話せないので」
そこはピシッと線を引くセイランさん。
高坂さんがどうする?と言う目でこちらを見てきた。
…何を言われるんだろう。
責めるつもりはないと言われても、不安は拭えなかった。
けれど、130年前の祷雨を一番知る人の話を聞かずに、私はこれから前に進めるんだろうか。
ハウエン国の雨がどうなるのか。
私は、知りたい。
「……分かりました。お聞きします」
火曜金曜19時更新予定
セイランさん再び登場
彼は何を言うつもりなのか?
祷雨に絡んだ思惑も明らかになります。




